常闇の光
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「くぁ……」
火が完全に消えた後、シュヴァーンは二人で食べた魚の骨を庭に埋める作業を始めた。穴を深く掘った為、思ったよりも時間が掛かる作業を黙々とこなすシュヴァーンの傍らで、弥槻が小さな欠伸を噛み殺す。
「……眠いのか」
「めが、重いです……」
「それを眠いと言う」
暗くなったら、食事を摂って眠ると言っていた彼女の身体は、もう眠る準備を整えつつあるのだろう。口の動きも少なくなり、声も小さい。寝惚けているとも言えるその様子に、シュヴァーンは作業を中断して弥槻と目を合わせる様に膝を折った。
「……弥槻、夜風をしのげる場所があるのだから外で寝るな。寝床はどこだ? 連れて行こう」
「……二階……」
これは駄目だ。完全に眠る前に寝床に連れて行かなければ。
背負うよりも抱き上げた方が早いと判断して、シュヴァーンは一つ声を掛けて彼女を腕に抱く。右の肩を枕にする様な形で弥槻を抱えると、シュヴァーンは灯りの無い家の中を手探りで二階へ上がる階段を探した。
(月明かりがあって良かった)
闇夜に紛れて行動する事が多いシュヴァーンではあるが、それは先んじて下見をしたり見取り図を頭に入れているから出来る事だ。今朝やってきたばかり、ほぼ見ず知らずの住居でそんな事はさすがに出来ない。
窓から射し込む薄い月明かりと、手探りで目的の階段を探し当てるとようやく二階へ足を踏み入れた。
廊下を挟んで階段の向かいの部屋に、床に敷かれたままの布団らしき布がある。ここが弥槻の寝室なのだろう。
(……布団?)
シュヴァーンは思わず首を傾げた。
シュヴァーンの記憶にある布団とはまるで違う。床に寝るのと何が違うのか、という疑問が頭を過るが、それはそれだ。ひとまず弥槻を床に下ろして、布団であろう布を掛けてやる。
「よし」
「はっ」
「うぉ」
弥槻を寝床に連れてくる役目は果たした。作業に戻ろうと立ち上がったシュヴァーンは、飛び起きた弥槻に驚きの声を漏らす。
「人がいる時に、先に寝るのはだめです」
「そう言われたのか?」
「言われた……、んじゃないです……。人がいる時に寝ると痛い事になります」
「そうか」
大方、先に寝たのが気に入らない等の理由で暴力を振るわれたのだろう。恐らく先程突然起きたのも、シュヴァーンが立ち上がった気配を察知して、防衛本能から目が覚めたのだ。
「良いから気にせずに眠れ」
「でも……」
「何か気になるのか?」
シュヴァーンが被せた布団を握り締めて、弥槻は俯いた。彼女の言葉を待っていると、ややあって弥槻は小さな声を漏らす。
「私がここで寝ると、シュヴァーンさんの寝る場所無いです」
「ああそんな事か……。昼間、弥槻が剣を隠してくれた布団があっただろう。それに、俺は夜営に慣れている。床でも構わない」
「ヤエイ」
「夜、交代で見張りを立てて外で眠ると言う事だ」
隊長として部隊を率いる時は、そういう時もあった。故に、シュヴァーンは硬い場所で眠る事に抵抗は無い。
どちらかと言うと、弥槻が常にこんな硬い場所で眠っているという事が問題だ。部下達が宿舎でも寝床で眠れる事を有り難いと漏らす程だ。子供である弥槻も、本来ならば柔らかい寝床で寝て然るべきなのだろうが。
「……まあ、それは追々考えよう。今は気にせず眠れ。弥槻がやるべきはそれだけだ」
「……寝て、いいんですか?」
「寝る時間なんだろう? 俺はまだ眠る気にはなれないが、弥槻は眠るといい」
「…………」
「……弥槻、眠りなさい。こう言えば良いのか?」
「分かり、ました……」
シュヴァーンの指示に、弥槻は大人しく横たわる。睡魔に抗っていたのだろう彼女の呼吸が寝息に変わるまで、そう長くは掛からなかった。
気配を殺して、今度こそ部屋を出る為に立ち上がる。……弥槻は起きなかった。
ようやく、中断していた作業を終わらせる事が出来る。そう考えたシュヴァーンが庭に戻ると、放置していた魚の骨は野生動物に持って行かれたのか、シュヴァーンが掘った穴だけがぽっかりと残っていた。
*
*
「……星が違うはずなのに、月はあるんだな」
シュヴァーンが眠るにはまだ早い時間だった。穴を戻して何もする事が無くなったシュヴァーンは、一人で屋根に上がる。
テルカ・リュミレースにも月がある。しかし、ここには結界も魔物の脅威も、エアルすら無い。代わりにあるのは、馬が牽かない馬車と、魔導具が無くても綺麗な水が出る環境だ。あまりにも違い過ぎる。
「……町に出てみるか……」
何をしたくても、シュヴァーンにはあまりにも情報が無い。このままでは、帰る方法を探すどころではないのだ。
(……人間として暮らすには何かと金がいる。通貨は……、ガルドでは無いだろう……)
そう、まずはそこからだ。戻って来る為に目印となる景色を頭に叩き込んで、シュヴァーンは屋根から降りた。鎧を来ていない分、いつもより音に気を配らなくて良いのは楽だ。
(これに慣れてしまうと、戻ってから苦労するだろうが)
そう自嘲する様にため息を吐きながら鉄靴を装着すると、シュヴァーンは静かに家を出た。
カツカツ。昼間歩いた森とは違い、鎧の鉄靴が音を立てる材質で作られた道だ。整備された街道よりも煉瓦に例える方が近い感覚と、木々に反響してやけに大きく聞こえる鉄靴の足音に、シュヴァーンはすぐに足を止める。
(……騎士団が警邏する帝都ならともかく、この世界でこの音は目立つのではないか?)
しかも、これから静けさが増していく夜だ。耳を澄ませても、シュヴァーンの足音に似た堅い音は聞こえて来ない。
シュヴァーンはしばし悩んで、用意不足であると判断を下して弥槻が眠る家に戻る事にした。
町に出る為の対策を考えなくてはいけない。裸足で歩く事も頭を過ぎったが、何があるか分からない場所に裸足で向かうのは危険だ。
足音を立てない様に、服を靴に巻く事も考えた。しかし、何度も使える手段では無い。今度は着る服が無くなってしまう。
服の汚れを気にしている様子を見るに、衣服の配給はそう多くないのだろう。家主である弥槻が生きる為の貴重な資源を、シュヴァーンが軽々に消費する訳にもいかない。
それならば、弥槻が使っている靴は無いか明日訪ねた方が良い。……家から出るなと言われている弥槻が靴を持っていれば、の話だが。
子供である弥槻は、与えられなければ外に出る為の靴すら自分で用意出来ないのだ。
どこにも行けない。何も出来ない。翼を折られた鳥の様だな、と考えて、シュヴァーンは頭の中で明日の行動を組み立てる。
(……まぁ、朝になれば、弥槻もまるごと夢と消えているかも知れない)
ほぉ、とため息を吐いて、シュヴァーンは今朝方自分が目覚めた台所の壁に背中を預けた。
「死人は夢など見ないんだがな」
その漏らすと、シュヴァーンは眠る体勢に入った。とは言え、シュヴァーンにとって睡眠は深く眠る様なものではない。目を閉じて、何も考えない様にする為の時間でしかないのだが、この日ばかりは少し違っていた。
何せシュヴァーンにとって、部下を率いて魔物と戦闘した事から連続した出来事だったのだ。さすがに身体にも疲労が溜まっている。
一瞬。ほんの一瞬深く眠ってしまったその隙に、まさか弥槻がシュヴァーンの足を枕にして傍らに眠っている光景を目にするとは、全く予想していなかった。
ご丁寧な事にシュヴァーンに布団を被せて、弥槻自身は布団が無いままに丸くなって眠っている。
「……いやいやいやいや……」
あまりの事態に、シュヴァーンの頭が理解を拒む。シュヴァーンは眠りが浅いどころか眠れないと言っても良いのに、いつ弥槻がシュヴァーンの足を枕に眠ったのかどころか、いつ階段を降りて傍まで寄って来たのかが分からないのだ。
「それだけ疲弊していたという事にさせてくれ……」
自分しか聞いていない言い訳をすると、弥槻を起こす事も忍びないシュヴァーンは、朝まで全く動けない時間を過ごす事になった。