ゼロに続く道
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
奇妙な共同生活が始まって数日。ペパーは一つの事に気が付いた。
カインは眠らない。少なくとも、ペパーの前では。
朝、ペパーが起きる時間には既に、ポケモン達の朝食を用意している物音が遠くから聞こえてくる。
その音を感じながら、もう一度目を閉じるのも何だか居心地が悪くて、ペパーはここに来てから少しだけ早起きになった。
「……おはよう、ございます……」
「ああ、おはよう。マフィティフはどうかな」
ポケモンの分が終われば、そのままペパーとマフィティフの分の用意が始まる。その間、マフィティフの朝の世話をしていれば、昨日の内に届いた料理を温め直してマフィティフのバイタルを報告する時間を兼ねた朝食を持って来てくれるのだ。
……何となくカインの手元に置かれた皿より肉の量が多い気がするが、別段嫌いなものがよそってある訳でもないから特に何も言う事は無かった。
「ごちそうさんでしたっ!」
「オーケイ。残さずよく食べたね。今日も元気なようだ」
仕事の癖なのか、ペパーが食べている様子を観察されるのは居心地が悪いものの、完食を褒められるのは悪い気はしない。
「ペパー」
「何……、じゃなくて、はい」
「オーケイ。そろそろマフィティフの食事の作り方も教えなければならないと思っているんだけれど」
「マフィティフのメシ……」
そう言うカインは、料理を運んできたワゴンから一つの皿を手に取った。スプーンで掬って見せられたそれは、モーモーミルクにココアをほんの少しだけ混ぜただけの飲み物に見える。
「それ、メシなのか……?」
「そうだよ。モーモーミルクで煮込んだポケモンフーズ……、の、上澄みだね。水から煮込んだ物でも構わないけれど、今回は色で分かりやすくする為にミルクで作ったんだ」
「メシっつーかドリンクちゃん……」
「そうだよ。マフィティフのバイタルも安定してきたからね。この謹慎期間が終わる前に、食事も覚えてもらわなくてはならない事は分かるね?」
「分かる……。先生、オレに点滴触らせなかったから、点滴は覚えなくていいのかなって思ってた。……これが、マフィティフのメシになるのか? 先生が作ったのか?」
カインの手にあるそれは、どう見ても食事には見えない。首を傾げると、カインは言いたい事は分かる、と苦笑いで頷いた。
「もちろん。……まぁ、作り方は謹慎期間中に君にも覚えてもらうけれどね」
そう言って、カインはマフィティフに近付く。
普段通り一声掛ける。ピクリと耳が動いた事を確認して、スプーンを持ったままマフィティフの口を開けた。少しだけ開いた隙間からスプーンを入れて、モーモーミルクを流し込む。
「……よし。飲んだ」
「……!!」
「吐き戻す時は、どの程度吐き戻すのか見る為にミルクを使ったのだけど、いらない心配だった様だ。……ペパー、マフィティフは頑張っているよ」
「……っ、うん……!!」
「覚える事が増えたけれど、頑張れるかい?」
「おう!!」
「グッド。いい子だ。ひとまず、マフィティフの朝食はわたしが食べさせるから、君は良く見ておいて」
カインはそう言うと、マフィティフに朝食を食べさせる作業に意識を集中させた。
「クルク?」
「ランクルス、駄目だよ。わたしがやっているのはペパーの為の見本だ。手伝ってくれるのは助かるのだけれど……」
「……あ」
手を差し出したランクルスを押し留めて、 カインは首を振る。あくまで、ペパーが一人でやる為のお手本だと言っている横で、マフィティフの目がゆっくりと開いた。
「…………」
ふす、と口から空気を漏らしたマフィティフが、眠そうな顔で何度か瞬きを繰り返す。そうしながら、口に入れられたモーモーミルクを味わうかの様に口を動かしているのだ。
反射反応以外で動くマフィティフを見たのは、エリアゼロに降りて以来だった。
「……! せ、センセ、マフィティフが……!」
「……? ……ペパー……!」
カインを呼びながらマフィティフを指差すと、呼ばれた事に怪訝な顔をしていたカインも、マフィティフの変化に目を見開く。急いで、しかし出来るだけ静かに近付いてくるペパーにマフィティフの前を譲る様に立ち上がったカインと入れ替わりに、ペパーは大切な相棒の前に膝を着いた。
「ま、マフィティフぅ……!!」
ペパーの手を感じて落ち着いたのか、それとも夢見心地のままなのか。マフィティフは再び静かに寝息を立て始めた。
声は聞かせてくれなかったが、それでも目を覚ましたという事実が、ペパーは嬉しかった。
「久し振りの食事に驚いてしまったのかもしれないね」
「起きた……! マフィティフが……!」
「そうだね。……けれど……、いや。今言う事ではないか」
何か言い掛けたカインに首を傾げるが、彼女はペパーを見下ろして緩く首を振る。
「マフィティフが少しだけだが意識を取り戻した。けれど、やる事は変わらない。頑張ってマフィティフの世話を覚えなくてはね」
「はいっ」
「グッド。良いお返事だ。……そうだね。そろそろバイタルチェックの頻度を減らしても問題無さそうだ」
もちろん、気になった時はチェックしても構わないけれど。
そう付け加えたカインは、ペパーを労う様に肩を叩いた。
「マフィティフも良く頑張った。ペパーも良く頑張っているよ。この調子で頑張ろう」
及第点を貰ったペパーは、食事の後片付けを始めたカインの背中を見ながら嬉しい様な恥ずかしい様な不思議な感覚を覚えていた。
*
*
「カインセンセ、ここが分からないんだけど……」
その日の午後。ペパーに与えられている部屋の前を誰かが通る気配がした。課題の疑問点にぶつかっていたペパーが、その気配に急いで立ち上がる。
先生のアドバイスが欲しかったのだが、部屋の前を通り掛かったのはカインのポケモンの一匹だった。
「うぉ」
「モリリ?」
ハハコモリと言うらしいそのポケモンは、ペパーの慌てた様子に首を傾げる。マフィティフに何かあったのか、と部屋に入って来たハハコモリも、簡単な処置は出来るように教えられているらしい。マフィティフを看て、何も無い事にまた首を傾げている。
「あ、違くて……。センセに……、カイン先生に聞きたい事あって……」
「モモリ。リ……」
「先生、今日の午後はアカデミーじゃないよな?」
「モモリン。ハモリリ」
何かあった時の為に、アカデミーに出勤する時間帯はあらかじめ伝えられている。今日の予定では、午後はアカデミーではなく牧場で仕事をする事になっていたはずだ。
ペパーの疑問に、ハハコモリは窓に近付くと外を指し示す。
何だろう、と窓を覗き込むと、また見た事が無いポケモンを連れたトレーナーがカインと話しているのが見えた。会話の途中、カインの手にあるノートに何か書き込まれていくのも分かる。
「コモリ。モリモリ」
「……新しく預かるポケモンって事か……」
「リッ!」
謹慎期間中、ペパーの監督をしなければならない。牧場の仕事は通常通りこなさなくてはいけないし、アカデミーにも行かなければならないし……、と考えてペパーは改めて疑問を口にした。
「先生、いつ寝てんだ?」
「リモモ」
思わず漏れた疑問に、ハハコモリはうんうんと頷いた。
(何だ、ハハコモリもそう思ってんのか……。当たり前ちゃんだよな……。オレのせいで寝る時間減ってんだし……)
自罰的な考えに俯いたペパーを気にした様子も無く、ハハコモリはペパーの手を引いて課題の前に座らせた。
困惑するペパーを置いたまま、ハハコモリがそのまま部屋から出て行ってしばらく。カインが自分のポケモンに引っ張られる様に部屋に入って来た。
「ハハコモリが呼んでいるみたいだから来てみたけれど……。何かあったのかな? マフィティフの容態が変わった……、ならもっと急いでいるだろうし……。課題かな?」
「先生!? べ、別に来てもらうくらいの話じゃ……」
「そう? ……まぁ、来てしまったからついでに疑問があれば答えよう。何が分からないのかな」
「……忙しいんだろ。別に一人で何とかする」
「心配してくれてありがとう。でも、君の様子に気を配る事も仕事の内だよ。気にせず聞いてくれて構わないとも」
「…………。じゃ、じゃあ……ここの式が分からなくて……」
「うん。数学か。ハハコモリ、ランクルス達と一緒にきのみとフーズの用意をしておいて欲しい。夏草が足りない様子なら、君の判断で倉庫から持って行ってあげるように」
「リリッ!」
ハハコモリに指示を出すと、カインは壁に立て掛けてあったパイプ椅子を手に取る。そのままペパーの隣に椅子を置くと、ペパーが躓いている課題を確認して頷いた。
「よし、待たせたね。専門ではないけれど、わたしと頑張ってみよう。ロトム、数学の教科書データを。ここは……、うん、確率か……」
「ロトー!」
ロトムに依頼して、教科書の該当ページを確認しながらの授業が始まった。もちろん、カインの専門教科ではないから、教科書をそのまま伝える方式になってしまう訳だが。
「うん、考え方は合っている。タイム先生を参考にしてバトルを例えに出したけれど、君の場合、くじが当たる確率、で考えた方が理解が早そうだね」
「うぅ……。バトル苦手ちゃん……」
それでも、自分一人でぐるぐると考えるより良い。これで合っているとゴーサインを貰えただけでも、勉強出来ている気になれた。
「構わないよ、少し前進出来たからね。……ところでペパー。すまないけれど、ポケモン達の食事の用意が済んだら戻ってくるから、少しの間一人で頑張れるかな?」
「お、おぅ!!」
「……すまない。出来るだけすぐに戻るから」
だが、それもほんの少しだけだ。カインは忙しい。ちらりと時刻を確認して、申し訳無さそうに眉尻を下げた彼女はペパーに断りを入れながら立ち上がる。
心底申し訳なさそうな顔でペパーの肩に触れると、その手を伝ってバチュルがペパーの肩に降り立った。
「ちゅぎ!」
「うぉわ」
「代わりに、バチュルを応援係に置いて行くから」
「応援係……?」
「チュ!!」
「程良い"きんちょうかん"を与えてくれるはずだよ」
「えぇ……?」
どうせなら、答えを教えてくれそうなランクルスが良かった。
そんな事を考えている間に、カインは急ぎ足で部屋から出て行く。残されたペパーが改めて課題に向き直ると、いつの間にかバチュルがペンケースから予備のシャーペンを取り出していた。
「あっ!!」
「ギっ」
その上、器用にノートにミミズズの様な線を書いていく。「ギギチューウ」と鼻歌でも歌っているかの様な鳴き声と共にどんどんミミズズを伸ばしていくものだから、ペパーは指先でバチュルをつまみ上げた。
「チュギ!?」
「お絵かきちゃんならこっち。……ったく、タイム先生に怒られちゃうじゃねぇか……」
「ギ」
ノートを一枚破ってバチュルに渡すと、嬉しそうにまたミミズズを描き始めた。
バチュルの悪戯に集中力が途切れたペパーは、応援係のバチュルを課題の横に置いたままマフィティフの傍に歩み寄る。そのまま、いつもの様にバイタルの確認とマッサージを始めた。
「チュギ?」
「うぉわ」
そんなペパーに、いつの間にかテーブルから飛び降りて足元からよじ登ってきたバチュルが、課題をやらないのか、とペパーの肩を齧る。
「……課題はカインセンセが担当してくれる時間にすればいいし……。それに、マフィティフがイチバン優先だしな!」
「ギチュギっ……」
体毛を逆立てていたバチュルにそう言うと、バチュルはマフィティフとペパーを何度か見比べると、納得した様に頷いた。
「ギチュ」
「納得ちゃんか? 納得したら、そのままお絵かきちゃんをしててくれてもいいんだぜ」
「チュギャー」
そう言ってテーブルを指し示すが、何故かバチュルはペパーの肩からマフィティフの傍へと飛び降りる。何をするのかと思う間も無く、バチュルはそのままマフィティフの傍で小さな欠伸をすると……、何と目を閉じた。
「おやすみちゃんかよ……」
緊張感を与えられるどころか、マイペース過ぎるバチュルに、ペパーは大きな溜め息を吐いた。ストレッチャーの傍に椅子を持って来て、マフィティフを撫でながらカインの戻りを待つが、いくら待ってもカインは戻ってこない。
それどころか、何となく漂う焦げ臭さがペパーの鼻を刺激し始めた。
「……イヤな予感……。なぁ、バチュル」
「チュギ?」
「オレ、マフィティフから離れらんないからさ。カイン先生のお手伝い頼みたいんだけど……」
「ギィ……?」
「えぇ……? みてーな顔じゃなくて。なぁ、頼むよ」
「ンギィ……」
寝る態勢に入ったからか、バチュルはペパーの頼みに心底嫌そうな鳴き声で応えると、渋々マフィティフの傍から床に降り立つ。そして、バチュルの為に用意したのだろう小さな扉を開けて部屋を出て行った。
出て行くまでの間、「呼び止めてくれないかなぁ」と言いたげな様子でチラチラとペパーを振り返りながら。
「……焦がしてそうなんだよな……」
「……ふす……」
「オレはダイジョブちゃんだよ。まぁ……、ちょっと騒がしくなるかもだけど……」
強くなってきた焦げた臭いに、マフィティフもさすがに眠っていられなくなったらしい。鼻息を漏らして、薄く目を開けてペパーを探す。
宥める様に背中を撫でると、ペパーに危険は無いと判断したのだろう。マフィティフは再び夢の中へ戻っていった。
『ムシャーナ! 君も一緒に寝てどうするんだ!!』
遠くから、カインのそんな悲鳴じみた声が聞こえてきたのは、しばらく経ってからだった。バチュルが到着して、電流で起こされたのだろうか。
聞こえてくる声から予想すると、どうやら、火の番をポケモンに任せて、カインはわずかな隙間時間に眠っていたらしい。
ムシャーナに起こしてもらうつもりが、ムシャーナも仲良く眠ってしまったせいで鍋を焦がした様だ。
「……何だ、センセもちゃんと眠くなるんだな」
仕事では超人の様に感じていたカインの失敗に、ペパーは肩を竦める。
「ペパーすまない約束を破った! 反故の上乗せで申し訳ないけれどもう少し待っていて欲しい!!」
「チュギー!」
「鍋はもうダイジョブちゃんなのか?」
「底の方は焦げ付いて全く大丈夫ではないけれど! 約束を破った君に謝るのが先決だ!! ポケモンに食事を出して新しく来たポケモンの様子を確認して問題が無ければ戻る、そうでなくても担当時間までには戻って来るよ! ではまた後で!!」
その後、大慌てで部屋に戻って来たカインはそう言い残して、竜巻の様に再び出て行った。
「バチュルの"きんちょうかん"って、実はカイン先生に必要だったのかもな……」
肩にバチュルを載せていたカインは、寝落ちしたとは思えない程にしっかりしていた。寝て鍋を焦がしたとは思えない。普段と違う事と言えば……、バチュルをペパーの為に置いて行ったくらいだろう。
「……オレのせいで寝不足ちゃんなんだもんな……」
カインが約束を破った事には変わりない。しかし、約束を破る事になった睡眠不足の原因はペパーにあるのも事実。
怒るに怒れなくて、ペパーは複雑な気持ちのままマフィティフの背中を撫でた。