ハッサクさん夢短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
バレンタイン。それは、チョコレートを好きな人に渡したり、仲のいい友達とチョコレートを交換したり、とても甘くて楽しい一日である……。というのは私の認識。
ここはポケモン、パルデア地方。しかも、どうやら日本国内ではなくヨーロッパ辺りの国をモチーフにしている様に見える。日本と同じ感覚でバレンタインの用意をしたら、皆を困らせてしまうかもしれない。
「と、いう訳なんですよ」
「何でいきなり俺に?」
ポケモン世界と日本の違いに困った時はあるじま君である。
私より先にこの世界に流れてきた先輩。ナゾは多いが、何だかんだ頼りにさせてもらっている。
「そもそもバレンタインが無い可能性を考えました」
「……なるほど。悪くない判断だな」
「お褒めいただきありがとー。それでバレンタイン、あるの? 無いの?」
「結論から言うとある」
「ヨッシーアイランド! あとはチリちゃん達に聞く!!」
「あっ、待て! 色んな意味で待て! こっちのバレンタインは……」
「では! 今度お礼にジュース奢るからね!!」
バレンタインがあると分かった以上、あるじま君の役目はここまでだ。あとは女の子達で作戦を練らなければなりません!
あるじま君が何か言い掛けてたけど、まぁ多分私が言った"ヨッシーアイランド"に対するツッコミだろう。ツッコミを待っている時間が惜しいんです、ごめんね。
心の中であるじま君に謝罪をした私は、いつも仲良くしてもらってる中で、お付き合いをしている人がいる面々にグループメッセージを入れる。
今はメールじゃなくてこういう事が出来るのは便利だなぁ、と思っていたら、早速チリちゃんから返信が来た。
『……人の話は最後まで聞かんかいアホ』
「え!?」
いきなりアホって言われた。解せぬ。
『あるじまはんにバレンタインあるか確認したんやろ? 最後何か言いかけへんかった?』
「確かに言いかけた、けど……。えーっと、ロトム、文字起こしお願いしていい?」
「ロトー!」
まだいまいちフリック入力を使いこなせていないので、ロトムに頼んで私の言葉を文章にしてメッセージにしてもらう。
ボケに対するツッコミだと思った、と送ると、すぐさま返信が。は、早い!
『ええか? ホウエンやシンオウのバレンタインとパルデアのバレンタインはちゃうねん。こっちでは、男性が女性に贈り物をする日になってん』
「ナンダッテェ……! お返しする日は?」
『お返しする日なんて特別に決まってへん。プレゼントを交換する日って認識でええと思うよ』
「バレンタインは好きな人とか友達にチョコレートを配り歩く日だと思ってた……」
『それもはや
ハロウィーンや』
『それだとハロウィーンになっちゃうかな……』
ゆうあ先生参戦!
更に加速していくやり取りを追い掛けるので精一杯の私は、そう言えば女性からチョコレートを贈るのは日本特有の文化だったと事を思い出した。日本モチーフじゃないのなら、そりゃあバレンタインの文化も変わってくる。うっかりしていた。
「じゃあ、考えなきゃいけないのはお返しって事……?
『せやな。大将なら自分をイイトコレストラン連れてったりするかも知れへんけど……』
『ハッサクさんなら、写真立てとか喜ぶんやない? いっそ作ったらどうかな?』
フユウちゃんも参戦! 写真立てかぁ……。悪くないんじゃないかな、と目を輝かせた私は、ゆうあ先生の気付きにハッと我に帰った。
『でも、家で紫音ちゃんが作業してると贈り物すぐバレない? 美術室でやるにしても……、ハッサク先生が顧問だし……』
「そうだったー!!」
自室でちまちま作るにしても、美術室の一画を使わせてもらうにしてもハッサクさんがいる。こっそり作って当日驚かせるぞ、という訳にはいかない。
仮に、既存のフレームに装飾を追加するだけという簡単な物を作るんだったら隠れてすぐに作り上げる事は出来るだろうけど……。お世話になってるのにそんな簡単な物でいいのか、という気持ちがある。そうなると、驚かせて作り上げるというハードルが跳ね上がる。
「分かってても喜んでくれそうだけど……、せっかくなら驚かせたい……。いいアイデアだったのにごめん……」
『いいよ、気にせんといて』
『そうなると難しなぁ……。まぁ、相談には乗ったるから、よぉ考えや』
「ありがとう……」
参考までに、皆のお返しを聞いてみると……。皆あっさり喜びそうなお返しの答えが挙がった。くぅー! 私もハッサクさん喜ばせたい!! こうして、私の悩ましいバレンタイン準備期間が始まったのである──。第一章、完。
「悩んでも仕方ないし、もうサワロ先生に家庭科室借りて一人チョコレートバレンタインしちゃおう」
やっぱり馴染みのあるバレンタインをしたい。材料はあらかじめ買っておいて、当日は授業が終わったら料理部の邪魔にならない様にちょっと場所をお借りする! もちろん当日失敗しない様に、しっかり練習もする。サワロ先生には理由を話してちゃんと許可を貰った。これで完璧だ。
「頑張るぞぉ!!」
とは言え、あんまり甘すぎるのも良くない。理想は仕事の片手間に糖分補給出来るような、一口で食べられるサイズのお菓子だ。
ノートを前にうんうん唸っていると、机の向かい側に突然どかっとペパー君が座る。かと思うと、無言で私のノートをひったくるではないか。
「ちょ、ペパー君やい!!」
「……なるほど、チョコレート菓子を渡したい。でも紫音って意外とワガママちゃんだな。甘すぎてもダメ、一口じゃないとダメ……」
ノートを見るなりダメ出しである。首を突っ込んできたペパー君に前にこれ幸いと相談する事に決めた私は、追加で条件を出してみた。
「もっと言うと、食べる時指にくっつかないのも付け加えたい」
「取ってすぐ口に入れればくっつく事は無いとは思うけど……、仕事の横に置いといても指にくっつかねぇ様にしたら、キョジオーンみたいなチョコレートになるぜ」
キョジオーンチョコレート。塩入りのチョコレートという意味では無さそう。ガッチガチになるって事だろう。うーん、歯が犠牲になるチョコレートは笑えない。
そうなると、チョコレートの枠に囚われない考え方をした方が良さそうだ。
「チョコレートがダメなら……、チョコレートクッキーにするとか?」
「悪くないんじゃないか? ……クッキー……。オレも花束に添えるか……」
「花束。……えぇ〜? 誰にぃ〜?」
そうか、ペパー君も渡す人がいるんだ。カイン先生に花束か……。花束渡されたカイン先生、想像してみたら何故かバラを背負って微笑んでいた。おかしい、イケメンだ。
その想像に首を振った私は、にんまり誰に渡すのか聞いてみる。すると、彼は途端にムッとした顔をしてそっぽを向いた。
「……想像の通りだよ! いいアイデア浮かんでたけど教えねー」
「わぁごめんなさいペパー先輩教えて先輩後輩を助けて先輩!!」
「調子良いよなぁホント!! ま、首突っ込んじまったし……。チョコレートクッキーにはナッツ入れる事あるだろ? ナッツの代わりに、コーヒー豆入れるのはどうだ?」
「ナッツの代わりにコーヒー豆……! 上手に香りを出せれば凄く美味しそう!!」
早速ノートに書き出す。チョコレートクッキー。ナッツの代わりにコーヒー豆。コーヒー豆か……。クッキーに使うクルミは、先に火を入れてから使っていた様な……。コーヒー豆も同じ様に先に焼いてから使った方が良いのかな。それも試してみる必要がある。
「サワロ先生! 質問です!!」
「む? 何だね?」
「フライパンでコーヒー豆焙煎出来ますか!?」
「コツは必要だが出来るとも。……ふむ、なるほど。このクッキーならば、既に焙煎してあるコーヒー豆を使った方が確実ではないかね?」
「生のコーヒー豆は……?」
「食べられない事も無いが……、ナッツ代わりにクッキーに混ぜこむ事を考えると、味のバランスが取れなくなるだろうな」
「なるほど……」
サワロ先生に質問してみると、ペパー君から私のノートを受け取って考える事数秒。焙煎したコーヒー豆を使う事があっさりと決まった。後は砕くか乗せるか。二種類作ってみて食べ比べてからどちらを渡すか決めよう。
レシピはワガハイ秘蔵の物をお貸ししよう、と笑うサワロ先生と熱い握手を交わして、私の一人でチョコレートバレンタイン作戦は幕を開けたのだった──。第二章、完。
*
*
そしてバレンタイン当日がやって来た。
補習にならない様に授業もピシッと終わらせて、友達とのお喋りもそこそこに切り上げた私は、調理室へと駆け込んだ。
数日練習したお陰で、何とかラクシアに変な顔をされるクッキーから脱却する事が出来たのが昨日。本番の今日は余計に失敗出来ない。
慎重に材料を計って、バターを柔らかくする為にレンジで少し温めて、コーヒー豆をゴリゴリと砕く。実際食べてみたら、思ったより硬かったコーヒー豆。見た目よりも食感のアクセントにした方が良いと判断しました。……あと正直に言うと、形が分からなくなれば買ったコーヒー豆全部使えるという理由もある。
コーヒー豆を倒した私は、いよいよバターと格闘を始めた。ボウルを抱えながら隣の作業台で粉類を丁寧に混ぜ始めたペパー君にそっと声を掛ける。
「ハッサクさ……、先生はこっちに来てないよね……?」
「フロアが違うからバレたりはしてないと思うけどよ……。そんなにソワソワちゃんだと、材料入れたボウル落とすぜ」
「う、うん……。今日は七時までに帰って来てって言われてて……。ハッサクさん忙しいのに……」
「学校で話題に出す時は、名前出さねぇ方が良いんじゃねぇか?」
「そ、そうだった……。ごめん……」
「いやオレは構わねぇけど……、一応アカデミーの中と外は区別した方が良いだろ」
ハッサクさんにバレてないか気になって仕方がない。ボウルを混ぜながら、廊下の窓に人影が映る度机の下に隠れたりしているせいで全く作業が進まない。
今は部活動の時間。ハッサクさんも顧問として美術室にいるはず。分かってはいるんだけど……!
「大事な人に失敗作渡すつもりか?」
「うぐぅ……! やだ……、ちゃんとしたの渡したい……」
「じゃあ集中しろ。お菓子作りは特に丁寧に作らねーと、あっという間に失敗作だぜ」
「はい……」
正論である。お菓子は科学って言いますからね。
頭を振って、頬を叩いて気合を入れ直した私は、改めてボウルに向き直る。
「美味しいクッキー作るぞー!」
「オーブンを利用する生徒は早い者勝ちである。時間制限もあるから、使いたい者は名乗り出るように!」
「あっヤバい。そっちも予約しとかなきゃ!! はいはーい! オーブン使います!!」
オーブンの数は限られている。丁寧に、かつ手早く作業を進めないとハッサクさんとの約束の時間に間に合わなくなる。片付けをしてラッピングする時間も含めると……、時計を見るともう五時過ぎてる! ヤバい、急がなきゃ……!!
「ろ、ロトム! タクシー予約しといて! 待機場所はアカデミー前で!!」
「ロトー!」
元気に応えたロトムにお礼を言いながら、確保したオーブンの予熱準備に入った私は、味だけじゃなくて効率的な作業も組み立てるべきだったと後悔した。後悔先に立たず!
「上手に焼けましたー!」
四苦八苦しながら、見た目は何とか綺麗なクッキーが焼き上がった時には、もうタクシーが到着する五分前。
焼いている間に使ったボウルは洗って片付けたけど、最後に残った作業台とオーブンの片付けをしていると、もう丁寧にラッピングしている時間なんて無い。タクシーの中で作業させてもらおう!
「ごろ!」
「ぽにゃ〜」
「うわ〜ん! ありがとうラクシア! 助かるよニャッコ!!」
私があわあわと片付けをしている間に、手足がある手持ちのポケモンが私の荷物と作ったクッキーをまとめてくれた。後は帰るだけ、優秀過ぎる。
「よし! 先生、片付け終わりました!」
「うむ。……うむ、元通り、しっかり綺麗になっているな。よろしい」
「先生サヨナラ! 皆さんサヨナラ!!」
「はいさようなら。焼き立てで脆いクッキーの為にも、廊下は早歩き程度に抑えなさい」
「はーい!」
ハート型に整えたから、余計に割れたらシャレにならない。サワロ先生の助言に従って、走り出さないギリギリの速度で廊下を急ぐ。
待っててもらったタクシーに滑り込んで、薄暗いゴンドラの中、短い移動時間で何とかクッキーをただのビニール袋からラッピング袋に移した。本当は一つずつ包みたかったんだけど……、時間が無いので何枚かまとめて入れる事に。
「はい、お疲れさんでした」
「わわ、もう着いた! ありがとうございます!!」
リーグペイでお支払して、荷物を持って走る。約束の七時まであと一分!
「よっしゃ間に合っ……、あびゃっと!?」
玄関に飛び込んで、ちょうど七時。慌て過ぎてもう少しで転ぶ所だった。ギリギリで踏み止まる事が出来たので良しとしよう!!
「アカデミーに姿が見えなかったので、てっきり先に帰っている物と思っていましたですよ。校外活動ですか?」
「ハッサクさん! ただいまです!」
「はい、お帰りなさい」
ドタバタ帰宅すると、リビングからハッサクさんが顔を覗かせた。ハッサクさんの足元からは、セビエとフカマル先輩も覗いている。皆で何か作っていたのか、今日はセビエ達も駆け寄って来ない。
「手を洗って来てください。ご飯にしましょう」
「あっ、はい……」
さりげなく荷物を回収されて、そのまま洗面台へと促された。自然過ぎて、私もうっかり荷物を渡してしまった。気付いたのは、洗った手を拭いている時。
「……あっ!」
しまったー! 荷物の一番上にポンと置いたから、もしかしたらポロっと落ちるかも知れない。落ちるまではいかなくても、下手をすると渡す前にハッサクさんに見付かってしまう! 紳士なハッサクさんの事だ。人の鞄を開けるなんて事はしないけど事故が起きる可能性が……!!
「ちょあ、お待たせしましたー!!」
「こらセビエ、人の鞄を勝手に開けては…………。……紫音、こちらは?」
「にょわ〜!!」
事故発生、大事故発生! 甘い匂いに釣られたセビエが鞄を開けてしまった!!
セビエをピシッと叱りながら没収したそれを怪訝な顔で眺めた後、ハッサクさんが真顔で振り返る。持っているのは、もちろん私が四苦八苦して作ったクッキーだ。
「……どなたからですか?」
「違うんです聞いてください!」
「質問に答えなさい」
「手作りです!!」
「ほお、手作り」
何か凄く怒ってませんか……? 手作りお菓子はお嫌いでしたかね……。そう言えば手作りお菓子に抵抗は無いかリサーチするの忘れてたぞ……。これはいよいよやらかしてしまったかもしれない……!!
「……どなたの手作りなのですか?」
「わ、私です……。ごめんなさい不格好で……。ちゃんとパティシエの人が作ったのとか綺麗な既製品買い直してくるので許してください……」
「……君の、手作り?」
「うううごめんなさい練習したんですけどもしかしてハッサクさん手作りお菓子に抵抗ある感じですかそんな感じですよねリサーチ不足ですホントすいませんこれ自分で食べるんで無かった事に……」
「……」
しょぼしょぼになった気持ちのまま、ハッサクさんが握ったままの袋に手を伸ばすと……、何故かスイっと袋が上に逃げた。もちろん、ハッサクさんが手を上に挙げたからなんだけど。
「…………無かった事に……っ。……くぬっ!」
「………………」
身長差があるので、私が精一杯腕を伸ばしても、ハッサクさんを支えにして背伸びを頑張っても届かない。気合の声と共にジャンプしてみた。それでも袋には届きません。
「あの、届かないんですけど……!?」
「駄目です、返しません。これは小生が頂きますです」
肩で息をしながら文句を言うと、ハッサクさんはさっきまでの無表情から一転、とても嬉しそうに袋を開けた。
「良かった……。てっきり手作りがお気に召さなかったのかと……」
「まさか! 他でもない紫音が作ってくれた物を、小生が喜ばない訳が無いでしょう」
「でもさっき無表情で……、詰め寄られて……」
「それは申し訳ありませんです……。今日と言う日に、君が小生の知らぬ間に頂き物を貰って来たと思ったのです」
「そ、そうだったんだ……」
ハッサクさんでも嫉妬するんだぁ……。正直、ずずいっと詰め寄られた時はちょっと怖かった。背が高いから、照明を背負って真顔で見下されると逆光で顔に影が掛かって余計に怖い。
それはそれとして。バレンタインのプレゼントですって渡すつもりが先にハッサクさんに回収されてしまったクッキー。何のクッキーなのかを説明しなくちゃただのプレゼントになってしまう。
「あのですね、ハッサクさん」
「はい」
「えー……、っとですね。今日はバレンタインじゃないですか」
「はい、そうですね。小生も頑張って君の為の料理を用意しましたですよ」
「へ? ……わぁ、スゴ〜い!! ……じゃなくて!」
ハッサクさんが指し示した先の食卓には、綺麗に彩られた料理の数々が並んでいた。色合いも考えられてるのか、テーブルクロスからいつもと違う物が使われている。気合入り過ぎでは? 私のクッキーが霞むどころか砕け散ってしまいます。
「あぅ……、私にとってバレンタインは友達とチョコレート交換したり、す、好き……、な人にチョコレート渡したりする日なんです」
「……なるほど」
「でも、今は……、と言うかパルデアだとバレンタインだからって友達とお菓子を交換するって事に馴染みが無いらしいので……。でもハッサクさんには用意したいなと思って……、作りました……」
試作品は皆で食べたけど、本番用に作った物は味見した一つ以外全部ハッサクさんが持ってる。そんな意味合いの事をダラダラもしょもしょ言い終わると、ハッサクさんは心底嬉しそうに微笑んだ。
「つまりこれは、紫音が小生の為だけに用意した物である、と」
「そ、ソノトオリデス……」
「今日渡す為に、今日に限らずそれなりの時間を小生に割いて用意した物である、という訳ですね?」
「オッシャルトオリデス、ハイ……」
「う……っ」
「……う?」
何故かまた尋問が始まった。コクコクとひたすらハッサクさんの言葉に頷いていた私に、ゆっくりとその大きな手が近付いてくる。
ハッサクさんの背後で、ササッと避難するポケモン達の様子に疑問を持つ暇も無く、力加減を忘れたハッサクさんの腕に捕まった。……次の瞬間。
「うぼぉいおいおいおい! こんなに嬉しい贈り──」
……キ────ン!!
ハッサクさんの言葉が途中で途切れた。感動のあまり言葉を忘れたのかと思ったけど……、いやこれ私の鼓膜があまりの爆音に対応出来てないタイプだ!!
喜び大爆発のハッサクさん。息が出来ない程ぎゅむーっと抱き締めるだけでは表現が足りなかったのか、鼓膜を突き破る声量でお礼を言ってくれた……、んだと思う。ちょっと今聞こえないけど。
ハッサクさんの胸に顔が埋まってて息も出来ない。必死に背中を叩いて苦しいとアピールしているんだけど、結果として抱き着く形になっているので全く開放してくれる気配が無い! し、死ぬ!
「ぷぇ……」
「……はっ。紫音? ……紫音!? しっかりしてくださいです!!」
かくん、と力が抜けてやっと絞め上げていた事に気付いてくれた。崩れ落ちる私を支えて一緒に床に座ったハッサクさんは、バツが悪そうな顔をしている。
「……よ、喜んでもらえたなら良かったデス……」
「嬉しさが勝ってしまいました……。申し訳ありませんです……。後出しになってしまいましたが、小生からの贈り物も味わって頂けると嬉しいです」
エスコートされて、いつもの椅子に座る。その時、椅子までちゃんと引いてくれる徹底ぶり。テレビや映画でしか知らない高級レストランの対応だ。
「では、今日という日に乾杯」
「か、かんぱいっ!」
「ふふ、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。……レストランにしなくて正解でしたね」
「ひぇ……」
そんな所連れて行ってもらっても、緊張で味が分からないんじゃないかな……。喜んでもらえて一安心はしたけど、馴染みが無いせいもあってドタバタバレンタインになってしまった……。