ハッサクさん夢短編集
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「紫音ー!」
「んぁい?」
お昼休み。賑やかな学食でお昼ご飯を食べようと口を開けた私は、名前を呼ぶ声にそちらを振り返る。見れば、手をぶんぶんと元気に振りながら走り寄ってくるネモちゃんの姿が見えた。
「紫音っ!」
「うん」
「トリック・オア・バトル!!」
「…………」
「あれ?」
元気良く合言葉を叫ぶネモちゃん。その手には、もちろんモンスターボールが握られている。
しかしタイミング悪く、ちょうど私は口の中にご飯を入れた時だった。返事をしたくても、ちょっと今は口を開けられない。
首を傾げたネモちゃんに、ちょっと待ってとジェスチャーで伝えて数秒後。急いで飲み込んで、ほっと息を吐く前においしい水を一口。
「っ……、ごめんね。ちょうど口にご飯入れたタイミングだったから口開けられなくて」
「こ、こっちこそごめん……」
「いいよ〜。で、何でしたっけ?」
「んもぉ〜! トリック! オア!! バ、ト、ル!!!」
「お、おぅ……」
トリック・オア・トリートじゃないんだ……。ボタンちゃんに言わせれば「ネモい」ってヤツ。
そもそもそれ、ハロウィンの合言葉じゃない? さすがヨーロッパ雰囲気。パルデア地方にはハロウィンの文化があるんだね。しかし私はお姉さんなので動じない。ヨーロッパ文化圏らしいと察して、ちゃんとハロウィンの用意をしていたのです!
「お菓子くれなきゃバトルしようぜって事だね。ちゃんとお菓子あるよ」
「えっ」
「はい。森の羊羹」
「もりのようかん」
「この前ね、カラフシティでシンオウマーケットやってるの見掛けてさ。これは買っとかないとって思ったんだよね〜」
森の羊羹。私は食べた事無いけど、ゲームでシンオウ地方を旅した時は、傷薬より甘い物の方がいいかな、という気持ちで時々ポケモンに使っていた食べ物。
今回私が買った羊羹は人間も食べられるし、もちろんポケモンも食べられる。一口で一食分のカロリーが摂れる非常食用に買っておいた伝家の羊羹なのだ。どうだ、すごいだろう。
「…………」
どや、と胸を張っていた私は、ネモちゃんの様子に気付くのが少し遅れた。よく見ると、ネモちゃんは受け取った羊羹を手に、明らかにしょんぼりしている。
「……オシャレお菓子じゃなくてごめん……?」
「バトル……」
「そっちか〜」
ハロウィンに便乗してバトルしたかっただけなのか〜。いや、モンスターボール持ってる時点でそんな気はしてたけど……。
「ネモちゃんさ……、お菓子無いって言ったらすぐバトルって言うつもりだったでしょ?」
「もちろん!」
「私、ご飯食べてる途中だから……」
「不意討ち失敗したー!!」
がっくり肩を落として、ネモちゃんは私の隣の椅子に座った。そして、渡したばかりの森の羊羹を一口齧る。
「あっまい!!」
「ポケモンの体力も回復できるお菓子だからね。人間にはちょっとの量でもカロリー爆弾だよ」
「へぇ! バトルは出来なかったけど、これは皆で分けて食べるよ。……バトルは出来なかったけど!!」
さすがネモちゃん。バトル回避された事がよっぽど悔しかったのか、バトル出来ないを二回も繰り返した。
お姉さんとしては、そんなに言われたらスルー出来なくて。
「……バトルは今度普通に誘ってみて……」
「ホント!? さすが紫音! 今度はやろうね!!」
未来の私に丸投げする事にした。たぶん未来の私は、ネモちゃんからのバトル逃げられないと思うけど頑張って欲しいな……。
*
*
「紫音ちゃん!」
「ほ? はいはい、紫音さんですよ」
そんな賑やかな昼休みが終わった後。私が受けている授業が無い時間帯に図書館で本を読んでいると、アオイちゃんの元気な声が聞こえた。
その後ろには、何故かフードを被ったボタンちゃんもいる。二人は控えめに手を振りながら近付いてくる。
「よす」
「よーっす」
「紫音ちゃん、あのね」
「うん」
「とっ、トリック・オア・トリート!!」
アオイちゃんがハロウィンの合言葉を唱えながら手を差し出してきた。
「お菓子くれなきゃ悪戯ですね?」
「そう! お菓子下さいっ!」
そう言って、両手を差し出すアオイちゃんの様子に、私の中のイタズラゴコロがむくむく大きくなってきた。順番を待ってるボタンちゃんを見ると、私の視線に気付いた彼女の眼鏡が照明を反射してキランと光らせて、ボタンちゃんもニヤッと笑った。
「無いです」
「えっ」
「あー困ったなー。悪戯されるのかー」
「……えっ!?」
「よし来い!」
「よ、よし来い!?」
レスリングの構え。ファイティングポーズを取った私に釣られて、アオイちゃんも鏡合わせのポーズになった。
「…………」
「………………」
「おぅおぅアオイちゃんよぉ。悪戯はどうしたよぉ」
「い、いたずら……」
「いかん。アオイがフリーズした」
お菓子貰う気満々だったアオイちゃんが、ファイティングポーズのまま固まった。一生懸命考えているアオイちゃんの周りを、キングラーの舞いをしながら回る。あるじま君がいたら頭を引っぱたかれる奇行である。
「へーいへーい来ないならこっちから行くぞぉ〜?」
「行け、アオイ! くすぐる!!」
「!? う、うん!!」
「ひょおぉ!?」
ボタンちゃんの指示に応えて、アオイちゃんがキングラーダンスのせいでがら空きだった脇腹に手を突っ込んで来た。
思い出して欲しい。ここは図書館。大きな声を出してはいけない場所である。
「こちょこちょこちょこちょ……!!」
「ふやっ……! 〜〜〜〜〜!!」
擽られても、ここで大きな声を出す訳にはいかないのです! 口を押さえて耐える私に、アオイちゃんはムキになったのかわさわさと手を動かす。
「ギブ! ギブです! からかってごめんー!!」
「はぁ、はぁ……! 紫音ちゃん、お菓子くれる気になった!?」
「……え? 悪戯したからもうお菓子無しじゃない?」
「……はっ!」
しょんぼり。落ち込んだアオイちゃんと入れ替わる様に、ボタンちゃんが私の前に来た。
「一応言っとく。……紫音」
「うん」
「トリック・アンド・トリート!」
「しょうがないなぁ……」
ごそごそと鞄を漁る。取り出したのは、ネモちゃんにも渡した森の羊羹だ。
「えっ。……えーっ!?」
もちろん二個。ボタンちゃんの分と、アオイちゃんの分。
「持ってたの!?」
「うん。秘蔵の森の羊羹だよ〜。シンオウマーケットで買ったの」
「ようかん。……何、これ……?」
「お菓子だよ〜」
ヨーロッパ系の人は、やっぱり羊羹に馴染みが無いから困惑してしまうみたい。アオイちゃんも興味津々って顔で渡した羊羹を見ている。
ネモちゃんにした説明をもう一度すると、ふんふんと頷きながら聞いたボタンちゃんが大きく頷いた。
「思ってたお菓子じゃないけど、頭使うと糖分消費するからね。ちびちび食べる」
「大事に食べてくれるなら嬉しいな」
「ところで紫音」
「うん?」
「うちは"トリック・アンド・トリート"って言った訳で」
「……うん。……ん?」
トリック・オア・トリートじゃなかったね、そう言えば。"アンド"。お菓子か悪戯かじゃなくて……、もしかして……。
「お菓子と悪戯!」
「正解! お菓子貰ったから悪戯しまーす。言う訳ではいポチー」
「ロトロトロト!?」
「うぇえ!? 何、どしたのロトム!」
ボタンちゃんがスマホをスイっと操作すると、突然私のスマホロトムが鞄から飛び出してきた。数秒間震えたと思ったら、フラフラと私の手元に降りてくる。
「悪戯完了」
「ボタンちゃんロトムに何したの!?」
「ロトムには何もしてないよ。驚かせちゃったかもだけど、ロトムに影響は無いから」
ボタンちゃんはそう言うけど、私の手元に降りたロトムは、その後何も反応しない。
「……ロトム……?」
恐る恐る声を掛けると、私の声に反応したロトムはパチリと目を覚ました。
ホッとしたのも束の間。表示された画面は、驚きの変化が起きていた。
「全部イーブイになってるー!?」
「ブイ」
ホーム画面の背景はもちろん、各種アプリのアイコンまでぜーんぶイーブイになってるー!!
私の驚き様に、アオイちゃんも画面を覗き込んできた。二人揃ってボタンちゃんに目を向けると、その視線を受けたボタンちゃんは眼鏡をカチャカチャと押し上げて笑っている。
「拡張子をちょちょっと弄ったプログラミング。可愛いって言えー」
「ボタンちゃん凄いねぇ……」
ちょちょっと弄るだけでこんな事が出来るなんて、科学の力って凄いねぇ。それを使いこなして、私のスマホを着せ替えてしまったボタンちゃんも凄いよねぇ、って思ってたら、口からポロッと言葉になって転がり出た。
「え、あ……、ありがとう……?」
「これ全部ミズゴロウにする事も出来る?」
「まぁ、データあればそりゃあ……。……じゃなくて! 可愛いって言え!」
「え? ボタンちゃんかわいーよ」
「うちじゃなくて!!」
「なはは〜」
ボタンちゃんに言われた通り可愛いって言ったら、ボタンちゃんが真っ赤になってしまった。フードをこれ以上無いくらい引っ張って顔を隠しながら、私の横にいたアオイちゃんを引っ張っていく。
「アオイ! 紫音に仕返しされた!!」
「手強いね……。エイルちゃんも連れてくるべきだったかも……」
「エイルか……。確かにエイルなら紫音倒せるかも。よしっ、アカデミーにいる事祈って探しに行こ」
「何か聞こえるぞな?」
何やら秘密の相談をしているけど、全部丸聞こえなんだよなぁ……。図書館、普通の声でも周りが静かなのでよく聞こえるんですよね。
「紫音、おぼえてろよ!」
「えぇ〜……」
どうやら、次の相手はエイルちゃんらしい。
皆にお菓子を渡しているので、私もお菓子食べたくなってきたなぁ。エイルちゃんが襲来する前に、自分の分のお菓子買っておこう。
*
*
「あっ! 紫音ちゃん見付けた! 帰る前に間に合った!!」
「お。エイルちゃんゲットしてきたんだね」
「されてきた〜」
ハッサクさんの仕事が終わるまで待っていたら、すっかり日が暮れてしまった。かぼちゃをくり抜いたランタンが、テーブルシティをいつもより明るく照らしている様子は、まさにハロウィンって感じ。そんな街並みを見下ろしていたら、アカデミーの正面玄関からエイルちゃんと手を繋いだアオイちゃんがやって来た。……あれ? ボタンちゃんがいないね……? 捨て台詞まで置いて行ったのに……。
「ボタンちゃんは?」
「あー……。ボタンちゃんは、推してる配信者のゲリラ配信が来たからって帰っちゃった」
「オゥ……。ゲリラ配信なら仕方無いか……」
ゲリラってそういうものだからね……。
「『エイルなら勝てる。後は任せた!』との事です!」
「です!」
「ふへへ、何やら責任重大だねエイルちゃん」
さぁ、いつでも来い! イタズラでもいいとも!!
受け入れ態勢バッチリ。合言葉を待つ私を前に、エイルちゃんが手を差し出してきた。
「んん〜?」
順番が違いますですね? アオイちゃんに目を向けると、アオイちゃんが慌ててエイルちゃんの手を引っ張った。
「エイルちゃん……!」
「アオイから紫音お菓子くれるって聞いた」
「正しい呪文を唱えなきゃあげられませ〜ん」
「呪文……」
こてん、と首を傾げたエイルちゃんに、アオイちゃんがごにょごにょと耳打ちをする。堂々とカンニングするとは……。これは厳しく行かせてもらいます!
「……うん、分かった! 紫音!!」
「はい、エイルちゃん」
「トットリートトーキョー!」
フリーズ。秋の夜風は冷たいんだぜ……。じゃなくてぇ!!
「あれ?」
「と、鳥取と……、何て言った?」
「トーキョー?」
「……鳥取と東京!?」
ほわいじゃぱんぷりふぇくちゃーず!? 何でエイルちゃんが知ってるの!? 地球から来た感じですか!? ちょっと国や地域が違うだけで私と同じ地球から……? いやまで落ち着け紫音。英語圏だと東京はトーキョーじゃなくてトキオって発音するんじゃなかった? 言い間違えた可能性もある。ここは一旦深呼吸して……。
「エイルちゃん、もっかい」
「うん♪ トットリートトーキョー!!」
「やっぱり言ってる!!!」
「……うん??」
何ということでしょう。聞き返しても、やっぱり鳥取と東京だった。
トリック・オア・トリートですらない。何をすればいいのか、私には正解が分からない……。でもお菓子貰いに来たって言ってたな……。
「お納めくだせぇ……」
「ありがとー!!」
「ほふぇ」
プルプル震えながら、急いでエイルちゃんの前に森の羊羹を差し出す。するとどうでしょう。お菓子に喜んだエイルちゃんが、がばちょと私を抱き締めてきた。ほぁ〜おひさまのいい香りがするぅ〜。
「……何かが紫音ちゃんに効果抜群だったみたい……。とりあえず、エイルちゃんに埋まってる紫音ちゃんパチリ、と」
何か撮られた音がする! しかし紫音は動けなかった!
「ボタンちゃんがお望みの画は撮れましたかぁ……?」
「うん! いい写真撮れたよ!」
エイルちゃんもアオイちゃんも満足そうなので、とりあえずよしとしましょう……。
「紫音は? トットリトトーキョーしなくていいの?」
「んー、私は皆よりお姉さんだからねぇ。やるとしたらハッサクさんに、かな?」
「お呼びですか?」
「ハッサク先生!」
「もう下校時間は過ぎていますですよ。寮に帰るのなら、早めにお帰りなさい」
帰宅を促す見回りをしていたハッサクさんに見付かった! まだ帰っていないんですか、と言いたげな顔をして私を……、私達を見下ろしている。
「日が暮れるのも早くなりました。終わったら、小生を待たずすぐに帰るよう言っていたはずですよ?」
「は、はい……」
エイルちゃん達の襲来を待ってました、とは言えず。もごもごとする私にため息を吐いて、ハッサクさんはアオイちゃんエイルちゃんに目を向けた。
「アオイ君は今日は寮へ?」
「はい」
「ふむ……。ではエイル君、頼まれてもらえませんか?」
「うん?」
「紫音と一緒に、ポケモンリーグ本部で待っていて欲しいのです」
「オモダカの所?」
「はい、そうです。ラクシア達ポケモンがいるとは言え、今日はハロウィン。ゴーストタイプが一段と元気になる日ですからね」
「分かった!」
「あああ〜私の意思は〜」
「これ以上悪い子になると、お菓子はあげられませんよ」
「よし行こうエイルちゃんっ!!」
「うん? うん!!」
お菓子! 何歳になってもお菓子は貰いたい! ハッサクさんから貰えるならなおさら!!
エイルちゃんの手を引っ張って走り出した私は、かぼちゃランタンの振りをしたポケモンが近くに集まってきていた事に全く気付いていなかった。