番外編
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「……バレンタイン……」
スマホのカレンダーアプリを睨み付けて、ペパーは一人で呻いた。
バレンタインが刻々と近付いてきている。イベントに活気付いていく街を歩く度に、ペパーの脳裏にはカインの姿が何度も過ぎっていた。
マフィティフとエリアゼロに降りて以来、何かと気遣ってくれるカインに少しでも返したい。そう思っていたものの、なかなかタイミングを掴めなかったペパーにはちょうど良い機会ではある。
しかし、気恥ずかしい気持ちが計画の邪魔をするとは思わなかった。
毎日花屋の前まで来ては、黒い眼差しを受けたかの様に立ち止まるペパーに、店頭で花の世話をしているスタッフも苦笑いをしている。
「……明日……。明日こそ買うから……」
「バゥフ……」
「あんまり早く買うと、カインに渡す前に元気が無くなるかもしれないし!!」
ちなみに、この言い訳をマフィティフに言うのは三回目である。
呆れた様子を隠す事もしなくなったマフィティフに、ペパーは仕方が無いだろうと肩を落とした。
「……オレのプレゼントで、カインを困らせたらどうしようって思っちまうんだよなぁ……」
気恥ずかしい気持ちももちろんある。しかし、それ以上に、ペパーには贈り物をする事に対して怖いという気持ちがある。
幼い頃、両親に贈り物はした事はあったが、それを喜んでくれた記憶が無いからだ。
"ありがとう"。その一言の後は、机の上にずっと置いてあった。今なら、飾っていてくれたのだと分かるものの、それが分からなかったあの頃はとても傷付いたものだ。
ずっと一緒にその光景を見てきたマフィティフは、静かにペパーの足元に身体を寄せる。『またあんな気持ちになるのが怖い』。相棒が漏らした弱音に、マフィティフは無言で寄り添った。
*
*
「バレンタイン」
世の中はバレンタイン。アカデミーから見えるテーブルシティも、何だかいつにも増して華やいで見えた。
「カイン先生、今日は何かスケジュールあり申すか?」
そんな空気感の中、帰宅の用意をしていたカインは、クラスを受け持つセイジにそっと声を掛けられた。愛妻家の彼の事だ。きっと、今日の日誌確認を代わって欲しいという話だろうと当たりを付けながら、帰宅の用意を止めないまま答える。
「バレンタイン当日は牧場の仕事ですね。日付が関わらない仕事ですから。なので、セイジ先生ご自身で頑張ってください」
「それはベリベリ把握した上で……、日誌に目を通すのは……」
「駄目です。セイジ先生だけに融通を効かせる事は出来ません」
「ノォー!!」
「わたしに頼むのではなく、生徒にお願いしてください。奥様の為にと言えば、皆喜んで協力してくれるのでは?」
「オーケー……。生徒にもジラーチにも願い事するよ……」
予想通りの頼み事に笑いながら、カインはさっさと職員室を後にした。明日から牧場に新しいポケモンを受け入れる予定なのだ。環境を整えておかなくてはならない。
「さて、最終調整を……、おや」
スマホに目をやりながら、仕事場でもある自宅に戻ったカインは、入口付近で蹲っている人影に目を見張った。まだ授業があるはずの時間帯なのだが。
「……ペパー!?」
すぐさま支払い慌ててタクシーのゴンドラから飛び降りると、カインは小走りでペパーの元へ向かう。何かあったのか、と焦る気持ちを抑えて彼の前に立つと、ペパーは抱えていた膝を解いて立ち上がった。
「……! カイン、お帰りちゃん」
「うん、ただいま。……ではなく。こら、授業はどうしたんだい?」
お帰り、と迎えられて当たり前のように言葉を返してしまったが、すぐに教師としての顔になる。しかし、険しい顔になったカインを前に、ペパーは特に気にした風も無い。
「そうは言うけど、もう学校の外だからな! センセの説教はナシだぜ!!」
「制服のまま何を言ってるんだ。その言い訳を使うなら、せめて私服を着なさい。まぁ、聞いてあげないけれど」
「そこは聞くって言ってくれよぉ……」
勝ち誇った様に笑ったペパーは、カインの言葉に力無く肩を落とした。
そんな様子を内心可愛らしいと思いながら、険しい顔をしたままペパーに用向きを尋ねる。
「それで。学校を抜け出して何の用かな? 抜け出す程大切な用事でなかったら容赦無く送り返す」
「ぐっ……。大切な用事。夕方だと、カインの牧場、夕方の仕事でバタバタちゃんだろ?」
「そうだね。その前に、明日から迎えるポケモンの為の準備をするつもりだったんだけれど」
「う……」
だから忙しい、と伝えると、ペパーは目に見えて落胆した。
「そか……。そうだよな、カインいっつも大忙しちゃんだもんな……。悪ぃ、帰る……」
忙しいなら帰る。……しょぼしょぼと帰っていくペパーの後ろ姿に、何だったんだろうと首を傾げる。呼び止めた方が良い気がして、カインが腕を伸ばすより先に、何故かペパーの腰にあるボールからマフィティフが飛び出してきた。
「うわっ!?」
飛び出したマフィティフはペパーの前に立ち塞がる。そのまま彼に追い立てられる様に戻って来るではないか。
「ワンッ!! ガゥルル……」
「わ、分かった! 分かったから!! 頑張るから!!」
「……??」
「ちょっと……、ちょっとだけ待っててくれ!!」
そう言うと、ペパーはマフィティフに監視されながらいつも背負っている大きなリュックを地面に下ろして中から袋を取り出した。何事かと困惑するカインを他所に、ペパーは続けて大切そうに缶を手に取る。
「今日はバレンタインだろ? だから、カインにプレゼント用意したんだ!!」
「お、おぉう……?」
バレンタイン。貰うつもりも渡す予定も無かったカインは、セイジとの会話以降バレンタインの事が綺麗さっぱり抜け落ちていた。こうしてペパーにプレゼントの用意を言い渡されて、硬直する程度には驚いている。
何だろう。大きな袋と缶。どちらも可愛らしいラッピングが施されている。
「クッキーと……、こっちドライフラワー。カイン、これ以上お世話するヤツ増やすと大変だからな。飾るだけでいいのを選んだんだ」
「プレゼントを二つも!?」
決めきれずに、どちらが良いか選ぶ形になったのだろうか、と考えていたと言うのに。まさか用意した二つ共渡される事になって困惑しきりのカインに構わず、ペパーは半ば押し付ける様に二つのプレゼントを手渡すと、満足そうに笑った。
「これ渡したかったんだ! じゃあな! また明日!!」
かと思うば、カインがそれ以上何か言う前にそそくさとリュックを背負って走り去ってしまった。ニヤッと笑ったマフィティフも、すぐに相棒の背を追って行く。
残されたカインはと言えば、困惑した表情でその姿を見送るしかない。
やるべき仕事は残っているのに、せっかく用意してくれたプレゼントを持ったまま仕事をする訳にも行かず、カインはひとまず自宅のリビングでプレゼントを開けた。
「凄いな。……バラと……、これはカスミソウかな? こっちはクッキーの詰め合わせ……」
ペパーがドライフラワーだと言って渡してきたプレゼントの中身は、花瓶に飾られた状態のドライフラワーだった。可愛らしい花のお陰で、リビングが一気に華やいだ様に見える。
「……クッキーも凄い量の詰め合わせだな……」
どれだけ頑張ってくれたのだろうか。カインが一人でこのクッキーを全て食べ切るには、一週間程掛かってしまいそうだ。
「チュギ!」
「……駄目だよ。このクッキーはわたしが貰ったんだ。バチュルにもあげないよ」
「チュイ!?」
早速食べようと、テーブルに降り立ったバチュルを手で制して、カインはあっさりとバターの香りごと蓋を閉めた。
食べさせてもらえるつもりだったバチュルの抗議をスルーして、カインは頭を抱える。
(お返し……、どうしたものだろう……!)
貰ったのだから、返さなければ。大人だからではなく、人としての話だ。そこに他意は無い。
(そうだ。教師の立場でペパーの好意には応えられないけれど、お礼はするべきだ)
自分にそう言い聞かせて一つ息を吐くと、カインは突然頭を抱えた自分を心配そうに囲むポケモン達に微笑んで、ロトムに目を向けた。
「……ロトム。ディナーのオーダーを頼む。ペパーが好きな料理を中心にバランス良く任せたい。……もちろん、ポケモン達皆の分も含めてね」
ペパーが頑張って用意したクッキーだ。美味しいに決まっている。しかし、自分の食に無頓着なカインの手元できっちり保存出来る自信が無い。そんな状態でこれを一人で食べ切る頃には、せっかくの美味しさが半減してしまいそうだ。
だから、お返しついでに美味しい内にペパーと一緒に食べようと決めた。
仕事に忙殺されているカインの手元には、当日それを決めて実行できるだけの貯金が眠っているのだ。
「その後、ペパーに連絡を……。……いや、それはわたしが自分でやる」
ペパーの頑張りへの返礼だ。自分で考えなくてはいけない。
「よし。そうと決まれば、仕事を終わらせなくては。皆、手伝って欲しい。ゆっくりディナーを味わう為にもね」
カインの言葉に、手持ちのポケモン達が俄然やる気を見せる。我先にと飛び出していこうとするポケモン達が部屋の出口で詰まっているのを見たカインが、無言でモンスターボールに戻すまでに、そう時間はかからなかった。
「誰が一番頑張っても、ペパーのクッキーはあげないからね」
ボールを揺らして不満を訴えるポケモン達に苦笑いをして、カインは大切なクッキーをそっと冷蔵庫にしまった。