番外編
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どうしてこうなってしまったのだろうか。カインは起き抜けの頭で考える。
太陽は、既に地平線から全身が見えている。いつもならば、頭を出す頃には活動を始めているのに、だ。
「……寝坊した……」
半ば絶望の色を滲ませたカインの言葉に、隣で夢現のペパーが大きく欠伸をした。
*
*
「カイン! 一緒に寝よう!!」
「断る」
「なんでだぁー!?」
「何でも何も。そもそも何故ペパーがここに?」
夕方の仕事を終わらせて、カインがリビングに戻ると何故かペパーに出迎えられた。
同衾の誘いをにべもなく断ると、ペパーは大袈裟な程に肩を落とす。
ペパーはアカデミーの在学中にも、何かと理由を付けてカインの牧場に足を運んでいた。レポートの参考文献を貸し与えたり、教師として出来る限りのサポートをしてきたつもりだった。
卒業してからは、自分の夢の為に努力するのを遠目に見守る事になるだろうと思っていたのだが。……かなりの頻度でペパーがリビングにいるのは何故だろう。
「今日はランクルスとムーランドが入れてくれたぜ!」
「…………。二匹に限らず、皆には後で言い聞かせるとしよう」
頭の痛みに、カインは眉間を揉む。
見知った顔でも、気軽に部屋に入れてはいけないと、ポケモンには後で説教をするとして、だ。先にペパーの相手をしなくてはいけない。
「一緒に寝よう、なんて言った理由を聞いても?」
「オレがカインと一緒に寝たいからだけど?」
「…………あのね、ペパー。何度も繰り返すけれど、付き合ってもいない男女が一緒に寝るのはどうかと思うよ」
「じゃあ付き合う」
「付き合わないよ」
「何でだよー!?」
「……何故ってそれは……」
わたしは教師で、君は生徒だからだよ。
いつも言っていた理由を言い掛けて、カインはそう言えばと思い出す。
そうだ、ペパーはもう生徒では無い。その理由はもう使えないのだ。
ペパーもカインが言い掛けた言葉を察したのか、不満を隠す事無くこちらを睨んでくる。
「オレ、もう生徒じゃないぞ」
「……そうだね。そうだった……」
「……カインはオレの事嫌いか?」
カインを睨んでいたペパーの瞳が不安に揺れた。
縋る様にも見える瞳に問い掛けられて、カインは突き放す事が出来なかった。
「……嫌っていたら、どれ程楽だったか……。そもそも、わたしが君を嫌っていたなら、ポケモン達が君を中に入れないよ」
「……っ、じゃあ……!!」
「ゴールポストを動かすのは良くないと、重々承知はしているんだけど。……ペパー」
「っ、何だよ」
「未成年との同衾はどうかと思うんだ……。教師と生徒の距離感があった様に、大人と未成年の距離感があるのでは、と……」
そもそもの話。教師としての仕事もあったとは言え、親身になって頼れる大人であるカインに親愛の感情を覚えるのはある意味当たり前だ。ペパーの場合、両親含めた大人よりも、マフィティフと過ごす時間が長かった事情があり、カインは彼の中にある親愛の比重が他より大きい事も察しが付いていた。
「アカデミーを卒業して広い世界に踏み出すだろうペパーに、一過性の感情に身を任せて欲しくない」
「……決め付けちゃんかよっ……。オレの心を勝手に決めんなよ!」
カインの言葉を全て待って、ペパーは怒りに肩を震わせる。そのまま自分の荷物を担いで、部屋から飛び出してしまった。
「……バゥフ?」
ムーランドからは気遣う様な掛けられるが、カインは遠くで玄関の扉が叩き付ける勢いで閉められた音を聞いても動けないでいた。
「追い掛けないのかって……? 追い掛けてどうするんだい?」
いつまでも、カインの庇護下にいてはいけない。そう思って突き放したものの、カインは自分でも可愛がっていた自覚のあるペパーを拒絶した事に自分でも傷付いていた。
「これで良いんだ、これで……」
自分にそう言い聞かせるカインの耳に、再び玄関が開く音が飛び込んできた。
「何で追い掛けて来ねぇんだ!!」
その言葉と共に飛び込んで来たのは、もちろんペパーである。寂しさと怒りが綯い交ぜになった表情をしている彼に、カインは思わず天井を見上げた。
「……試し行動かー……」
「ホントにキライになっちまうぞ!!」
「それは……、それは嫌だな……」
ペパーにそう言われて、実際に彼から嫌われたらと想像してみた。それはきっと、カインの手から離れる事とはまた違うのだろう。
「……うん、色々言い訳を並べたけどね、ペパー。わたしの感情としては、ペパーに嫌われるのが怖いんだ」
「……添い寝をずっと断られるとキライになるかも……」
「それはそうだ。だけど同時に、ペパーの希望に応えた際に困るのが、社会秩序や倫理という訳になるんだよ。……うーん、どうしたものかな」
誘いをずっと断り続けたら、好意は目減りしていくのは当然だ。相手は未成年。まだ守るべき存在なのだ。
「カイン……、先生でも分かんねぇ事ってあるんだな」
困り果てていたカインに、ペパーも真剣な顔になって考え込む。
「そりゃあね。先生と言っても、わたしが学んできたのはポケモンに関する事ばかりだし、人との付き合いよりポケモンと接している方が長いからね」
「カインが言ったんだろ。困った時は大人に頼りなさいって。カインより大人に聞けば解決ちゃんだぜ!」
「わたしより大人って……。歳上か……」
ペパーに言われて、カインは自分よりも歳上の面々を思い浮かべる。
コミュニケーションに関する事を教えているセイジが一番に頭に浮かんだものの、これはただの恋愛相談ではない。
他に歳上の……、と考えて、そう言えば付き合いの長い歳上の後輩がいる事に思い当たった。
「フユウだ」
「フユウ?」
きょとんと目を丸くするペパーを手招きして、フユウの電話番号を呼び出す。
歳上の後輩。アカデミーの生徒も使うボックスの管理人の一人だ。カイン自身は仕事以外でも何かと関わりがあるものの、ペパーはボックスに赴かなければ直接の関わりは無い。聞き慣れない名前に首を傾げるのも当然だ。
「ボックスの管理人の一人だよ。……ペパーはボックスを使っていなかったかな?」
「そうだなぁ……。アプリは入れてんだけど、特に使ってない。だって、せっかく仲間になってくれたのにボックスに預けたら寂しいだろ。そいつ、カインより大人なのか?」
「大人だとも。それに、彼女のパートナーは歳上なんだ」
「……カインより大人で、そいつより大人なパートナー……?」
「歳の差がある部分が共通しているだろう? 何かいい話を聞けないかと思ってね。……あと別件だけれど、"そいつ"呼ばわりはあまり良くない」
「う……、ハイ……」
カインに短く注意を受けたペパーは、大人しく肩を落とした。反省の様子を見て、カインはスマホ画面に表示された番号を指し示す。
「彼女に……、フユウに電話をしてみよう。ペパーが聞きたい事は何かな?」
「……どうしたらカインがオレと添い寝してくれるか」
「オーケー。ではわたしは……、未成年の相手が成人するまで交際しない事を説得する助力を頼む、といったところかな」
「付き合うつもりはあるってコトか!?」
「ロトロトロト──」
「カインー!!」
ペパーの叫びをBGMに、ロトムはフユウと電話を繋いだ。
*
*
『ははぁ……。そりゃあ、ウチに相談するのも納得な案件ですねぇ……』
ペパーと二人、椅子を並べて座ったカインが事のあらましをフユウに語ると、電話の向こうから神妙な声が返ってきた。
「……正直な事を言うと、プライベートな話題に巻き込んですまないと思ってる……」
『いえいえ! 先輩に頼ってもらえるんは嬉しいです! 嬉しいんですけど……』
「……何やら含みがあるね?」
『うーん……。いやぁでも手応えはあるっぽいしなぁー!』
電話の向こうで苦悶の声を上げている。気を遣っているのか、ペパーが口の動きだけで「大丈夫ちゃんか?」と言う程に悩んでいる声だ。
『よしっ。バシッと言わせてもらうとですね』
「うん」
フユウが悩む程の問題なのだろうか、とカインが内心申し訳無く思っている内に、フユウの中で何やら答えが導き出されたらしい。
思わず居住まいを正したカインを知ってか知らずか、フユウの言葉は意外にもペパーに向けられた。
『ウチ、ペパーくん側の立場なんですよね』
「そう、だね……?」
フユウのパートナーは、ポケモンリーグ職員のアオキだ。歳下である、という点では、確かにペパー側の立ち位置になる。
『ペパーくん』
「う、ウス!」
はて、と首を傾げていたカインの隣にいるペパーは、急に呼び掛けられて背筋を伸ばした。
『押して押して押しまくったれ! 先輩の理論武装なんて吹き飛ばしたったらええんや!!』
「……フユウ?」
「分かったぜ!!」
元気の良い返事は素晴らしい事だな……。
そんな現実逃避をしてしまうくらい、フユウの言葉は威勢が良かった。
フユウの言葉通り、カインの肩をぐいぐいと押している様子を知ったら何と言うのだろうか。
「ペパー、待ちなさい。肩を押さない。電話中にちょっかいを掛けない」
『え、ペパーくん肩押してる? 違う違う、ストレートに好きって言うって事』
「ペパーへのアドバイスではなく!」
『あはは』
電話口から楽しそうな笑い声が聞こえる。楽しんでいるのではないか、という疑念が湧いてきたが、それをどうにか飲み込んだカインは努めて平静に問い掛けた。
「わたしへのアドバイスは無いのかい?」
『んー。先輩が心配してるのは、他人から指差される事ですよね?』
「それっ……、も無くはないけれど。せっかく広い世界に踏み出したペパーの近くにわたしがいると良くないのではないかと!!」
『押すのはこのポイントや! 頑張れペパーくん!!』
「おっ、おう!!」
『あっ、話変わりますけど先輩。ゴールポスト動かすの良くないと思いますよ。約束は守らなきゃ……、ですもんね!』
「それは確かにそうだけれどね! あっ……、フユウー!!!」
本当にペパーへのアドバイスだけで終わってしまった。プツン、と切れた通話相手に、届かない叫びを上げたカインは、思わずテーブルに突っ伏した。
「カイン」
「……何かな、ペパー……」
「カインは意地悪ちゃんでオレの気持ちを見ないフリしてる訳じゃないだろ?」
「それはもちろんだとも」
「アカデミー卒業してないからダメだったんだろ? もう卒業した! 一回だけでいいから、カインと眠りたい」
「……」
「あっ。でも、寝て起きた時にカインがいないのはナシだぜ」
「…………そうは言うけどね。ベッドは一人用だ。枕も一つしか無いし狭いと思うのだけど……」
「それでいい。……けど、カインがイヤならそう言ってくれよ。ずっと理由並べて断るばっかでイヤだって言わなかったけど……」
「立場的に困るとは思ったけれど、君からの好意は嫌ではなかったからね」
身近な大人に向ける信頼から、カイン個人への親愛に変わっても、最後までカインは大人としての対応を貫くつもりだったのだ。
「うぅん……。一緒に寝るだけだ。ちなみに、知っているだろうけれどわたしの朝は早いよ。起きた時に不在でも怒らないでくれるのなら一緒に寝よう」
「やっ……、たぁーーー!!! カインならオレのお願い聞いてくれるって信じてたぜ!!」
喜びを爆殺させたペパーが、喜びそのままにカインの手を握り締める。握り締めた手を上下に振るその様子に、カインの中にある倫理や秩序のルールも大きく揺さぶられていた。
*
*
「うぅ、ん……」
翌朝。ポケモンとはまた違う温もりを感じながら目を覚ましたカインは、まず何よりも先にいつもの様にスマホロトムでポケモン達に異変は無いか簡単に確認する。
その為に起き上がってから異変に気付いた。
……外が眩しい。普段なら、まだ太陽が昇り始めた時間帯だから、眩しいと感じる事は無いのに、だ。
「いまっ……、……何時だ……?」
傍らのペパーは、まだ夢の中にいる。彼を起こさない様に、動揺で大きくなった声を慌てて抑えながら時間を良く見る。……手の中にあるスマホは、いつもより二時間程遅い時刻を表示していた。
「……寝坊した……」
絶望で遠くなりそうな意識をどうにか踏み止まらせて、カインは急いでベッドから足を下ろす。
「んん……? どこ行くんだ……?」
「仕事だ。ポケモンを待たせている」
「んん……、ポケモン……?」
「君はもう少し寝ていると良いよ。わたしがいない分、ベッドを広く使えるしね」
「……カインが起きるならオレも起きる……」
もそもそとベッドから起き出すペパーを背に感じながら、カインは仕事用に最低限の身嗜みを整えて部屋の扉を開けた。
「そんなに急いで……。ん? カイン、何でまだ部屋にいるんだ?」
その様子に違和感を持ったペパーが、尤もな疑問を投げ掛ける。
マフィティフの介護を教える為に、一緒に暮らした期間がある。早朝から働いている事を知っているペパーも、自分が起きる時間にカインがまだ仕事をしていない違和感に気付いたのだろう。当然の疑問に、カインは閉め始めた扉の隙間から顔を覗かせる。
「……寝坊したんだ! わたしは急ぐから、朝の仕事が終わるまでの間、君は好きに過ごしていてくれ!!」
そう言い残して、カインは早足でポケモン達の元へと急いだ。
「カインがお寝坊ちゃんなんて……。そんな時もあるんだな」
「チュギラ……!」
「ワンっ……」
牧場の仕事を始めて以来、寝坊した事が無かった事を知る由もないペパーの呟きを訂正する人は誰もいなかった。
そんなペパーと伝わらないポケモンの訂正を他所に、カインは仕事とは別に思考を侵食する事実に唇を噛む。
「人と同じベッドで寝てよく眠れた、だなんて」
社会秩序と倫理で武装した心が、一晩一緒に寝た体温で溶かされた気分だ。
「ペパーに発破を掛けたのだから、今度はわたしを助けてもらいたいな!!」
自宅でくしゃみをしているだろう歳上の後輩への文句を漏らしながら、カインは自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた。