ミーティア越境編
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……してやられた。それが、ジョウト地方に降り立って最初に感じた事だった。
「…………」
空港の到着ゲートを抜ける前から、何やら物々しい雰囲気を放つ者達が固まっているのが見える。居合わせた人達は、怪訝な顔をしながら足早にその一団の横を通り過ぎている。はっきり言って、周囲の迷惑になっていた。
「彼らを引き連れている者は……、そこの者。タンジーはどこへ?」
ゲートを出て、周囲の人々に威圧感を放ってはいけないと注意しようと考えた小生は、真っ先にタンジーの姿を探す事にした。
手近な者に声を掛けてタンジーの所在を尋ねると、彼は恭しく頭を下げて電話ボックスを指差した。視線をそちらに向けると、確かに電話ボックスで話し込んでいる女性がいる。どことなく記憶を呼び起こす後ろ姿の彼女は、小生の到着に気付いていないのか、近付いても通話が終わる気配が無い。
「タンジー……」
「……ポケモンセンターで通報された? そんな事を泣き付かれてもわたくしは知りませんわ。わざわざ可愛いボーマンダを貸したのに。ボーマンダが指示を聞かなかったと言いますが、それはボーマンダを御せなかったあなたの実力不足に過ぎません」
漏れ聞こえる内容に、小生は思わずノックをしようとした手が止まる。随分と物騒な話をしているではないか。人の話を聞いてはいけないとそっと距離を取った小生だったが、意図に反してタンジーの声が響いた。まるで惨たらしい罵倒を受けたと被害を訴える様な声が、嫌でも小生の鼓膜を震わせる。
「…………、暴れて人に危害を加えたですって? まぁ、酷い! ボーマンダのせいにするのですか? そんな者にボーマンダを託しておけません。すぐにでも返してくださいませ。カジッチュとか言ったかしら。ボックスに預けたままだから、すぐにでも交換出来るでしょう? そちらでちゃんとやっておいてね。わたくしはハッサク様を里にお連れする役目が……」
懐かしいと感じていた感覚が、今はもうどこにも無い。通話相手に己が言いたい事だけをぶつけて満足したタンジーが、こちらに気付くやいなや、先ほどとは打って変わって弾んだ声で小生を呼んだ。
「……ハッサク様!」
「…………」
「お待ちするはずが、お待たせしてしまいましたね。わたくし達の里へ帰りましょう!」
駆け寄って来たタンジーが、小生の目の前で立ち止まる……、事無くぶつかって来た。躱して波風を立てる訳にもいかない。咄嗟に荷物を持たない腕を伸ばして、ぶつかる前にその肩を押しとどめた。
「タンジー、小生は父の見舞いに来ただけです。病院はどちらですか?」
押し止めたタンジーがしっかり自分の足で立った事を確認して手を離すと、彼女は小生の荷物に手を伸ばしてきた。半ば強引に荷物を受け取ろうとするタンジーに、今度こそ距離を取る。
「移動でお疲れでしょう? 時差もありますし、まずはお身体をゆっくり休めてくださいましね。……そこの。ハッサク様の荷物をお預かりなさい」
「……タンジー。病院は、どちらです?」
会話が噛み合わない。再度父が入院している病院を尋ねるも、タンジーの指示を受けた若者が小生の傍らに近付いてきた。
「ですが、おやすみいただく前に再びの移動となってしまいす……。里へは空を飛んで向かう事になりますの。二人乗りが可能なポケモンは……」
「…………はぁ……」
駄目だ。会話にならない。
先程の電話での一幕は、相手が目の前にいないから、もしくは目下の者が相手だからだろうと思っていたが、どうやら違う様だ。
人の話を聞いていないか、もしくは意識の外に追いやって、まずは自分の用事を終わらせたいのか。どちらかは分からないが、これはまずタンジーの用事を終わらせなければ始まらない様だ。
「移動ですね。小生の手持ちにはカイリューがいますから、先導していただければ結構です」
「ま! カイリューがいるのですね。それは心強いですわ」
「荷物も自分で持てる量しか持って来ていませんので、こちらもお構いなく」
「まあ、そうですの……。分かりましたわ。では、カラタチを案内を付けましょう。わたくしは空の移動にご一緒出来ませんが、先にお帰りになる旨の連絡を入れておきますわ」
そう言うと、タンジーは小生の傍らに控えていた者に指示を出す。どうやら、彼が──カラタチと言う名の様だ──空の案内も任されたらしい。
こちらに、と頭を垂れる彼に案内されて、小生は空港の外へ出た。人通りが多いこの場所から空を飛ぶ事は無いだろうと考えて、スマホの電源を落とすと同時に眠りに落ちていたロトムに声を掛ける。
「ロトム、起きてください。紫音に到着した旨連絡を。……いや、何と返信がありましたか?」
「……ロトロトロト……。ロト? ロトロトロトロト……! ロトロトロトロト……!!」
「……ロトム?」
「ロトロトロトロト……!」
メールの受信が止まらない。ロトムが目を回して飛び出してくる程の量だ。何事かと小生が自分でスマホを操作すると、夥しい着信履歴とメールの受信数が表示されている。
そのほとんどが理事長と校長先生からの物。まれにチリの名前が見えるが、それもあっという間に押し流されていく。
「何です、これは……!?」
ようやく通知が落ち着いたが、小生の移動中に何かあったのだろうか。
怪訝に思いながらも最新のメールを開くと、そこには驚愕の一文が綴られていた。
『本当に辞任するのですか?』
「……? ……辞任、とは……?」
思わず漏れた独り言に、先を行くカラタチが不思議そうな顔で戻ってきた。不満があるのなら遠慮無く申し付けてほしいと言う彼に、当初聞いていた話と現状が違うと伝えると、カラタチは怪訝な顔をした。
「……タンジー様より、ハッサク様はパルデアでのお仕事を終えて、長として里に戻られると聞いておりますが」
「な……!?」
何という事だ。慌てて理事長に電話を掛けようとして、時差を思い出す。移動時間だけでも半日以上。ジョウト地方は太陽が昇り始める時間だが、パルデア地方は深夜。約束をしていない限り、そんな時間に電話を入れるのは失礼だ。
「……そうでした、電話は良くありませんですね。メールで誤解を解かなくては……」
混乱する頭でメールを打とうとした小生は、後から陸路で里に戻ると言っていたタンジーの声に混乱が波の様に引くのを感じた。
「ハッサク様、緊急のお知らせです! ハッサク様が懇意にしている娘……、何と言いましたかしら。その娘が死んだと……」
「……なるほど、それが今回の手口ですか」
自分が想定したよりも冷たい声が出た。威圧するつもりは無かったが、後ろめたい事があるらしいタンジーにはそれだけで効果てきめんだったらしい。怯んだのか、一歩足を下げた分だけタンジーに詰め寄る。
「手口だなんて、そんなっ……」
「小生へ連絡が来ていないのに、なぜ貴女に情報があるのですか?」
「…………っ、ニュースを、見ましたの……」
「嘘に嘘を重ねますか」
「違います! 本当に……、ハッサク様はニュースをご覧になりましたの? 籍も入れていないのでしょう。同居人が事件に巻き込まれたとて真っ先に連絡が来る訳では……」
「もう結構です。……ロトム、大量の着信履歴の中に、警察や病院からの着信はありましたか?」
「ロトロト……。ロトー!」
結果は"該当無し"。どうやら、タンジーの話は嘘らしい。
確かに紫音は同居人である。しかし、小生と紫音はただの同居人ではない。
恋人である以前に、小生は紫音の後見人なのだ。有事の際、小生に連絡が来ない訳が無い。死んだとなればなおさらだ。
いくら若い衆に調べさせたところで、最初から既に法的な関係が発生している事まで調べる事が出来なかった。
おおかた、小生と紫音を引き離せば、どうとでも言えると思ったのだろう。しかし、タンジーが組み上げたストーリーは、あっさりと破綻してしまった。
「この際です、教えて差し上げます。紫音は、彼女は、ただ小生と好き合っている仲ではありません。小生は、彼女の身の安全を任されている後見人でもあるのです。彼女に何かあった場合、真っ先に連絡が来る手はずになっています。それが無い。情報収集が足りませんでしたね」
嘘とは言え、簡単に人を死なせる相手だ。もしかすると、父が入院しているという話もまた嘘かも知れない。仮にそうならば、いよいよここにいるべき理由は無い。
「小生に拘っているのではなく、小生の身体に流れる"血"に拘っているのでしょう? 父に頼めば良いのでは? 里を出た小生にはるか歳の離れた弟妹が出来た所で、何の関係ありませんですので」
「……それ、は」
「ええ、無理でしょうね。父は母をそれはそれは大切にしていますから。母に無理を強いる事は無い、母以外を孕ませる事もしない」
それは、パルデアに生息するワッカネズミの様に。いつも寄り添っていた両親の背中をよく覚えている。そんな両親も高齢だ。子は望めない。
"里長の血"に拘るからこそ、小生に執着するのだ。
彼女は小生が欲しいのではない。里長という型に当てはめる中身が欲しいだけだ。
「残念ですが、小生を里長に据えたところで次世代は望めませんよ」
「…………」
「父にとって母がそうである様に、小生は紫音以外を娶るつもりはありません」
「まさかそんな。里を出て最初に得た女である訳でもあるまいし」
「そうですね、歳相応に女性経験はありますです。否定はしません。ですが、貴女に小生の気持ちを決める権限は無い。……これ以上付き合いきれません。小生はこのままパルデアに帰らせていただきます」
「……情報収集が足りなかったのは事実ですわ。しかし、あの娘から連絡が無いのも事実なのではありませんか?」
「……ロトム?」
「ろ、ロト……」
踵を返した小生の行く先を遮ったタンジーの言葉に、小生は再び押し流された通知を遡ってもらった。結果は"該当無し"。紫音からの返信は来ていないという。
「……彼女に何をしたのです」
「わたくしは、何も」
「無理やり吐かせても構わないのですよ」
「……ええ、何もしていませんわ。わたくしは、ですけれど」
含みのある返事だ。奥歯を噛み締めた小生は、どうにか冷静さを取り戻そうと深く息を吸い込む。背広越しに、紫音から貰ったお守りに触れて何度か深呼吸を繰り返し、オーバーヒートを起こしそうだった頭もいくぶん冷えた。
今何をすべきかを考えなくてはいけない。
「紫音は無事ではあるが、連絡が取れない状態にあると?」
「わたくしは当人ではありませんもの。詳しい事は分かりかねますわ」
「……タンジー」
「長のご命令でしたら、総力を挙げて捜索しますけれど……、いかがされますか?」
「────」
言葉を失った。
タンジーは、紫音の安否を知りたくば長を継げと言っているのだ。選択を間違えてはいけない。
まず、紫音の所在を確認する連絡を入れる。その返信を待つ間に、仮眠を取れば良い。現状を把握する為に、大量のメールの確認に時間を費やすのも良いだろう。
頷いてはいけない……。首を振ろうとした小生の決断を見越した様に、タンジーはにこやかに笑った。
「ああ、そうそう。……カラマは、勝負に負けた腹いせにその娘を海に捨てたそうですわ」
「……紫音を探しなさい。今すぐに!!」
「ご命令ですね、ハッサク様。……いいえ、長様」
衝撃的な言葉に、頭を殴られたかの様に咄嗟に言葉が飛び出した。にこやかに笑うタンジーにそう問い掛けられて、小生がしてやられたと気が付いた時にはもう遅い。
「捜索は我らにお任せください。長様は、すぐに里に戻られますよう。皆がお待ちですわ」
大仰な礼を残して、タンジーは小生を残して立ち去った。
「……ああ、そうですわ。ゆめゆめ、あの時の再演などなさいませんよう。嘘が現実になってしまうやも知れませんわ」
「……なるほど。逃げる事は許さぬ、と」
最後に警告を残して、今度こそタンジーは歩き去る。その後ろ姿を見送って、小生は無言で眉間を揉み込んだ。
嘘を真実に。つまり、紫音を殺すと言っている。とんでもない脅しだ。
それでも、紫音が生きてさえいてくれればと思ってしまう。
しかし同時に、すぐに戻るからと連れてきたセグレイブが気に掛かる。
「セグレイブ、申し訳ありませんです……。それとも、お前だけでもパルデアに帰りますか?」
セグレイブに声を掛けると、彼は小生の言葉を否定する様にボールを震わせた。番と認めたカロンと引き離されて辛いだろうに、小生と共にいてくれるのだと。
「ありがとう……。お前がいてくれて良かったです」
「ハッサク様、そろそろ……。荷物をお預かり致します。スマホもこちらに」
「……何故スマホまで?」
改めて手荷物を受け取ろうと手を伸ばすカラタチの言葉に、怪訝な顔になる。スマホはロトムの意思で小生の内ポケットに収まっている。落ちる様な事にはならないのだが。
「申し訳ありません。タンジー様のご指示です」
「……なるほど。助けを求めたりせぬ様にと。検閲でもしますか?」
「こちらでは何とも……」
「……はぁ。タンジーに伝えなさい。小生の自宅に、先輩……、フカマルとセビエを残してきています。紫音の保護はもちろんですが、彼らの世話も必要です」
「こちらにお連れしますか?」
「連れてくるも何も……、紫音が見付かるまでの話なのですから、そんな必要は無いでしょう」
「……かしこまりました。移動の前にタンジー様にお伝えしておきます」
カラタチがスマホで通話を始めた。相手はタンジーだろう。小生が頼んだ事を伝えるのを待つ間に、小生はこれから空を飛ぶカイリューのコンディションの確認する。それなりの距離を移動するのだ。道中、小腹が空いた時の為にきのみを持たせておこうと用意する小生に、カイリューも気遣う様に頭をすり寄せてくる。
……つくづく、小生は手持ちのポケモンに恵まれたものだと目頭を熱くさせていた。
「探せと言われただけで、生きて見付けろとは言われていませんから。……あれの死体を見付けるまで連絡は不要。もちろん、帰ってくる事も許しません。カラマ、今度こそ役目を果たしなさい」
……タンジーがそんな指示を出しているとは露ほども知らぬまま。