ゼロに続く道
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キィ キィイイ……
「…………」
マフィティフとペパーが眠る部屋の扉が開く。バイタルチェックの為に、カインがやって来たのだ。
ドアノブを回さずに扉を開ける為に、ドアストッパーを使って扉が完全に閉まらない様に。足音をたてない様にと、靴下で歩く。二人きりにならない為に連れているポケモンも、足音がしない浮いているポケモンなのだろう。
バイタルが表示されているモニターを確認する為に、部屋を明るくする事もしない。常夜灯のぼんやりとした灯りだけが頼りだ。
「………………」
そこまで気を配ってもらっても、ペパーは人の気配に落ち着いて眠れない。
昨夜は疲労と怪我のせいもあって眠る事が出来たのだが。眠る為の疲労があまり溜まっていない事もあってか、今夜は中々寝付けずにいた。
ようやくうとうとして来たタイミングで、カインが部屋に入ってくるのだ。どれだけ注意を払っても、浅い眠りの状態では衣擦れや空気の動きで人の出入りは分かる。
(……眠れないってバレたら先生お困りちゃんだぜ……)
ペパーに出来るのは、カインに気付かれない様に寝た振りをする事くらいだった。
とは言え、ペパーが眠れない時に添い寝してくれるマフィティフもいない。あまり寝返りをしていると、それこそ起きている事に気付かれてしまう。
(早く終わってくれー!!)
半ば祈る様にそう念じると、その思いが通じたのか、カインは来た時と同じく静かに部屋を出て行った。
ほぉ、と大きく息を吐く。知らない間に息まで止めていた様だ。
これが、ペパーがマフィティフの世話を完璧に覚えられるまで続く。悪化しなければ、バイタルチェックの回数は減っていくと聞いてはいるものの、少なくとも数日は眠れない夜が続くのだ。
ペパーが寝ている間、これほど頻繁に部屋の扉が開く事なんて無かったから余計にそう感じるのかも知れない。
そんな事を考えていると、ようやく眠気がやって来た。このまま眠れる事を期待していたペパーは、遠くで扉が開く音に薄く目を開ける。
「……ん……? とうちゃ……、おかえり……」
薄暗くて良く見えない。人の気配がする方へ顔を向けたペパーは、この場にいるはずのない相手への言葉を投げ掛けた。それに気付く事無く、ペパーはぼんやりと目を開けた。
「ふぁ……?」
常夜灯に照らされて、目の前には何故かもくもくと煙が燻っている。カインのムシャーナだ、と理解するより早く、ペパーはその煙を吸い込んだ。
「……無理やり眠らせる形になってすまない。マフィティフはわたしがしっかり診ているから、君は安心しておやすみ」
「せん、せ……」
「子供は寝る時間だ」
子供扱いなんて。
文句を言おうと口を開けば、ムシャーナが大きく欠伸をした。釣られて開きかけた口を更に大きく開けて欠伸をしたペパーは、突然強くなった睡魔に抵抗する事も出来ず、ペパーは気絶する様に眠ってしまった。
マフィティフはストレッチャーの上にいるはずなのに、大きくてあったかい体温が寄り添ってくれるのを感じて、ペパーはそのまま眠りに導かれていった。
*
*
ピピピピッ ピピピピッ
「…………あれ、オレ……?」
起床時刻を報せる目覚まし時計の音に、ペパーはぼんやりと目を開けた。腕を伸ばしてアラームを止めようとして──、寝袋のままではそれが叶わない事に気が付く。
「ワン?」
ペパーが起きた事を確認して、ムーランドがペパーに変わって目覚まし時計を止めた。前脚で軽く叩いて音を止めると、寝袋から抜け出そうと動くペパーの補助に近付いてくる。
「慣れねぇなぁ……」
マフィティフよりも体毛が長いムーランド。口が見えない程の体毛だと言うのに、寝袋のファスナーに巻き込む事無くスムーズにファスナーを開けた。
ムーランドに礼を言って、ペパーは早速マフィティフの元へ近付く。昨日、寝る前と全く変わらない静かな寝息。耳を近付けなければ聞こえない程度の寝息を確認して、ペパーは首を振った。
「何か……、ねぇのかよッ……」
カインは、遠い地方に伝わる秘伝の薬を使ってくれた。それでも完治しない。他に使える物は無いのか、歯痒い思いでいっぱいだった。
「おや、今日は早いね」
マフィティフの為に、勉強しなくてはいけない。それと同時に、マフィティフの治療方法も調べたいと、思考がぐるぐると回っていたペパーは、扉が開いた事に気付かなかった。
カインに声を掛けられて半ば飛び上がったペパーを横目に、カインは真っ直ぐにマフィティフの傍へやって来る。
「先生!!」
「うん、おはよう。それはともかく、鼓膜がダメージを受けているから聞こえないと思っているのかい? マフィティフの傍で大声を出してはいけない。声は振動だよ」
朝の挨拶もそこそこに、早速怒られてしまった。
「う……、ごめんなさい……。じゃっ、……ない……! 無理やり寝かせて……」
不満で声が大きくなる度に、無言で手を下に押し下げる動きをするカインを前に、ペパーは一度深呼吸をした。
「すぅ……。……先生、何でオレが寝てないって気付いたんだよ」
「寝ている時は、人もポケモンも無防備になる。普段はあまり意識する事は無いだろうけれど、安心している時とそうでない時の呼吸は違う。最初の入室で、不規則な呼吸に気付いていたとも」
話しながら、マフィティフのマッサージが始まった。前脚を揉むカインに促されて、ペパーも後ろ脚に触れる。……冷たい。いつもの温かさには程遠い触感に、ペパーはまた後悔に唇を噛んだ。
「眠りが浅いだけかと思ったのだけど。二回目も同じ様子だったから、偶然ではないと判断して眠らせた。睡眠は大事だ。君だって怪我をしているのだから」
「だからって、無理やり眠らせる様なマネ……」
「……確かに。無理やり眠らせた事については謝ろう。今日から本格的に課外授業を始める。覚える為には、頭だけではなく体力も使うから、少しでもしっかり眠らなければ辛いだろうと思ったんだ」
「…………」
謝ってもらったのに、ペパーの胸はスッキリしない。腕を組んで顔をしかめるペパーは、無言でマフィティフに目を向けた。
謝罪が足りなかったのだろうか。ペパーが不満を口にしない以上、カインには解決の手立ては無い。
しばらくペパーの言葉を待ってみたが、彼は言葉を発する様子は無い。不満はあるのだろうが、授業に差し支えが無ければ、カインにとってペパーの不満は後回しにする程度の問題だ。
「朝食の用意は出来ているよ。顔を洗ったら、昨日のリビングに行きなさい。わたしも今回のバイタルチェックが済んだら報告ついでにリビングに行こう」
「…………」
カインの指示に、反応は無い。
困った子だ、とため息を吐いて、カインは傍に控えるムーランドに目を向ける。
「……ムーランド」
「ワンッ!!」
「……、うぉわ!?」
呼び掛けただけで、カインの意図を察したムーランドがペパーの足元で小さく吠えた。そのまま、彼の足をグイグイと扉の方へと押し出していく。
ポケモンに押されれば、さすがに立ったままではいられない。大人しく移動を始めたペパーを見送って、カインはマフィティフの傍らに膝を突いた。
「怪我や病気は診れば分かるけれど。君とあの子程の付き合いならばともかく、わたしには心の中まで言わなければ分からないものだからね。何が不満なのか、君には分かるのかな?」
「…………」
深い眠りに就いているマフィティフから返事が来る事は無い。それを分かっていながらも、カインは問い掛ける言葉を飲み込めなかった。
「……教師として、大人として不完全な対応だったのかも知れないけれど。君も治してやれやしないし、中々難しいものだね」
そう話し掛けながら、マッサージまで済ませたカインは、彼をリビングへ連れて行こうとストレッチャーを動かした。
タイヤのロックを外す音に、慌てて遠ざかって行く足音が聞こえる。聞かれて困る独り言では無かったが、カインはやれやれとため息を吐いた。
「……信用されていないのか……、それとも信用が無くなったのか……」
これは課外授業初日からハードな事になりそうだ。カインは眉間を揉みながらもマフィティフの朝食を遅らせる訳にはいかないと移動を始めた。