初恋騒乱編
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「うーん、困ったなぁ……」
僕の前で難しい顔をしている紫音の様子に、僕も思わず同じ顔をする。
「閉まらないぞぉ……」
『ねぇ、カバンに入る量って決まってる事知ってる?』
「ラクシアももっと入れて行きたいよね……。どうしよっか……」
『遠足じゃないんだよ?』
「あっ! あー! 全部出した!!」
紫音には通じない言葉を漏らしながら、僕達の間にあるカバンをひっくり返して押し込められた道具を撒き散らした。
明日、僕はハッサクと一緒に悪い事をした奴らをやっつけに行く。紫音はその準備をしているんだけど、僕に持たせる道具でずっと悩んでいた。
紫音がカバンが閉められないくらいぎゅうぎゅうに押し込めた道具は、回復する為の道具ばかり。
僕達が技を使う為の気力を回復するヒメリの実。
一つ食べれば、たちまち元気が出てくるオボンの実。
そして、戦う元気が無くなってもまた頑張れる様になれるお薬。
僕が背負えるくらいの大きさのカバンに、それを十個ずつ押し込めようとしているんだからさすがに無理がある。僕でも分かる。考える前に分かる。
「突入したらポケモンセンターで回復出来ないからなぁ……、やっぱりオボンより回復の薬にするべきかな……。でも薬類は幅取るんだよなぁ……」
『それだけでイッパイになったから、お薬は止めたんでしょ』
首を振ると、紫音はまた困った様に唸った。
「帰りましたですよ。……おや、何を困っているのですか?」
「あ! お帰りなさい、ハッサクさん」
「随分可愛らしいリュックですね」
『いいだろー。僕の大きさに合わせて作ってもらったんだぞ』
帰って来たハッサクが紫音の部屋に顔を出した。机の上に散らかった道具とそれを入れる為のカバンを見て、ハッサクはにっこりと笑う。
カバンを持って、ハッサクの目の前に行ってふすっ、と自慢してやった。どうだ、いーだろ! 紫音がわざわざ色を選んで買ってくれた僕専用のカバンだ。僕のお腹の色とほっぺたの色のカバン。似合わない訳が無い。
『フィット感も抜群なんだぞ!』
「ふふふ、新しいカバンの自慢ですか? ラクシアに良くお似合いですよ」
「そのラクシアのカバンに回復アイテム入れようと思ってるんですけど……、何をどれくらい持たせようか悩んでいます……」
足元にいた僕を持ち上げて、ハッサクはカバンを確認した。紫音の言葉にすぐに納得して、ハッサクは僕とカバンを机の上に戻す。
「……なるほど。ラクシアに背負ってもらえば、すぐに取り出して使える、という訳ですね?」
「そうです! ハッサクさんに任せっきりになっちゃうし、私にはこういう事しか出来ないので……」
カロンに酷い事をした奴ら。でも、紫音がやっつけに行く事は出来ない。"チャンピオンランクじゃないから、その資格が無い"んだって。カロンのトレーナーは紫音なのに。
だから、ハッサクにアイボーの僕を預けて、紫音の代わりに僕がやっつけに行く。紫音は任せたぞって言ってたけど、やっぱり紫音だって行きたいんじゃないかな。
ハッサクが帰ってくるまで、道具をずーっと出したり入れたり。行けない自分の代わりにってニャッコも詰め込もうとした時はさすがに止めたけど、今の紫音は冷静とは言えないと思う。
「いいえ、助かりますですよ。……ふむ、そうですね……。きのみでしたら、仮に小生の手が届かない場所まで先行した際にも、ポケモン達の判断で回復が可能になるのでありがたいです」
「きのみ! じゃあヒメリとオボン詰め込んでおきます!」
『紫音、そんなに詰めると潰れて食べられないよ……』
ハッサクが帰ってきたらマシになるかなと思ったけど、そんな事は無かった。カバンの中でミックスジュースになりそうな量のきのみを押し込める紫音の様子に、さすがのハッサクもやんわりとその手を止める。
「……紫音」
「あっ! まだ足りませんか!? 何があるか分かんないですからね、備えあれば嬉しいなって事でラムの実も……」
「紫音」
『嬉しくないよ……』
僕とハッサクが揃って首を振った。紫音、ホントにどうしちゃったんだろう。
「ラクシアも困っていますですよ。君は、何故ラクシアにそこまで道具を持たせたいのですか? このパルデアに来てからずっと一緒にいるラクシアと離れるのが不安ですか?」
「ラクシアがいなくて不安……、が無いって言えば嘘になりますけど、ここ数日ハッサクさんにラクシア預けてますし……」
「……では、小生に預けるのが不安ですか?」
「まさか! だってハッサクさん、ポケモンに無理をさせる人じゃないでしょ? じゃなきゃ託しません」
「それはもちろんです。……ふむ」
何が不安なんだろう。僕はエスパータイプじゃないから、紫音に危険が迫っている事に気付けても、紫音の気持ちは分からない。とりあえず、紫音の肩に乗って声を掛けた。
『……僕が負けるって思ってる?』
「……ラクシア……。ハッサクさんとラクシアが負けるとは思わないけど……」
「自らで決着をつけられない。危険な場所に相棒だけを向かわせる不安。カロンを傷付けられた怒り。様々な感情がない混ぜになって、君自身も良く分からないのではないですか?」
「……そう、なのかな……?」
「小生は君ではないので、小生が同じ境遇に立ったらという推察でしかありませんが」
首を傾げて僕を見た紫音は、今度はハッサクを見上げてまた首を傾げる。
「分かんないです……。とりあえず、無事に帰って来て欲しいとしか考えてなくて……」
「死地に向かう訳ではありませんですよ。備えは確かに重要ですが、そんなに心配されると、むしろ信用されていないのだろうかとも思ってしまいますです」
「信じてないなんてそんな!」
「ふふ、分かっていますよ。小生もしかとやり遂げます」
そうでしょう、と視線を向けられた僕も、紫音を安させようと大きく頷いた。
ちょっとくらい危ない事があっても大丈夫。紫音と一緒なら……、明日紫音はいないけど、今まで一緒に冒険してきたんだから、明日だって大丈夫。ハッサクとタイミングを合わせるコツも何となく掴んできたし!
「ここぞという時に使う物を、ラクシア自身に選んでもらうのはどうでしょう。自分達が使うのですから、彼なら的確に道具を選んでくれるのでは?」
「な、なるほど。私じゃ決められないなら決めてもらう手があった……! ラクシア、おやつは五百円までだからね!」
『任せて! きのみはおやつに入らないから、おやつは別に用意してね!』
「その間に……。ラクシア、紫音をしばらくお借りしても?」
『え?』
改めて机の上にきのみを並べていく紫音。そしてそれを眺める僕。何がいいかな、って考えていた僕に、ハッサクが声を掛けてきた。紫音を借りるって何だろう。
「気分転換に、夜空の散歩でもと思いまして。小生が煮詰まった時はそうしているので、紫音もどうだろうかと」
『うむぅ……』
帰ってきてから窓も扉も締め切ってずっと部屋にいたし、確かにちょっと外に出るのは悪くないって思う。……でも、僕抜き! それってデートでしょ!?
「夜空の散歩……」
紫音の為には、ハッサクの提案を拒否する理由は無い。……無いんだけど、僕抜きで行っちゃうなんてちょっとヤダ。
「夜風を浴びながら飛ぶと、悩んでいる事も風に流れて少しは軽くなるかも知れませんですよ」
『……部屋にいるよりその方が良いとは思うけど! ……ううー、仕方なく! 今日だけだからね!!』
そう、今日だけ。僕じゃ紫音を元気に出来ない時は、ハッサクに任せるのが一番だ。すっごく不満だけど、ハッサクに出来るのに僕には出来ない事がある。
ハッサクには伝わらない文句をぐちぐち言いながら、紫音が寒くない様に帽子とマフラーを引っ張り出した。
「ラクシアの許可が出たらしいですね」
「わぁ、マフラーまで! ありがとうラクシア! ちょっと待ってください上着も……」
「上着は無いままでも構いませんですよ。小生のコートに君を仕舞ってしまえば寒くないでしょうし」
「しまう」
「はい」
この様に、と言うなり紫音に歩み寄ったハッサクは、着たままだった上着の中に紫音を閉じ込めて、その頭のてっぺんに顔を埋めた。……顔以外すっぽり見えなくなった紫音がどんどんアチャモみたいな色になっていく。寒いどころか暑そう。
「では行きましょうか」
「ひゃえ……」
カイリューと飛び立つ為にハッサクから連行される紫音を見送って、僕は改めてきのみを前に考え込んだ。
『ラクシアもお悩みー?』
『うん、お悩みー』
僕達がお喋りしている間、カロンの尻尾でぽいんぽいん空中で弄ばれていたニャッコが僕の方に飛んできた。飽きたのか分からないけど、今度は僕の頭に乗る。うーん、と一緒に考えていたニャッコは、考えるのにも飽きたのかまた飛び上がった。
『じゃあ自分これー』
『これーって……』
『甘くておいしいの食べて頑張ってねー』
『モモンの実……』
紫音のリュックに頭から飛び込んでゴソゴソ。予定に無かったモモンの実がカバンの中に転がり込んだ。……ニャッコ、遠足だって間違えてない?
『じゃあわたしはこれ! お腹空いたら食べてね! 空いてなくても頑張れない時は食べて!』
『モノズ、それ何のきのみか分かってる?』
『……ちょっと待ってて! はむっ。……オボン!!』
『モノズはオボンー。じゃあ入れてあげるー』
『ニャッコ、食べかけ入れちゃ駄目。新しいの入れてあげて』
『そう? 分かったー』
カロンに止められて、一瞬キョトンとしたニャッコはすぐに新しいオボンの実をカバンに入れる。ちなみに、食べかけのオボンはそのままモノズが美味しく食べる事に。
モモン、オボン、それに続いてカロンもきのみを一つカバンに入れた。
『じゃあ私からはイアの実を。……あと、ヒメリも添えとく』
『イアの実だ! ……ってヒメリも!?』
『好きな味があると頑張れるでしょ? 最後に……、これも入れておいて欲しいんだけど……』
『フィラの実!? 僕、辛いの嫌いなんだけど……』
『違っ……、違うの! これはラクシアのじゃなくて……!』
ぽとん、と落とされた赤いきのみ。フィラの実だ。辛いきのみ。僕が食べると、体力を回復する代わりに目がぐるぐるしちゃうアクマのきのみ!!
間違えたのかと思ってカロンを見ると、カロンは何故か大慌てで尻尾を振り回す。
『そう! セグレイブも好きな味があればやる気も変わるでしょ? 一緒に行くラクシアに迷惑掛けないようにやる気を出しなさいって意味で渡すのであって深い意味は無いの!』
『ハッサクと一緒に行くの他にもいるけど、渡すのはセグレイブ限定なの?』
『あっ……』
『……セグレイブ、辛いの好きなの?』
『……えっ』
『自分知らなかったー。ねーねー、セグレイブー』
『……お? どうした?』
『ああああ開けないで!』
マイペースなニャッコがセグレイブを呼びながら扉の方へ近付くのを見て、カロンが慌てて逃走する。細長い躰をベッドの隙間にドスンと埋め込んで、どうやら隠れているつもりらしいカロンの声が聞こえたのか、セグレイブは扉を閉めたままニャッコとお喋りを始めた。
『……カロン怖がってない? 平気か?』
『セグレイブって辛いの好きなのー?』
『いやカロンが大丈夫かって……、……あー、まぁ甘いのよりは好きだな。それがどうした?』
『んーんー、何でも無いよー。もう分かったからー。じゃーねー』
『そ、そうか?』
何が分かったんだ……? 不思議そうな声がのしのし足音と一緒に遠くなっていく。ベッドの向こうからひょっこり顔を出したカロンは、ちょっと不安そうだ。
『セグレイブならいないよ』
『そ、そう……』
『ちゃんと渡しとくから安心してね』
『……べ、別にラクシアに迷惑掛からないなら渡さなくても良いんだけど……! セグレイブに限定しなくたって良いんだけど! 知らないけどどうせ辛いの好きなポケモン多いだろうし!!』
『急に雑になったぁ』
『迷惑掛からなくても、ちゃんとセグレイブに渡してー。カロンが用意したって言っといてー』
カロンはそっぽを向きながら。僕の隣にいるニャッコはのんびりした様子で正反対の事を言う。
『使わずに帰ってこれるのが一番だとは思うんだけど……? ……いたっ』
『あたっ』
どういう事なんだろう。よく分からなくて首を傾げると、モノズもおんなじだったみたいで一緒に頭をぶつける事になった。