ミーティア越境編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「来たな」
「来ましたよ〜」
仁王立ちをしたメロコちゃんに手を振る。何度目かのSTCチャレンジ、今日私は、最終難度のルナティックに挑戦する。
ルナティックって言うだけあって、待ち構えている人の数も今までより多い。予定を合わせて、出来る限りの人を用意したんだって。気合の入り方が違う。
ついでに、何故か観客席が用意されている。何でだろうな、色んな人が観客席に座ってるぞぉ。気のせいかな、オモダカさんまでいませんかね。
「最終確認だ。今日の挑戦はルナティック。回復も無いからネルケの追走も無い。自販機も使えねぇように、ウチのもんが前に陣取ってる。ここまでで質問は?」
「無いよ〜」
「制限時間は十分。こっちのポケモンは一人三匹出す。数は五十」
なるほど、つまり百五十匹のポケモンを撃破しろと。あと一匹いたら、カントーのポケモン図鑑と同じ数ですね。
「おい、ちゃんと聞け」
「あい」
「どんなルートで倒して回ってもいいけど、最終的にオレの前に来い。そのままオレとポケモンバトルだ」
「私の息を整える暇は?」
「無しだ」
「メロコちゃんとバトルする前に、ポケモンの順番入れ替えるのは?」
「……ドラゴン先公を探しに行く場所で、そんな事してる余裕あると思えねぇけどな……。まぁ良いだろ。こっそり回復しないかネルケに見張ってもらうか」
「ありがとう〜!」
良かった! 昨日「バトルしたい子は手を挙げて」って言ったら皆手を挙げちゃったから、手を挙げたのが一番速かったニャッコを最初に出すって約束しちゃったんだよね……。約束破る事にならなくて一安心です。
「じゃあ、スタート位置に付きな。……ちゃんと時間内にオレの所に来い」
「うぃ〜っす!」
頑張りまっしょい!
今日のメインディッシュは、なんと言ってもメロコちゃんとのポケモンバトル。ポケモン達が頑張ってくれるのに、その前のレッツゴーバトルで私がバテる訳にはいかないのだ!
……行かないのですが……。
「……ゾンビは燃やすのがセオリーだったか?」
隅々まで走り回って、五十人探すのがまず一苦労。皆はもうレッツゴーに慣れたもので、何なら私が指示を出す前に相手のポケモンをふっ飛ばしてくれるからありがたいんだけど、その分私が一息つく暇も無いということ! つまり、全ては私の走るスピードにクリア出来るかがかかっているのである!
「……ちょ……、さん……、まっ……」
息を整える為に三十秒だけ待って、なんて言ってる間に、ラクシアはもう次のポケモンに向かって駆け出している。私だけ止まってられない。
「はぇえ〜……! 今行くから待っててね!!」
『紫音ちゃん、ノルマ達成! そのままメロコちゃんの所まで走れば十分に間に合うよ』
スピーカーから、メロコちゃんに代わってアオイちゃんの声が響く。
ここからは、シンプルな全力疾走です。足がもつれて転びそうになりながら、私はアジトの奥で待ち構えていたメロコちゃんの前に躍り出た。
「……クリアタイム、九分五十二秒!」
「やった……」
本当にギリギリだった。どしゃ、と崩れ落ちてしまった私に近付いてくるネルケが、お情けでおいしい水を差し入れてくれた……。
「助かります……」
「一分以内に飲みな。ちなみに、ポケモンを交代させる時間も含んでるぜ」
「ごふっ」
何ということでしょう。水を飲みながらポケモンも入れ替えなきゃいけない。
慌ててスマホロトムを立ち上げる。手持ちポケモンのコンディションを確認するアプリを立ち上げて、ポケモンの順番を入れ替えないと……! あ、水を飲みながらだと画面が見えない。えーい、水は終わってからゆっくり飲もう!! 皆で勝利の祝杯をあげるのだ!!
「よし! ポケモンの順番入れ替えたからもういいよ。バトル、やろう!!」
「……いいぜ、じゃあ始めるか。バトル中のポケモン交代は自由、回復は無し。審判は……」
「僕がやるよ」
「審判はピーニャ。オレのポケモンを全員倒せたら紫音の勝ちだ。これで良いか?」
「異議無し」
「じゃあ構えな」
STCチャレンジで撃破した人達。観客席に座る人達。私とメロコちゃんをぐるっと囲んだ視線が突き刺さる。
目を閉じて、深呼吸をしてニャッコがいるボールを握り締めた。タイプ相性だけで言えば、ニャッコが不利。でも、ニャッコはやるって手を挙げた。私と頑張ってくれるって言った。
「──行こう、ニャッコ」
私の言葉に、ニャッコがボールを震わせて応える。
「行け! コータス!!」
「ニャッコ!!」
ふわりとニャッコが躍り出た。一歩遅れて、メロコちゃんのコータスがずしりと地面に降り立つ。同時に、太陽の力が増した。
メロコちゃんはまだコータスにまだ指示を出してない。という事は、これは特性"日照り"の効果だ。コータスの特性って"白い煙"じゃなかったっけ?
「……ニャッコだと……? バカにしてんのか!!」
「してないよ。怒るなら捕まえてからにしてね」
「ぽっにゃー!!」
「ニャッコもそうだと言っています」
まあそう言ってるかは分からないけど。太陽パワーでやる気に満ち溢れているニャッコが、頭の花を元気よく回転させて飛び上がった。
「アクロバット!!」
「ぽぽにゃ!」
「こぁ」
ひゅん、と風を切ったニャッコがコータスのほっぺたを叩く。攻撃はあまり得意じゃないニャッコでも、スピードに乗ればそれなりにダメージを与えられるはず。
「大人しくしろ! コータス、あくび!!」
「ニャッコ、上に!」
あくびをされると、それに釣られてニャッコも眠くなる。眠ってしまうと、ニャッコが捕まってしまう。ニャッコはまだ活躍出来ていないのに!
「飛び跳ねる!」
「ぽやぁん」
「ちっ……。ずいぶん余裕じゃねぇかニャッコ!!」
……そう。元気よく飛び上がったニャッコは、空から手を振っているのである。飛び上がったからには、今度は降りてこないといけないんだけど……、その着地点を狙われる訳で。
「そこだ! ストーンエッジ!」
「ニャッコ、宿り木の種で撹乱!」
「ぽぽぽっ!」
ぺぺぺっ、と軽い音を立てて宿り木の種がコータスの顔に当たる。ちょっと邪魔そうだ。さすがに顔面に根は張れなかったけど、代わりにコータスの足に宿り木が生えた。よし、じわじわ行きますよ〜!
「着地、跳ね返りを利用してアクロバット! コータスに何もさせないで!!」
「アクロバットを使う元気が先に無くなるんじゃねぇのか? コータスにそんな攻撃が効くかよ!!」
「…………」
「頭を振って追い払え!」
「こぁす」
「にゃっ。ぽにゃ」
当たらなければどうという事は無いし、タネも仕掛けも済んでるんですけどね。メロコちゃんからは、コータスの前脚に生えた葉っぱがまだ見えていないみたいだ。
太陽の力で元気になるのは炎タイプだけじゃない。その恩恵は、草タイプだって存分に受けられる。にょきっと生えた葉っぱが、日差しを存分に浴びて蔓を伸ばしていく。伸ばした先でまた根を張って、コータスの体力をじわじわと奪っていく。
「……コータス?」
メロコちゃんが異変に気付いたのは、コータスの前脚に力が入らなくなってからだった。
「さっきの宿り木か!」
がくん、と甲羅が地面に擦れる。元気度を示す煙は、じわじわと小さくなってきている。後はもう何もしなくても、コータスの元気は無くなるはず。
「コータス! フレアドライブ!!」
「こっ……、こぁー!!」
「わぉ」
その場で全身を燃やした。そのまま相手に突進する技だけど、空中にいるニャッコにはもちろん当たらない。体力を奪い続ける宿り木を燃すためだけに、少しだけ体力を削ったんだ。
「何も出来ないままやられてたまるか……! 爆ぜろ、コータス!!」
「……ニャッコ、風に乗って!!」
「ぽぁ〜」
今度こそ、ニャッコにぶつける為にフレアドライブが向かってくる。日差しの中で温められた空気に乗ってふわりと舞い上がったニャッコは、コータスの甲羅から出ている噴煙で更に高く飛び上がる。
「高速落下! アクロバット!!」
ズバババッ! 普段のぽわぽわした様子とは似ても似つかない俊敏な動きで、ニャッコがコータスの首と甲羅の隙間に激突した。……ジャストフィットである。
甲羅に引っ込もうにもニャッコが邪魔でできないし、だからと言って振り落とそうと首を振った所で意味が無い。
「にゃ〜! ……ぽぽ……」
「コータス! 燃やせ!!」
「んこぁ……。こぁすっ……!」
抜け出そうとジタバタしていたニャッコが、諦めて大人しくなった。そこで諦めないで〜! 諦めたらそこで試合終了ですよ!
もちろん、そのチャンスを逃すメロコちゃんではない。その場で全身を燃やしてフレアドライブを繰り出そうとしている。
炎エネルギーの源である甲羅が、今日一番の噴煙を上げた。プフォーっ、と汽笛のような音が聞こえた次の瞬間。
ぷすっ、プスプス……。不完全燃焼を起こしたように、急に煙が萎んだ。その煙が空気に消えていくのに合わせて、コータスがゆっくりと身体を投げ出していく。
「んごぁ……」
「ぽにゃー」
全身をぐでーんと投げ出したお陰で、隙間に嵌っていたニャッコも自由になった。
「……コータス、戦闘不能! メロコくんは次のポケモンを。紫音くんはどうする? ポケモン入れ替える?」
「ん〜ん、私はこのままニャッコで行くよ」
「オッケー。メロコくん、次の用意できた?」
「……ああ」
ぎゅっと握り締めたボールが宙を飛ぶ。青いボールから姿を現したのは、黒と赤のポケモン。……ニャッコの天敵、セキタンザンだ!
タイプ相性はもちろん、覚えられる技もほとんどダメージを与えられない。今のニャッコにできる事と言えば、せいぜい宿り木の種を蒔いて交代するくらい。
「宿り木の種!」
「ロックブラスト!!」
岩ボディの隙間に種を蒔く事ができれば大成功なんだけど。種を蒔くのと同時に、メロコちゃんがセキタンザンに指示を飛ばした。
「ぽにゃ!? にゃにゃっ……、ぽぁ!?」
「ニャッコ!」
右に左に避けていたけど、弾丸になった石がニャッコの顔面に一撃。軽いニャッコが石の弾丸を受け止められるはずもなく、そのまま私の目の前まで吹っ飛んできた。ふらふらしながらも、まだ何とか動けている。コータスの体力を吸い続けた余剰があって、ギリギリ踏み止まった感じだ。もうニャッコに戦う元気はほとんど無い。後続の為に種を蒔いて力尽きるか、一矢報いるべきか。
「……ニャッコ」
「ぽにゃ……?」
「タンポポ根性見せてくれる?」
「……ぽぽ!」
「ありがとう! アクロバットで接近して宿り木の種!!」
ニャッコは、私の問い掛けに頷いた。首を振ったら交代するつもりだったけど、ニャッコは頑張ると言ってくれた。
多分……、と言うか間違いなく、次の攻撃でニャッコは撃ち落とされてしまう。私にできる事は、ニャッコを信じて送り出す事だけ。
「種もニャッコもまとめて焼き尽くせ! セキタンザン、ヒートスタンプ!!」
「ぽにゃっ……」
近付いくニャッコを待ち構えて、セキタンザンが飛んだ。岩タイプのセキタンザンの重量だとそんなに高くは飛べないけど、それでも私達が想定していた場所からはズレている。
セキタンザンの上を通過して、背中に回り込むつもりだったニャッコの目の前に燃え盛る岩が現れたのと同じ事。スピードに乗ってすぐには止まれないニャッコが、見事に燃えている部分に激突した。
「にゃっ……」
「ニャッコ!!」
気のせいかな、ジュッて音が聞こえなかった?
燃えるたんこぶを作ったニャッコが、ふらふらと地面に落ちる。その上から、セキタンザンが落ちてきた。
「にゃう……、ぽにゃぽぽ……」
「ニャッコ、戦闘不能! 紫音くんは次のポケモンを。メロコくんは……」
「このままで行く」
「オッケー」
種は蒔けなかった。ニャッコにもう戦う元気は無い。でも、苦手なタイプ相手によく頑張ったと思う。一匹倒せたし、次のポケモンも引っ張り出せたんだから。
「ありがとうニャッコ。お陰で次のポケモンを安心して選べるよ。……ジヘッド! 頑張ろう!!」
「ジヘァ! ジドゥ!」
モノズから進化したジヘッド。本来、頭同士は仲が悪いらしいんだけど……。ラッキーな事に私のジヘッド、あんまり喧嘩しない。もちろん、片方の頭だけに構っていると喧嘩になるけど、普段は大人しい子だ。
こうやってレッツゴー以外のバトルをするのは、進化して初めて。
「メロコちゃん、ジヘッドと呼吸合わせる練習にさせてもらうね」
「ハッ、やってみな。……セキタンザン、ボディプレス!!」
さっきはヒートスタンプ、今度はボディプレス! 重量を活かした戦術! ズシズシと足音を立てて近付いてくるセキタンザンを前に、私はジヘッドに声を掛けた。
「ジヘッド! ダブルアタック!!」
「フヌッ。ヘヌッ」
頭が二つあるジヘッドが、重い足音のセキタンザンへと駆け寄る。大きく首を振りかぶって……、右の頭が相方に思いっ切り激突した。ちなみに、その勢いで転ぶというオマケ付き。そのまま、ボディプレスでセキタンザンと地面の間に尻尾を挟まれて動けなくなった。
「……あちゃ〜……」
立ち上がれなくてジタバタしてる。うんうん、攻撃が外れちゃって悔しいよね、分かるよ……。
「そのまま踏んづけちゃえ! 地団駄!」
「ジドァー!! ジァアー!!」
悔しさをバネに、ジヘッドが地団駄を踏む。尻尾が挟まれたままなので、セキタンザンとの距離はほとんど無い。
「ちっ……! セキタンザン、地震で相殺だ!!」
地震を繰り出す為に、セキタンザンが起き上がった。尻尾が解放されたお陰で、ジヘッドも自由になる。
「ジヘッド、飛び込んで! ドラゴンダイブ!!」
重量を武器にするセキタンザン。その分、早く動けない。それに対してジヘッドは、進化したお陰で力強くなった脚が地団駄でガタガタになった地面でもがっしりと立ち上がった。
この距離なら外さない。振り返りざまに、唸り声を上げたジヘッドがセキタンザンに体当たりを食らわせた。
「せぎゃっ……!」
中間進化とは言え、さすがはドラゴンタイプ。ジヘッドの勢いに、ジヘッドより大きいセキタンザンが一瞬怯んだ。
「噛み砕く!!」
ジヘッドの頭は二つ。噛み砕く為の口も二つ。そうなるとダメージもきっと二倍。まぁお得! 実際にお得かどうかは分からないけど、岩タイプボディとは言え二ヶ所同時に噛み付かれればさすがに痛いはず。
「右の……、ウヘッドは噛み付いたまま離さないで! サヘッドはダブルアタック! 痛いかも知れないけど我慢してね!!」
そして、頭が二つあるとこういう事も出来る。噛み付いていると脚が地面に付かないので、地震を繰り出した所でジヘッドには何の効果も無い。ボディプレスで潰されないように注意深く見ていれば、後はじわじわ体力を削れる……。そう思っていたのですが、そう簡単にはいかないのがポケモンバトル。
「ジワァ……、ワワァ……」
「……ジヘッド? どうしたの?」
噛み付いたままのウヘッドが、弱々しい声を上げて口を離した。どうしたの、と聞く前に、前脚で口を気にする素振りを見せる。
「……セキタンザン……、燃える石炭に噛み付いたままだった……。……あー! 火傷だ!!」
そりゃあそうだ! いくらドラゴンタイプが炎タイプに防御有利だったとしても、ずーっと噛み付いたままで無事な訳が無い。じんわり焼かれて、口の中を火傷しちゃったんだ。
「……勝ちを急ぎすぎちゃった……! ジヘッド、ごめんね……!!」
「ンァア……」
「今の内に潰せ! ボディプレス!!」
「ジヘッド、二歩後退! その場でジャンプ!! 着地した所で地団駄!!」
地面に降りたジヘッドを潰す為に、セキタンザンが落ちてくる。視力が無いジヘッドでも、迫ってくるセキタンザンの存在はその熱さで分かる。私が二歩下がる指示を出す前に、縮んだ距離の分ジヘッドがきっちり後退した。
ジヘッドがいた場所に倒れ込んできたセキタンザン。その背中に乗っかったジヘッドは、火傷してしまった苛立ちを乗せて背中で大暴れしている。……あれ? 地団駄って技を外したら威力二倍じゃなかった? 何だろう、地団駄っていうよりむしろ"暴れる"もしくは"逆鱗"のようにも見えますね?
「ストップ! セキタンザン、戦闘不能!! 紫音くん、一度ジヘッド止めて!!」
「りょ、了解!! ジヘッド、戻ってきて!!」
「ジァアアアア!!」
「だ、ダメ! 逆鱗状態になってる!!」
地団駄も技を外した怒りをパワーに換える技だけど! それを超える怒りパワーが炸裂してる状態になってしまった、なんて話ありますか!? ゲームシステムだとトレーナーが技を忘れさせるか選べたんだけど、そこはポケモンがリアルに生きてる世界。トレーナーの意思を上回る事があるって事なんだろう。ドラゴンタイプだから余計に!!
「オレは構わないぜ、このまま続行だ! ウインディ、神速!!」
「あああ、ジヘッド! 落ち着いて! 戻ってきて!!」
逆鱗状態のジヘッドに必死で声を掛ける。ジヘッドはお互いの頭や首にも噛みつき始めている。もうめちゃくちゃだ! これが悪とドラゴンの混合タイプ。身をもって扱いの難しさを理解した。……理解したからと言って、何か出来る訳ではないけど。
「グアァア!」
目にも止まらないスピードで、ウインディの身体がジヘッドをふっ飛ばした。怒りで周囲の様子なんて気を配ってなかったジヘッドは、盛大に地面に叩き付けられる。
「ンァア……? アゥ……、アウアア!」
「んんん〜! 怒りも落ち着いてニコって笑う余裕出来たのはいい事だけど! 後ろ後ろ〜!!」
「インファイト!!」
「ああ……」
疲れ果てて混乱したジヘッドが、ふっ飛ばされた先にいた私の匂いに気付いてニコッと笑った。うん、可愛い……、じゃなくて!!
見事な混乱状態のジヘッドに慌てて声を掛けた時には、ウインディが作る影がジヘッドをすっぽり覆い隠していた。
インファイト、格闘タイプの技。悪タイプでもあるジヘッドは苦手な技だ。元気ハツラツな時なら可能性を信じられたけど、今はセキタンザンとのバトルで体力が減っている状態。……外れたりしてないかなぁ……。
「……ガル、がぅ?」
「……ウインディ? どうした」
期待を込めてウインディの足元に目を凝らすと……、ウインディが不思議そうに前脚を退かした。その影では……、ジヘッドが何故か丸くなっている。
「…………」
「………………」
「ジヘッド、起きてる……?」
「ふすぴぃ……」
……寝てる……。混乱の末、ジヘッドが寝た。
「ジヘッドー!!」
「今度こそ仕留めろ! インファイト!!」
起きてー! 本当は今すぐ駆け寄って起こしたいけど、あいにく絶賛バトル中。間に入る事ができない私は、出来る限りの大声でジヘッドを呼んだ。
「んへぁ……?」
「ジヘッド! 振り返ってウインディのお腹にダブルアタック!!」
「ンァア……? ……ジドァ!!」
寝起きのジヘッドは、私の声に首を傾げながら振り返る。振り返った目の前には、もうウインディが迫っていた。
「ウインディ、燃やせ! フレアドライブ!!」
「ひぃ〜! さっきの火傷もまだ治療できてないのに!!」
ジヘッドが燃やされちゃう! さっきは口の中、今回は外から!! いくらドラゴンタイプとは言え、そんなに燃やされたらジヘッドだって痛い!
「脚を曲げて頭も下げて〜! ……今! ドラゴンダイブ!!」
あわよくば、次の行動までに隙ができるといいなという期待を込めて! 完全に身体の下に入ったジヘッドが、二つの頭でウインディのお腹に頭突きをした。ダブル頭突きである。ボディに入ったドラゴンダイブで、ウインディの身体がちょっと浮いた。
「オーバーヒート!!」
「噛み砕く!!」
全身を燃やすウインディ。その脚に喰らい付くジヘッド。
ウインディが放つ熱気で、見ているだけの私達の顔も熱い。ジヘッドはもっと熱いはずなのに、必死にウインディの脚に噛み付いているのが見えた。
「ジヘッド……!」
「ジヘゥ……。ウヘゥ……」
「ジヘッド、戦闘不能!」
「ガルル……、グゥウ……」
「ウインディ!?」
ウヘゥ……、なんてか細い声を上げて、ジヘッドが身体を地面に投げ出した。目が隠れているから目を回しているか私の立ち位置からは確認できないけど、駆け寄ったピーニャ君が戦闘不能を宣言した。……その横で、ウインディの身体もぐらりと傾いていく。
「うわっ!? ……えーっと、ウインディも戦闘不能……」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
ウインディのトレーナーであるメロコちゃんはもちろん、対戦相手の私も驚いた。何なら、観戦していた皆も驚いている。
本当に二回ずつ攻撃したダメージだった……? こんな事になるの……? つまりドードーやドードリオの"つつく"攻撃は実質三回攻撃になるって事……? もし、ガルーラのお腹袋にいる赤ちゃんが成長して一緒に戦うようになったら……。うん、ちょっと考えるの止めよう。
「二人とも戦闘不能になったからね。次のポケモン用意して仕切り直ししよう!」
「行け! ヘルガー!!」
「よし! ユミョン、頑張れ!!」
「ニャッコと言い、そのモスノウと言い……。ナメてんのか?」
「STCじゃ活躍の場が無かったユミョンにも頑張ってもらいたいので! セット、雪景色!!」
「ススァア……」
ユミョンをボールから解き放つと同時に、雪景色の指示を飛ばす。炎が天敵であるユミョンが少しでも戦いやすいように。ついでに、吹雪も必ず当たるというオマケ付き。お得ですね。
「全部溶かせ。……大文字!」
しんしんと降り始めた雪。雪がバトルフィールドを支配するより先に、雪を降らせる雲目掛けて大文字が飛んだ。雲を温めたら、水蒸気に戻る。ひんやりした空気が、ヘルガーの熱でじんわり消えていく。
「んんん、さすがにそう上手くは行かないよね!! ユミョン、まとわりつく!!」
「モスァ」
「直接近付くと燃やされちゃうからね! 吹雪に鱗粉を乗せてまとわりついちゃおう!!」
雪景色を無効にされちゃった今、吹雪の命中率は不安だけど。もちろん近付けば当たる確率は上がるだろうけど、勝ちを急いだジヘッドの失敗もある。
特に、ユミョンは炎タイプの技一撃で戦闘不能になる可能性が高い。よく考えなきゃ。
「悪の波動! 吹雪を牽制してモスノウを燃やせ! 大文字!!」
「吹雪!」
大文字と吹雪。どっちも命中率は不安定。だけど、大文字を止めるには吹雪の風で少しでも炎の威力を弱めたい。氷が炎に照らされて溶けていく中で、風に乗って少しずつ少しずつ、ユミョンの鱗粉がメロコちゃんのヘルガーにくっついていく。
普通の生き物が持ってる鱗粉なら水で洗い流せばすぐに落とせるんだろうけど、そこはポケモンの鱗粉。特に、「まとわりつく」の指示で出した鱗粉である。まぁ身体にベタベタとくっつきますよね。
「ちっ……! 上にヘドロ爆弾だ。浴びて落とせ!!」
「ユミョン、今! 虫のさざめき!!」
ヘルガー自身がヘドロ爆弾のダメージを受けてでも、まとわりつく継続ダメージをどうにかしたかったんだろう。このままじゃヘルガーがバトルに集中できない、っていうのも大きな理由だろうな。
でも、そんな大きな隙を見逃してあげる場面じゃない。私の指示に、ざわわっ、と空気が震えた。翅を震わせて発生させた音は、悪タイプでもあるヘルガーには普通に効果がある。
ヘドロ爆弾を浴びて、虫のさざめきを聞かされて、ヘルガーとしては踏んだり蹴ったりの状態でしょう。けれど、私達が用意した罠はそれだけじゃない。
「雷のキバ! 噛み付いたままヘドロ爆弾!!」
「わぉ。ジヘッドのお返しかな!? そう上手くいかないよ〜だ! ユミョン、地面に吹雪!!」
連発した分、溶かされた雪は地面を濡らしていた。ぬかるんだ地面を使わない手は無い。
こっちは平坦に見えてぬかるんだ地面、向こうは凍ってボコボコとした地面。地震と地団駄の跡も残っている。ユミョンに飛び付こうとしたのに躓いたり滑ったりと、ヘルガーが大変な事になっているのをいい事に、私は追撃の指示を出した。
「ガぁ!? ルルガゥアア!?」
「耳元でさざめいてあげて!」
「モモスノノゥノノノゥ……」
「ガゥアー!?」
ユミョンが耳元でざわわしたら、ヘルガーは耳を押さえて突っ伏した。……そんなに嫌なのかな……。もちろん、わざとそういう音を立てているんだろうけど。
「ヘルガー、戦闘不能! メロコくん、残り一匹!」
尻尾を丸めて戦う元気を無くしてしまったヘルガーをボールに戻して、メロコちゃんは一つ息を吐いた。
メロコちゃんは残り一匹。だけど、その闘志はまだ燃えてる。うっかりしてると本当に焼き尽くされてしまいそうだ。
「……問題無ぇ。こいつと全部燃やす!! 行け、グレンアルマ! アーマーキャノン!!」
「……え」
グレンアルマ。鎧をまとったポケモンが出てくるなり、ユミョンが燃えた。肩のパーツが、まるでドラえもんが使う【空気砲】を大きくした様な形になったかと思った次の瞬間だった。
「……ユミョン?」
「モ、フス……」
「ユミョン、戦闘不能!」
「……っ。後に残ってるのはジョウトとホウエン地方からの付き合いだからね。様子見は無しだよ」
「前置きはいいからさっさと出せよ。安心しろ、全部焼き尽くしてやるから!!」
「言ったなぁ〜!? カロン!!」
砲撃態勢のまま動かないグレンアルマ。鎧が身体の前にあるから、たぶん普通に攻撃してもなかなかダメージ通らないんじゃないかな、あれ……。態勢を崩す事を優先に考えよう。
「デカブツを選ばなかった事を後悔しやがれ! エナジーボール!」
さっきユミョンを撃ち落とした腕から、今度は緑色の球体が撃ち出された。炎タイプが苦手なタイプにも対策してるって訳ですね!
「カロン、オマケ付きでかっ飛ばして!!」
ミラーコートでお返ししてあげよう。ボールが弾けないように、勢いを殺さないように。尻尾で慎重に攻撃を受け流して、そのままグレンアルマにエナジーボールを投げ返す。その後ろに、こっそりスケイルショットを仕込んでおいた。何発か当たって集中力が途切れたらいいなぁ、くらいの軽い気持ちの仕込み。
「……グァ!?」
「グレンアルマ!?」
エナジーボールは、ミラーコートで戻ってきたとしてもそんなにダメージにならないって分かっているからか、グレンアルマはそのままの姿勢でメロコちゃんの指示を待っている。エネルギーが弾けた直後、腕や頭にウロコが突き刺さって呻き声を上げた。
「よし、ちょっと乱れた! トリプルアクセルで鎧をこじ開けて!!」
「ぽぉおお!!」
スケイルショットを撃ち込んで、カロンは少しだけ身軽になった。陸を移動するよりも水中を泳ぐ方が得意なカロン。今なら、いつもより少しだけ速く陸を泳ぐように移動できる。
「態勢を崩すな! カロンが近付いてからでいい、エナジーボール!!」
トリプルアクセル、という技の名前だけあって、カロンの攻撃チャンスは三回ある。当てる度に勢いに乗って、威力も上がっていく技。
一発目。グレンアルマの腕を弾き上げた。まだ腕は砲撃態勢のまま。
二発目。がら空きになった胴体に、カロンの尻尾がめり込んだ。
三発目。その攻撃に入るより先に、態勢を崩しながらもグレンアルマの砲身が再びカロンを捉えた。
「カロン! そのままハイドロポンプ!!」
「波動弾!!」
波動弾が放たれるはずの銃口から、ハイドロポンプで大量の水が注ぎ込まれる。行き場を無くしたエネルギーは、グレンアルマが腕で作った砲身の中で爆発した。
「グァア! アァ……っ、アアア……!!」
「鎧の蓋が開いた! ハイドロポンプ!!」
盾にもなっていた腕の砲身が解けた。闘志を現すように燃えていた頭の炎も、さっきより小さくなっている。
「歯ァ食いしばれ! エナジーボールを撃ち抜け! 一撃は食らわせるぞ!!」
「グオァアアアア!!」
「スケイルショット!」
「ぽぉおおっ!!」
尻尾を振って、カロンの美しいウロコがグレンアルマ目掛けて飛ぶ。……距離が近過ぎる。このままだと、ウロコを巻き込んだエナジーボールがカロンに飛んでくる!!
後ろに下がって、ミラーコートで撃ち返す事も考えた。でも、それで撃ち返せるのはグレンアルマが放ったエナジーボールだけ。そのボールに巻き込まれたウロコがカロンに返ってくる。
「……カロン、ハイドロポンプで押し戻して!」
撃ち出されたエナジーボールを、ハイドロポンプが押し戻そうとする。水の奔流の中を、緑色の球体が流れに逆らってカロンに迫っていた。
技のタイプ相性だけなら、エナジーボールが有利。だけど、それを放つのは炎タイプ。対するハイドロポンプを撃つのは水タイプのカロン。
祈る気持ちで、二匹のポケモンを見る。私だけじゃない、メロコちゃんも目を見開いている。私達を囲む観客席から聞こえていた声も消えた。
技の押し合い。皆が、勝敗の行方を固唾を飲んで見守っている。
「────」
「グレァ、アァ……」
「……ぽぉお」
押し負けたのは、グレンアルマだった。押し戻されたエナジーボールが腕の砲身をこじ開けて、ハイドロポンプがダイレクトにグレンアルマに命中した。
ふぅ、と言わんばかりに息を吐いたカロンが、私に向かって小さく尻尾を振る。
「グレンアルマ、戦闘不能! メロコくんの手持ちポケモンがいなくなったので、勝者、紫音くん!!」
「うわああああ!!」
ピーニャ君の裁定に、鼓膜が破れそうなくらいの歓声が上がった。
「……勝った……」
「んぉお……」
ざわざわしている真ん中で呆然としていたら、勝ちをもぎ取ったカロンが擦り寄ってきた。ひんやりしたその身体のお陰で、バトルに集中していた熱が少しずつ冷えていくのを感じる。
「わわっ。……うん、さすがカロン。お疲れ様!!」
カロンを両手でよしよしと撫で回してあげる。うん、嬉しそう。カロンを褒めたら、戦闘不能になっちゃったニャッコ達も回復して褒めてあげないと!
「……カロン、強いな」
そんな私に、メロコちゃんが近付いてきた。お褒めに預かり恐悦至極である。
「これでミッション達成だ。やりやがったな」
「へへっ。私だけじゃできなかった事だよ。メロコちゃんも、たくさん付き合ってくれてありがとう!」
「ドラゴン先公がいねぇと困るからな。……よし、全員ツラ貸せ!!」
肩を竦めてそう笑ったメロコちゃんが、周囲にいた人達に声を掛けた。バトルの感想で盛り上がっていた皆が、その声に一斉にメロコちゃんの後ろに集まる。……それどころか、観客席にいたボタンちゃんやアオイちゃんも。審判をしてくれていたピーニャ君までズラリと並んだ。
「校長! 頼むから、コイツを……、紫音をジョウトに行かせてやってくれ」
「お願いします!!」
メロコちゃんが頭を下げる。それに続いて、皆が一斉に頭を下げた。校長先生へ、私がアカデミーを休学する許可を求める直談判。
その光景を前に、ネルケは静かにリーゼントを外した。……外した!? それカツラだったの!?
「オレ達だって、ドラゴン先公が本気でアカデミーを辞めるってんなら止めるつもりは無ぇ。……それならそれで、引き継ぎってモンがあるだろ。その文句をコイツに託したい」
「……校長先生としては、アカデミーで問題が発生した場合、教師が解決するべきだと思うのです。生徒が……、君達が自ら道を切り開こうとして傷付いてしまった事例がありますからね」
「…………」
「特に今回は地方を跨ぐ。生徒を派遣する事は出来ないのです。しかし……、許可を出さずにいると、紫音さんは勝手に休んで渡航する可能性もあると聞き及んでいます」
「……へへっ」
ジニア先生から報告が上がってる……! 普段ほわほわしてるのに、こういう事はきっちりしてるんですね。まぁ、研究するなら報・連・相して情報の共有って大切そうだもんね。理科の授業でもアルコールランプに火を点ける時は班員に言うようにって注意されたし。
閑話休題。
私の思考が一人遥か彼方に飛んでいる隣で、メロコちゃんがイライラした様子で校長先生の話を遮った。
「校長、まだるっこしいから結論から言ってくれ。許可を出すのか、出せないのか」
「おや、申し訳ない。年長者の話は長くなりがちですね。……結論から言うと、休学届の受理は出来ません」
「えぇ〜!」
あんなに頑張ったのに! 皆も協力してくれたのに!!
やっぱり勝手に休んでハッサクさんを探しに行くしか……、って考えていた私に、校長先生は小さく首を振った。
「許可を出せない理由は、ひとえに紫音さんの所在が分からなくなるからです。そこで先生達は考えました。……お使いを頼まれてもらえないか、と」
「……お使い?」
「はい。お仕事ですから、万一紫音さんと連絡を取れなくなった場合、ジュンサーさん達が動きます。アカデミーからも派遣する口実が出来ます」
「なるほど……。つまり?」
「紫音さんにお願いです。ハッサク先生にお手紙を届けてください。ハッサク先生へのお返事ですね」
「手紙来てたんですか!?」
「はい。……紫音さんに宛てたお手紙はありませんでした」
「……そですか……。うーん、まぁ手紙を出せるなら監禁されてる訳じゃないんだろうし! ……ん? でもハッサクさんスマホ持ってますよね? 私のスマホは壊れたから連絡取れないにしても、何で電話とかメッセージじゃなくて手紙……?」
手紙……、私に宛てた手紙は無し……。あると嬉しいなとは思うけど、きっと公私をきっちり分けただけなんだ。それとも、送れない事情があった?
「もちろん、電波が通じない場所にいる可能性もあります。しかし、そんな中用いた連絡手段が手紙が手書きではなくパソコンを用いて出力された物なのです」
「……ミステリーや刑事ドラマでよく見る手法だ! 偽装工作ですね!?」
「私もそれを考えました。下手をすると、これはハッサク先生からの手紙ではないかもしれない。仮にハッサク先生からの物だったとしても、書き換えられている可能性すらある。だからこそ、他の人の手が入らないように、確実にハッサク先生に届くように。紫音さんが直接届けてもらいたいのです」
そう笑って、校長先生は懐から封筒を取り出した。ハッサク先生へ、と書かれたそれを受け取って、無くさないように大切な物をしまうポケットに入れる。重大な任務を請け負ってしまった……!
「日々STCトレーニングに向き合った紫音さんの結果は予想以上のものでした。絆も含めたポケモンの強さ、紫音さん自身の体力。安心してこの手紙を託す事が出来る。……ハッサク先生をお願いします」
校長先生にそう言って頭を下げられたら、何を置いても頑張らなきゃいけなくなる。
「……はいっ! ポケモン達と頑張ってきます!!」
私の返事に、何故か周りにいた皆が「うおー!!」って雄叫びを上げた。
「手紙、手紙か……。文句書いて来る。オレのも渡してくれ」
「え?」
「紫音さん、こちらはコルサさんからの預かり物です。個展の招待状だそうです」
「え!? オモダカさんからも預かり物!?」
それを皮切りに、俺も、僕も、あっちも、こっちも。ハッサクさんに見て欲しい、聞いてほしいあれこれが広がっていく。このままだと大変な事になる! そんなに大きな荷物は持って行けないんだけど……!
「え〜ん! このポケットに入る程度の手紙にしてね!?」
「うちらのはビデオレターにすれば? スマホ一台で足りるじゃん」
「それだ!!」
ボタンちゃん天才の発想により、その後アジトにいる皆でビデオレター大撮影会になったのは言うまでもなかった。