番外編
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「先生来ないね……」
授業開始のベルが鳴ってもう十五分は過ぎた。いつもならば、生徒より先に教室に入って用意しているポケモンとの生活学の担任が来ない。
最初はカイン先生でも遅刻するんだな、程度に和やかな雑談が繰り広げられていたのだが、これほど遅刻するのはさすがに穏やかではない。授業を忘れちゃったのかな、と冗談交じりの言葉も少なくなり、今はもう全員が不安な顔を見合わせるだけだ。
「オレ、ちょっと職員室行ってくる!」
そんな中、ペパーが立ち上がった。確かに、このままざわついていてもどうしようもない。その言葉に名案だと頷いた生徒達に見送られて、ペパーは走らない程度の早歩きで職員室へと急いだ。
しかし到着したものの、肝心の職員室に教師達がほとんどいない。それはそうだろう。今は授業中だ。自分が受け持つ授業を行っているのだから。
幸運な事に、唯一残っていたレホールに担当教師の所在を尋ねると、彼女は事も無げに言った。
「ああ、カイン先生なら病院だぞ。……なるほど、そう言えば担当していた学科の時間か。伝達が遅くなってすまなかったな。自習をするより他あるまい」
「びょう、いん……!?」
「少々厄介な事になってな。ポケモンに襲われて大怪我を……、どうした?」
「いやっ、なんでも……、ない、です……」
震える声で何とか返事を絞り出して、ペパーはクラスの皆に伝えるように言われた言葉を胸にフラフラと職員室を出る。
そこから先はあまり覚えていない。呼び掛ける声に気付いた時は授業時間も終わり、心配そうな顔で声を掛けるアオイとボタンの顔が目の前にあった。
「授業、もう終わったよ?」
「どしたの? さすがに顔色悪過ぎ」
「おっ、おう……。何でも無いぜ!!」
「……」
顔を見合わせる二人にもう一度何でも無いからと言い残して、ペパーは急いで寮の部屋に逃げ帰った。
教科書をしまう事すら放り出して、ペパーは震える手でスマホを取り出し、カインの番号を呼び出す。
(レホール先生は大ケガだって言ってたけど、カインだもんな。案外ケロッと電話に出てくれるかも……!)
そんな期待を胸に、電話が繋がる瞬間を待ちわびていたペパーは、無機質な呼び出し音が途切れるのを聞くなり呼び出した相手の名を呼んだ。
「……っ! カイン!」
『……バフッ? ワン。バウウ!』
「……む、ムーランドか……?」
電話口に出たのは、カインの相棒であるムーランドだった。
『ワンっ! バウバウ。ワフゥ……』
「な、なぁ、ムーランド。カインはどうした? そこにいないのか?」
電話越しに何かを伝えようとしてくれているが、声だけではムーランドが何を伝えたいのか分からない。助けを求めるようにマフィティフを見下ろすと、心得たとばかりにムーランドと会話を始めた。やり取りする事しばらく、マフィティフはペパーを振り返ると無言で首を振る。
「今、カインは近くにいない……?」
「ワン」
「……カインがケガしたってのはホントなのか……?」
「ガウ」
ペパーの問い掛けに、マフィティフは静かに頷いた。ペパーは信じたくなかったが、レホールの言葉は本当だったのだ。
「じゃ、じゃあ! カインはどこの病院にいるんだ?」
『……ワンッ』
「ガウッ」
ペパーの質問に答えてくれたかは分からない。ムーランドの短い鳴き声を最後に、電話は切れてしまった。
「マフィティフ……」
案内してくれるか? 期待を込めてマフィティフを見下ろすと、相棒はペパーを見上げてニヤリと笑った。
「……! さっすがオレの相棒ちゃんだぜ! よし、そうと決まれば早速行くか!」
「ガウッ!!」
病院に行くには、いつも背負っているリュックは大きい。仕舞っていた学生鞄を取り出した。
財布は入れた。マフィティフ以外の手持ちモンスターボールも入れたし、スマホロトムにも鞄に入ってもらった。準備は万全だ。
「よし! ……なぁ、マフィティフ。カインがいる病院は歩いて行ける場所か?」
ムーランドから話を聞いたのはマフィティフだけだ。マフィティフに聞かなければ、ペパーには病院の場所は分からない。
「フ……、ガルル。……ワンッ!!」
「ロトー!!」
「どぅわ!?」
任せろ、とばかりに頷いたマフィティフが一つ吠えると、鞄に入れたばかりのスマホロトムが飛び出してきた。
驚くペパーを他所に、スマホの中にいるロトムに声を掛けるマフィティフに応えて、スマホのマップアプリが起動された。しっかりと目的地のピンも立ててある。
「病院はテーブルシティか……。これなら歩いて行けるぜ!」
良かった。この距離ならば、タクシーを使うまでも無い。面会できる様なら、学校終わりに毎日お見舞いに行く事も簡単だ。
こうして、マフィティフ頼みのペパーの見舞いが始まったのだった。
*
*
「…………病院じゃないな……」
「バゥフ」
途中からおかしいとは思っていたのだ。何せ、いつも食材を買う為に通る道を歩いていたのだから。
しかし、マフィティフは自信満々にペパーを先導する。彼を信じて歩くペパーが到着したのは、南門近くのオーラオーラだった。
「……なるほど! さては腹ぺこちゃんだな?」
「マフゥ」
「まあ、そろそろ買い物はしなきゃだったけど……」
冷蔵庫の中身を呼び起こす。確か、やきチョリソーが残り少なくなっていたはずだ。来てしまったついでに買っておこう。
「冷蔵庫の中覚えてるなんて、さすがマフィティフ! かしこいちゃんだな」
「……ワンッ」
「……ん? ポテトサラダが気になるのか? まぁ、あってもいっか……」
ポテトサラダの他に、マフィティフが前脚で示す食材を追加でいくつか買ったペパーは、いい買い物をしたと満足気に頷いて──、本来の目的を思い出した。
「……買い物じゃなくて! マフィティフ、カインセンセがいる病院! ムーランドに聞いたんだろ? 案内してくれよ」
「ワンッ!」
「今度こそ頼むぜ……!」
任せてくれ、とばかりに笑ったマフィティフが、再びスマホロトムを呼んだ。呼ばれたロトムが指し示した次の目的地は空飛ぶタクシー乗り場だった。
「……え!? タクシー乗るのか?」
「バフっ」
「わ、分かったぜ……。とりあえず行けばいいんだな?」
マフィティフに足を押されて、ペパーは戸惑いながらも歩き出す。
「おっ、学生さん。今日はどこまで行きますか?」
「あ、あの……。ポケモンが電話越しに目的地聞いた場所に行きたくて。オレは場所分かんない、んです……」
「ほほう? なるほど。イキリンコ、聞いてやってくれ」
「ピキェー!!」
タクシードライバーの声に、ゴンドラの上で待機していたイキリンコが一匹、マフィティフの目の前に降りてきた。何度か鳴き声を上げた二匹は、すぐに意思疎通を完了させたらしい。
「ピッ、ピッピェ。ピーキェー!!」
「ピーキェー!!」
「……どこだって言ってるか分かんのか……?」
「この鳴き声はムクロジ方面だな」
「ムクロジ!?」
ムクロジに大ケガを診てもらえる病院があるのだろうか。最近少しずつジムを回り始めたペパーは、他の街に明るくない。仕事中に運ばれたのかな、と予想する事しか出来なかった。
ポケモン達しか目的地を把握していないので、タクシーの料金は後払いにしてもらう。マフィティフとゴンドラに乗り込んで、ペパーは緊張が高まるのを感じていた。
「お、おお……?」
ペパーの緊張に反して、ゆっくりとゴンドラの高度が下がり始めた。ムクロジタウンに到着したら、またマップにピンを立ててもらわなければならない。
今度こそ、病院が目的地でありますように──。
「学生さん、着きましたよ。ここが、学生さんのマフィティフに頼まれた目的地らしいですよ」
「へぁっ。あ、ありがとうございますっ!!」
気付かない内にまぶたを閉じていたペパーに到着を報せる為に、ゴンドラの扉がノックされた。慌てて目を開くと、窓越しに見える景色にはあまりにも覚えがある。
「あ、預かり牧場!?」
連れて来られたのは、カインが運営するポケモンの預かり牧場だった。
困惑したままゴンドラを降りて料金を支払っている間、マフィティフはイキリンコと再び会話をしている。賑やかな返事を聞いていると、「お安い御用ちゃんだぜ」と言っている気もする。
その顔のままマフィティフを見下ろす。ペパーの視線に気付いたマフィティフは、自信満々に笑った。レホールは間違いなく病院だと言っていたのに、だ。
「……とりあえずここまで来ちまったし、様子見て帰るか……。カインいなくても、ポケモンのメシ作る手伝いくらいならオレにも出来るし……」
そう自分に言い聞かせて、ペパーは来訪を報せるベルを鳴らす為に玄関に向かう。その進路をマフィティフが遮った。
「うわっ!?」
「ワンッ! ガウルル」
「こっちじゃないって? んー、分かった。マフィティフに着いてくよ」
マフィティフは、カインが家にはいないと知っていたらしい。
怪我をしたと聞いたのに、カインは病院でもなく、室内にもいないのなら、いったいどこにいるのだろう。
「……まさか、お仕事ちゃんか?」
「バゥフ!!」
「正解なんだな!? ケガしたのに仕事なんてっ……!」
答えに辿り着いたペパーに頷いて、マフィティフが走り出した。
こっちだ、と先導する相棒に置いて行かれない様に走っていると、やがて預かっているポケモン達の姿が見えてきた。その中に、不自然に移動しているランクルスがいる。
まるで、何かを抱えて移動しているかの様な……。
「カインーーー!!!」
「え? ペパー? ……ランクルス、すまないが下ろしてくれるか」
やはり、ランクルスはカインを抱えて移動していた。
ペパーの声に驚いて地面に降りたカインの足は、動かない様にしっかりとサポーターと包帯が巻かれている。
「仕事してるー!!」
「仕事だからね」
「病院行ったって聞いてっ……! レホール先生が……! それで、電話したらムーランドがっ……」
「ああ、うん。午前中に病院に行ったよ。……まあ、色々あって軽度の火傷と捻挫をしてしまったんだ。長引くと仕事に差し支えるから、今日はアカデミーの方を休んで病院に行ったんだよ」
「よかったぁあああ……」
「……なるほど。病院と聞いて、大怪我を想像したんだね? この通り、捻挫は動かさなければ、火傷は処方された薬を使えばすぐに元通りさ」
そう言って笑ったカインを見て、ペパーは安堵のため息を吐いた。
元気そうで良かった。そう思ったのも束の間、マフィティフがペパーから買ったばかりの食材を強奪した。奪った袋を、カインに渡すというおまけまでついている。
「マフィティフ!?」
「こら。これはペパーが買った物だろう。君の分も入っているんじゃないのかい?」
「……ガゥ。……ワンッ、ガルル」
「カインの言うこと素直に聞いちゃって……。……ん? マフィティフ? ドコ行くんだよ! おーい!!」
カインに言い聞かされたマフィティフは、素直にペパーの傍に戻ってきた……、と思ったのも一瞬。渡されると思って手を差し出したペパーの横をすり抜けて、マフィティフはどこかへと走り出した。
「追いかけっこじゃないんだぞ! マフィティフー!!」
マフィティフが向かうのは、ポケモン達の寝床と繋がった通用口。もちろんドアは閉まっている。
普通のドアならマフィティフも簡単に開けられるが、それは両脚と口が空いている時の話だ。今は食材が入った袋を咥えている。一度床に置けば開けられるものの、その間に捕まえられるはずだ。
「バフっ、ガフガフ!!」
「ギラァ?」
「あっ、デンチュラいい所に! マフィティフ足止めして……」
「ワフガウワ!!」
「チュギラ!」
「何でだぁ!?」
マフィティフが何か伝えたと思ったら、デンチュラがその前脚であっさりドアを開けた。
どこに何があるか、もう勝手を分かっているマフィティフは止まる事無く目的地まで走る。ようやく立ち止まった場所は、ペパーも何度か使った事のあるキッチンだった。
「……はぁーっ。はぁ……。……んんん? キッチンに連れて来て何をするって言うんだ?」
「ガフ」
「おお、やっと返して……、うわっ。押すな、マフィティフー!!」
やっと食材が返ってきたと思ったら、マフィティフは前脚でペパーをキッチンの作業台へとぐいぐいと押す。全く訳が分からない。
「……マフィティフ、腹ぺこちゃんか? あんなに走ったもんな」
「ハフゥ……」
「違うのか? でもキッチンに連れてきたって事は、飯作って欲しいって事だもんな?」
「ガウ!」
「……うーん……。とりあえず作るか! 買った物もあるし、カインの冷蔵庫からもちょちょっとお借りして……」
取り出した材料で、サンドイッチを作っていると、ランクルスに支えられたカインが罰の悪そうな声が飛んできた。
「……その、だね。……あー、ペパー……?」
「あ、カイン。ピックは何がいいとかあるか?」
「マフィティフの行動の理由、心当たりがあるのだけど……」
「……? それ、ピック刺してからでいいか?」
「いいとも」
サンドイッチ作りに集中していたペパーは、カインの言葉を横に置いていそいそとテーブルにサンドイッチを並べる。飲み物は、冷蔵庫にあったおいしい水だ。
「マフィティフに病院聞いたら買い物する事になったんだ。お陰で、サンドイッチが作れたぜ!」
「あー、うん……。怪我を心配するムーランドに言ったんだ……。"ペパーのサンドイッチを食べればすぐに治るさ"って……」
「…………」
「………………」
沈黙した二人の周囲で、ポケモン達がそわそわとカインに視線を向けている。早く食べろ、と言わんばかりの視線だ。
「ペパーが到着する前に着信履歴に気が付いてね。わたしは出ていないのに通話履歴があったからおかしいとは思ったんだ。……ムーランドが出たんだね。それで、ムーランドがマフィティフに伝えて、こうなった」
マフィティフは、最初からカインが入院していない事を知っていた。しかし、感情は伝えられても言葉を伝えられない。結果として、ペパーをあちこち振り回す事になったのだ。
「……食べて治さないと許さない」
「数日はかかるんだけれど……、分かったよ、ムーランドにそう言った手前頂くとも。せっかく作ってくれたしね」
罰が悪そうな顔のまま、カインがサンドイッチにかぶりつく。数秒後、目を丸くしたカインは無言でもう一口頬張った。
「……わたしの好きな具材が入ってる……」
「マフィティフが選んだヤツだな。マフィティフ、最初からカインのサンドイッチって分かってたからそれ選んだんだ」
「なるほど。君には世話を掛けたね」
カインがそう笑い掛けると、仕事をやり遂げたマフィティフはニヤリと笑って応えた。
「……買ってきたのも作ったのもオレなんだけどな……?」
「ははは。お見舞いに来てくれてありがとう。いい子の頭を撫でてあげ……、いたた」
「!! 治ったらで良い! 一つカシだからな!!」
「おやおや、大きな借りを作ってしまった」
治ったらたくさんお返ししなくては、と笑うカインは、とても楽しそうだ。
元気になってもらえるなら、少し遠回りして見舞いに来た甲斐がある。
「カシは一日ずつ増えて行くんだからな。早く治せよ」
「うーん、悪徳。これは大変だ」
だから、頑張って早く治してほしい。
ペパーのぶっきらぼうな言葉に、カインは嬉しそうに笑うだけだった。
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