初恋騒乱編
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怒涛の仕事もようやく落ち着いてきた。ゆっくりと通常業務のペースに戻ってきた小生は、息抜きとリフレッシュを兼ねて、スケッチブックと共にピクニックに出掛けた。
目指すはオージャの湖。心地の良い風が吹き、湖の対岸に回れば景色が一変する程大きな湖。小生が気分転換に足を向ける場所の一つだ。
「……今日も心地良い風ですね」
さわさわと草木を撫でる風が、小生の髪も揺らす。ピクニックセットを開いて、ポケモン達をボールから出して自由にさせる傍ら、小生は湖を前に筆を取り……、小さなため息を吐いた。
「……何の用です?」
「…………!」
「人のリフレッシュタイムを邪魔する程の用事なのですね?」
「……お、お怒りはごもっともです。ハッサク様……」
「…………」
恐縮した気配を感じる。それでも、立ち去る様子は無い彼女に再びため息を吐いて、小生は振り返らぬままちくりと言葉を投げ掛ける。
「手を変え人を替え、小生に付きまとうのはいかがなものか。アカデミーには来るな言えば、その代わりに全員が激務真っ只中のポケモンリーグ本部に顔を出す。他の方の邪魔にならぬ様にと外へ出たせいで、あの日、小生の帰宅は日付を跨いでしまいました。ええ、疲労の限界が近い中、仕事の邪魔をされたのですから。誰だって腹の一つや二つ立ちますですよ」
「申し訳ありません……」
「今日の用は謝罪ですか? では、用は済みましたね。去りなさい」
拒絶の意思を明確にしたと言うのに、彼女は未だ迷っている素振りを見せる。しばらく悩んで、腹を括ったかの様に再び声を掛けるまでの間に、小生は筆を動かす気がすっかり消え失せてしまった。
「……あの、ハッサク様……」
「……まだ何か?」
「あの娘の何処をお気に召したのですか?」
「…………」
それは、その内問われるだろうとは思っていた事だった。
故郷を飛び出して幾星霜。色恋沙汰は何度か経験したが、その度に問われていた。
お付き合いしている相手の何処を気に入ったのか、と。答えれば、その相手と似た要素を持ち合わせた人間を連れてくる。
だがそれは、相手を構成する要素の一つに過ぎない。小生が魅力的だと思う部分ではあるが、それがあるからと言って「その人間」にはなり得ない。
最初は、それこそ懇切丁寧に説明してやったものの、何度説明した所で通じない。小生の説得に派遣される若者達が、里の上層部に意見出来ないという可能性もあるが……、それにしたって限度がある。
恐らく、今回彼女が小生の前に現れた本題はこれだろう。聞き出せと命じられた彼女が、何の収穫も無いまま立ち去るとは考えにくい。
ここ十数年は縁が無かった為に忘れていたが、紫音が小生といい仲であると伝わったのだ。
そしてまた、紫音と似た要素を持つ"誰か"が小生に近付いて来るのだ。
「……若さですか?」
「若さだけに目を付ける様な人間が、若者も多く通うアカデミーの教師を務めているなど言語道断では?」
「……それは……、それが目的だと考えれば合理的かと……」
「カラマ」
冷たい声で彼女の名を呼ぶ。
すっかり止まってしまった筆を置いて立ち上がると、カラマは小生が振り返るより先に腰が引けていた。
「はっ……、はい!」
「返事の威勢だけはよろしい。……お前は、よほど小生を怒らせたいらしいですね。良いでしょう、今の里の人間の力を見せてもらいましょうか。里の外に出る許しを得ているのです。無様な戦い方はしないでしょう」
「そっ、れは、もちろんです!」
「その言葉に反して、ドラゴン使いが何たる立ち姿か! 全ての頂点に立つ矜持は何処に置いてきたのです!!」
「ひっ……」
ピクニックセットを挟んでカラマに向き合うと、彼女の喉が無意識に空気を吸い込んだ音が聞こえる。小生が一歩歩み寄れば、カラマは一歩足を下げる。
確かに、少なからず言葉に怒りを込めてはいるが。……まさか、里の者が小生の知る時代より弱くなっている可能性が頭を過る。考えたくはないが、最近になって小生を必死に呼び戻そうとしている事も不安を煽る。
「さあ、構えなさい。己の牙を、己の爪を、相手に突き立てる準備は常にしておくものですよ」
「ハッサク様自ら……! 胸をお借りします!!」
己の内に渦巻く不安を吹き飛ばす様に、セグレイブを傍らに呼ぶ。それを見て、どこか嬉しそうにボールを手に取るカラマに、小生は内心肩を落とした。
このポケモンバトルは手合わせではないのだ。小生の怒りを、帰宅が遅くなったポケモンの怒りをぶつけるバトルになるはずだった。
大きく深呼吸をして、怒りを飲み込む。怒る相手を間違えてはいけない。カラマは、ただ指示されただけだ。……まぁ、教職に就く小生に対して、嫁探し等と見当違いな発言をしたが。それは口で説明すれば理解出来るだろう。
「紫音の何処を気に入ったのか、と言う話でしたね。たねポケモンで四天王と互角の勝負をする実力者ですよ」
「……そうは見えませんでしたが……」
「真に強い者は、誰に対しても油断しないものですよ」
紫音の強さは、相対した時に分かる。教えてやっても構わないが、身をもって理解した方がカラマの為になるだろう。彼女の事だ。紫音の実力を知る為に、バトルを挑むはず……。
そう考えて、小生はカラマにそれ以上情報を渡さなかった。
*
*
「ピークニックピークニックー。夢のピクニックららら〜」
リビングからご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。紫音にはピクニックに行ってくると伝えてあった。アカデミーで授業を受ける為に、紫音は参加出来なかったのだが……、その代わりなのか、リビングでピクニックを開いているらしい。
「ピクニックにお邪魔しても?」
皆で盛り上がっているのか、玄関を開ける音にも気付かない。リビングの扉を開けてお伺いを立てると、紫音はサンドイッチの仕上げを盛大に失敗した。
「へぁっ。……へゃ〜!?」
「きゅえ〜!!」
「ぽにゃー!!」
「ごりゃ〜!!」
「もぁ!? のんのず!」
「フカ、フカカっ!!」
普段はリビングのテーブルには乗らないように言い聞かせているポケモン達が、全員テーブルの上にいる。手を叩いて、紫音の鼻歌に合いの手を入れていた彼らは、彼女の悲鳴に大慌てでテーブルから飛び降りた。
ポケモン達は怒られると思ったのだろう。テーブルに乗れない大きさの為、一匹だけ顎をテーブルに乗せて作業を見守っていたカロンの後ろに逃げ込んだ。
「テーブルに乗ってはいけない……、というお説教は、ピクニックには適用されませんですよ。普段はもちろんいけませんが、ピクニックは皆でサンドイッチを作るのも楽しいですからね」
「ハッサクさんお帰りなさ……、いつから!?」
動揺のあまり、床に落下したバンズを抱き締めている紫音の様子に、笑いを堪えながらバンズを回収する。
「夢のピクニックららら〜、の少し前からです」
「ジャパネット検索! ハッサクさんの記憶を消す商品!!」
「ろ、ロト〜!?」
ロトムに悲鳴の様な声で助けを求めているが、小生にもロトムにも、人の記憶を消す事が出来る様な商品は思い当たるはずも無く。エスパーポケモンならいざ知らず、そんな物は存在しない。
「うぇ〜! ううっ、この紫音、一生の不覚ッ……」
「ほら、落ち込まないでください。……それで、小生もピクニックに参加しても?」
「もちろんですよぉダメな訳ないじゃないですかぁ……。新しいパンを……」
「歌を歌いながら作るのが、君のピクニックルーティンですか?」
「…………そうです……。その時によって歌は変わります……」
「では、次の歌はどうします?」
「うう〜む……、お料理行進曲かな……」
「……? お料理行進曲、ですか?」
知っていますですか。ロトムに問い掛けると、彼も困った様に「Not found」と画面に表示させた。紫音の脳内にしか無い楽曲らしい。
はんはんふーん、と歌い始めた紫音に合わせて、小生も手探りしながら合いの手を入れる。合いの手のお手本はモノズだ。
「かんせーい! 食べればペペロンチーノ!」
「ペペロンチーノではありませんですね」
「しょんなぁ」
サンドイッチを作り上げたと思っていたのだが、紫音の中では違う物が完成していた。思わず訂正してしまったが、紫音はさほど気にした様子も無くサンドイッチを切り分けている。
「美味しければヨシですよ! はい、ハッサクさんの分です」
「はい、ありがとうございますです」
紫音と一緒に料理をする事も増えてきたが、やはり彼女と食べるのは楽しい。次回のピクニックは、ぜひ外でやりたいものだ。
そう考えて、小生は昼間一人でやったピクニックを思い出す。
「……ハッサクさん……。もしかして……」
「…………」
僅かな時間だったが、カラマとのやり取りは小生の表情に陰を落としていたらしい。妙な所で察しのいい紫音に気付かれたのだろうか、と慌てて顔を表情を取り繕うとした小生は、予想だにしない不意打ちを受ける事になる。
「チリソースかけ過ぎた部分当たりました?」
「……っ、く、ふふっ……」
「あれ!? 違う!? ……飲み物どうぞ!!」
何かあったのか、と問われたら際の答えも用意していたのだが。真顔で叩き落とされてしまった。
咳き込む程笑ってしまった小生に、大慌てでコーヒーを用意してくれる紫音の姿を見ながら、小生は昼間、カラマに問われた内容への答えを追加した。
紫音のどこが良いのか。……何事にも全力で挑み、楽しむ姿勢が好ましいのです、と。おかげで、昼間の出来事が上書きされていくようだ。
「……君がいてくれて良かったです」
「へ!? そ、そうですか? よく分かんないけど、困ったら頼りにしてくださいね!」
コーヒーを渡してどんと胸を張る紫音の額にお礼のキスを落とすと、彼女は小生の腕の中で情けない悲鳴を上げていた。その辺りは頼りないままらしい。