ゼロに続く道
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「……さて」
夜の時間帯のバイタルチェックを済ませたカインは、ペパーとマフィティフを部屋に残して事務作業をする為の部屋にいた。デスクの上に置いたメモの中から、必要な物を壁のコルクボードに移動させてノートを開けるだけのスペースを確保すると、背表紙に"マフィティフ"と記したノートを手に取る。
これまでの流れ、マフィティフのバイタル一覧、そして所見を記したノートだ。それは同時に、ペパーの課外授業の記録でもある。
マフィティフが目を開ける回数が増えてきた。彼自身まだ動く事はできないが、ペパーの介助作業ももう問題は無い。
今の状態ならば、モンスターボールに入る事も出来るだろう。ペパーが寮に帰る際、カインのポケモンが介助する必要も無さそうだ。
あとは流動食の作り方と、最後にもう一度ドクターに診察してもらう、というタスクをノートに書き込むと、ドクターの派遣依頼するべくカインはロトムに病院のURLを打ち込んでもらった。サイトを読み込む僅かな時間の間に、大きく伸びをする。
「……うん、幸いペパーが帰る前に来てもらえそうだ」
謹慎という名の課外授業も、残り数日。ペパーを寮に帰しても問題無いと判断したカインが、残り短い時間の中で最後にやるべき仕事はあと一つ。
ペパーの様子を見て、合格ラインに達したら渡しても良い、とハッサクに言われていた薬の製造である。
「この量で、薬一つ分なのか……」
仕事用の鞄から、麻袋に包まれた原材料を取り出した。その際、ガバイトの鱗が袋の中でぶつかり合い、ガサガサと音を立てる。
この鱗から、マフィティフに必要な効果を引き出す為の精製、そしてそれを投与する為に適切な形にしなくてはいけない。
「……一晩でこなせる作業量なのか、という疑問はあるけれど」
生きるドラゴンポケモンから頂戴した鱗だ。少し手を加えただけで、どんどん変質していく事も理解できるが。カインがそれをこなせるかは別の話だ。
「……よしっ。下準備から始めよう。煮出す為の水、敷き詰められる程度の大きさの鍋。換気は……? 湯気と共に気化する成分は特筆されていないから、有害物質は発生しないと見て良いのかな。ロトム、ハッサク先生に確認のメッセージを頼む」
「ロロト!」
「ありがとう。……今回薬に使用する成分は水から温めて、沸騰させずに三十分煮込んでお湯に成分を移す。それを更に煮詰めて結晶化したものを粉に……? ……うーん、朝の仕事が始まるまでに間に合うだろうか……」
とは言え、煮詰める工程を短縮しようと火を強めれば、焦げ付いて全てが無駄になってしまう。材料はもう無い。慎重に進めなくては。
「よし。ハッサク先生からの返事を待っている時間も惜しい。最後の徹夜を始めよう」
デスク前から場所を移してキッチンにやって来たカインは、ビニール手袋を始め、マスクとゴーグルまで装着する。その傍らには、同じくゴーグルやマスクを装着したランクルスとサーナイトが並ぶ。
「ちゅぎ!」
そして、当たり前の様にバチュルが作業台の上から返事をした。作業には火を使う為、虫タイプのポケモンは置いてきたはずだったのに。いつの間にかくっついて作業台に移動していたらしい。無言で自分を見下ろしたカインに、バチュルは前脚を挙げてもう一度鳴いた。
「ちゅぎぎ!」
「……火も扱うし、電気があると成分が変質するかもしれないから、バチュルはこっちでメモが飛ばない様に押さえる役目を頼もうかな」
さり気なく作業場からバチュルを移動させると、やる気に満ち溢れたバチュルが元気良くハッサクから貰ったメモに全身を乗せた。
「前脚だけで……。そう、それで頼むよ」
「ちゅぎ!」
予想外の出来事はあったが、こうしてカインの薬作りが始まったのだ。
*
*
「なん……? なんの、音……?」
日付も変わろうかと言う頃。眠っていたペパーは、聞こえてくる音に瞼を開けた。マフィティフに何か異変が起きたのかと、急いで身体を起こす。
寝袋から抜け出すのももう慣れた。足元を照らす常夜灯を頼りにマフィティフに近付くと、マフィティフには、特に変わった様子は無い。
かさかさ。バチッ……
「……じゃあ、ムーランド?」
マフィティフの寝息にホッと胸を撫で下ろしたペパーには、しかしまだカサカサと響く音が聞こえる。
そう言えばとムーランドの姿を探した。常夜灯だけではよく見えない。手探りで部屋の灯りを点けると、ムーランドの見た事が無い顔が浮かび上がった。
「うわ」
「ぶるるるる……」
長い体毛が、更に長くなった様だ。埋もれた顔を更に奥へ引っ込めた顔になっていたムーランドの脚元から、元気な鳴き声が聞こえる。
「ばちゅぎー!!」
「……バチュル、何やってんだ?」
ムーランドの脚で潰さない程度に踏み付けられながら、気持ちの中では飛び跳ねているのか元気良く身体をジタバタさせている黄色が見えた。……もちろん、踏み付けられているのはバチュルだ。
「目ぇランランちゃん……」
「ふちゃー!!」
「もう夜中だぞ? 何でそんなに元気バクハツちゃんなんだ?」
「ふちゃ!!」
「……何も分かんねぇ……」
ペパーの言葉に返事をしながら、バチュルがバチバチと電気を放っている。その静電気のせいで、ムーランドの体毛が更に膨らんでいる事だけは分かった。バチュルが元気な理由は、さっぱり分からないが。
「なぁバチュル。マフィティフが寝てんだ。静かにしてくんね?」
「ばぎゃ!!」
「うわっ」
ムーランドの脚元からつまみ上げて、バチュルにそう言ってみた。元気良く返事をしたバチュルの身体から放たれた電気に驚いたペパーを他所に、自由になったバチュルはムーランドの体毛に潜り込む。身体を這い回りながら気紛れに飛び跳ねるバチュルに、ムーランドが再び顔を顰めた。
「……ぶるるるるっ」
「ちゅぎ!? ぎゃちゅう……」
我慢の限界に達したのか、ムーランドが大きく身震いする。その遠心力で吹き飛ばされたバチュルが、壁にぶつかって気を失った。
落下したバチュルを慣れた様子で咥えると、ムーランドはペパーを見上げて小さく吠えると、そのまま器用に扉を開けて部屋を出て行ってしまった。
「わるふふ、ばう」
「お、おう……?」
残されたペパーは、混乱したままそれを見送るしか出来ず。静かになった部屋で、バチュルの大暴れは何だったんだろうと一人首を傾げた。
その答えは、翌朝カインからもたらされる事になる。
*
*
「先生、怖い顔してるぜ……?」
「……不規則な睡眠、そして昨夜は一睡もしていないのに眠くない。ポケモンが秘める力は恐ろしいと痛感したよ」
「なるほど……?」
翌朝。白目を真っ赤に充血させたカインが、いつも通り朝食を用意してペパーに割り当てた部屋にやって来た。
深夜、バチュルが大暴れしていた事について尋ねようと思ったのだが、それを聞ける雰囲気では無い。
「朝一番のマフィティフのバイタルは異常無し。今日一日、わたしの手助け無く君一人でマフィティフの介助が出来るようならば、課外授業を兼ねた謹慎期間は終了だ」
「うすっ!」
「グッド。いい返事だ。では早速、朝食を食べたらテストを始めよう」
「て、テスト……」
思わずごくりと唾を飲み込んだ。緊張の面持ちになったペパーに、カインは小さく微笑んで励ましの言葉を投げ掛ける。
「大丈夫。君は出来るよ」
「ちゃんと出来るかな……」
「自信を持ちなさい。昨日から、実質的にわたしは見ているだけだろう? 大丈夫だよ」
そう言って、カインはいつも通りにペパーの朝食を並べ終えた。対するカインの手元に朝食は無い。代わり、パウチタイプの栄養ドリンクが置いてあった。
首を傾げたペパーに気付いたのか、彼女は罰が悪そうな顔になる。
「空腹にならないんだ……。だけど、わたしかいるのに一人で食べるのは味気無いだろうと、栄養ドリンクを持って来た」
「……先生、先に何か食べたのか?」
「いいや。君と昨夜食事をしてから水分しか摂っていないよ」
「じゃあ何で腹ペコちゃんにならないんだ? オレは腹減ってんのに……」
「うーん……。可能性があるとすれば……。昨日、薬を作る作業をした事くらいだな。普段との違いはそれだけだ」
ペパーの疑問に答えたカインは、ワゴンに乗っていた小さな容器を手に取った。見せてもらうと、透明な容器の中には薄緑色の粉が入れられている。
「ガバイトの鱗から作った薬だ」
「薬!? 新しい薬なのか?」
きっと、マフィティフの為に用意した薬だ。そう思ったペパーが、喜んで蓋を開けようとする手を静かに押し留めて、カインは困った様に首を振る。
「ペパー、開ては駄目だよ」
「何でっ……」
「まずは説明を聞きなさい」
「う……、はい……」
マフィティフの薬なのに。不満を隠さないペパーに、カインは蓋を指で叩く。
「鱗に複数ある効果の中から、マフィティフに合わせた一つだけを高める作業をしたからだよ。この薬は、食事で摂取した栄養をスムーズに行き渡らせる為の手助けになる」
カインが言うには、点滴ばかりだったマフィティフが食事をする為に、今は温めたモーモーミルクに色が付いた程度のポケモンフーズで身体を慣らしている段階なのだと。柔らかく煮たポケモンフーズを食べる時に、栄養を全身に巡らせる為の助けになってくれる薬を作ったらしい。
「けれど、ポケモンに向けての薬は人間には効果が強過ぎる。吸ったら最後、内臓が無闇に動いて逆に疲れてしまう。腹を下してしまうかもしれない。それだけで済むなら良いけれど……、無理やり早くなった血流が血管を突き破ったら大変な事になる」
「血がいっぱい……?」
「見える所なら良いけれど。頭の中でそれが起きたら……」
最後の言葉は飲み込んで、カインは力無く俯いた。
「飛沫が飛ぶのを防ぐ為にマスクとゴーグルを装着して作業したけれど、道具を使ってもこの状態だ」
「寝不足ちゃんだと、目は赤くなるだろ?」
カインの睡眠は不規則だ。寝不足が理由なのでは、と首を傾げるペパーを肯定する様に頷く。
「もちろん。寝不足でも目が充血する事はあったけれど、これ程赤くなったのは初めてだよ。ただの寝不足ならば激しい睡魔が襲ってくるだろうが……。恐ろしい事に全く眠くないんだ。むしろ元気が有り余っているようだよ」
「……大丈夫ちゃんなのか? それ……」
「大丈夫ではないだろうね。夜には効果が切れて、その反動が来るだろう。……バチュルの様に」
「バチュル……? そう言えば、夜中元気バクハツちゃんだったぜ?」
ペパーの脳裏には、ムーランドの身体を這い回って飛び回るバチュルの姿があった。ムーランドに咥えられても、全身でジタバタする様子が印象に残っている。
「人間であるわたしと、身体が小さいバチュルには作業中に発生した湯気ですら効果があったんだ……。普段からドラゴンポケモンと接している人にはそうでは無いらしいけれど……。バチュルは作業の途中に飛び出して行ったから、わたしより先に薬が切れたんだろうね」
「それでムーランドの所に……」
「バチュルは今、元気を使い果たした反動で引っくり返っているよ」
引っくり返っている。その言葉と共に見せられたスマホの画面には、腹を見せたバチュルが文字通り脚を投げ出している。
「面白い寝姿だろう? 可愛いから撮ってしまった」
「え。じゃあ先生もそのうちこんな……?」
「動けなくなるだろうね。だけど、わたしは大丈夫だ。動けなくなっても、ランクルス達に手伝ってもらって君のテストはしっかりと監督するから。……合格したら、この薬をマフィティフに使おう。これはちゃんと"薬"になっているから、わたしやバチュルの様に反動は起こらないと聞いているよ」
そう言うと、カインは薬をペパーの手からするりと抜き取ると、ワゴンに戻した。
「それに、この薬は一回分だ。材料も希少だから、落としたらもう作れない」
「えっ」
「と、いう訳だ。分かったかな? 質問は?」
質問が無ければ食事を、と続いた言葉に、ペパーは首を振って疑問が無い意思表示をすると無言で朝食に手を伸ばす。
(薬で無理やり元気マンマンちゃんにすると、先生とバチュルみたいに反動があるんだな……)
「……どうにか君を寮に送り届けて、セイジ先生やクラベル先生に報告できるまで保てば良いのだけど」
バチュルの様に倒れる前提の不穏な言葉が聞こえたが、ペパーにはどうする事も出来ないので、聞かなかった事にした。