パルデア上陸編
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「せっかくのオフに呼び出された時は何事か思たら……。大将、またえらいもん拾いなさったなぁ」
渡り人である紫音からの聞き取りを終えて、彼女を残した我々が部屋を出た後の第一声はチリのそれだった。
面接官の顔ではなく、普段の言葉遣いに戻ったチリは、隠すことも無く大きなため息を吐く。
「小生本人が一番驚いていますですよ。それで……、彼女の事はどう見ます?」
それが何より大事だ。ポケモンの密輸が目的の犯罪集団の可能性もある。エリアゼロ周りの情報が漏れたという線もあるため、尚さら警戒が強くなる。
「……せやなぁ。ID……、と言うか名前もやけど、あれ本名かどうか分からんで。コンテストが盛んな地方で優勝してんのに名前が載ってへんいうのも怪しい」
「……家出の可能性はありませんか」
「家出して、本名探られたない線か……。それならそれで使っとった偽名をポンと出すはず」
トップの言葉にもチリは首を振った。それでも、彼女は絞り出す様に隠し事はしているが嘘はついていないと考えていいだろうと続ける。
「……時間超えたんは確かやと思うで。何やフェリーって。おもんないわ」
「そのフェアリータイプの発見は十年前。……コンテストの履歴は、十年前以上昔でも遡れませんか?」
「……チリちゃんもそう思てんけど……、あーあ、せめてシンオウの何年前にホウエンおったんか分かればなぁ……! 」
「そういう事はボタンの得意分野です。彼女にも協力を仰ぎましょう」
機械に強いボタンくんの協力があれば、確かに情報をすくい上げる事ができるだろう。……しかしそれは、調べるべき情報が分かっているからの話だ。
「……理事長、さすがのボタンさんも探すべきものが分からない状態では、何も見付ける事が出来ませんよ」
「……少なく見積もって、シンオウ地方にいたのが十年前。話を擦り合わせれば、もう少し詳しく年代が分かるとは思いますですよ。その際に、コンテストで優勝したポケモンも分かれば良いのですが……」
うーむ、と全員で首を捻る。何も分からないという事だけが分かった。
このままジュンサーさんに彼女の身柄を預けるか、それともこちらで面倒を見るかという問題もある。他の地方で渡り人達と出会った人々は、いったいどんな対応を取ったのだろう。
突破点も無いまま時間だけが過ぎる。スマホで過去のコンテスト優勝履歴を遡っていたチリが突然呻いた。
「チリ?」
「あかん、最悪や。……ロトム、皆に見せたり」
チリのスマホの画面を三人で覗き込む。そこには、コンテストの評価基準刷新の見出しがあった。
「……これは?」
「……話に上がってる時期ちょうどその頃に、コンテストの評価方法が変わった。それ以前の栄光は、優勝したポケモンしか載らへんようになっとる」
「何という……!」
望みだったコンテストからは、彼女の過去を探る事が出来なくなってしまった。思わず天井を見上げて呻くクラベル校長の隣で、小生も頭を抱える。
「……仕方ありません」
重苦しい空気を払う様に、トップが一つ手を叩く。
「過去が無いのなら仕方がありません。どちらにせよ、トレーナーIDが無ければ何も出来ないのですし、改めて発行しましょう」
「……え」
トップの言葉に、全員の声が綺麗に重なった。
「トップ、そんな簡単に……!」
「ええ、簡単な話ではありません。ですが、過去と同じ様に未来も大切ではありませんか? 個人的に、地方を跨ぐ旅をしたという彼女に興味もあります」
そう微笑むトップは、もうそのように決めた表情だ。こうなった彼女の意思は硬い。
経験で知っている小生は、同じく苦い顔をしているチリと顔を見合わせた。校長はどうだろうか、と横を見れば、校長はトップと同じ考えらしい。
「パルデアに新しい風を入れるのは大歓迎です」
「良かった。皆賛成の様ですね」
「いや賛成とは言うてへんけど……」
「……トレーナーIDはすぐに発行出来ませんですよ」
トップは簡単にIDの発行をと言うが、申請して番号を登録した後にスマホロトムと同期しなければならない。
更に、彼女には身元の保証が無い。アカデミーの生徒ならば既にトレーナーIDを持っていたり、持っていない子供の場合も親御さんに身元を保証してもらってトレーナーIDの発行をスムーズにしているが……。
そこまで考えて、小生はある可能性に思い当たった。
「……野宿が決定した彼女を引き取って問題が無いか監察する、と……?」
「その通り。私達は全員身元が確かですからね。さすがに寮に入れる訳にはいきませんから、私かもしくは……」
「……ん? この流れ、もしかしてチリちゃんもあの子の引取候補に入ってる?」
「ええ」
流れる様に話を振ろうとしたトップを遮って、チリが手を挙げる。
「うーん、頷きたいのは山々なんやけど……、チリちゃんちょっと無理やわ……。今日のオフも無理言って出てきてんねん」
「そうですか……。突然の事ですからね、仕方ありません」
申し訳なさそうに引き取れないと首を振る彼女に、トップは責める事も無く頷いた。
ボックス周りの話もある為、そちらの専門家にも話を聞いてはどうかと話が膨らんでいく中、扉が控えめに叩かれる。
誰も近付かないようにと言っていたはずだが。怪訝な顔をしたチリが扉を開けると、そこには待たせていたはずの紫音が申し訳なさそうに立っていた。
「……ごめんなさい、フカマルにお手洗いへの案内をお願いしたら……、聞いてしまいました……」
「……最悪のタイミングや……」
「チリ!」
「あっ」
そう、最悪のタイミングだ。恐らく、チリが引き取れないという発言から聞いてしまったのだろう。
それに重ねて、応対に出た彼女の言葉。聞かせられない話をしていたのだと紫音が感じてしまってもおかしくはない。
「ごごごごめんなさい盗み聞きするつもりは無かったんです皆さんのご迷惑の様ですしすぐ出ていきますお世話になりましたぁ!!」
「ちょい待っ……! いや速いな!?」
案の定、自分の世話役を押し付けあっていると勘違いしたらしい紫音は一息でそう言い切ると、まるで暴風にさらわれるハネッコの様に凄まじい勢いで走り去る。その勢いのまま廊下の角を曲がって姿を消したと思ったら、「ふびゃっ」と情けない悲鳴と共に倒れる音がした。
「いや転ぶんかい!」
「いだぁ……」
「大丈夫ですか!?」
慌てて小生が助け起こすと、顔から転んだのか額が赤くなっている。不幸中の幸いか割れてはいないが、立派な擦り傷が出来上がっていた。
「うぅっ、だいじょばな……、じゃない大丈夫です!!」
「……ハッサク。そのまま彼女を捕まえておいてください」
「お世話になりました! それでは!!」
トップに小声で指示を受けて紫音の腕を掴むと、彼女は元気に別れの挨拶をして再び走り出そうとした。
しかし、小生に腕を掴まれている為に二歩目を踏み出す前に元の位置に戻ってくる。何度か同じ事を繰り返してようやく諦めたのか、彼女は項垂れてしまった。
「離してください……」
「離す前に、元気に何処へ行くのか聞いても?」
「……外に……」
こつこつ、とわざと足音を立てて紫音の前にトップが近付いた。微笑んでいるが、すっかり萎縮してしまったらしい紫音は小生を壁にするように引っ込んでしまう。
「外に。この建物に来るまでに何か気になるものでもありましたか?」
「……人を拾うなんてただでさえご迷惑おかけしてるのにそれが身元も分からない人間なら尚さら迷惑だってのは当たり前の事なので私は気にしませんちょっと放浪してきます」
「なるほど。なおさらあなたを外に出す訳にはいかなくなりました」
「うぇっ……!? あっなるほどジュンサーさんに引き渡すんですね!」
「違います。ちなみに、あまりにも聞き分けが良すぎると怪しさが増しますので、念の為気を付けるように」
「えぇ……、じゃどうすれば……」
訳が分からない、と言った様子の紫音に、小生は安心させるように掴んだままの手を離した。トップは咎める様な視線を向けるが、もう逃げる気すら消え去ったらしい紫音の足はもう一歩も動かない。
「何も分からぬあなたを野に放る者などいませんですよ」
「……ホントの事言えば押し付けあっているんですよね?」
「そう悲観しないでください。私があなたを引き取ります」
「……しかしトップ、あなたは既に後見に付いている方がいるではありませんか……」
「一人も二人も変わりません」
そう言って微笑むトップは、紫音に手を差し出した。小生の背中からまじまじとトップの顔と差し出された手を見比べていた彼女は、恐る恐る手を伸ばす。
「……トップ、後見に付くのにそんな適当な対応ではよくありませんですよ」
その手を慌てて押し戻す。紫音ははて、と不思議そうな顔でされるがままになっているが、トップは止められると思わなかったのか見るからに顔をしかめた。
「……何が気に食わないのです? 自由なのが彼女のいい所ではありませんか。……放浪癖も治りませんし。ふらりとアカデミーでお茶をしたかと思えばまたふらりとポケモン達の元へ行ってしまうのが彼女です」
「軽々に人一人の人生を預かると言わないでください。それに彼女、エリアゼロで仲良くなったポケモンを連れ出してしまった事がありましたよね」
「……その件についてはしっかり叱りました」
「叱って終わりではありませんですよ。しっかり見てあげるべきでは?」
「……またエリアゼロによく行くのだと話はしていましたね」
「……初耳です」
校長の言葉に、トップはサッと顔色を変えた。
「……今は置いておきましょう。今ここにいる紫音の話です。チリも駄目、寮にも入れられない。私も対応に回れないとなると……」
「小生がいるではありませんか」
「…………えっ」
再び紫音以外の全員の声が重なった。ただ一人、話題の中心である紫音だけが、黙り込んだ我々の顔を順に見回している。
沈黙に耐え切れなくなった紫音が、恐る恐る手を挙げた。発言を許可する、とばかりにトップが頷くと、彼女は期待と不安がない混ぜになった顔で小生を見上げる。
「……あの……、後見人になってもらえたら、もしかしてですけど野宿しなくていいって事ですか……?」
「はい、そうです。……野宿がご希望でしたか?」
「とんでもございません野宿回避やったぁー! ありがとうございます!!」
「……いや、ちょい待ちや大将……。……やっぱ何も無い!」
チリが何か言いたげに口を開いたが、喜んでいる紫音の様子に何も言えなくなったのかすぐに口をつぐむ。
何せ、両手を挙げて全身で喜びを表現したかと思うと、小生の手を取ってぶんぶんと上下に振り回し、その後全員と握手をして再び歓声を上げるのだ。さすがにその喜びに水を差すことは出来ない。
「落ち着きなさい」
「はい!」
「改めまして。小生、今日からあなたの後見人になりましたハッサクです。よろしくお願いしますですよ」
「ハッサクさん。ハッサクさんですね! 迷惑かけてしまうかも知れませんけど、よろしくお願いします!!」
元気良く小生の言葉に頷いた紫音としっかり握手をして、小生と渡り人の奇妙な同居生活が始まった。