常闇の光
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「くつ……。無いです」
「だろうな」
靴があるかどうかを訪ねたシュヴァーンは、予想通りとも言える弥槻からの答えにため息を吐いた。
一応履物はあるものの、それは穴が空いていて庭を歩くのが精々と言ったもの。室内を汚さず外に出る為だけの履物で、シュヴァーンが想定していた靴ではない。
「靴が欲しいんですか?」
「ああ。俺が履いていた物は山歩きはともかく、町を歩くには目立つと判断した」
理想は、"ギルドの男"として活動する際に使っていた靴なのだが。あの靴は、煉瓦道を歩いても足音が大きくない。この世界の地面も、似たようなものだとシュヴァーンは見ていた。
「帰る気になったんですね」
「……違うそうじゃない。人が増えた分、使う金も増えるだろう。町に出れば、何かしらの仕事があるんじゃないかと思ってな」
「仕事……」
もちろん、シュヴァーンは自分が騎士団の様な正規の仕事を貰えるとは露ほども思っていない。見付けられたとしても、弱小ギルドに回ってくる様な小さな仕事が精々だろう。身元も定かではないシュヴァーンが、まともに出来る仕事は無いのだ。
それを弥槻に伝えたところで彼女にはどうする事も出来ないし、シュヴァーンもどうにかして欲しいと思っている訳ではないので話を進める。
「で、だ。町に出る為の靴が必要になる。服は弥槻に渡された物があるとは言え、靴をどうしたものかと思ってな」
弥槻に求めるのは、何かしらの知識だ。この家に閉じ込められている彼女には無くても、積み上げられた本の中にはあるかもしれない。
何か知らないか。そう問い掛けると、シュヴァーンを見上げていた弥槻は考える様に視線を本の山へと移した。
「……教科書に、昔の人の絵がありました。ぞうりっていいます」
「見せてくれないか」
「見せます」
そう言って、弥槻は無造作に積み上げられた山の中から何札か本を引っ張り出した。そんな事をすれば、当然山は崩壊する。
「あああ……。ゲホッ、埃がっ……。あっぶな」
「けほっ」
崩壊に巻き込まれた別の山から、分厚い本も滑り落ちてきた。咄嗟に足を引いてぶつかる事は免れたが、シュヴァーンの口から別の男の声が飛び出す。
「ぞうり……。これです」
そんなシュヴァーンに構わず、同じく埃で咳き込みながらも目的の物を見付けた弥槻がシュヴァーンの目の前に本を突き付けた。その際、どこかに挟まっていたらしい紙切れがひらりとシュヴァーンの足元に降ってきた。
「……?」
見失う前に拾い上げたそれは、どうやら姿絵らしい。小さな絵の中で、夫婦と思しき男女に挟まれた少年が満面の笑みでケーキを掲げている。恐らく、祝いの席なのだろう。何故そんな写真がこの本の山に埋まっていたかは分からないが。
「……弥槻、」
裏返して見ても、シュヴァーンには読めない文字が書かれているだけ。役に立つ情報は特に無い。弥槻に返そうと彼女を見下ろしたシュヴァーンは、文字通り目の前に広げられた本に思わず仰け反った。
「大きい絵はこれです」
「弥槻、近過ぎて逆に見えない。その前に、これを返す。本に挟まっていたらしい」
「……? …………」
シュヴァーンが差し出した姿絵を受け取った弥槻は、それを見るでも無く手近な本に挟むと山の上に置いてしまった。
弥槻が何も言わない事を聞く必要は無い。その姿絵に描かれた家族が弥槻の何なのか。何故本の山に埋もれていたのかなど、シュヴァーンにとっても不要な情報だ。
そう頭で理解しながらも、シュヴァーンは弥槻が食べていた食事とあまりにも違う明るい様子に、思わず疑問が口から飛び出した。
「その姿絵は、本に載るような家族の姿なのか?」
「教科書の間にありました。顔だけ知ってます。知らない人です」
「顔だけ知っている知らない人……?」
謎掛けの様にも思える弥槻の言葉を反芻したシュヴァーンに、彼女はもう一度姿絵を探して引っ張り出す。
「おにーちゃんです。おとーさんです。おかーさんです。お祝いのときは、ケーキを食べるんだそうです」
真ん中の少年、男性、女性と順に指を差す。
「……まぁ、状況を見るに父と母ではあるんだろうが……。ん? お兄ちゃん? まさか、真ん中にいるのは兄なのか? 弥槻をここに置いている家族の姿絵だなどと、まさかそんな事は言わないだろうな?」
「そうです。"だれにもおいわいをもらえないなんてかわいそう"。裏に書いてあります」
「わざわざ書いて寄越したのか……」
弥槻にはその悪意が効いていないのが幸いか。
思わず眉間を揉んだシュヴァーンに首を傾げている弥槻に、小さなため息を吐いた。
「これは火種を大きくする時に使おう。よく燃えそうだ」
「紙が欲しいですか?」
「紙があれば楽に……、待て、その本の山は使わない。知識の山だ。そちらを燃やす訳にはいかない」
迂闊な興味で知らなくていい情報を得てしまったが、シュヴァーンは弥槻の為に痛める心を持ち合わせていない……、はずだ。微かに感じる後悔に気付かない振りをして、シュヴァーンは彼女が見付けた本を手に取る。
「弥槻、すまないが俺はこの世界の文字が読めない。代わりに教えてくれないか」
「……長篠の戦い」
ぺろり、と広げられたページに描かれているのは、どうやら戦いの一幕らしい。
ユニセロス……、擬きとも言える動物に跨がっている側と、何やら道具を構えている側。シュヴァーンが知りたいのは戦いの内容では無く、彼らの足元だ。
「ははぁ……。何か編んで作ってるな?」
「ぞうり、"草"の漢字があります。草で作ったんだと思います」
「かんじ?」
「漢字です」
目を凝らして観察していた横で、弥槻がまた別の分厚い本を捲っている。表紙を見るに、随分年季が入っているらしい。
シュヴァーンが覗き込むと、"教科書"とやらより小さなそのページにはびっしりと文字らしきものが刻まれていた。
「ぞ、う、り。これです」
「……ぞうり……」
弥槻が示した場所に、そう書いてあるのだろう。……何となく似た様な形に見える文字はあるものの、シュヴァーンには読めない事に変わりはない。
底が無く、鼻緒をすげてある履物。ここでまた、シュヴァーンには分からない言葉が出てきた。
「はなお?」
「はなお……、鼻緒……。……草履や下駄の足の指で挟む部分」
弥槻が分厚い本の中から、新しい言葉を探す。その解説に、また知らない言葉が出てくる。下駄の解説まで聞いたシュヴァーンは、終わりの見えない答え探しに頭が痛くなってきた。
「……ひとまず、必要なのは草だと言う事は確かだな」
「そうですね」
「ぞうりの作り方が書いてあったりはしないか?」
「作るんですか?」
「無いのなら作れば良いだろう?」
「つくる……」
いまいち理解が及ばない雰囲気で、シュヴァーンの言葉を繰り返す弥槻は、しばらく考えた後にゆっくりとこちらを見上げる。
「……時々運ばれてくる荷物の中に、時々靴があります」
「配給に紛れて届けられる可能性がある、という事だな? それまで食事を控えめに……、食べる量を少なく出来るか?」
「シュヴァーンさんがそう言うのなら」
弥槻は本当にシュヴァーンがそう言えば頷くだろう。従わなければ、痛い思いをすると思っているからだ。事実、今まではそんな経験ばかり積んできた訳だが。
シュヴァーンとしては、逆に弥槻がいないと困る。意思疎通が出来る状態の弥槻でなければ駄目なのだ。
「弥槻、よく聞くんだ。そんな事をすれば、ただでさえ足りていない栄養が更に足りずに死んでしまう。俺は、家主である弥槻が不在になると困るんだ。だから、出来るだけ急ぎで金を工面したい。その為には靴が必要なんだ。必要な物が無いから作る。その作り方を知りたい」
「死ぬ……。困る……。作る……」
シュヴァーンの言葉の中から、弥槻は自分がすぐに理解出来る言葉だけを拾い上げた。正確に伝わったかは分からないが、彼女の中でどうにか繋ぎ合わせたのだろう。
本の山に向けた視線をシュヴァーンに戻すと、小さく首を振った。
「ちゃんと読んでいないから分からないです」
「それは、作り方が分からない、という言葉だと思っても良いのか?」
「はい。作り方が分かりません」
「……よし。やる事は決まったな」
本の山から、草履の作り方を探す。山とは言っても、上司の机で見慣れている程度の山だ。壁の全面が本棚になっている訳では無いから、探すのは然程苦労しないだろう。
一番の問題は、欲しい情報があるかどうかだ。
「手分けして探すぞ」
「手は分けられません」
「……俺はこちらの本を探すから、弥槻はそちら側を頼む」
「はい」
こくん、と素直に頷いた弥槻が、シュヴァーンが指した本の山に手を伸ばす。真剣な顔でページを捲り始めた彼女を横目に、シュヴァーンも本の表紙を開いた。
「……これは文字ばかりで読めないな……」
記号……、と言うよりも模様にしか見えない。予想はしていたものの早速躓いたシュヴァーンは、弥槻に確認してもらう必要のある本の山を新しく築く事になった。
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