初恋騒乱編
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「大変だ大変だっ、大変!!」
「証拠隠滅! シビルドン、でんじほう!!」
「びる……」
「落ち着いて。シビルドンはその技覚えられないだろ。困ってるじゃないか」
ポケモンを閉じ込めていた者達を縛り上げて、ジュンサーさんの到着までの見張りをアップリューに頼んだ小生は、ゆっくりと階段を降りていく。
正面の扉からは、カイン先生とジュンサーさんが令状を掲げて堂々と立ち入り調査が進んでいるはずだ。騒ぎに気付いた者が証拠隠滅を謀る前に、上のフロアを手早く制圧出来たのは幸いだった。
「長い間ご愛顧ありがとうございましたこのメールは開封して三分後に端末ごと初期化するウイルスを仕込ませて頂いておりますので悪しからずご了承くださいませよっし!!」
「もし。少々お話よろしいでしょうか」
「溶解液!」
「あー!! テメェふざけんじゃねぇキーボードが死んだじゃねぇかバカ野郎送信前に殺すな死ね!!」
「びるる……っ」
「来客の対応はちょっと待っててくれ。ご覧の通りなんだ。シビルドンを絞めるなら先に端末本体を殺した方がいい」
「動くな、と言えばよろしいですか」
どうやらこの部屋は情報が集まっている。大切な証拠を破壊されては困る。
臨戦態勢にはいったセグレイブとラクシアの様子に、三人の内二人が仕方なく、と言った様子で手を挙げた。
「よろしくないあたしはただ金払いのいい受付業務って聞いたから雇われてるだけなのにいつの間にかハッカーの真似事までさせられてんだぜこんなのやってられっか!」
一人指示に従わずに早口でまくし立てた女性が、扉を塞ぐ小生の脇を駆け抜けようとする。道を譲れば問題無くすれ違える程度の扉だが、小生はその真ん中に立っている上譲るつもりも無い。
その結果、彼女は見事に小生にぶつかって跳ね返った。仮に抜け出せたとしても、逃走するより先にセグレイブに捕らえられると分かるだろうに。逃げの判断だけは早い。
「危ねぇな退けよ!!」
「動くな、と言ったはずですよ。やり過ぎるなとは言われていますが、手荒な事はしないで欲しいとは言われていませんので。従っていただけると、こちらとしても幸いです」
「あたしはその分の金貰ってねぇんだよどうなってんだよ責任問題だぞ!!」
「困ったね、責任取れないよ。自分達の不運を呪うしかない」
「チクショウふざけやがって!!」
「なぁ、いつまで手を挙げてればいいんだ?」
「素直にモンスターボールや凶器等を所持していないか、ボディチェックを受けた後ならば手を下ろして構いませんですよ。まぁその際には、手を拘束しますが」
「もうこうなったら仕方がない。大人しく従おう」
どうやら、ここの組織は三人一組で行動をしているらしい。まとめ役らしい男が素直にボディチェックに応じる様に促すと、他の二人は渋々と言った態度ながら手持ちのポケモンを提出した。
先程、パソコンの破壊を指示されていたシビルドン、一人はどうやらポケモンを所持していないらしい。
「では最後の者」
「はぁい」
「まずボールを預かりますです」
「良いとも。……おっと失礼」
三つのボールを手に取ると、彼はぽろぽろとボールをこぼした。わざとらしい行動を見咎めるが、ころころと転がっていくボールを拾うだけでポケモンを繰り出す様子は無い。
「はい、これがポケモン」
「……は?」
「……を入れるボール!」
「は……っ!?」
「ヘルガー、ラグラージ! 仕事だ!!」
「うあうあコイキングコイキング! ぶべぇ! あうあうあ……」
拾い集めたボールを、突如放り投げる。その突飛な行動に、思わず小生の視線はすっかり釘付けにされてしまった。小生だけではない。セグレイブもラクシアも、すっかり素直に応じた様子に油断してしまっていた。
しまった、と思った時には既に遅く。ボールから飛び出したヘルガーが、既に拘束していた二人の縄を噛みちぎる。小生の数m先では、ラグラージがセグレイブを牽制する様にアームハンマーで床にヒビを入れた。
「さぁ、動かないで欲しいな」
「ごろっ! ろぁ!」
「ラクシア!」
「……へぇ」
形勢が逆転したと見るや、リーダー格の男が先に自由になっていた男にボールを投げ渡す。さすがにそのボールはラクシアのハイドロポンプの妨害が成功したものの、水浸しでおろおろしている男を他所に機敏な動きの女性がそのボールを拾い上げた。
「……驚いたなぁ。よし、じゃあそっちは頼むよ」
「嫌だよ気持ち悪ぃ何でビチビチしてる魚に触んなきゃなんねぇんだよ契約外だぞふざけてんのかムーノにやらせろ」
「そう言わないでくれ。やってくれれば逃げる余裕が出来るよ」
「……へぇ? よっしゃやる仕方ねぇやってやるよ何個ぶち込めばいい」
「一五個。詰め込んだらすぐに僕の方に投げてくれ」
「よっしゃあ俄然やる気湧いてきたぁ!!」
「こっちは……?」
「……あー、うん、もう何にもしなくていいよ」
水浸しになった男─ムーノと言うらしい─が近付くと、近付いた分後ろに下がる。にこやかに笑ったまま距離を保つ彼は、その顔のままラクシアを見下ろす。
「いいミズゴロウだ。大人しく肩に乗っていた辺り、指示を聞かない訳でも無さそうなのに。その場に応じて自分で判断して的確にボールを弾き飛ばすなんて芸当を見せるポケモンなんてそうそういない。そういう性格なのかな。それとも努力の賜物? 既にそういう指示を与えていたのかな? 興味深いなぁ。ドラゴンの中にたねポケモンが一匹というのも珍しいけど、それが優秀さの根底にあったり? そのミズゴロウなら……」
「ドゥンジリ!」
「……ああ、うん。そうだった。ミズゴロウは惜しいけど、その時じゃあなかったと言う事なんだろう。君の敗因は、データを優先するせいで慎重になり過ぎたせいだよ。じゃあ、さようなら」
ラクシアを値踏みする様に見ていたリーダー、ドゥンジリは自分を呼ぶ声にそちらを振り返る。口から溢れんばかりの不思議な飴を押し込まれたコイキングが、苦しみながら進化の輝きを見せていた。
「進化したばかりで活きの良い所にもう一押し。……あ、そう言えば床……、……まぁ良いか。もうここに残ってるのは使えないし」
何やら独りごちると、ドゥンジリはデスクの引き出しから液体が満ちた注射器を取り出す。そのまま躊躇いなくコイキングに……、否、今にもギャラドスに成ろうとしているそれに突き刺した。
「ぎっ……!? ギャアアアアアアアア!!!」
「おっと」
ぽいっ。窓が割れんばかりの声量で叫び声を上げたそれを捨てた。あまりにも気軽なその動作とは裏腹に、小生の目の前でそのポケモンはギャラドスに、そしてさらに別の姿へと変貌していく。
「……まさか、メガシンカ……!?」
「ギャオオアアアアア!!!」
メガシンカにはメガストーンが、そして何よりトレーナーとの信頼が不可欠なもの。しかし、今この男は何をした?
無理やりメガシンカさせられたギャラドスは、進化で溢れる力を制御する事が出来ず、苦しみのたうち回っているではないか。その暴れ回る尾が、容赦なく部屋中を叩きのめす。もう自由になった者達を気にしていられない。小生はもちろん、ラクシアもセグレイブも尾や瓦礫を躱すので精一杯だからだ。
「ごぽぇっ……!?」
その一撃が、女性の腹部に命中した。悲鳴すら上げられず壁に叩き付けられた彼女が崩折れるのを見もせずに、ドゥンジリは崩壊する床からこれ幸いとばかりに階下へ飛び降りる。
「な……、でぇ……」
「喋ってはいけません! カイリュー、極力揺らさずに彼女を外へ!!」
「あ、お礼がまだだったね。お陰で僕が逃げる余裕が出来たよ。役に立ってくれてありがとう、とても助かった」
「外道が!!」
「外道なんてとんでもない。僕は僕の為に正しい道を進んでいるだけだよ」
今にも死にそうな彼女に対して、軽く手を振って礼を述べるだけ。仲間とまでは言わずとも、同僚、チームメイトと言える間柄ではないのか。
崩壊する部屋の中、思わず叫んだ小生を見上げて軽く肩を竦めたドゥンジリは、大きくなった穴から落ちていくギャラドスの悲鳴も聞こえない様子で、散歩をしている足取りで瓦礫を避けながら歩いていく。
「くっ……! さすがに手が回らないか……!」
「デンチュラ、エレキネット!!」
「ギュラァ!!」
階下から鋭い声が聞こえた。目の細かいネットを張り巡らせて、無秩序な瓦礫の落下を最小限に食い止めたカイン先生が、落ちてきたそれを目の当たりにして絶句しているのが見える。
「カイン先生!」
「なん……っ、いえ、疑問は後回しに。そこで止まるんだ!」
「止まらなければどうなるの?」
「……わたしのマフィティフが君に喰らい付いて離さないだろう」
「わあ、それは困るな。とても痛そうだ。痛いのは嫌だから……、こうしよう」
「……! ラクシア!!」
「ごろ!!」
小生が一声呼ぶと、それだけで意図を察したラクシアがドゥンジリ目掛けて飛び降りた。ハイドロポンプで注射器を弾き飛ばそうとしたラクシアの目の前で、ヘルガーが凄まじい高温を放つ。
「メガヘルガー……!!」
「ガッ、ガアアアアっ!!!」
「ごりゃっ!? ごろろごろごろ!!」
一瞬でハイドロポンプを蒸発させたメガヘルガーは、水蒸気で火傷してしまったラクシアに気付かず、そのまま闇雲に走り出して壁に激突してしまった。
「あの状態……! 何て事を!!」
「あっちは足止めをしてもらおう。こっちは露払いを、と……」
まだ注射器を隠し持っていたとは。暴れ出したヘルガーを見もせずにラグラージにプツリと刺せば、ラグラージもまた悲鳴を上げながら変貌する。
「そっち置いていく代わりにこれを貰うね」
「ごろっ!?」
火傷をした脚を気にしていたラクシアをひょいっと抱える。完全に脚に気を取られていたラクシアは慌てて逃げ出そうと抵抗するものの、その身体は少しずつ弛緩していく。良く見れば、首に掛けられた手が呼吸を奪っているではないか。
「ラクシア……! 人のポケモンを盗るのはいけない事……、と言っても聞かないでしょうね。行きなさい、オンバーン! ばくおんぱ!!」
「アギャア!!」
ドゥンジリの進路を塞ぐ様にオンバーンを向かわせる。室内で暴れるメガシンカポケモン達を相手に、オンバーンが音波器官を震わせた。耳を塞ごうが容赦無く鼓膜を揺らすその音に、涼しい顔を崩さなかったドゥンジリもさすがに嫌悪に顔を歪ませる。
「ぐっ、うるさ……」
鼓膜を揺さぶるその音に、ラクシアを掴んでいた手で耳を塞いだ。自由になったのをいい事に、呼吸を取り戻したラクシアがフラフラとカイン先生の足元へ走る。
「ごろぁ〜ん!!」
「酷い目に遭ったね。薬を使うから動かないでくれ」
カイン先生にラクシアの治療を任せて、小生はセグレイブに抱えてもらいながら階下へと向かった。
降りてから改めて見たギャラドスは、既に虫の息。それはそうだろう。進化したばかりだと言うのに大暴れをした末に、苦手な電気タイプのエレキネットに絡め取られたのだから。メガシンカではない、通常のギャラドスに戻りつつあった。
「そっちは終わっちゃった。もっと飴を詰め込んでから進化させるべきだったなぁ……。進化するタイミングの見極める目を養わないと。それは次に活かすとして……」
「……お前に"次"はありませんですよ」
「あるとも。皆僕を助けてくれるからね。そのミズゴロウなら、メガシンカさせても理性が残ってくれると思ったんだけどなあ。残念だよ」
「彼らは助けてくれているのではなく、お前が身代わりにしているだけでしょう」
「過程はどうでも良いじゃないか。結果僕が助かるのならば。コイキングの進化を手助けしてくれた……、あーっと、誰だったかな……? ……あの人だって僕を助けてくれたんだし」
死の淵に叩き込んだ同僚の名を思い出す事を放棄したドゥンジリは、壁に激突して蹲っていたメガヘルガーに向けて瓦礫を蹴り飛ばす。
その痛みで意識を呼び戻されたヘルガーは、覚束ない足取りで辺りに目を配ると、ラクシアの治療をしているカイン先生を見付けた。そのまま、見付けた獲物に牙を突き立てるべく走り出す。
「カイン先生!」
「ごろろーぁあ!!」
「ギャアン!?」
正面からラクシアのハイドロポンプを顔に受けたメガヘルガーの速度が落ちた。止まらないのか、それとも自分では止められないのか定かではないが、もうもうと立ち込める水蒸気の中でヘルガーがなおも進み続けるのが見える。まるでサウナの中にいる様だ。
「この高温に対抗するのならば、お前以上の適任はいません。セグレイブ! 竜の輝きをここに!!」
「ギュオワン!!」
出し惜しみしてはいられない。そう判断した小生がテラスタルオーブを起動させると、セグレイブの頭上に竜の冠が輝いた。この状態ならば、炎技を受けてもさほど問題は無い。
カイン先生に噛み付かんとしたヘルガーは、間に身体をねじ込ませたセグレイブの纏うテラスタルジュエルにヒビを入れる事も叶わず、あっさりと腕で振り払われた。
「た、助かったよ……。ラクシアもセグレイブもありがとう」
「ごろっ!」
「カイン先生、ご無事ですか!?」
「彼らのお陰で、何事もありません」
慌ててカイン先生の元へ駆け寄ると、彼女の言葉通り怪我はしていない。ホッと安堵する間もなく、ヘルガーが牙を剥き出しにして唸り声を上げている。
「フーッ、フーッ……。……ヴルルルル……、ゥググァ……」
「……何やらヘルガーの様子が……」
唸るだけで、襲っては来ない。……襲わない、と言うよりもそんな余裕は無い雰囲気にも見える。
セグレイブは振り払っただけで、まだ攻撃すらしていない。ラクシアのハイドロポンプが多少身体を濡らしているとは言え、舌をだらしなく垂らして呼吸するのもやっとの様だ。
そして何より、息をする度にぼとぼとと粘着質な涎が脚先の赤い爪を汚していく。……いや、汚すより先に乾いて行く方が早いが。涎が乾いた痕がこびり付いていく。
明らかに、先のギャラドス同様……、それ以上に苦しんでいる。
「いけない……。あのメガヘルガーを止めなければ、ヘルガー自身が危険です」
「危険……、とは……?」
「そのヘルガーは、僕の為に命を燃やしてくれているんだよ。優しいね」
カイン先生を庇った一瞬の隙を突いて、男は包囲網の外にいた。オンバーンは、よりによって音波器官に攻撃を受けてしまったらしく、頭部を庇う様に蹲っている。
周囲にある物を手当たり次第に投げ付けるラグラージが、結果的に瓦礫を飛び道具にしているのだ。
「……命を何だと!! ……いや、問答する時間も惜しい。あのままでは、ヘルガーは己すら燃やし尽くして死んでしまう」
「何と……!」
瓦礫を避けながら、簡単な治療を施すカイン先生の緊迫した言葉に、思わず息を飲んだ。
メガシンカ。進化を超えるシンカ。知識としては知っていたが、いざ目の当たりにすると何という力なのだろう。無理やり引き出されたシンカ故に余計そう感じるのかも知れないが、命を燃やして戦う事を強いられるその姿はあまりにも痛ましい。
「あのヘルガーが燃え尽きる前に止めなければ……!」
「ハッサク先生には必要無いかもしれませんが、あのギャラドスの治療を終えたら加勢します」
「……いえ、カイン先生はネモ君の元へ。あの男とラグラージが行ってしまった。ネモ君ならば強さに問題は無いでしょうが……、最も危険なのはあの男。どうかネモ君を守ってください」
「分かりました」
嫌な予感がする。彼は等しく平等に、自分の都合の良い様に命を扱う。それはギャラドス然り、その尾で崩折れた彼女然り、そして自分自身の熱で灼かれているヘルガー然り。全員が"あの男が逃げる為"に使われている。
そんな男と、まだ年若い生徒を一対一で正面から対峙させるのは危険だと思ったのだ。
「まずは君の炎を鎮めなくては。痛いでしょうが、堪えてくださいですよ! ラクシア、君はヘルガーの足止めを!」
「ごろ!? ろろごぁ……、ろむろん」
「……ヒメリの実。しまった、お願いしたハイドロポンプの回数を数えていませんでしたね」
「ごろ! ごろろぁっ!!」
鞄を下ろしてヒメリの実をもぐもぐと食べる。ついでにイアの実でやる気も補充したラクシアは、元気良くハイドロポンプを放った。俯いていたヘルガーの顔に命中したハイドロポンプは、少しずつ蒸発していく。充満する熱気に顔をしかめたラクシアを横目に、セグレイブが吼えた。
熱交換の特性で攻撃力を上げたセグレイブは、背中を丸めて攻撃態勢に入る。小生が一言命じれば、背中の剣がヘルガーを穿くだろう。
「ラクシア、助かりましたです。セグレイブ、穿きなさい!! きょけんとつげき!!」
「ギュオワァアン!!」
床に近いラクシアに当たる可能性は無いだろうが、念の為下がってもらう様に声を掛ける。射線から外れたのを確認して、セグレイブの剣がヘルガーを穿いた。
「ギッ……、ガアアアアっ! ガルルガゥアアアアア!!」
「ギュアっ……!」
最後の力を振り絞って、ヘルガーが熱を孕んだ牙をセグレイブに深く突き刺す。身体をなげうつ攻撃の反動で、セグレイブのテラスタルすら貫通してしまう。
痛みに呻くセグレイブに、ラクシアが駆け寄って何事か言い聞かせるではないか。
「ごろろ、ごろごろろぁ!!」
「……ギュ……!? ギュオワオン!?」
「ごろ!」
「……ンギュエェ……」
フィラの実を渋々口に運んだセグレイブが、みるみる活力を取り戻す。小生は持たせた覚えは無いが、察するに紫音がこっそり持たせていた物だろう。
噛まれた腕の痛みを堪え、ゼロ距離でつららを落として完全に戦意を喪失させたセグレイブが、その手に残っていたフィラの実の残骸を名残惜しそうに食べた。何も残っていない手のひらを名残惜しそうに眺めると、セグレイブは意識を切り替える様に軽く尾を振る。活力も問題無さそうだ。
「……しかし、いつの間にきのみを……。いえ、ひとまずヘルガーですね。メガシンカが解除されるなら一安心なのですが……」
戦闘不能になったヘルガーにゆっくりと近付く。小生の数歩先で、ラクシアが安全を確認してくれているのか、ふんふんとヘルガーの周囲を観察している。紫音と同じ対応をしてもらえる事に内心喜びつつ、彼の安全確認が終わるまで大人しく待つ事にした。
「ごろ!」
「よろしいですか? ありがとうございます」
ラクシアのゴーサインが出た。それを確認して、ヘルガーの傍らに膝を付く。
あいにく、小生の知識ではヘルガーの容態を知る事は出来ない。しかしそれでも、呼吸する感覚が長くなっていく、吐く息がか細いものになっていけば嫌でも予想は出来る。
「……申し訳無い。君がこれ程に身を焦がしていたとは……。もっと早く止められれば……」
「……ガル……、……グゥ……」
「外に治療班が待機していますです。オノノクスが君をお連れしますから、そこまで頑張ってください」
「…………」
身を小さくして姿をくらませるどころか、もう返事をする余裕も無いらしい。瞬きだけで応えたヘルガーをオノノクスに任せて、小生は上のフロアから覗き込む男を見上げた。
「終わりましたですよ」
「はぇ〜、おいちゃんヨユウだなぁ。こっち気にするなんて」
「余裕、とは?」
「ドゥンジリが持ってるポケモン、あの三匹だけなんて言ってないぜ」
「……!」
「オクスリは知らない。知らないけど司法取引みたいなので見逃して……」
「それを判断するのは小生ではありません」
「はぇ〜ん」
「お前も降りてきなさい。そこにいては危険です」
「受け止めてくれるなら……」
「エレキネットが残っているので、それが受け止めてくれますです」
「ええ〜、助けてシビルド〜ン」
返事は無い。それはそうだろう。助けを求めたシビルドンは、小生が没収したモンスターボールの中なのだから。
えーん、と情けない声と共に、ムーノが痺れを覚悟して飛び降りた。着地の際に、また情けない声を上げたムーノを拘束した小生は、司法取引を希望する彼に追加で質問を投げ掛けた。
「上のフロアは三人、ポケモンを拘束する部屋。そしてこの部屋にお前達三人、情報が集まっていましたね。他にメンバーは?」
「一階で客との商談と、その客希望のポケモンを並べるショーケース。ショーケースはよく磨いてたから間違いないぜ!」
「……なるほど。では、メンバーは?」
「何人だったかなぁ。でも、ギャラドスの大暴れで部屋壊れても誰も来てくれなかったし、たぶんもういないんじゃねぇかなあ」
「なるほど」
嘘をついている様には見えないが、念の為だ。
彼をジュンサーさんに引き渡したら、一つずつ扉を確認して回らなければ。その隙に逃げようとしても、出口にはネモ君が控えている。上を選べば可能性はあるだろうが、衆人環視の中逃げ切る事は出来ないだろう。
ひとまずは、終わったのだ。
しかし、まだ後処理が残っている。ムーノをジュンサーさんに引き渡し、傷付いたポケモン達を保護して、適切な治療を施して……。その辺りはカイン先生やボックスの管理者であるフユウ君の仕事になるだろうが、圧倒的に手が足りない。恐らくアカデミーでも面倒を見る事になるだろう。忙しい日々が続きそうだ。
「わぁっ!?」
「……ネモ君?」
そう思っていた小生は、聞こえてきた悲鳴に意識を向ける。悲鳴は出入口から聞こえてきた。そこにはカイン先生とネモ君がいるはず。
まさか、ドゥンジリが悪足掻きで何か行動を起こしたのか……。急いで彼女達の方へ駆け寄ると、そこではラグラージがマスカーニャのトリックフラワーに絡め取られていた。
「フグァ、グアアア……」
「最悪だ最悪だ最悪だ! マスカーニャ! むしタイプでも無いくせに網を張り巡らせるなんて!!」
「ニャオアン」
お褒めに預かり光栄です。そう言わんばかりに一礼したマスカーニャは、ネモ君の傍に駆け寄る。トレーナーに褒められるのが一番らしい。
マスカーニャが巧みに操る茎に、何も出来ずに縛り上げられたドゥンジリは、仕上げとばかりにカイン先生のデンチュラが作り出した電気糸で縛り上げられながらも、回る口でネモ君への罵倒が止まらない。
「マスカーニャ! ニャオハの時ならいざ知らず進化してしまえばトレーナーを独占したがる厄介な性根、お陰でコレクションにも向かない。出来る事と言えば手品の真似事! それだって大した事なんて出来やしない! 強いかと聞かれれば速さがあるだけで突出している能力も無く……!!」
「でも、あなたはそのマスカーニャに負けた。メガシンカっていう凄いアドバンテージを活かせずに」
「そりゃあ完成形じゃないからね!! 指示を聞かないんだ仕方ないだろう!!」
「せっかくメガシンカのポケモンとバトル出来るって思ったのに。……期待外れです」
「期待外れ……? それは僕こそが言うべきだ。そっちのポケモンは役立たずだよ。もう何の価値も無い。足止めも露払いも! 何一つ出来ない役立たずだ!!」
「もう喋ってはいけない。大人しくするんだ」
「誰に命令しているのかな? 普段なら死んでも使い途があるけれど、僕がこの状態だ。役立たずと言わずに何と言う!?」
「死ん……、え?」
カイン先生がもう喋らない様にと言った所で、ドゥンジリは聞くつもりは無いらしい。どうにかネモ君に近付こうと地面を踏みしめる様子は、とても正常には見えなかった。
ネモ君の顔に困惑の色が浮かぶ。通常そんな物騒な言葉は聞かないのだから、それも当然の反応だ。
しかし、その困惑を好機と見たのか、ドゥンジリは縛り上げられたまま早口でまくし立てる。
「うっかり殺してくれればまだ道はあったのになぁ! お前のせいだ、お前が殺したんだって言えたのになぁ!!」
「殺すなんて、そんな事……」
鬼気迫る様子に圧されて、ネモ君が後ずさる。
「殺す? そんな事するはずが無いだろう。わたし達は止めに来た。殺しに来たんじゃない」
「痛っ……! 離してよ。……離せよ!!」
「当たり前だ。強く掴んでいるのだから。……大切な生徒を怖がらせないでくれないか」
カイン先生が、ドゥンジリの肩を掴む。指先に力を込めているのか、爪の先が白くなっているのが小生にも見えた。
「肩が外れてしまいますですよ。貴女が叱られてしまいます」
「……失礼。ジュンサーさん、お願いします」
「はい! ご協力感謝します!!」
「離してよ。自分で歩けるんだけど。……ねぇ、聞けよ!!」
「ネモ君が捕縛してくれた彼で、この場はひとまず最後の様です」
吠えるドゥンジリの声を背に、小生は彼の言葉が心に傷を残したネモ君を見下ろす。
小生に声を掛けられて意識をこちらに向けた彼女は、大切そうにマスカーニャの手を握った。
「彼が何を言おうと、マスカーニャのトレーナーである君よりもマスカーニャを理解出来やしません。君にこの場を託して正解でした」
「……はい! バトルはもちろんですけど、逃さない為に何をしたら良いのか考えて……、殺すなんて、そんな事考えた事も無かったです」
「そうですね。しかし、世の中には殺すという選択肢が当たり前の様に存在する者もいる。出来る事なら、君にはそんな世界を知らないままでいて欲しかったのですが……。申し訳無い。小生の力不足です……」
小生が捕える事が出来ていたら。悪意の切っ先を向けられる等無かった。小生の力不足だ。
「……大丈夫です。この事を知った分、わたしと一緒にいてくれるポケモンを大切にします!」
真っ直ぐに笑ったネモ君は、マスカーニャに抱き締められて戸惑いと喜びが綯交ぜになった声を上げた。
精神的に少し強くなった彼女の成長に、小生も瞳の奥が熱くなる。今泣いている暇は無いのだが……。
「うぅっ……、若者の成長する瞬間を目の当たりに出来てっ……、小生は……!!」
「ハッサク先生、囚われていたポケモンの救出作業と、まだ隠れている者がいないか確認をお願いします。ネモも頼む。大捕物の後だ。最後の悪足掻きが待っているかもしれないから、充分に気を付けて……、ハッサク先生、泣いていないでネモを任せますよ」
「わ"か"り"ま"し"た"で"す"ッ……!!」
「はーい! 行きましょうね、ハッサク先生!!」
「うぼぉいおいおい……!!」
ネモ君とマスカーニャに背中を押されて、小生は再びアジトへと足を踏み入れる。
もはや慣れた動きで懐からハンカチを取り出したラクシアに顔を拭いてもらいながら、小生はなかなか涙が止まらなかった。