初恋騒乱編
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ハッサクさんの四天王の仕事が終わった。ラクシアも私の所に帰ってきて、いつも通りの日常に戻ると思っていたんだけど。悪いトレーナー達を一網打尽にしてはい終わり、とは行かないのが現実。
ハッサクさんはあの日以来、とても忙しそうにしている。
それは残務処理だったり、他の地方のポケモンリーグと情報のすり合わせだったり。比較的心の傷が浅くて、アカデミーで面倒を見る事になったポケモンの様子を見たり。帰ってくるのは日付が変わる頃、なんて日もあるくらいに忙しそうにしている。
今日も遅くなりますです、とメッセージが届いたのはついさっき。ハッサクさんの分の夕飯を冷蔵庫に入れて、私は部屋から作業道具を持ち出した。
「むむ〜ん……? 扉を挟んだ糸電話、思い付いたはいいけど難しいぞ……」
ハッサクさんが遅い日は、寂しい気持ちも紛れるし、こうやって一人で作業に没頭する事にしていた。
セグレイブとカロンが……、いやその二匹に限らないけど、ポケモンが糸電話でお喋りするとなると、子供が遊ぶ為の糸電話とは話が変わってくる。紙コップに糸を通してはい完成ー、には出来ない。
何故なら、ドラゴンポケモンにとって紙コップはあまりにも弱すぎる。試作品を持ったら、一瞬でぐしゃっと潰してしまったセグレイブがしばらく落ち込んだくらいだ。
そうなると、頑丈な素材から選ばなきゃいけない。だからって硬すぎてもダメだ。今度は振動が伝わらない。
「今日は瓶を試すぞ〜!」
ジャムの瓶を再利用である。どうやって穴を開けるかの問題は、アカデミーの美術室で解決済み。絵を描くだけじゃなくて、色んな作業が出来る工具がある。もはや、美術って言うより技術室かも知れない。
それはそれとして。
「穴にタコ糸を通して……、……ぐっ……、ちょっと届かない!」
指先で必死に手繰り寄せようとするけど、もうちょっとで糸に届かない! お箸、お箸ありませんか!
ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら、何とか糸電話の試作品第五号が完成した頃には、もうすぐ十一時になる時間になっていた。この時間になっても、ハッサクさんが帰ってくるどころか仕事が終わりましたメッセージも来ていないと言う事は、もう晩ご飯をしっかり食べている余裕は無い。
「……よし、ミルクスープにちっちゃいパン浸して食べてもらう感じにしよう」
そうと決まれば、片付けしなくちゃ。手付かずの分は、明日私のお弁当にしちゃおう。
「……ハッサクさんと話したい事いっぱいあるんだけどなぁ……」
お疲れのハッサクさんは、軽いご飯を食べたら、私を抱き枕にしてすぐに寝てしまう。寝る前のお喋り時間も無い。
忙しいから仕方ない事なんだけど! これも全部、悪い人が悪い。ただでさえ忙しいハッサクさんがもっと忙しくなったんだから。
……ハッサクさんに限らないけど、関わった人達皆バタバタしてる。その内誰かが多忙で倒れたりしないか紫音さんは心配です。
「……よし、あとは帰ってきてから温めればおっけー! ポケモン達のご飯もよし!! 皆疲れてるだろうから、好きな味のきのみも添えようねー。……うん、完璧です」
そんな事を言いながら、今日最後の仕事終了であります。ハッサクさんがご飯を食べたら、後は寝るだけ!
「ふぁ……。遅いなぁ……」
ご飯の用意を終わらせても、まだ帰宅の連絡は無い。うーん、これは午前様コースかなぁ。ニャッコやモノズはもちろん、セビエ達も部屋に戻って眠ってる。
いつもは最後まで一緒に待っててくれるラクシアも、寝不足なのか今日は糸電話作りが終わったタイミングで部屋に戻ってしまった。なので、今日はハッサクさんの帰りを待つのは私一人。
話し相手もいないし、テレビでも見てようかなぁとソファに腰掛けたのが失敗だった。すとん、とそのまま眠り込んでしまった……。
*
*
……うん? 何だろう。手が温かい。いや、手って言うより誰か寄り掛かってる様な……?
さっきまで何してたっけ、と思い出そうとした私は、左手に重ねられた手に息が止まった。……これ、もしかしなくてもハッサクさんの左手では? いつの間に帰ってたんだー! と言うか寝落ちしてお迎え出来なかった……! 不覚です。
「……おか……」
おかえりなさい、と言おうとした私が、寄り掛かってるハッサクさんの方に顔を向けようとした途端、ハッサクさんが握る手が強くなった。
「……このまま。どうかしばらくこのままで」
「ひゃいぃ……」
相当お疲れなのか、私の肩におでこを乗せたハッサクさんはそのまま私の手をもみもみし始めた。空いている右手は、感触を確かめるみたいに太ももを撫でている。
いやあの、肩におでこ乗せてる上に、疲労感のせいでハッサクさん普段と違って囁く様な話し方になっているのです。耳に近い距離で。
ハッサクさんにそんなつもり無いのは分かってるけど、頭の中がぐるぐるになってくる。こっ……、これは……。膝枕しますか、って言う流れでは!?
「ひ、膝枕とかどうでしょう、なーんて……」
「……非常に魅力的な提案ですが、今は結構です」
「ぎゃ……」
ぎゃす! 紫音、玉砕。
そ、そうですよね……。ハッサクさん別に私が膝枕とかしなくたって部屋には使い心地のいい枕ありますもんね……。
「でしゃばってすいません……」
「……いえ。今君の膝を借りてしまうと、酷い顔を見られてしまいますから」
「……あ、そういう……」
だからハッサクさんの方を向こうとしたら阻止されたのか……。よっぽどお疲れなんだなぁ……、って気持ちと、それにしたって今日は一段とお疲れでは、って気持ちが湧いてきた。
「……紫音?」
「……目的地周辺だって事は分かるんですけど……、これ耳だ、もうちょっと上に……」
ぎゅむっと密着されている上に顔を見てはいけない中、辛うじて動かせる範囲で手探りしてしながらハッサクさんの頭を目指す。
困惑していたハッサクさんは、はい回る手がくすぐったいのか笑い声を上げた。かすれた息がまた耳に! ぐぐぅ〜、頑張れ紫音、照れに勝つんだ!!
「よし頭に到着!」
「今日は随分積極的ですね?」
「い、言わないでください私なりに頑張ってるんですから……! ハッサクさん!」
「は、はい」
「仕事以外のあれこれは私がぶっ飛ばしますからね!」
「ぶっ飛ば……」
ぶっ飛ばす、と宣言した私の言葉をオウム返しするハッサクさんに構わず、私はハッサクさんの頭に乗せた手を思いっきり動かし始めた。
「仕事に集中出来るように! とりあえず今はハッサクさんのストレスをぶっ飛ばそうと思います!! よーしよしよしよしよしー!」
言いながら恥ずかしくなってきた。もう勢いで誤魔化すしか無い。
助けてイマジナリームツゴロウ先生、ドラゴン撫で回すのってこんな感じで良いでしょうか! ……実在しない動物は分からないってそんなー。
イマジナリームツゴロウ先生に相談しながら、自由な右手でハッサクさんの頭を撫で回す事しばらく。最初は「あの」とか「紫音」とか戸惑った声を上げてたハッサクさんが、いつの間にか静かになった。そーっと顔を見ると……、何と真っ赤になっているではありませんか!! やばっ、やり過ぎた……。
「……すいません調子乗りました……」
ススス……、と手を下ろすと、ハッサクさんが無言で私の手を掴んだ。
わあ、やり返しが来るのでは、それとも怒られる!? 身構えた私の手は、再びハッサクさんの頭に戻っていく。……おや、これは?
「……もうやってはくれないのですか?」
「……もちろんやると言った以上ハッサクさんが寝るまででもやりましょう!!」
ハッサクさんのアンコール! 紫音は撫でる事しか出来ない!!
「……撫でられた経験などほぼ無いので……、むず痒いですが嬉しいものなのですね」
ひたすら撫でる。何やら重い背景らしきものがちらっと見えたけど、とりあえず今は見えないフリをする事にした。
もしかしたら、悪徳業者関連の仕事ばかりで憂鬱になっているのかも知れない。ハッサクさんにとって、楽しくない事を思い出してしまう程度には。それが、うっかり表に出てきてしまう程度には。
「そうでしょう! 照れくさいけど嬉しいものなのです。特に好きな人から撫でられるのは格別です。……ハッサクさんは頑張ってますぞ! ……い、今ならなんと、ハグもお付けします!」
「嬉しい提案ですが……、ハグまで付くと手が足りませんですね」
「……確かに!!」
ギャス! 再びの玉砕。勇気を出してハグの提案をしたのに。
でも、確かに人間の腕は二本しか無い。片手はハッサクさんに捕まってるし、もう片方はハッサクさんの頭を撫でている。ハグは出来ませんね……。
「ふふ、では小生が君をハグしますですね」
「……もうハグされてる様なものでは?」
「いいえ。今は隣に腰掛けているだけです」
そっか〜、隣に座ってるだけか〜。……え、まことに? この距離感で?
「では、ハグしてお連れしましょう」
「え、えぇ!? ちょ、うわ」
さっきまで顔見ないでー、って言ってたのに、ハッサクさんはすっかり元の調子を取り戻したのか、私をひょいっと抱き上げた。ちょっと休んで取り繕う元気が戻ってきただけかも知れないけど、少しでも元気になれたのなら嬉しい。
だからって当たり前の様にハッサクさんのお部屋にドナドナされるのは違うと言いますか! 心の用意出来てないと言いますかまだ慣れないと言いますか!!
「撫でる手が止まっていますですよ」
「わぁ〜! ハイ、頑張ります」
もうやけっぱちである。手が疲れたなんて言いません。でも、先に寝落ちしちゃっても許してくださいね!!
翌朝。私を抱き枕にして、頭を満足するまで撫で回されたハッサクさんは、すっかり元気になった。
どのくらい元気になったかと言うと、苦手な早起きを頑張って朝食の用意をしていた私の頭を、昨日のお返しとばかりに「寝癖が付いていますですよ」と頭を撫で回してくるくらいには元気になった。あわあわする私を横目に、沸騰寸前になったお鍋を止める余裕があるハッサクさん。
「手早く作って、ゆっくり一緒に食べる時間を作りましょうね」
そう微笑むハッサクさんに、座っててくださいなんて言えるはずも無く。大人しく私はハッサクさんの隣でフライパンに生卵を割り入れた。