初恋騒乱編
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遂に一斉検挙の日がやって来た。昨夜は落ち着きの無かった紫音も、少々挙動は怪しいものの概ね普段通りの様子だ。
……そう、昨夜とは違う意味で挙動が怪しい。今日の授業は二限目からだとは言え、背広に腕を通す小生をずっと視線で追い掛けている。その手にはパンを持ったままだ。パンが傾いている事にも気付かないらしく、ジャムが落ちそうになる度にラクシアやニャッコが器用に口でキャッチする始末。
「……紫音、何か気になる事でもありますですか?」
あまりにも凝視されるのがいたたまれなくなって、小生はそっと紫音に声を掛ける。呼び掛ければすぐに意識を引き戻した彼女は、何かを誤魔化す様に首を大きく振った。
「アッいえ何でも無いです!」
「じっと見つめる何かがあるのでしょう? ……もしや、何処かほつれや汚れでも?」
「わぁ無いです! いつも通りピシッとハッサクさんですよ!!」
「……君が何を誤魔化しているのか気になって、集合に遅れてしまいそうです」
「えっ!?」
もちろん冗談だが。
しかしそう言うと、紫音は目に見えてうろたえた。数秒唸ったかと思うと、持っていたパンを皿に置いて立ち上がる。
「ちょっと待っててくださいすぐ来ます!!」
「…………?」
バタン、と彼女にあてがっている部屋に飛び込んで数秒。言葉通りすぐ戻ってきた彼女の手には、何やら揺れる石が握られていた。
「……戻りました!」
「……これは?」
「お守りの代わりにですね、持って行って欲しいんです」
「……しんぴのしずく……、ではありませんね」
小生の前に差し出されたのは、青と水色い石が二つ連なった飾り。渡されたそれを手のひらに載せると、どちらもひんやりとした冷たさがある。
「竜の石とかあったらそれ使ったんですけどそんな物は無いので。水の石と氷の石をちょっと削って形を整えて、ミサンガで紐を通しました! 渡すタイミングどうしようって考えてて……、ハイ……」
「……これは、君が?」
「私の代わりに、って話をした後に、何かお守りみたいなの渡したいなと思って……。砕いて小さくした物をヤスリでちまちまと……。不格好ですけど、ハッサクさんを守ってくれますようにって。ミサンガは願いが叶う頃にちぎれるって言いますから、その間くらいは持っててくれると……」
「…………」
紫音手作りのお守り。編み込みは所々よれてしまっていたり、色味がガタガタになっているが、その分味わいがある。指で撫でながらしみじみと眺めていた小生に何を勘違いしたのか、紫音のタネマシンガンの様なトークが始まった。
「いやっ、本当は途中で気付いてたんですよ? 私の代わりにーって言ってもそれはハッサクさんのお仕事に便乗させてもらってるだけだって! 別に私の代わりとかじゃなくてハッサクさんは普通に行かなきゃって事! でもせっかく作り始めちゃったし止めるのもったいないなって思って……。しかもちぎれるまで持ってて欲しいとか迷惑ですよねミサンガも不格好ですしすいません頑張ったんですけどやっぱりしんぴのしずくをお守りに……」
「ううっ……!」
「泣く程困らせた!?」
何という事だろうか。それ程までに小生を想ってくれているとは。感激のあまり泣きそうだが、今は泣いている時間が惜しい。深呼吸をしてどうにか涙を飲み込んだ。
「すぅ……。……一生大切にしますですッ……!」
「えっ。……えっ一生って言いました!? いやこれハッサクさんの危険を代わりに引き受けてくれればいいなぁ程度の物なので! 一生モノにするならもっと良いの用意するので!!」
「いえ、これが良いです」
「えっ……、でも……」
「これが、良いです」
紫音の想いがこもったチャームを身代わりにするなどとんでもない!
失敗作だからと取り返される前に、急いで背広の内ポケットにしまい込む。紫音自身はそんなつもりで渡したのではないと困惑した顔だが、貰った以上どうするかは小生が決めて構わないだろう。
「もうっ! ……とりあえず、怪我しない様に気を付けてください!!」
「……はい、何事も無く帰りますです」
ラクシアのボールを受け取って、代わりにラクシアと同じ水タイプの技を覚えているドラミドロを渡す。
「ラクシアの代わりに、しっかり紫音を守ってくださいですよ」
「今日はよろしくね、ドラミドロ!」
ボール越しに声を掛けると、それに応える様にドラミドロがボールを揺らした。返事を確認した小生は、身支度の仕上げにグローブを手に嵌める。四天王として活動をする時は、このグローブを嵌める事になっているからだ。
物珍しい顔をしている紫音を見下ろすと、彼女は興味が赴くまま小生の手を取る。
「黒手袋……」
「はい、四天王としての仕事の際にはこのグローブを装着するのですよ」
「……そうだハッサクさん四天王だった!」
「紫音はジムに挑戦していないので忘れていたかもしれませんが。小生、普段は教職であり、四天王最後の砦でもあるのです。諸々落ち着いたら、四天王のハッサクに会いに来てくれるととても嬉しいですよ」
そう微笑んで、小生の手を握っていた小さなそれを握り返す。てっきり、バトルは苦手だからと首を振るだろうと思っていたのだが。予想に反して、紫音は何故か照れた様に頬を赤く染めた。
「四天王のハッサクさん……。惚れてしまうのでは?」
「……惚れ直す、ではなく?」
「そう、それです! いやぁだってバトルにも集中しなきゃいけないのに学校最強大会で観戦してる時のお顔を私に向けられるってちょっと刺激が強いって言うか……。ハッサクさん見てたら負けましたってなったらちょっと……。……あー! ハッサクさん何か嬉しそうな顔してる!!」
照れ隠しなのか、早口でまくし立てる紫音の言葉に理解が追い付くにつれ、知らぬ間に小生の口角が釣り上がる。
最後の砦と言ったにも関わらず、紫音はやろうと思えば小生に会いに来れる自信があるのだ。
楽しみと言わずして何と言おう。
「楽しみが出来ましたから。……必ず四天王の小生に会いに来てくださいね」
握ったままの指先に唇を落とすと、紫音は軽く数センチは飛び上がった。手を引き抜いて逃走を謀るが、全く抜け出せる様子が無い。
顔を背けたまま諦めたのか、はたまたオーバーヒートを起こしたのか。紫音が大人しくなったのを良い事に、その手を指の腹で撫でる。頷くまでこのままですよ、と告げるなり、羞恥なのかくすぐったいのか無言で震えていた紫音は渋々小生との約束に頷いた。
「うう……、分かりましたよっ!! ……分かったから、時間!! さっき遅れちゃいそうって言ったじゃないですか!!」
「ああ……。遅れると言えば君が白状すると思いまして」
「みゃ〜! 騙したな〜!!」
相変わらず抜け出せない腕を元気良く振って抗議された。これ以上からかうと、本格的に拗ねてしまう。拗ねた紫音が放つ近付くなと言わんばかりの威嚇も可愛らしいが、仕事の後に待っているのがそれと言うのはいただけない。
「はい、騙し討ちです。申し訳ありませんです」
「……本当にギリギリになって渡し損ねる、ってならなくて良かったですけどぉ……! ……私も言われないと多分渡せなかったから良いんですけどぉ!!」
素直に謝ると、紫音はテレビで見たナッシーの様に表情をくるくると変化させながら唸る。言葉を探している様子の紫音を先回りすると、驚いた顔をして首を傾げた。
「騙し討ちは嫌だった、と?」
「たぶん……? 今ちょっと言いたい事まとめられないので、ハッサクさんが帰ってからお話しましょう! その為にも、怪我無く! 皆で無事に帰って来てくださいね!!」
「はい、必ず。参加する皆が怪我一つ無く帰宅出来る様に尽力しますです」
守らなければならない約束が増えた。誓いのつもりで指先に再び唇を落とすと、紫音はカロンの下敷きになったラクシアの様な悲鳴を上げた。
……相棒がトレーナーに似たのか、それとも元から似た者同士だったのか……。小生とセグレイブも、実は似ている部分があるのだろうかと考えながら家を後にした。
*
*
「どうして中に入ったらダメなんですか!?」
「ネモ、待機と言っている訳じゃない。出口を押さえる役割も必要だと言っているんだ」
「出口の封鎖は、カイン先生のデンチュラ達むしポケモンがいるじゃないですか!」
「おはようございますです」
「ハッサク先生!」
集合場所には、既に同じ拠点に向かうカイン先生もネモ君がいた。熱くなっている二人を宥めようと尽力しているジュンサーさんは、小生が挨拶すると安堵の表情になった。
口論になっている二人にも挨拶をすると、彼女達は小生がたじろぐ程の勢いで振り返る。
「ハッサク先生! わたし、中で戦えます! 生徒ですけど、わたしチャンピオンなんです。カイン先生はちょっと過保護だと思います!」
「チャンピオンとは言っても生徒なんだ。中でどんな事が行われているか分からない。そんな光景を見て欲しくないから、出口を押さえる役目を頼んでいるんだ。……ハッサク先生、優先されるべきは生徒の安全ですよね!?」
「ぬ、おぉ……」
これにはジュンサーさんも気圧される。どうやらネモ君は、カイン先生の采配が気に入らないらしい。同時に、カイン先生の懸念も理解出来る。
ネモ君はポケモンバトルが強いとは言え、本人は非力だ。あまり荒事の中心に身を置いて、彼女自身の安全を担保出来ない。
しかしそれ以上に、小生としてもネモ君に出口を任せたい理由があった。
「……ネモ君」
「はいっ!」
「バトルが強いからこそ、君には出口を押さえて欲しいのですよ」
「……カイン先生と同意見なんですか?」
明らかに落胆したネモ君に、小生は首を振った。
「いいえ。結果は同じですが、理由が少し違います。ネモ君ならば、気が立っているトレーナーとポケモンを手早く的確に撃破出来ると、小生は考えています。君にはその知識とセンスがある」
「…………」
「今日は、一人も取り逃がしてはいけないのです。逃げようと殺到する相手が複数になる可能性もある。ジュンサーさんがいるとは言え、逮捕などの別のお仕事もあります。君しかいないのですよ。……全員逃さず撃破出来ますか?」
落胆していたネモ君は、小生の話を聞いている内に徐々に目を輝かせ始めた。
「……出来ますっ! 全員出口に追い込んでください! わたしが全部倒します!!」
「心強いですよ。では、お願いしますです」
手を一つ叩いて頷いたネモ君は、すぐさまボックスアプリを開いて手持ちポケモンの調整を始めた。この調子ならば、きっちり仕事をこなしてくれるだろう。
「助かりました……。正直、彼らが証拠隠滅の為にポケモンに手を掛ける可能性もあるので、ネモは中に入れたくなかったんです。言い方って大切なんだなぁと思い知らされました……」
「ああ……。貴女より歳を重ねていますからね。こういった事は得意なのです。しかし……、本来出口の押さえは小生がやった方が良いのでしょうが。なにぶん小生、この事件には腹が立っておりまして……。中で暴れたい気持ちなのです」
そっと耳打ちしてきたカイン先生に悪戯心を含んだ言葉を返すと、彼女は途端に呆れた顔になった。
「……一応、あんな事を言った手前、ネモの仕事も残しておいてあげてくださいね」
「……それは……、小生のポケモン次第かと……」
「保護するべきポケモンを、攻撃しないように! 手綱はしっかり握っていてください」
しっかりと釘を刺されてしまった。ここで怒られては堪らない。大人しく頷いた小生をしばらく胡乱げな顔で見ていたカイン先生は、スマホの着信音でようやくこの場から離れた。
突入の時間はもう間もなく。上から追い込む役割を仰せつかった小生は、ラクシアを肩に乗せてカイリューと共に空へと飛び立った。