ミーティア越境編
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「ハッサク様!」
里の子供達にポケモンバトルの指南をしていた小生は、己を呼ぶ声に無言で振り返る。
視線の先には、つかつかとこちらへ近付いてくるタンジーの姿。あえて踵の音を響かせて近付いてくる彼女を見るやいなや、子供達は身を寄せ合って一つの塊になった。
「教師の真似事などなさらないでくださいませ!」
「真似事などではありません。それに、長として若者を導く事に何の問題が?」
「それは別の者の役目でございますれば。指導方法が変わると彼らも困惑しますわ」
「…………、なるほど」
タンジーの言葉も理解は出来る。小生も幼い頃のバトル指南役は、一人しかいなかった記憶がある。
しかし、ポケモンバトルは知識はもちろん経験も大切になる。外を知る小生とポケモンバトルをする事で、彼らの糧になればと考えたのだが。小生にその気は無くとも、指南役の仕事を奪われたと思われた可能性がある。
「子供達はこのまま指導役に任せます。ハッサク様はこちらへどうぞ」
「えっ……」
タンジーの言葉に、子供の一人が青褪めた。助けを求める様に手の中にあるボールを見つめた彼を見た小生は、屋敷の方へと誘うタンジーを思わず呼び止めていた。
「……タンジー、見学しても?」
「まぁ、ハッサク様。長であるあなた様に見られながらでは、緊張してしまって学びに集中出来なくなってしまいますわ」
くすくす、と笑ったタンジーは、小生の腕に自分の腕を絡ませる。無理に引っ張るでも無く、しかし小生の身体の向きは屋敷に固定したまま振り返る事を許さない。
「……それとも、あの中に次の"お気に入り"でも見付けたのですか?」
「皆、可能性のあるドラゴン使いのタマゴ達ですよ」
「あら、それは良かったですわ。……さすがに、あの歳の娘に夜技を仕込むのは難儀だろうと思っていましたので」
「…………!」
その発言に寒気が走った。思わず振り払おうとするよりも早く、タンジーが小生の腕から距離を取るなり転ぶ素振りを見せる。傍から見れば、小生が腕を振り払った勢いに負けて、タンジーが転んでしまった様に見えるだろう。
「アップリュー!」
「プリュ!」
「あっ……、……ありがとう存じます」
「いえ。転ばずに済んで何よりです」
既の所で加害者に仕立て上げられる事態を回避した。アップリューに支えられて踏み止まったタンジーは、俯きながら小声で礼を言うと、再び小生の腕に絡んでくる。
「しかし、ハッサク様……。もう里にいる若い者はほぼ面通しを済ませてしまいましたわ。残っているのは、先程の様な子供ばかり……。もしかして、わたくしにも希望が残っていると考えてもよろしくて?」
「よろしくありません。もうこの里に跡継ぎは期待するなと散々言ったはずです」
「何が気に入りませんの? 年齢も髪色も、何なら体型も似せた者から始めたのに。どの娘も丁寧にお返しされては困ってしまいますわ」
「はぁ…………」
深く深いため息が出た。
毎晩の様に、紫音と年齢の近い女性が小生の寝室の扉を叩く。
扉を開けた時には既に、着衣をだらしなく着崩した状態の者はまだ可愛い方だ。
睡眠薬を仕込み、寝ている小生の寝室どころか布団にまで忍び込んで既成事実を作ろうとする者までいるのだ。
それ程までに後継者が欲しいのか。それとも形振り構っていられないのか。里に戻って以来、小生は落ち着いて眠る事が出来ていない。
その原因は、タンジーが夜這いする様に差し向けているから。彼女自身がそう仄めかした。
「ハッサク様は何もしなくて良いのです。長として威厳のある姿さえあれば。必要な物は全て用意いたします」
「……何もしなくても、と言う訳にはいかないでしょう。若い衆に稽古を付ける等、出来る事はいくらでも……」
「ハッサク様。外でお仕事をされていた時とは違うのです。長がせかせか動き回ってどうします。……そのお姿を皆に見せたいというお気持ちはとても有り難いですが、直接の指導なんて畏れ多いですわ」
「…………」
あれも駄目。これも駄目。小生は、次世代を望まれているだけなのだろう。
子供達の教育は、それを担う者が既にいるから。
若手の育成は、長直接の指導を受けるなど畏れ多いから。
様々な理由を付けて、今日も小生は屋敷へと押し戻される。
「タンジー。このままでは、小生のポケモン達が運動不足になってしまいます」
「まぁまぁ、大変ですわ」
「必要な物は用意するのでしょう? 小生のポケモンとバトルしてくれる相手を用意しなさい」
「はい。すぐに」
恭しく頭を垂れたタンジーを前に、小生はふと無理難題が頭に浮かんだ。
「そうですね……。たねポケモンで小生のドラゴンポケモンに挑む勇気のある相手を所望します」
「…………。はい、お待ちくださいませ」
深々と礼をしたタンジーが席を外した事で、ようやく小生は身体の力を抜いた。息が詰まって仕方がない。
里にいる者達で、たねポケモンを持っているトレーナーは子供達しかいない。保守的な考え方をするタンジーが、わざわざ外から人を用意するとも思えない。
恐らく、小生の希望は叶わないだろう。だが、ひとまずそれで良い。
「タンジーの不在の間です。アップリュー、ポケモンセンターを探して、この手紙をジョーイさんに預けてきて欲しいのです。……頼みますです」
「プリャ」
アップリューの首に小さな鞄を掛けてやる。中にはパルデアポケモンリーグとアカデミー宛の謝罪の手紙が入っている。それが無事に届く事を祈って、小生は里の空へアップリューを放った。
当初はジョウト地方に棲息しているカイリューの力を借りようと考えていたが、里からカイリューが飛び立てばどうしても目立つ。それならば、小柄なアップリューの方がまだ可能性がある。
「さて。このまま過ごせば運動不足になってしまうのは事実ですからね。組手でもしましょうか」
そう語り掛けながら、手持ちのポケモン達をボールから出す。各々元気良く返事をしたポケモン達を連れて、小生は幼い頃修行の為に登った山を目指す事にした。
*
*
「ハッサク、タンジーに無理難題を吹っ掛けているらしいな」
「……父上」
アップリューに手紙を託して数日。
母と共に姿を見せた父は、顔を合わせるなり苦言を投げ掛けた。
確かに入院して、身体を開いた父。開けば治る、とタンジーが言っていた通り、すっかり快復して戻ってきた。その父に、タンジーは無理難題を突き付けられていると泣き付いた様だ。
心外だ、と言いたいのを飲み込んで、小生は緩く首を振る。
「必要な物は全て用意する、と言うので。小生が必要なものを告げたまでですよ」
「まずはバトルの相手。確かにドラゴンポケモンの闘争心を満たすにはバトルが必要だな。……して、何故貧弱なたねポケモンを指定した?」
「慢心は大敵です。たねポケモンの様な小さな的でも、的確に攻撃を当てる戦い方をしたいと。大振りな攻撃は読まれてしまいますから」
「……なるほど、一理ある。不問としよう」
……不問とする、も何も無い。今の里長は小生である。入院中の一時的な措置だったという話も聞いていない。
まさかとは思うが……、タンジーは何も伝えていないのではないかと疑問が頭を過る。事実、里の皆をまとめる役割も無く、日がなこうして空虚に過ごす日々だ。
「ハッサク」
「まだ何か?」
「確かにタンジーは物事の小を大にして言いがちだが、困らせている事には変わらん。そんなに暇ならば、若い衆に稽古でも付けてやれ」
「…………」
タンジーに妨害されて、それすら出来ないのだが。
飾りの里長に据えられた小生は、父の言葉に無言で頭を下げる。
それ以上の会話も無いまま、両親は連れ立って去って行く。寄り添って歩く後ろ姿に、己と紫音の姿が重なった。
……紫音はどうしているだろうか。見付かった、という報告も無いまま、既に半月は経過している。
「ハッサク様」
「…………」
「セグレイブのお眼鏡に叶うかは存じませんが、選りすぐりのポケモンをご用意しましたわ」
「………………」
「……ハッサク様?」
タンジーには、数日前から"必要なもの"として、手持ちポケモンと番う相手を望んだ。
もちろん、セグレイブには既にカロンがいると伝えてある。つまり、出来るのならばカロンを連れて来いという事だ。カロンはかつて突然紫音と別離した経験から、紫音と離れる事を酷く恐れる。とどのつまり、紫音を連れて来る様に、と言う指示なのだが。
しかし、タンジーは選りすぐりのポケモンを用意した、と言う。こめかみを叩いて言葉を探す小生は、やっとの思いで声を捻り出した。
「……タンジー」
「はい」
「小生は伝えたはずです。セグレイブの番は決まっています。トレーナーの紫音は見付かったのですか?」
「各地のドラゴンポケモンを捕まえさせましたわ」
「…………言い方を変えましょう。小生のセグレイブが番と決めた相手は、紫音の手持ちにいるミロカロスです」
「ドラゴンポケモンにそんなポケモンいませんわ」
「ドラゴンタイプではありませんから」
「まあまあ。タイプも違うのですか? それは本当に番なのですか?」
「…………ふぅ……」
募る苛立ちを、細く長く息を吐いてやり過ごす。
声を荒げてはいけない。声を上げれば最後、あくまで自分の決めた方向に話を持っていきたいタンジーの思う壺だ。
「……タンジー、そもそもの話なのですが」
「はい」
「小生は己の言葉に責任を持って里長の座に残っていますが、貴女はどうなのです?」
「どう、とは?」
「端的に聞きます。紫音を探していませんね?」
「そんな……! 確かにご報告出来る物は何も上がってきていませんが、間違いなく捜索させていますのに……っ」
目元を押さえて俯いたタンジーは、懐からハンカチを取り出すと涙を拭きながら小生を見上げる。彼女が取り出したハンカチからは、ツンと鼻をつく香りがしている。ミントの様な香りで目元を拭ったタンジーの瞳からは、涙がほろりと落ちた。
「タンジー。茶番は結構です」
「茶番ではありませんわ! わたくし、あなたに信用して頂けない事が本当に悲しくて……」
「手勢はいかほどですか」
「……え?」
虚を突かれたタンジーが目を見開く。ハンカチによる目元の刺激を止めるなり、すぐに涙が止まった。仕込みによる落涙を忘れたタンジーに、小生はもう一度問い掛けた。
「捜索の手勢を聞いているのですよ」
「……え、ええ……。カラマと……、あと……、パルデアで修行している者全員で……」
「人数を聞いています」
「……、…………」
「名が挙がったのはカラマ一人。指示を出したのはカラマのみ、と言う訳ですね」
「そ、そうです。カラマが他の者に伝達しているはずですわ!」
「なるほど、よく分かりました」
探していないのだろう、という事がよく分かった。
パルデア地方のジュンサーさんも捜索しているのだろうが、アカデミーの宝探しシーズンでも無い今は、人の目も少ない。手掛かりや目撃者も無いとしたら、たった一人を探す事などほぼ不可能だ。
「パルデアに残してきてしまったフカマルとセビエはどうなっていますか」
「…………」
無言。忘れていた訳では無いだろうが、返事が無い様子を見るに、些事だと判断して捨て置かれたのか。それとも、全ての指示をカラマに投げているのか。彼女からの報告が無いから分からないとも考えられるが、紫音の捜索とポケモンの世話を一人でこなすなど、土台無理な話だ。
「……もう結構です」
「ハッサク様、どちらへ?」
「暇ならば稽古を付けてやれと発破を掛けられましたので。希望する者がいれば、小生の所へ連れて来なさい」
「承りましたわ」
「……では……」
「それはそれとしてハッサク様。捕まえたドラゴンポケモンのお目通りを」
「……セグレイブ、見ますか?」
ポシュ、とボールから出てきたセグレイブは、無言でタンジーを見下ろすと、不満を尾に乗せて床を激しく打ち付ける。
態度を訳すならば、もしかしたらカロンに会えると思ったのに、と言った所だろう。
「……他のメスポケモンに興味は無いようです」
「左様ですか。では、このまま野生に返します」
にべもなくそう言ったタンジーは、頭を下げるとそのまま立ち去った。
「……セグレイブ、修行を希望する者は来ると思いますか?」
「ギュオ……?」
「彼女が意図的に情報を制限しているのでしょう。恐らく、一時間も待たぬ内に希望する者はいなかったと伝えに戻ってくるでしょうね」
「ギュオワン?」
「小生が諦めるのを待っているのでしょう。もしくは……」
「…………?」
「……いいえ。漠然とした予想を口にするべきではありませんね。今はひとまず、タンジーが稽古の希望者を連れて来る事を期待して待ちましょう」
そう話を打ち切って、小生はセグレイブの傍らに腰を下ろす。セグレイブも同じく座り込んだ。
里の中の息が詰まる空気とは違い、突き抜ける様な青い空を見上げる。空の高い所では、ハネッコ達の群れが風に流されていた。
このままハネッコ達と共にパルデアまで飛んで行けたなら、どれだけ良いだろう。だが、紫音の安全を優先して自分で里長に就くと決めた以上、責任は取らなくてはならない。
「……はあ……」
深いため息を漏らした小生を慰める様に、セグレイブが不器用に背中を撫でた。今はその優しさがありがたかった。