ミーティア越境編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夜も更けてきた。月明かりだけが光源の部屋の中で座禅を組んでいた小生の集中力を途切れさせたのは、他でもない手持ちのポケモン達だった。
「ギャギャ! ギャウ!?」
「リャー? プリュ!」
「ギュワン。ギュオ」
トレーナーである小生が瞑想に耽る間手持ち無沙汰になる彼らが、暇潰しに外を眺めるのはいつもの事だ。しかし、これほど騒ぐのは初めてだ。
「ハッサク様は瞑想されているのだから、大人しく……」
「リュ。……リュー!!」
「無駄ですよ。お前の実力では、まだ小生のドラゴンを宥められません」
「ハッサク様……」
そも、信の置けない相手の言葉を聞き入れるはずも無いが。それを言っても詮無き事だ。瞑想にならない事実に変わりない。
「どうしました」
部屋の灯りを点けると、大事件とばかりに一斉にポケモン達が小生を窓際に導く。
「リュー!」
「ギュワオン!」
「分かりましたから。またポポッコでも来ました、か……」
軽口を叩きながら窓から外に目を向けた。てっきり近い場所で事件が起きているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
皆が一斉に指し示す先には月。その月には、何者かが大きな影を落としているではないか。少しずつこちらに近付いてくるその影には、朧気ながら見覚えがあった。
「……あれはもしや、伝説に聞くルギアでは?」
あまりの光景を前に、にわかに己の目が信じられない。思わず里の者を手招きして月を示せば、彼も唖然とした顔で青褪めた。
『聞いて驚けー。見て驚けー』
「喋っ……!? 本当にルギアなのでしょうか……? そもそもルギアは、うずまき島の奥にいるのでは……!?」
「そう伝えられていますが、この目に映っている以上、これは現実ですよ。伝説のポケモン……、実際に目にする日が来ようとは……」
月に影を落としていたルギアが、いよいよはっきりと見えてきた。銀翼が月の光に照らされて、水中にいるかの様な蒼色にも見える。
ルギアはそのまま里を通過して行くものと思っていたのだが。何とルギアは、ゆっくりと里に降りてくる。ドラゴンポケモンも大きな個体が多いが、それは一般ポケモンの中での話だ。伝説のポケモンともなれば、その大きさは段違いだ。
『……あー。まぁ翼広げて休むのにはちょうどいいかー』
普段は余裕を持ってすれ違える路地に身体を横たえて、両脇にある屋敷に翼を置いて。完全にここで休む構えだ。
「……奥まった屋敷で休んでいる父に伝達を。敵意が無いポケモンに無駄にバトルを仕掛けぬように!!」
「し、しかし……」
「小生の監視なんぞより、大切な事があるでしょう!!」
一喝すると、慌ててスマホを懐から取り出した。慌てふためく持ち主に落とされない様に、ロトムが自分の意志で宙に浮かぶ判断をしたのは妥当だろう。
「ルギアが里にっ……、はい、はいっ」
「……! ………………!!」
『うるせ……』
そうしている間にも、外の喧騒が大きくなっていく。ルギアが腕を軽く振るうと、ポケモン達が吹き飛ばされる様子が見えた。戦う意志が無い相手に戦いを挑んで、受け流されているらしい。
「意思疎通が可能なのだから、対話を試みる事から始めればいいものを……!」
「プリャー!」
「ギャギャッス」
「今度はどうしまし、た……」
状況に頭が着いていけない。側頭部を指で叩きながら思考をまとめていると、アップリューが悲鳴を上げると同時にくいくい、とオンバーンが腕を引いた。意識をそちらに向けると、窓の外に見覚えのあるポケモンがいる。
「ニャッ……、んんっ。ポポッコ……」
『ぽぽにゃー!』
窓の外で、ポポッコが元気に手を振っている。……ニャッコだ。先日の遭遇とは違い、今回は機械を装着していない。
相変わらず窓越しに何か語り掛けてくるが、やはり小生にはニャッコの言葉が分からない。
どうしたものか。いよいよ窓を割るべきかとセグレイブを見ると、同じタイミングでセグレイブと目が合った。かと思えば、セグレイブは窓から離す様にやんわりと小生を部屋の奥へと押す。
「……まさか、外から窓を割るつもりですか?」
セグレイブにそう問うが、当のセグレイブはニャッコに向けて合図を送っていた。どうやら、ニャッコの……、その先にいる紫音からの指示なのだろう。
しかし、なかなか窓ガラスが割れない。それどころか、突然窓が明るくなった。
何事かと思った小生が窓に近付こうとするが、セグレイブがそれを止める。セグレイブに庇われながら目に映ったのは、空高く昇っていく炎。
それが、竜巻に巻き取られた炎技だと理解するまでそう時間は掛からなかった。木造の建物が多いこの里の中で、炎タイプの技を扱うポケモンバトルを許されている場所は限られている。決して、こんな場所で炎タイプの技を使ってはいけない。うっかり火が燃え移ろうものなら、消火も楽ではないからだ。……燃えた建物が屋敷ならば尚の事。
「外では何が起きて──」
これ以上は、さすがに静観していられない。スマホで何らかの情報共有が為されているのでは、と期待して振り返るが、あいにく付き人は空に消えていく炎に魅入られたかの様に呆けて使い物にならない。引き止めるセグレイブを伴って自分の目で確かめるべきかと、小生が窓に一歩近付いたその時だった。
外からばしゃん、と波が跳ね返る音が聞こえる。窓を越える勢いで噴き上がった水の中から、鮮やかな鱗が現れた。
「おぉぉぉぉお……!」
遂に窓ガラスが外から叩き割られた。飛び込んでくる水流と、飛び散るガラスの破片から顔を庇う小生は、指の隙間から色違いのミロカロスと目が合う。
月明かりの中で水とガラスを反射するその姿は、パルデア特有の現象であるテラスタルを彷彿とさせる美しさだった。
「……カロン!?」
「……ギュオワ」
「…………」
思わず、と言った様子でセグレイブが腕を伸ばした。それに一瞥だけ寄越した彼女は、セグレイブの足を止める為にスケイルショットを叩き込むと、そのまませり上がる水の中に帰って行く。そこにいろ、という事なのだろう。
「ぽっぽにゃー!!」
代わって部屋に飛び込んできたのは、小さな鞄を携えたニャッコだった。小生に鞄を差し出そうとしているものの、己の頭に咲く花に引っ掛かった鞄を相手にじたばたしている。
手を貸してやれば、意図を察して大人しくなった。ニャッコが持てる程度の小さな鞄を開けると、そこには封筒が何枚か入っている。
「……まさか、これを届ける為だけにパルデアから……?」
「ぽぽ。にゃー」
「……紫音は」
紫音もいるのですか。
そう問い掛けるより前に、ニャッコは小生の額を軽く叩いて窓の外に出て行ってしまった。おっとりした性格のニャッコがあれ程急ぐとは。階下で何が起きているのかと窓に近付いた小生は、信じられないものを見た。
「放火魔ですわ! 他の屋敷にも火を放たれる前に捕えて!!」
「んんんー! そう言いながら火炎放射させてるぅ!!」
紫音だ。ずっと顔を見たかった紫音が、何やら慌てふためいて叫んでいる。それに相対するタンジーは大きく息を吸い込んで声を上げた。
それはそうだ。目の前で放火を目撃すれば、誰だって冷静さを欠くだろう。犯人が助けを求める自作自演をすればなおさらだ。
「ハッサク様、ルギアの処遇が……」
「静かに。そのままスマホで階下の録画を」
「え? なっ……、タンジー様の屋敷がもっ!?」
思わず、と言った様子で驚きの声を上げたその口を手で塞いだ。
見られている事に気付いていないのか、見られたとしてもどうにか出来ると考えているのか。放火犯に仕立ててしまえば、あとは内々に処分できる、と。
特に、被害者はタンジーだ。小を大にして語るタンジーを相手取るのは、口だけでは些か不安だ。第三者視点からの録画が無い限り。
「……小生のスマホでも録画を。お前のスマホにはロトムがいますね? 小生の方を手に持って、しっかりと録画しなさい」
「はっ、はひ……。……タンジー様、何故……!!」
里での信用度は、紫音よりも圧倒的にタンジーに傾いている。それを覆すには、複数の証拠があった方が良い。
「仕事は終わったもんね! よしっ、ジャック! 退散しよう!!」
しかしその前に、紫音は素早く撤退の判断を下した。捕らえられる前に、という判断は立派だが、このままでは火を放つだけ放って逃げ果せたと吹聴されてしまう。
「お前はこの窓から降りられますか?」
「えっ。はい……、ハクリューがおりますので、わずかな時間なら……」
「よろしい。オンバーン、この場で録画の継続を」
「ギャ!?」
「紫音の為です。……そう、このままの角度で。小生が呼ぶまで動いてはいけません」
「ギャウ……」
紫音の為だと言うと、外に出られると期待して翼を広げていたオンバーンが項垂れた。誰かはこの場に残って、証拠の確保をする必要があるのだ。手の様に翼が使える上、役目が終われば飛ぶ事も出来るオンバーンが適任だと判断したのだが。……事態を収めた後で機嫌を取ってやらなくては。
『テイクアウトするぞ』
「テイクオフね! 持ち帰らないで!!」
「その者を捕らえなさい」
それはともかく。ジャックという聞き慣れない名前。誰か連れがいるのかと思っていたが、紫音はルギアの脚にしがみついたではないか。
つまり、里を騒がせた伝説のポケモンは、紫音の手持ちポケモンという事だ。伝説のポケモンすらナンパしたと思しき話は後ほどじっくり聞くとして。重要参考人である紫音には、このまま残ってもらわなくてはならない。
先に降りた者に指示を飛ばすと、飛び立とうとしていた紫音は小生の声を聞き付けて落下した。
「──え。ぐひゃ」
『あ、潰した』
脚先が紫音を掠める。触れた場所は幸い羽毛だったのか、すぐに起き上がって小生を見上げた。
部屋の灯りを背負っているからか、眩しそうに目を細める紫音に対して、タンジーは勝利を確信した笑みを浮かべている。
「ハッサク様!」
「ハッサクさん……!」
「まさか屋敷に火を放つ暴挙に出るとは……。予想だにしませんでした」
そう言いながら、カイリューの手を借りて窓から外に出た。呆然としている紫音は、「違う、私じゃない」とうわ言を繰り返している。今にも泣き出しそうな顔をしている紫音は、しかし逃げる頭も無いのか付き人になすがまま火の手が広がる屋敷から引き離されていく。
「そのまま彼女を保護しなさい。お前は鎮火の為に、水タイプと複合のポケモンを持つ者達をここに」
「……ん?」
「は、ハッサク様……?」
「……んん?」
大人しく座らされて、ようやく理解が追い付いてきたのだろう。対照的に、タンジーの顔色がみるみる悪くなっていく。
「リュー! リュリュ!!」
「カイリュー!? カイリュゥゥウ〜……」
地面に降り立ったカイリューが、小生を下ろすよりも先に紫音に手を振る。感極まった様子の紫音が涙声で応えると、真っ先に飛んで行った。再会の喜びは理解できるが、一番手は小生に譲って欲しかったのが本音ではある。
「傷が出来ているではありませんか! 他に怪我はありませんですか?」
逸る気持ちを抑えて、努めて冷静に紫音と向き合う。カイリューから紫音を受け取って地面に下ろすと、間近で見た紫音には、顔に小さな傷が出来ていた。
「は、ハッサクさんも元気そうでっと言うかその格好も似合ってて良いですね! ……んん? 元気そう……?」
見慣れない格好をしていた小生を褒める言葉を並べていた紫音が、ふと小生の顔をまじまじと見て首を傾げた。元気そう、の言葉が途端に疑問系に変わっていく彼女は、手入れが足りない鋼タイプの様な動きで近くにいる里の人間へ順繰りに視線を送る。
監禁紛いの扱いを受けていたと伝えると、紫音のショックも大きいだろう。穏便に済ませるべきと判断して、小生はその視線を遮った。
「……小生は元気ですとも。……それより。ルギアもボールに避難させてください。煤でせっかくの銀色がくすんでしまいます」
「は、はいっ!!」
そう言われて、思い出した様に紫音はルギアをボールに戻す。『ああ〜』などと不満そうな声と一緒に小さくなっていく様子があまりにも紫音のポケモンと言った雰囲気だ。ポケモンとの仲の良さが伺えるやり取りを微笑ましく思っていると、タンジーの悲鳴の様な声が響いた。
「何故なのです! わたくしの屋敷が燃えていると言うのに、何故その娘を優先させるのですか!?」
普段の余裕を持ったタンジーの姿からは、誰も想像もできないだろう言葉だった。心からの叫びだったのだろう。
仮面を脱ぎ捨てて怒りを顕にするタンジーは、真っ直ぐに紫音を睨み付けている。消火の為に集めた者達すら、ポケモンに指示を出しながらこちらに視線を向ける事を我慢できない程だ。
「タン……」
「修羅場だ……。痛っ!?」
「…………」
紫音の感想に、ラクシアが無言で喝を入れた。緊迫した雰囲気を壊した紫音は、情けない顔でラクシアのパンチを受け入れている。
「どうしてわたくしではいけなかったのですか!? 今更っ……、今更そんな娘を選ぶのなら、どうしてわたくしを選んでくださらなかったのですか! ずっと待っていたのに!!」
「…………」
「好い人が何人いようが、最終的には帰って来ると信じていたからずっと待っていたのです! だと言うのに、今になってそんな娘を選ぶのならっ、もっと早くわたくしの元へ帰って来てくださればいいものを!! どうしてです!?」
タンジーは泣いていた。演技ではない、嘘泣きでも無い涙を見るのは、小生が里を出て以来だろう。
「……タンジー。幼い頃共に生きる約束をした君は、しかしあの時、小生の手を拒んだではありませんか。里を出るからと、追い掛けてきた君に手を差し出した小生に何を言ったか覚えていますか?」
「…………そんな昔の事……」
「そうですね。遠い昔の事です」
雨の冷たさに隠れて里を出ようとした小生を引き留める為に追い掛けてきたタンジーの言葉を、はっきりと覚えている。
「……タンジー。君は、『そんな必要など無い。わたくしには外を目指す理由が無い』と首を振った。しかし、小生は必要だから行動を起こしたのでは無いのですよ。必要でなくとも飛びたいと思ったから、小生は里を出たのです」
「…………」
「あの時、君と共に生きるはずだった道は、ぷつりと途絶えてしまった。そして今、小生の中にわずかに残っていた情すら火に焚べた」
共に励んだ記憶。親が決めたとは言え、手を取り合って生きるはずだった相手。
そんな幼馴染に対する情も、小生を里に押し込める枷だった。しかし、紫音が無事な姿で目の前にいる今、目の前で火を放つ凶行に走った彼女に、残っていたわずかな情も燃え尽きてしまったのだ。
「竜の大切なものに手を出せばどうなるか。君も理解していたはずでは?」
「わたくしの大切なものに先に手を出したのはそこな小娘ですわ! わたくしにはハッサク様が必要なのに!!」
「はぇ?」
急に矛先を向けられた紫音が、気の抜けた声を上げる。
「ボーマンダ! 海が駄目ならば山に捨ててきなさい!!」
タンジーの指示に翼を広げるボーマンダを前に、セグレイブが腕を構えた。
「紫音を排除したとて、小生の気持ちは小生の物。タンジーの好きには出来ませんよ!」
「……っ、うう……。うああああ──!!!」
本格的に泣き崩れたタンジーを前に、声を掛けられる者は誰もいなかった。