ミーティア越境編
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「痛いっ! あああ〜! 何で私がこんな目にっ……。……んぎゃー!」
大広間から、紫音の情けない悲鳴が聞こえてくる。悲鳴の合間に、警策で肩を叩かれているだろう鋭い音が差し込まれている辺り、集中出来ていないのだろう。
オモダカ理事長へのメールの文面を考えるBGMには、些か不似合いだと言わざるを得ないが……。乾いていた景色に彩りが戻ってきた様で悪い気はしない。
「うるさいぞ!」
「修行なんてカラマさんだけですれば良いのに何で私まで〜!!」
そう、今紫音は、カラマの修行に付き合わされているのだ。
小生はメール作成。校長先生はパルデアに戻る為の手続き。手が空いた紫音は、小生が不在の間に起こったアカデミーでのあれこれを話して聞かせたかった様だが、経緯をまとめたメールを作成しながら積もる話を聞く訳にはいかない。
そんな紫音を見て、暇を持て余していると気遣ったカラマが修行しようと言い出したのが三十分程前。
着替える手間等を加味して、比較的すぐに参加できる座禅を行う事になったらしい。……紫音の痛みを訴える悲鳴で、そう推測しているだけだが。
小生が紫音の元気な悲鳴に笑みを浮かべながらメールを作成していると、ふと足音が背後に近付いてきた。一人分の足音。迷う様な足取りだが、着実にゆっくりと近付いてきている。
「プリュア」
「ギャゥオン」
アップリューとオンバーンが、警戒する様にボールから飛び出してきた。それでも止まらない足音が、やがて小生の後ろで途切れた。
大方、父が言い訳を並べに来たのだろう。そう判断して、小生は素知らぬ顔で作業を続ける。
「…………」
「………………」
しかし、無言とは言えずっと背後に立たれると集中出来ない。それでも、振り返れば負けだと自分に言い聞かせ、意地でも作業を続けている内に、相手の方が先に折れた。
「……ハッサク」
「…………」
「病に伏せた父の為に戻ったのは気まぐれだったのか?」
背後に立ったのは、やはり父だった。
タンジーの連絡はあながち嘘では無く、父は確かに入院していた。……とは言え、一昼夜で退院出来る程の病。あの時戻らなければ今生の別れに間に合わない、という訳では無かった。
「ちょうど良かった。最後の責任を果たさなければと思っていましたので」
「責任?」
「……ちなみにですが、此度の発端は、母上ではなく、タンジーがあなたの電話番号で連絡してきたから、ですよ。余程の事なのだろうと戻ってみたらこれです」
「いよいよ長を継ぐ気になったのだと喜んだのだが」
「顔を見せれば、すぐパルデアへ帰るつもりでしたよ。紫音が行方不明だと聞かされて、長になると頷けば捜索の命を受けると言われて今に至りました」
「継ぐ気になったか!」
「…………」
都合の良い部分しか聞いていないのか、という考えが頭を過ぎって首を振る。小生自身、色を決め付けて見られる事を嫌悪しているのに、小生がそんな事をやってはいけない。
大きく息を吐いて、小生はこめかみを指で叩いた。
父も高齢だ。後継に託して、母と穏やかな隠居生活を送りたいのやも知れない。里を出てからの方が長い今の小生にしてやれる事は、せいぜい手を貸すくらいだろう。
「小生の後継はタンジーを指名します。小生は、次に道を譲って紫音と共にパルデアへ戻りますです」
「なっ……」
そう、小生の里での最後の責任だ。
一度後継を継ぐと言ったのだから、その責任を果たす必要がある。父から小生へ長の引き継ぎは無かったが、小生を介さずにそのまま父からタンジーに引き継げば済む話だ。
「タンジーは追放が決まっているではないか」
「おや。格好だけではなかったのですか」
そう口にすると、父は慌てた様子で近付いてくる。
外から来た校長先生や紫音の手前、追放を宣言したのだと思っていた。それだけ、里の中の慣習は強かった。……小生が里を出てから変わったのかもしれないが、それは小生が知る事では無い。
「では、里をまとめる者には強さが必要だと言う理屈を使いますです。里の者で一番強いドラゴン使いを決める勝ち上がり戦を組めばいい。のし上がった者が長です」
「その理屈ならば、ハッサクが一番になってしまうぞ?」
「飾りとは言え、長が勝ち上がり戦に参加する訳がありません」
血はともかく。ドラゴンポケモンは強い。そんなドラゴンポケモンと共にある者達をまとめ上げる為には、頂点に立つ者は強くなければならない。心も、技も、もちろん体もだ。
そう続けると、父はいよいよ小生の横にどっかりと腰を下ろす。
「ハッサク。お前はまだ長を継いではおらんぞ」
「タンジーの口車に乗せられたとは言え、長を継ぐと言ったのは事実です。ですから、後継を決める責任を果たそうと考えているのではありませんか」
「タンジーからは何も聞いておらんぞ」
「だから、日がな一日何もせずにいる愚息だと思っていたのでしょう? その辺りの調べは、母上の方がお得意でしょうから、小生からは何も言う事はありません」
「…………」
遂に父が黙り込んだ。言葉を探しているのか、胡座の上で組んだ指が落ち着き無く動いているのが視界の端で見える。
「あの娘の事だが……」
小さくため息を吐いた。次は紫音の話か。
「無理やり話題を供さずとも、小生はパルデアに宛てたメールの作成で忙しいのですが? それに、彼女は何度も名乗ったはずです。こちらの事情で冤罪に巻き込んでおいて、失礼が過ぎますですよ」
「いや、しかし……。……そうだな、……すまん……」
「聞かなかった事にします」
「紫音という娘。胎で選んだ訳ではないと家内が言っていたが」
「…………」
手にペン等を持っていたら、間違いなく手の中で折ってしまっていただろう。
思わず振り返った小生の目に映ったのは、居心地の悪さを隠しきれていない父の姿。一瞬湧き上がった怒りは、父のそんな姿を前にすぐさま小さくなった。
「竜を前にして恐れが無い。家内を連れてきた時を思い出す良い面持ちだった」
「単身ジョウトに渡ろうと画策していていたそうですから」
「先も思ったが、随分大事にされているらしいな」
「そうでしょう。小生の宝物です」
「宝物……。……なぁハッサクや。タンジーはずっと待っていたのだぞ」
責めるでもなく、ただ事実を口にしただけなのだろう。
あの別れの日から、戻る事も進む事も出来なくなった。タンジーの悲哀の始まりは、間違いなく小生だ。
だが、最後に小生の手を突き放したのは、彼女自身なのだ。その選択の責任を小生に戻るのは違うだろう。
「空を飛ぶ事を諦めたのは、タンジーが選んだ道です」
「……そうだな」
「そして、悲哀の最中にあるタンジーの導きに失敗したのが当時の大人達です。小生を連れ戻そうと必死で、タンジーを疎かにしましたね?」
「耳が痛いな。……だが、それだけ後継として育てたお前が大事だったのだ」
「それはそれは。……全く嬉しくありませんです」
父が、里の大人達が心配したのは、在りし日のハッサクではない。後継者がいなくなる事を心配したのだ。
「……ハッサク……?」
話は終わりだ。ゆっくり立ち上がった小生に、父は怪訝な視線で見上げる。記憶にある父より、小さく見える父を──、里長を見下ろして、小生は頭を下げる。
「長に申し上げます。……あなたの息子はいないものとしてお考えくださいますよう」
「……孫を見せに戻って来んのか?」
「はい? 小生はともかく紫音に幼子を伴ってパルデアからジョウトへ長時間移動する負担を強いるつもりですか? 例えば母上に同じ事を頼むので?」
「そんな事をさせる訳にはいかんだろう!!」
「そういう事です」
「ぐぅ……」
唸る父にため息を吐いて、小生は仕事の邪魔をされない場所を求めて歩き出す。落ち込む父が座るあの場所が、風通しも良くて好ましい場所だったのだが仕方が無い。
「ハッサク」
間もなく曲がり角、という場所まで進んだ小生は、呼び止める声に何度目か分からないため息を吐いて振り返った。
「……何ですか」
「その、なんだ……」
「…………」
「……げ……、元気そうで良かった、とは思っているぞ……」
「…………そうですか」
「…………」
「………………」
辛うじて聞き取れる声量で、そんな事を言う父。
唐突に思えるその言葉に、小生も返事をしたは良いが言葉が続かない。父も、それ以降口元を何やら動かすだけで、言葉がこちらまで届かない。
つまり、微妙な空気が親子の間に流れている訳だ。
「あっ! ハッサクさん!!」
そんな空気の中、庭の砂利を踏み締める音と共に、紫音の姿が遠目に見えた。背後を気にしている様子を見るに、瞑想の場から逃げてきたらしい。
「ハッサクさん見付けた〜! 肩がジンジンするんです!! セグレイブ貸してくださ……」
「…………」
走り寄って来る紫音からは、父が座す位置は死角になっていた様だ。小生目掛けて真っ直ぐに走ってきた紫音からすれば、突然現れた様に見えたのだろう。そのまま静々と後退していく。
「紫音とやら」
「何でしょ……」
それを呼び止めたのは、意外にも父だった。
立ち上がった父は、紫音を手招きすると小生を顎で指し示す。
「良い。あれと話は済んだ。それよりお前だ」
「ほぁ……、そですか……。……ん? あれ呼ばわり……?」
「竜の中でも強さが際立つセグレイブにも物怖じせんか」
「しないですねぇ、そんな事よりハッサクさんをあれ呼ばわりしないでもらえます?」
「いつもの事です」
「いつもの事!?」
小生が物心付いて以来、父に名を呼ばれた事など数えられる程度だった故に気にしていないのだが、紫音にとっては気になる事らしい。
見るからに不満の表情を浮かべる彼女を宥める様に頭に手を添えると、ケンタロスもかくやの鼻息が少しずつ落ち着いてきた。
「君が一歩歩く毎にポケモンを話し掛けて全く歩みが進まないので、運搬を頼んだセグレイブを褒めちぎっていたのが懐かしいですね」
「見た事無かったしカッコよかったので! ……あっ、そうだ! 肩バシバシ叩かれて痛いのでセグレイブ貸して欲しかったんです!! 私の肩が燃えている!!」
「大丈夫です、燃えていませんですから」
「冷やしたいです!」
「分かりました。セグレイブ」
「ギュワオン」
モンスターボールを紫音の手に乗せると、話を聞いていたセグレイブがすぐさま飛び出した。
爪が紫音を傷付けないように、慎重に肩に手を乗せるセグレイブの様子を見ていた父は、静かに頷いた。
「……いい伴侶を見付けたものだ」
父が見せた心底安心した様なその顔に、小生は頑なな態度を取り続けるのがふと馬鹿らしく思えた。……しかし、そう思えたのも一瞬。
「娘……、紫音からもそれに言ってやってくれ。孫ができたら父に見せる為に戻って来いと」
「その話は先ほど済んでいるでしょう」
「それが大事だと思えば、親子の情も考えてくれるな? なぁ、そうだろう?」
タンジーとやり口が同じである。痛む頭の片隅で、やはり真に後継と言えるのはタンジーなのでは、と考えていた小生は、紫音をちらと見下ろした。
紫音は何と応えるのだろう。そう思っての行動だったのだが、見下ろした先にいる紫音は、小生を見上げてにこやかに笑った。
その顔のまま父を振り返り、大きく息を吸い込む。
「……すぅ……。……相手が大事にしてるって分かってる人をあれとかそれって言う人のお願いなんて聞く訳ないじゃないですか喧嘩売ってんですか言い値で買いますよ!!」
そう言い切ると、また鼻息も荒く腕を組んで父を睨んでいる。先ほど怒りで荒くなった呼吸とは違い、一息で、その上声を張り上げたからなのか、空気を求めている様子だ。
「……紫音」
「何ですかっ!!」
その様子に紫音の名を呼ぶと、上気した顔が小生を見上げる。
「今の言葉、もう一度聞かせて欲しいのですが……」
「えっ。何でですか?」
「大事にしてる、辺りを特に……」
「…………」
「紫音?」
紫音が凍り付いた。自分の発言を思い返しているのだろう彼女が、また別の意味で顔が赤くなり始める。
「はっ……、ははは、ハッサクさん!」
「はい」
「からかってますね!?」
「はい。このやり取りが再び出来る事を嬉しく思いますですよ」
そんな会話をしていると、視界の端にいる父が唖然とした顔で小生と紫音を見比べている。
父の記憶にある小生は子供の時分のまま。その小生は、誰かとこんな気軽なやり取りをした事は無いのだから。
「ぐぅうっ……! 私も嬉しいのが悔しい! お義父さん!!」
ダルマッカにでもなったかの様な赤い顔をした紫音に威勢よく突然呼び掛けられて、父が思わず居住まいを正す。
「なっ……、何だ」
「ハッサクさんを私に下さい!!」
「……は」
「大丈夫、ちゃんと大事にしまひゅ!!」
「…………」
「………………」
沈黙。遠くでピジョンが鳴いているのが聞こえる程度に、この場は静まり返った。
「……クッ……、……ははははは!!」
「……!? ……、…………っ!?!?」
「アッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
「……は、ハッサクさん……」
父の大笑いに怯えて、紫音の勢いが萎れていく。小生の足にしがみついて、尚も笑い続ける父を困惑の様子で眺めていた。
正直な事を言えば、父の大笑いを初めて目にした小生も困惑している。紫音の手前、冷静な顔を取り繕っているだけだ。
「ハァ……、いやぁ笑った! 大事なものの為に怒りながらも、筋を通すその意気や良し! それは……、ハッサクはお前にくれてやろう!! 好きにしろ!!」
「や、ヤッタァー……?」
未だ足にしがみついたままの紫音が、ひとまず喜びの声を上げた。
状況に理解が追い付かない。
あれほど不満を言っていたと言うのに、父は紫音を存外気に入った様だ。現に、「娘になるお前に小遣いをやろう」などと紫音を手招きする始末。
「……父上」
「なんだ。息子はもういないのだろう? 代わりに娘を可愛がって何が悪い」
「紫音を懐柔しようとしないでください」
「可愛がれば孫を見せに行こうと言い出すかもしれんだろう?」
「言いませんよ。ハッサクさんへのあれそれ呼び許してないので! ハッサクさんが許しても! 私が!! 許さないので!!!」
「何だつまらん」
目論見が外れた父が、あっさり紫音を押し返した。もちろん、渡した小遣いは無しだ。
「……話は終いだ。もう何処にでも行ってしまえ。息災でさえあれば、何をしようがお前達の自由だ」
追い払う仕草をしながらそう言うと、父は屋敷の奥へと引っ込んで行く。その姿を見送って、小生は大きくため息を吐いた。
「……ハッサクさん?」
「……いいえ、何でもありませんです。ただ……」
「ただ?」
「先程の父上ならば、パルデアに来た時の宿の手配程度の歩み寄りは出来る様な気がします」
「そうですね。ハッサクさんが無理して合わせなくても、イイトコホテル用意してあげたら、あとはカラマさんみたいにパルデアで修行してる人にお任せしちゃいましょう! 観光するより、修行を見たいかもしれないし!!」
「ふふ、そうですね」
思ったよりも弱気になっていた小生は、紫音の言葉に胸の内にある黒い鉄球が軽くなった気がした。そんは浮遊状態の心のまま、紫音にもう一度頼む。
「……父に啖呵を切った際の言葉をもう一度言ってもらえませんですか……?」
「からかっている訳じゃ……、無いですもんねぇっ……!」
羞恥に耐える顔をして、紫音は小生を手招きした。どうやら、彼女自身の羞恥心と小生の頼みに応える為の折衷案として、小声で言うつもりらしい。
「一回限りですからっ」
「はい。ではその様に」
小生に耳打ちする姿勢を取った紫音の呼吸が、耳を擽る。これは邪念が湧いてくる、と思ったのも一瞬。
「……えーっと」
「……紫音?」
紫音がその姿勢のまま動かなくなった。どうしたのかと顔を彼女に向けると、考え込んでいる紫音がいる。
名前を呼べば、すぐに意識が戻ってきたものの。罰が悪そうに視線を彷徨わせている。
「私、さっきお義父さんに何て言ったかなって思って……。ハッサクさんを私に下さいの前……、ですよね?」
「その言葉も嬉しかったですが……、そうですね。その前、息も吸わずに言い募った言葉です」
「どうしよう……! 必死過ぎて忘れちゃった……」
「では、思い出したら教えてください。一度限りとの事ですから、ロトムに頼んで録音もします」
「にゃっ!? 録音はちょっと……!」
「では、頑張って思い出してください。録音無しのタイムリミットは、小生のメール仕事が終わるまで、です」
「そ、そんなぁ!!」
羞恥と絶望に悲鳴を上げた紫音は、庭に座り込んでぶつぶつと自分の発言を反芻し始めた。
小生としては、思い出してくれるのならばいつでも構わないのだが。それはそれとして、小生の言葉一つで必死になる様子がおもしろ……、いえ、可愛らしいので、メール仕事はクラベル先生がチケットの手配やポケモン達の健康診断予約が済むまでは終わらないだろう事は、言わずにおこうと思った。