初恋騒乱編
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「ハッサクさんが言う訳ですよ。最近変な視線を感じる事はありませんですか、って。私ね、ちょうど事件があったからそれを話そうと思ってたからびっくりしちゃって」
「ええ! ハッサク先生、危険予知に目覚めたのかな」
「ありそう……。竜の直感、みたいな感じで」
「事件って何なの? 危ない?」
「心臓が大爆発するくらい危なかった……」
お勉強が終わった放課後。ノートを広げた紫音の周りには、勉強を教えてくれるはずなのにお喋りが盛り上がっちゃったゆうあと、一緒になって話に聞き入ってるビワとエイル。
お勉強終わらないぞぉ、って思いながらも、家に帰ったら紫音の膝の上をセビエと取り合う事になる僕としては、ゆっくり独り占め出来るこの時間が嬉しい。
怒られる時は一緒だからね、とむにゃむにゃ考えてた僕のセンサーに反応が。知らない人が教室の前にいる。
「遅刻遅刻ー、って慌てて教室に飛び込んだら、ギリギリだったせいもあって一斉に皆こっち見る訳。ひぇー、恥ずかしいなぁって思いながら教室を進むとね……、視線がずっと追い掛けて来るの……。嫌だなぁ、ギリギリ間に合ったのに、何でこっちをずっと見てるんだろうなぁって」
「ごくり……」
「空いてた席に座っても皆ずっと見てるから、さすがに怖いなぁって思ってたら、タイム先生こう言う訳。んんっ、『紫音さん、この時間は二年生の数学の授業ですよ』って……」
嫌だなー、怖いなー、って真面目な顔で話していた紫音が急にタイムの声真似を披露すると、ゆうあとビワが一緒に吹き出した。その向こうで、廊下から悲鳴が。
「ひーっ!」
「えぁっ!?」
「怖い! 怖すぎる!! そんなの耐えられない一日どころか一週間部屋から出られない!!」
「あ、その声はボタンちゃん」
廊下から聞こえた大きな悲鳴に驚いた紫音を宥めながら、ビワががらりと扉を開ける。
『……あ、リーグで見た事ある』
そこにいたのは、ハッサクと一緒にいた数日、リーグでお仕事するハッサクの肩から見た事ある人だった。お話した事は無かったけど、珍しそうに僕を見ていたのは覚えてる。
「ボタンだよー」
エイルが教えてくれた。名前、ボタンって言うんだ。……ん?
『ボタン? ポチッと?』
「押しちゃダメ」
「エイルもいたんだ。ども、うちはボタン。オンオフのボタンじゃないから」
『はーい、よろしくね、ボタン』
「よろしく、だって!」
紫音の膝から肩に飛び上がって挨拶すると、ボタンは目をまん丸にして驚いた。珍しそうに寄って来て、僕の手を握る。
「……もしかして、何日かハッサク先生の肩にいた子?」
『そうだよ。ハッサクにレンタルされてた』
「ドラゴンポケモンじゃないのに何でだろうって思ってた……。……へぇ〜?」
「な、なにでしょう……」
「一応、アカデミーでは隠してるって事か」
「紫音がハッサクのおよむぇ?」
「エイルちゃん!!」
慌ててエイルの口を塞ぐ紫音。間に合わなくて、"お嫁"ってほとんど言っちゃったけど。ボタンはにこっと笑った。
「ヒィー! それどういう笑顔でありますですか!?」
「凄い動揺。あー、皆が話してた変な奴、会うのは初めてだけど、うちもエピソードは何個か知ってるから。よろしく、紫音」
「有名になっちまった……」
実は紫音と僕のコンビって有名だったんだ……。知らなかった。顔を見合わせると、ボタンは苦笑いをしている。そんなボタンにすすす……、っと近付いて、紫音がこそっと耳打ちする。
「……あの……、さっきの発言は聞かなかった事に……」
「嫁発言?」
「ぴぇ」
「いや声。……大丈夫、ハッサク先生とのあれそれはちゃんと内輪に止めとくから」
「助かる……。いやハッサクさんの立場もあるからホントに……」
「お、拝む程……!? ……でもまぁ実際目立ってたよ。転校生なのに、クラスメイトとは言えチャンピオンとあっという間にお友達。その上、肩にはいつもパルデアにはいないミズゴロウ。……いじめられなくてよかった」
「ボタンちゃん……」
「まぁ、ゆうあ先生のいるクラスでそんな事起きる訳無いか」
いじめ。いじめって何だろう。ボタンの様子だと、すっごく嫌な事みたいだけど。紫音を見ると、紫音も微妙な顔をしていた。紫音だけじゃない。ゆうあも微妙な顔してる。
エイルに聞いてもらおうかな、と思ってたら、ゆうあが手を叩いて大きな音を出した。
「……そんな仮定の話より! ボタンちゃん、何か用事あったんじゃない?」
「あ、そうだった。ビワ姉に用事あって来たら、とんでも恐怖体験聞かされて忘れてた……。はいこれ、約束のやつ持ってきたよ」
「あっ、ありがとう!! なかなか見付けられなかったのに、ボタンちゃんさすがだね!」
「ま、ね。パソコン関連はうちの得意分野だから」
これでさらにトレーニングが捗る、って嬉しそうなビワは、ボタンに貰ったディスクを持って教室から出て行った。ブカツ、っていうのに使うんだって。そんなビワの話を聞いて、ゆうあが何かを思い出した。
「しまったー! ボタンちゃんの来訪で気付くべきだった! もう部活動の時間! 勉強、進まなかったね……」
「お喋り楽しかったです、って書いて提出するからオッケーです」
「良くありません」
めっ、って怒られた紫音は、追い打ちにおでこをぺちんと指で叩かれた。赤くなってる、ちょっと痛そう。
「あうぇ〜。でももう放課後かぁ。課題終わってないのに、この参考文献の返却期限今日なんだよなぁ。私、一回エントランス行かなきゃ」
「あ、その本ならわたしが個人で新録版持ってるよ。使うならそっちの方が良いかも! 明日持ってくるね!」
「えっ! 助かるます〜!」
「じゃあ、部活組は部活に! 居残り組は電気消すの忘れないようにね!!」
「どちらでもない紫音さんはエントランスへ……」
「うちも行く〜!」
「エイルちゃんをお供にエントランスへ……」
「わたしも行くよ! 帰宅組のお見送りしたいから」
「エイルちゃんとゆうあ先生をお供に以下略」
「……これ、うちもエントランス行く流れ?」
「よぉし、こうなったら紫音さんを先頭に皆でエントランスにゴー!!」
『おー!!』
紫音の声に応えて手を挙げると、その横をメロコが呆れた顔をして通り過ぎていく。メロコ、エントランス行かないのかな。
「オレは行かねぇよ。部活行く」
「うんうん、ビワちゃんやメロコちゃんは部活、紫音ちゃんは勉強。何かに一生懸命になれるって青春だねぇ」
メロコもブカツに行くんだって。教室を出て、一人でさっさと歩いていくメロコが見えなくなるまで手を振った紫音達は、帰りの用意を終わらせて廊下に出た。
先頭は紫音。時々何かがエイルセンサーに引っ掛かるのか、ふよふよと列からはぐれそうになるエイルと手を繋いで、ぞろぞろとエントランスまで降りてきた。
「放課後だから、図書館を利用する人と帰る人でいっぱいだねぇ」
「ひぃ〜、時間掛かりそう……。ラクシア、皆と待ってて! せっかくボタンちゃんとお知り合いになれたから皆で茶をしばきたい!! ボタンちゃん、帰らないでね!!」
「お茶縛れないよ?」
「どちらにせよ物騒なお誘いなんですけど! 何、しばきたいって」
「ああ、チリちゃんも似たような言い方してて、その時はお茶しようってお誘いだったよ」
僕をエイルに押し付けて、紫音がびゅーんと長い列に走って行く。いつもは肩に乗ってる僕だけど、列に並んでいる間に、ツンツンいたずらされない様にボールに入れられたりするんだ。今日は皆がいるから、エイル達とお喋りしながら待ってて、って事みたい。一番後ろに並んだ紫音が手を振ってきたから皆で手を振り返してると、ボタンがゆうあにこそっと話し掛けた。
「……ねぇ、ゆうあ先生」
「んー?」
「エントランスだから学生以外の人もいる訳だけどさ……。あの人、何か持ってない?」
「……ホントだ。何か紙持ってるね?」
「ここからじゃ見えない……。エイル、見える?」
ボタンが指差した方向には、学校の制服じゃない服を着た人がキョロキョロしてる。何かを探してるみたいだった。
「……んー……、紙しか見えないけど……。うち、あの人見た事ある」
『知ってるの?』
「うん……。カイリューちゃん達にバトルしようってよく来る。何度も来る」
「マジか。ネモい方面でご存知」
「バトルだけならとは思うけど……、さすがに挙動不審過ぎるなぁ。ちょっと先生、行ってきます」
「ちょっ……、人多いけど大丈夫なん!? エイル、うちらも行こっ!!」
むむん、と顔をしかめたゆうあが、ずんずんと人混みを進んでいく。どうしたんだろう、って思っている内に、ゆうあを追い掛けてボタンも人混みに飛び込んだ。
『……はぐれちゃうよ!』
「えっ! わぁ、みんな置いてかないで〜!!」
エイルの腕から頭のてっぺんに移動して、先に進んじゃった二人を追い掛ける。そんなに人が多い訳じゃないけど、ゆうあを守る為にゆうあのポケモンまで出てきたら大変な事になっちゃう。何か起きる前に、僕の水鉄砲で頭を冷やしてもらわないと!
「何かお困りですか? 学校見学のお申込みだったら、受付は向こうです」
「いや、人を探していて……」
「誰かとお約束ですか?」
「そういう訳では……」
追い付いた時には、もうゆうあの攻撃が始まってた! ウロウロキョロキョロしてた人は、ムッとした顔をしてゆうあを見下ろす。
「本を探している訳でも無いですよね? アカデミーに何のご用ですか?」
「だから人を探していると……、もう結構だ。また日を改めて……」
ゆうあの威嚇に立ち去ろうとしたその人は、ゆうあの後ろに立ったエイルを見て目を丸くした。……ん? エイルを見て、僕を見て、またエイルを見てる……。
「あの娘はこんな顔だったか……?」
『僕は産まれてからずっとこの顔だよ』
「うちはずっとうちだよ」
「……ミズゴロウ違いか」
何かに納得したのか、フンッ、と鼻を鳴らしたその人は、僕を見下ろしてもう一度笑った。……僕、面白い顔なんてしてないんだけど。ちょっと失礼じゃない!?
そんな態度に、僕が怒るより先にゆうあが怒った。
「……許可無く滞在を続けるなら、警備員を呼びますよ」
「不審者扱いとは。失礼だな」
「挙動不審ですから。人の話も聞いていないですし」
「……先生、応援呼んだ」
「ん、ありがとう」
「くっ……」
ボタンがスマホで誰かを呼んだみたい。三人いれば、一人を捕まえるくらい出来るとは思うけど……。
捕まっちゃうのは困るのか、謎の人は慌てて逃げて行く。そのすぐ後ろに、本の返却が終わった紫音が見えた。手を振ってる紫音は、僕達しか見えてないみたい。振り返った拍子に、思いっきりぶつかった!!
「皆さっきの所にいなくて探しちゃった〜! お待たぷぇ!?」
「っ……!?」
「紫音ちゃん!」
「ひょうめんひょうとふ……。わ、私の高い鼻が……」
「変わってないからだいじょぶだよ!」
「それはそれで何だか傷付く……」
「見付けたぞ!」
「えっ!?」
紫音とぶつかったと思ったら、急に大きな声を出した。ポカーンとした紫音に持ってた紙を叩き付ける。バチーン、って凄い音がした。
その凄い音に、周りにいた人達も皆が紫音とその人に目を向ける。それだけじゃない。何だなんだと人が集まってきた!
「ぎゃー!? な、なにこれー!? 何貼られた!?」
「…………ふんっ! 邪魔だ!!」
『紫音! 大丈夫!?』
バチーン、とおでこに紙をくっつけられた紫音に駆け寄ると、紫音は混乱して目をぐるぐるさせてる。
「お札貼られた……?」
「ちょっと! 何やってんの!?」
「ぶつかったら謝らなきゃだめ! 理由も無いのに叩くなんてもっとだめ!!」
「わたしが道を譲るのは、わたしより強い方だけだ! 弱い者に謝るなんて以ての外! 邪魔をするな!!」
「何もしてない生徒に対して、さすがに度が過ぎます」
「わぉ。皆私の為に争わないで〜! ……私も前見てなかったから! ね、ここはおあいこって事で一つ」
ぶつかっただけならそれでいいかも知れないけど。紫音はバチーンって叩かれたのに!
僕はもちろん、ボタンもエイルもむむん、って顔をしたままだ。ゆうあは紫音を守るみたいに前に立って、モンスターボールまで持ってる。えっ、ここでポケモン出しちゃうの!?
「もう、皆そんな怒らないで! 可愛い顔が台無しだぞぉ。ゆうあ先生も心配し過ぎ! ビックリしただけで怪我した訳じゃないし、誰だって自分のポケモンが一番だって思うのは当たり前の事だし!」
何故か紫音が睨み合う二人の間に入ってる。人が多いんだから落ち着いて、って言うんだもん。ゆうあも怒れなくなってくる。
「本人がそう言っているんだから、もう良いだろう」
「……はぁ〜……。ぶつかられた本人がこう言うので今日は見逃します。良かったですね! 紫音ちゃんがこんな性格で!!」
「ふん」
「いや結局ぶつかった事謝ってないし……!」
「ぼ、ボタンちゃ〜ん! 私としてはね、大事になって皆でお茶出来なくなる方が嫌だから。ほら〜! ラクシアに免じて!!」
『僕も許してないんだけど……』
「そのラクシアが免じてなさそうだけど?」
「あれ〜?」
今度はボタンを宥め始めた。僕をボタンの前に差し出す。じーっと数秒見つめ合って、お互いにため息を吐いた。もう……、怒るのもバカみたいだ。
「はいはい! お集まりの皆も前方の確認は怠らないようにしましょう!! 事故になりますからね〜!! はい、解散解散!」
仕上げに集まった人達に声を掛けて、エントランスの人混みもゆっくり動き始めた。
「ひぃ〜、何とかなった〜!」
「紫音、もう痛くない?」
「大丈夫だよ。ありがとう!」
「ブラフで逃げるかなって思ったんだけど……、まさかぶつかるとは。ごめん……」
しょんぼりしたボタンに、紫音は気にしないでって笑ってる。こんな人が多い所で喧嘩にならなくて良かった、って言う紫音は、本当にそう思ってるみたい。
「それにね……、皆気になってるんじゃない? 何渡されたか」
にんまり笑った紫音は、おでこにくっつけられた紙をひらひらと振った。
*
*
「では、ご開帳〜!」
お店に入って、飲み物を頼んで。待ってる間に、紫音はテーブルの真ん中で紙を開いた。
「今開けちゃうの!?」
「そう言ってぇ〜、先生もチラチラ見てるじゃ〜ん! 話のタネにもってこいだし!」
「くっ……! 確かに気になってたけど!」
「ねぇ、なんて書いてあるの?」
「こっちからじゃ読みにくい……。読み上げよろしく」
皆で紙を見る。僕も読めない。テーブル挟んで紫音と反対側のエイルとボタンも読めない。早く早く、って紫音の腕をつつくと、紫音は真剣な顔で読み始めた。
「えーとなになに……? 『三日後の正午、北一番エリアの沼地中央の小島で待つ』……。告白かな?」
「……んー? ちょっ、と見せて……」
「えぁっ」
「……『お前に決闘を申し込む。三日後の正午、北一番エリアの沼地に一人で来い』……」
何かに気が付いたゆうあが、横からひょいっと紫音が持ってた紙を取り上げた。ゆうあが同じ紙を読むと、紫音の時と書いてある事が違う!!
「……貸して」
「はい」
「あー!」
「紫音……」
ボタンとエイルも同じ紙を見る。ゆうあにほっぺたをつねられてる紫音を見て、二人ともため息を吐いた。
「こらー! 紫音ちゃん、絶妙に文章が違うよ!!」
「あれー?」
「あの敵意をぶつけられて告白な訳無いと思った……! 決闘申し込まれるなんて、いったい何したの?」
「……ぶつかられた……?」
「いやそうだけどそうじゃなくて……」
「何かあの人、いつもよりイヤな感じした……」
「エイルさんの直感は当たるからなぁ……。行かない方向性もありじゃない?」
「それは無いかなぁ。行かなかったら、夜寝る時布団の中で"でも今日私約束破ったんだよな……"って気になって安眠出来ないから」
「安眠は大切だからね! ……でも、一人で来い……。抜け道無いかなぁ……」
僕達を見下ろして、ぶつかったのに謝らない。そんなチクチクした気持ちの近くにいたから、エイルの元気がちょっと減ってるみたい。仕方ないから、よしよししてあげよう。
「あ、それならうちのサブ機持って行って。監視しとくから、異変があったらすぐに通報出来る」
「そっか! それなら"一人"ではあるもんね!」
「紫音、うちも近くにいるからね!!
「……何か作戦会議みたいになってきたけど、告白の可能性は残ってない……? いや私にはハッサクさんがいるからお断りするんだけど……」
恐る恐る手を挙げた紫音に、皆の視線が集まる。
……自分のアイボーではあるけど、ちょっと心配になってきた。
「無い」
『絶対無い』
「うぇん」
僕も皆と一緒に首を振る。すぐに否定されて悲しかったのか、紫音は嘘泣きをして見せたけど、その嘘泣きは誰にも効果が発動しなかった。