ハッサクさん夢短編集
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交換留学でブルーベリー学園に行っていたあるじま君とアオイちゃんの兄妹が帰省した。その際、林間学校やブルーベリー学園で仲良くなった子から、友達とキタカミの里へ遊びに来ないかとお誘いの手紙が届いていたんだそう。
水の綺麗な町らしく、トラウマ抱えてるカロンの為にも環境を変えて気分転換はどうだろうと私にも声を掛けてもらって、ありがたくお誘いに乗る事になったのが数日前。
アオイちゃんが手紙を開けた時に一緒にいたネモちゃん、ボタンちゃん、ペパー君とあるじま君。目的地であるキタカミの周囲にはむしポケモンが多いと聞いたボタンちゃんがスター団のよしみでしまちゃんを召喚して。
野生のポケモン達に伝言を頼んでエイルちゃんと合流して。
合計八人の大所帯になってしまった私達は飛行機を乗り継いで、バスに揺られて半日以上。移動の疲れで、バスの中では眠りこけていた私はキタカミの地に降りた直後、足が止まった。
「──は」
「あびゃっ。紫音ー、出れないー」
「……あ……、ごっ、ごめん!!」
だってそこには、あまりにも見覚えのある景色が広がっていたから。
正直に言うと、頭の片隅でずっと考えてた。私は、どうしてここにいるんだろうって。
フカマル先輩に起こされる前。いったい何をしていたのかさっぱり思い出せない。ゲームしてたのは覚えてるんだけど、どこでゲームしてたのか、それまで何をしてたのか、全然分からない。
……もしかしたら。そう、もしかしたら、私はベッドの中で重篤な状態なのかもしれない。そんな状態で幸せな夢を見ているのかもしれないって。
でも、パルデアにいる間はそんな事無いだろうって思えた。だって、夢の景色は少しでも知らないと夢に見れないから。
知ってるポケモンはいる。でも、知らないポケモンの方が多い説明が付かない。想像で新しいポケモンを作っちゃいました、なんて可能性もあるけど、私ってこんなに想像力豊かだったかな、とちょっと首を傾げてしまう。
それに何より、こっちに来てから出来た友達の説明ができない。
主人公の兄妹になりたい。ポケモンと話せるようになりたい。そんな私の願いが叶ったのだとしても、夢なんだから全部私一人で済ませて欲しい。別人格にする必要なんて無いんじゃない?
だから、これは夢じゃなくて。私はちゃんとここにいるんだって信じてた。──キタカミの里に来るまでは。
「ポケモンがいる……」
あまりにも馴染んだ風景に、あまりにも馴染みの無い生き物が生きてる。
それは、ずっと"こうだったらいいな"って思ってた事だったのに。いざ目の前にすると、私は動けなくなった。
「おい、人が多いんだから少し発言に気を付けろ」
「……はっ」
あるじま君にそう言われるまで、ほんの少しの時間しか無かったはず。でも、その僅かな時間で皆の心配そうな視線が一斉に突き刺さったのを感じる。でも、皆に大丈夫だって笑い返す事が出来なかった。
……棚田。あぜ道、アスファルト。その少し奥に見える田舎町。その景色の中に、当たり前の様に辺りを歩き回るイトマルとウパー。稲の隙間から、ヘイガニが顔を覗かせている。
全部知ってる。みんな知ってる。なのに、現実感が無い。
「……、何で今になって……」
「……紫音ちゃん、大丈夫? 水は飲めそう?」
「……あ、しまちゃん……、ありがと……。たひゅかる……」
「移動長かったもんね……。ボタンちゃんも少し顔色悪いね。はい、水」
「さすしま……、いてくれて良かった……」
同じく顔色が悪いボタンちゃんと並んでバス停のベンチに腰掛ける。おかしいな……、ネモちゃんは元気なのに……。
「ボタンはスマホばっかり見てるからだろ」
「だって電波……、心配だったし……」
「心配しないで。林間学校の時にLP導入したの。だからスマホはちゃんと使えるよ!」
「よかったぁ……、でもそれ、つまり現ナマオンリーだったって事!?」
「そうなるね」
「ねぇしま! あれ、カイン先生が連れてるポケモンに進化する子じゃない!?」
「え! どこ!?」
「おーい、パルデア御一行様ー。盛り上がってる所悪いけど、二人が回復したら先に招待してくれたスグリに挨拶……、おい、エイルはどこ行った!?」
「呼んだ〜?」
「視界外に! 行くな!!」
わぁわぁと賑わう皆を、あるじま君がまとめ上げる。確かに、先にご挨拶してお礼を言わなくっちゃいけない。
「ボタン、紫音、大丈夫そうか?」
「ん、うちは行けそう」
「そうだね……、私も大丈夫!!」
いつまでも座ってられない! アスファルトを蹴って勢い良く立ち上がる。座りっぱなしだったせいかちょっとよろめいてしまった。先行き不安である。
「うわ……」
村の中にも普通にポケモンがいる。屋根の上にロコン。塀の上にホーホー。ウリムーとお散歩しているおじさん。田舎の村に、ポケモンが当たり前みたいに存在している。……みたい、じゃなくて当たり前なんだろうけど。
「……訳分かんなくなってきた……」
あまりにも日本的。日本的な景色の中にポケモン。いよいよ夢と現実の境目が分かんなくなってきた。
「紫音、だいじょぶ?」
「ちょっとほっぺたつねって欲しい……」
「うん!」
「よし来いたたたた!? 夢じゃない! よし!!」
「あ、スグリ! 紹介するから皆こっち来て!!」
夢じゃないって確認出来たので、とりあえず現実としてこの状況を受け入れる方向に頭を切り替える。相手がいる事だから、失礼の無い様にしなくちゃいけない。
アオイちゃんの手招きに、皆一軒の民家へと進んでいく。その後ろ姿を見ながら置いて行かれる前にと足を前に出した。
「わぁ、大所帯だぁ。皆で来てくれて嬉しいべ」
ぽやん、とした雰囲気の男の子がスグリ君らしい。林間学校の時、私達の話を少しアオイちゃんから聞いていたらしく、簡単な自己紹介の間ニコニコと頷いていた。
「話は聞いてるよ! ブルーベリー学園のチャンピオンなんだってね! バトルしよう!!」
「爆速」
「それが楽しみの一つだったからね!」
来てすぐに公民館前にとんぼ返りしていくネモちゃん。戸惑いながらも、その後を追い掛けるスグリ君を見送って、私達ものんびり二人を追い掛けた。
観戦しようと思ってたんだけど、一匹ずつのバトルで終わらせたらしく、もう終わっていたのは予想外だったけど。
「ネモさん、わや強いんだな」
「ありがとう! わたしも新鮮なバトル出来て楽しかった! またやろう……、あれ?」
「ん? ……あ、ねーちゃん!?」
「え?」
驚いた顔をする二人。視線を追い掛けて振り返ると、いつの間にか私達の後ろに美人さんが立っていた。
「キ……」
「ゼイユ! 久し振りだぁ〜!!」
嬉しそうにゼイユちゃんに駆け寄るエイルちゃん。アオイちゃんもそれに続く。
ぎこちない動きで二人に目を向けたゼイユちゃんは、突然奇妙な動きを始めた。
「キビキビー!!」
「え!?」
「ね、ねーちゃん!!」
スグリ君はこんな出迎えしてなかったけど……、ゼイユちゃんによる歓迎のキビキビダンスを受けたからには、こちらも応えなくては失礼というもの!
「ありがとうオリゴ糖!」
「…………」
「あれ?」
ゼイユちゃんが脇を締めるダンスしてるから、私はそれにジャンプを追加した。大流行のアレである。ラップは咄嗟に浮かばなかったので、一番印象に残っている一節を口にしたんだけど……。
「何だべ? それ……」
「ぶはっ」
あるじま君、陥落。私紫音にとっては心外極まりない展開ですが、あるじま君が吹き出すまでの僅かな間、ゼイユちゃんのダンスも止まった。それどころか空気が凍った。
「いや、そういう歓迎なのかと……。ごめん忘れて……」
「にへへ、まさかこの状態のねーちゃんに張り合う人がいるなんて思わなかったべ。……でも、ねーちゃんずっとこの調子で話も出来ねんだ……。運ぶの手伝って」
「あ、それなら私のポケモン、眠り粉覚えてる子がいるよ。眠らせてあげればキビキビ動かないから、移動中落っことす事も無いんじゃない?」
「手足が暴れるから大変なんだ……。眠ってくれたら助かるべ」
「お任せあれ! ニャッコ、お願い!」
名誉を回復する為に、私はニャッコに眠り粉をお願いした。的確にゼイユちゃんに眠り粉が降り掛かったんだけど、粉はサラサラサラ……、と風に流れて霧散していった。
「……眠らん」
「何でぇ〜!?」
「ペパーは? 確かリククラゲがきのこの胞子覚えてなかった?」
「何で知って……、まぁ、覚えてるけどよ」
ニャッコは役に立てなかったと落ち込む事も無く、のんびりした様子で私の頭の上に戻ってきた。私達に代わって、今度はペパー君とリククラゲがゼイユちゃんの前に立つ。粉を振り掛けると言うより、目の前で胞子を振り撒くものの、相変わらずゼイユちゃんはキビキビしている。
「……至近距離できのこの胞子、しかもリククラゲは特性で確実に眠らせる事が出来るのに……!」
「ダメかぁ……。んだば、担いで帰るしか無いなぁ……」
その間もずっとキビキビしているゼイユちゃん。色んな事に興味を持つエイルちゃんですらちょっと引いてる様子。微妙な顔になっている。
さすがに少し傷付きながらゼイユちゃんをえっちらおっちら。キレキレなダンスが止まらないから、背中を押す担当、腕を引っ張る担当を代わる代わるやりながらようやく家まで送り届ける事が出来た。
「ああ、良かった……! 家からいなくなってしまったから、探していたんだよ……」
「いよいよ目を離せないね……。皆さん、ありがとう。スグリからも、皆さんによろしく言っておくんだよ」
「んだ……」
姉弟のお祖父さんお祖母さんから深々と頭を下げられて、私達は無言で会釈を返す。本当に、ゼイユちゃんだけがああなってしまったみたいだ……。
「……いつからあんな事に?」
「……俺がアオイに手紙さ送った頃から……。皆は呪いだって言うんだけど……」
「呪い!? 急なオカルト話止めてよ!」
聞きにくい事ではあるけど、原因が分からないとスグリ君達も不安だろうし、何よりこういう小さな町でこんな事件が起きると、ご近所さんの目も気になるだろう。
可能性……、可能性……。
「うーん、オカルトって言うよりは……。気になってたんだけどさ……。スグリ君、ゼイユちゃんの目の色、普段からあんな感じ?」
「んぇ? 目? 目は……、俺と同じだべ。何で……」
スグリ君の疑問はもっともだ。呪いなんじゃないか、という話題の真っ最中に目の色なんて気にする方がおかしい。でも、私にとっては重要な事だ。
何せ、私が元々いた世界と違って、今はポケモンがいるんだから。
「ほら、エスパータイプのポケモンに催眠術受けると、そのポケモンと同じ目の色になるとかあるじゃん」
「あ、ポケモンがイタズラしてるかも知れないって事? 可能性はあるね……。ねぇ、この辺りに何かそういう伝承残ってない?」
「伝承……。って言っても、鬼さま……、オーガポンはアオイがゲットしたし、ともっこ達もあるじまがとっちめたし……」
「何だよ……、兄妹揃ってどこ行っても大暴れちゃんだな!」
「え、えへへ……」
「俺としては、巻き込まれるのは勘弁して欲しい所なんだけどな……」
「千切って食べて大活躍だったよ〜!」
「そこは食べずに投げようね……、と言うか、しばらく学校で見掛けないと思ったら、エイルちゃんもこっちに来てたの!?」
「うん!」
「伝承のポケモンはもう皆ゲットしてるのか……。うーん、じゃあ別の可能性を考えないといけないんだね……」
アテが外れたなぁ。じゃあやっぱり呪いという話に……。
「……いや、多分もう一匹いるんじゃないかと見てる」
「なんそれ。あるじま的直感? その根拠は?」
「桃太郎」
「もも……、え?」
「……理解した。何か食べたのかな」
「え? 何? 何の話だべ?」
「お兄ちゃんと紫音ちゃんにだけ通じる符号……、みたいな感じかな?」
「もう、ダメだよ二人とも。こういう時はちゃんと情報共有してくれないと!」
「説明が面倒なんだよ。紫音頼んだ」
「え!? えーっと、つまりですね、ゼイユちゃんは操られているという訳です」
「……その説明だと見たまま、かな……」
冷静に突っ込むしまちゃん。助けを求めてあるじま君を振り返るも、あるじま君はスマホで何か調べものをしているみたいで私のヘルプはスルーされた。えーん!
「あー、えっと、エスパーの力で操られている訳じゃなくて、別の力が働いているんじゃないか、と。そうなると、エスパーよりゴーストとかそっち系だと思うんだけど……。ゴーストはこれからの時間活発になるでしょ? 時間帯で絞って、他に思い当たる事無い?」
「……夕方……、夜……。夕方以降町の外さ出る時はお面を被れ、さもなくば……、みたいなのはある。」
「お面……、お面か……。暗い所で被るなら余計に目を隠す物じゃないし、目が合ったらという線は消えるな……。だとしたらやっぱり鼻か口からって事になるんだけど……。やっぱり変な物を飲み食いした可能性が……」
「ねーちゃん何食べたんだべ……」
「どっちかって言うと紫音も変なの食べてない? いつものとんちんかんどこ行った?」
「何をぉ! 目の前に困ってる人がいるのにちんどん屋なんて営業しませんよ」
「トラブルメーカーじゃなくて、いつも真面目ちゃんでいてくれ……」
「疲れるし楽しくないから嫌でーす。それはそれとして、既に数日経ってるのに治まる気配が無いって事は、取り憑かれてる線が濃厚だと思う。……ポケモンならエイルちゃんが説得出来たり……」
「うーん……、ゼイユずっとキビキビ言ってるしか……」
「ダメかぁ……!」
エイルちゃんにもキビキビとしか聞こえないのなら、説得は無理。キビキビ言うだけで襲ってくる様子が無いのは幸いだけど、家族がずっとこの調子だと心配だよなぁ……。
「皆が来てくれて良かったべ……。俺だけだと、ねーちゃんを家に引き留めるくらいしか出来ねかったから……」
「スグリ……」
「うん、大丈夫。とりあえず今日は移動で疲れたべ? 公民館で皆の歓迎会さするから、公民館行こう! ねーちゃん治すのは、明日また皆で考えればいいから」
*
*
「……ネモもアオイもスグリも帰って来ん」
チャンネル争いを兼ねたリモコン捜索の最中、気付いたらネモちゃんの姿が消えていた。
そのネモちゃんを探す為に外に出たアオイちゃんとスグリ君も戻って来ない。……一人消えて、二人消えて……。
「そして誰もいなくなった、なーんだっ!?」
「そそそそんな事なる訳ないし!! そんな非文明的な事っ……!」
「ボタン、怖い?」
「こーわーくーなーいー!!」
バシッとチョップを叩き込んだ後、エイルちゃんとしまちゃんの間に体をねじ込んで、二人の腕にしがみつくボタンちゃん。……ああ、怖いんだな……。可愛いので撮っていいか聞いたら涙目で睨まれた。えーん可愛い、でも嫌われたくないので記憶に刻み込む事にしました。
「……冗談は置いといて。ネモちゃん、さっき商店に置いてあったの食べたとか言ってたよね?」
「あー、何か言ってたな。ジュース買いに行って貰ったから、独り占めちゃんしても良いんじゃないか?」
「気にしてるのはそこだけどそこじゃなくて。……食べた後に行方不明になった、ってのが気になってるの」
「どういう事?」
「ゼイユちゃんも何か食べたんじゃないかって話になったでしょ? もしかしたらネモちゃんも、って……」
「え!? ネモもキビキビ!?」
「そのキビキビって言うのも……、まさか団子……」
そんな話をしている時だった。突然、公民館の玄関扉からダァンっ、と強い音がした。何の前触れも無くそんな音がすれば、誰だって驚く。
「やだやだやだ! なに!?」
「……トイレ借りに来たとか?」
「え!? 待って開けないでよ!」
「分かってるよぉ。……うわっ」
また扉が叩かれた。鍵が掛かっている訳でもないのに、まるで開けてもらうのを待っているかの様な……。
「……ちょっとメンズ! バリケード作ろう!」
「はぁ? 何だよ、紫音もビビったかぁ?」
「公共の建物だよ? 鍵も掛かってないのに、この町に住んでる人が開け方分かんないなんてあり得ないでしょ。"入れてもらうのを待つ"訳ないでしょ!!」
「把握。公民館ってくらいだし、寄り合いに使う長テーブルとかあるだろ」
「早くしてね! 何か……、何か外からキビキビ聞こえる!!」
「またゼイユかな?」
「待って、エイル行かんで!!」
扉越しにキビキビ聞こえ始めた。扉の前にいた私は、外の状況を探ろうと耳を扉に当てる。ポシュン、とボールが開く音が微かに聞こえた次の瞬間。
「ドァアース!!」
「はぇ!?」
アリアドスが扉を突き破ってきた。目の前に迫るアリアドス! ぎゃー! 間近で見るとデカい!!
「はぎゃー!?」
「いやー!?」
「紫音!」
「何だ何だどうした……、ってうお!?」
「ムリムリムリ!」
「ボタンちゃん落ち着いて! ああ、外に!!」
「こういう時に一人で行動するな!! ああくそっ……、ペパー、いったん机置くぞ!!」
「キビキビー!!」
キビキビ言いながら、ご夫婦らしき男女が公民館に踏み込んできた。恐慌状態になったボタンちゃんがそれと入れ替わる様に、外へ飛び出して行く。
「ボタン、待って……」
「エイルちゃん待って。心配なのは分かるけど、今ここにいるメンバーで一番土地勘あるあるじま君が行った方が良い。あとエイルちゃん、頭の後ろとか自分じゃ見えない所にケガしてないか見て欲しいな!」
「分かったよ行きます!」
「ん、分かった!」
「室内で暴れて、物を壊されたら怒られるどころじゃないよ! ペパー君、戦える?」
「場所を借りてるんだもんな! いいぜ、やってやる!!」
「アオイちゃんに連絡するのはやっとく! 無事だといいけど!!」
「こえー事言うなよ!!」
とりあえず、公民館からお引き取りいただかないと! しまちゃんとペパー君が組んでキビキビとバトルを仕掛けてきたご夫婦を何とか撃退した頃には、外の様子はすっかり変わっていた。
「とりあえず落ち着け。状況の確認が先だ」
「そんな言われてもっ……!」
とりあえず、ボタンちゃんはあるじま君に捕獲されて帰還した。見る限り、二人はキビキビしている様子は無い。良かった……。
「皆!」
「アオイ! 無事だったか」
「うん。でも……、スグリのお祖父さん達が……」
「……うん。でも分かった事さある。紫音さんが言ってた通り、ねーちゃんも皆も、餅を食べたんだ。さっき俺の目の前で……」
「ちょ、待て! 上だ! 上に何かいるぞ!!」
「え!? どこ!?」
何か言い掛けたスグリ君を遮って、ペパー君が突然上空を指差した。その指先を追って夜空を見上げると……、そこには見た事の無い物体がふよふよ浮いている。
丸いフォルムは外殻だったらしく、それがぱっくりと開いて、中に溜め込んでいた何かが発射された。
わーぉ、餅のガトリング砲だー! ……ではなくて!
ブドウの色と言えば聞こえは良いけど、ポケモンらしき何かが降らせる餅はヤバい。とりあえず近くにいたしまちゃんとエイルちゃんを呼んで身を寄せ合う。
「あれを食べる事がトリガーになると思う! 二人とも、お口チャック!!」
「わ、分かった!」
「チャック!」
「あ、エイルちゃんと一緒にいるカイリュー達もだよ! この餅の雨……、あーもうとりあえず落ち着くまで口を開けたら……、」
「あぅっ!?」
「アオイ、危ねぇ!!」
「きゃっ!?」
カイリュー達にも注意を促す為に顔を上げると、ちょうどあるじま君が咄嗟にアオイちゃんを押し退けた所だった。空いたスペースをすり抜けて後列の私に向かって餅が飛んでくる! あ。やばい、避けられな──、────────
「えいっ」
「──ゲホッ……、ごほっ……!」
「紫音ちゃん!」
「は、はぇ……?」
あれ? 目の前に可愛い子が二人いる。なるほど、ここが天国か……。ん? 天国って光溢れる場所ってイメージあるんだけど、何故私の顔を覗き込む天使達は夜空を背負っているのでしょうか。と言うか、もしかして私寝てた?
「あるじまの餅紫音に刺さった!!」
「俺のじゃねぇよ!!」
「大丈夫?」
「な、何か分かんないけど、とりあえず川の向こうから帰って来てって泣いてる声が聞こえた……」
「……。……とりあえず生きてるならよし!!」
どうやら、私の目の前に迫った餅は口どころか、喉の奥に突き刺さったらしい。バタンと倒れた私の背中をエイルちゃんが叩いてくれて、一命を取り留めたと。洒落にならない……!
餅。それは美味しいけど、毎年お正月に少なくない数を殺す恐ろしい食べ物。次はもう少し食べやすいサイズでお願いします。
「じゃなくて! 状況は!?」
「紫音ちゃんが気絶してる間に、ペパー君とボタンちゃんが乗っ取られちゃった……」
「美味しくなさそうなお餅を美味しいって食べて……、キビキビしてる」
「キビキビー!!」
「即効性! ……即効性!? ちょっと待って食べてから体内に回り始めるまでが早すぎる!」
……ん? それはつまり、一回口に入れた私も危ないという事になりませんかね!?
「ああああ、しまちゃんエイルちゃん! とりあえず思い付いた事言うから後はよろしくね!」
「え!?」
その可能性に気付いた私は、背中を撫でたり水の用意をしてくれる二人の手を掴んだ。
「通常消化に時間がかかるお餅を食べてすぐあの状態、消化を待たずに乗っ取られたと言う事は多分皮膚から浸透するタイプでお餅の色を見ると多分毒、ゼイユちゃんを眠らせる事が出来なかったのはもう毒状態だったから! ポケモンに使う毒消しは人には強過ぎるから薄めたりするより多分モモンの実を食べさせた方が早い、あの効きの強さを見るとかなり強い毒だから一回口に入った私も危ないです。えーっと、あと、あと……、毒を食べちゃったから、私は、わたしは……」
後何か言わなきゃいけない事があったはずなんだけど……っ! 頭がぼーっとしてきた。ああ、そうだ、毒を食べてしまったから、きっとこの時間だとゴーストタイプのポケモン達が寄ってくる。乗っ取られたり美味しそうな香り以外に、大量の野生お餅達のお餅食べたいまで食ベルともうたいへリタインデタベタイカエリタイタベタイカエラナキャタベタイタベルタベルオモチタベル────
────
───
──
*
*
「アアー!! イヤー!!!」
「わぁ! 紫音これだめー!!」
「うう、しっかりして! 早口過ぎてよく分からなかったからちゃんと言って!!」
「そっちは大丈夫……、って紫音さんまで!!」
突然の事に戸惑いながらも、お兄ちゃんと二人でボタンちゃんとペパー君のポケモン達を大人しくさせる事が出来た。ホッと安心する暇も無いまま、今度はわたし達の後ろで悲鳴が上がる。
振り返ると、しまちゃんに羽交い締めにされながらも、持っているお餅を必死に食べようと藻掻いている紫音ちゃんの姿が。お餅が口に入らない様にエイルちゃんが紫音ちゃんの手を引っ張っているけど、いつもより力が強いのか二人掛かりでもギリギリの戦いになっていた。
苦しそうにジタバタする紫音ちゃんの目は、キビキビしている皆みたいにほんのり紫色に染まっている。
「タベルー!!」
「食べちゃだめって言ったの紫音でしょっ!」
「ウウー!!」
「あっ……」
「あー! 紫音だめ! ぺっして!!」
手が動かない代わりに、しまちゃんを背負ったまま体ごとお餅を食べに行った。はむっ、とお餅を口に含んだ紫音ちゃんは、やっと食べられた事もあってかとても嬉しそうにお餅を食べている。
「オイシイ!」
「惜しくもない紫音を亡くした!!」
「お兄ちゃん!!」
紫音ちゃんは死んでない! 思わずお兄ちゃんを振り返ると、お兄ちゃんは発言の割に考え込んでるみたいに自分のおでこをこつこつ叩いている。
「……真面目な話、いよいよ餅がトリガーってハッキリした事だし、喋る時は手で口を隠しながら喋る事」
「りょ、了解……!」
「エイル、しまちゃん。紫音何か言ってたんだろ? 聞き取れた部分だけでもいいから教えて欲しい」
「あう……、毒って言ってた様な……? でも毒消しは強過ぎるって……」
「モンモの実がいいよって言ってた!」
「毒……、ならモモンか」
「あと最後、よく聞き取れなかったんだけど、毒を食べたからもうダメ、みたいな……」
「……実際、ねーちゃん達みたいにキビキビはしてねぇけど、落っこちた餅さ拾いながら食べてんな……」
「……紫音ちゃん……。……ねぇこれ、追い掛けた方が良くない!?」
降り注いで散らばったお餅を拾い集めて、美味しそうに食べてる。他の人の様にキビキビしない分大丈夫なんじゃないかと感じてしまうけど、逆に言えば他の人とは違う状態という事にもなる訳で……!
「あの速度、とりあえず目を離さずにいれば大丈夫かと……。モモンの実、みんな持ってる?」
「持ってる。まずペパーとボタンで効果を試す。効くなら二人一組で行動開始だ。ネモも餅食ったとか言ってたから、まぁアウトだろうな」
スマホを持ってないスグリとエイルちゃんが、それぞれわたしとしまちゃんと組む事になった。
スマホをずっと通話状態にして、相方に異変が起きた時はもちろん、モモンの実が無くなったらすぐに報告する事。
「え? うちモモンの実無くても治せんもっ」
その途中、エイルちゃんが何か言い掛けてカイリューの大きな手でぽむっと口を塞がれていたけれど。
「アオイはスグリと紫音を追い掛けろ。バトルになったら、多分しまちゃんじゃあの紫音は止められないと思う」
「……アオイと張る……? そんなに強い様には……」
「しまちゃん、紫音とバトルした事は?」
「えっ!? えっ……、見た事はあるけどバトルした事は……」
急に話を振られたしまちゃんが目を丸くした。疑問を口にしたスグリはもちろん、わたしも話が急カーブした事に首を傾げた。
「あいつは基本的に初見殺しだ。技の構成はコロコロ変わる。いかにポケモンの見栄えと勝利が両立するかを考えているからだ。セオリーは通用しない。だからこそ、お利口さんにポケモン育ててるヤツ程あいつの餌食になる。……相性で言えばしまちゃんの虫ポケモンも有効だが、逆に利用される可能性がある。つまりあいつが何かしてくる前に、手数とスピードでねじ伏せられるだろうアオイのウェーニバルが適任だと思った。以上」
淡々と理由を話したお兄ちゃんに、誰も反論は無い。わたしのウェーニバルが速いのは確かだし、ネモちゃんを止めるにはお兄ちゃんが向かうしか無いから。
「話はまとまったな? 紫音を見失う前に、アオイとスグリはそっち頼んだ。現状、こっちに敵意持って襲って来ないから、町の人がキビキビ言ってたらそっち優先でいいと思う」
「分かった……! お兄ちゃん達も気を付けてね!!」
行こう、とスグリに声を掛けて、二人で紫音ちゃんの背中を追い掛ける。キタカミセンターを通り抜けた紫音ちゃんは、そのまま鬼が山の方へと突き進んでいく。薄暗い山の中、あっちにフラフラ、こっちにふらふらと歩き回る姿を見失わない様にするのがやっとだ。
「紫音ちゃーん! そんな所走ると危ないよ!!」
「ポケモン見付ける度に立ち止まってんな……」
「……紫音ちゃん、ポケモン好きだからね……」
そこは普段と変わらない。山の中だから、町の人と全くすれ違う事も無いのが余計に怖いけれど、隣には友達がいるし、わたしもポケモンがいるから何とか前に進む事が出来た。
「…………」
「ここ、オーガポンが棲んでた……」
辿り着いたのは、オーガポンが棲んでいた洞窟だった。しばらく立ち尽くしていた紫音ちゃんは、何かを探すかの様に洞窟へと入っていく。
「何か探してるのかな……?」
「さぁ……?」
キョロキョロ。目的の物は無かったみたいで、紫音ちゃんはすぐに外に出てきた。……ずっと後ろ姿を追い掛けていたから気付かなかったけど、紫音ちゃん、ラクシアじゃなくて何だか変な物を抱えてる。
「何か持ってる!」
「え!? え、でも昔俺があの中入った時はあんなもん……! じゃあずっと持ってた!? いつから!?」
思わず顔を見合わせる。拾った様子は無かった。つまり、スイリョクタウンを出る時にはもう持ってたって事になる。
明らかに見慣れないアレが原因としか思えなかった。
「よ、よしっ! 紫音ちゃんには悪いけど、逃げ場が無いここで大人しくなってもらおう!」
そう決めたわたしがウェーニバルのボールに手を伸ばすより先に、その隣にあったボールが勝手に飛び出してきた。中にいたオーガポンは竈のお面を輝かせて、もう戦う気満々の雰囲気だ。
「がお"ぼう"っ!!」
戦う気満々と言うか……、凄く怒ってる!
どうして!? 紫音ちゃんとは何度も顔を合わせてるし、ピクニックだって一緒にした。その時は仲良くしてたのに……!!
「……ミズゴロウ」
飛び出したオーガポンに応える様に、紫音ちゃんもラクシアを出してきた。困惑した様子のラクシアが紫音ちゃんを振り返るけど、肝心の紫音ちゃんは腕に抱いたそれを撫でるだけでラクシアに見向きもしない。
「……待って、オーガポン戻って! 紫音ちゃんを止めないとなの! だから……」
作戦の為に、怒れるオーガポンをウェーニバルと入れ替えようと、ウェーニバルのボールを握る。それを見計らったかの様に、わたしの手からボールが弾き飛ばされた。狙い打ちされたボールはコロコロと転がって、少し離れた場所で目を回したウェーニバルが出てきた。
「ウェーニバル!」
慌てて駆け寄ると、少し目を回しただけだったみたいで、ウェーニバルは軽く頭を振るとすぐに立ち上がる。でも、それに気にした様子も無く、紫音ちゃんはわたし達の横をすり抜けて走り去って行く。
「ご、ごろ!!」
ラクシアをボールに戻すでもなく、小さくなっていく紫音ちゃんの後ろ姿。置いて行かれたラクシアは、大慌てでそれを追い掛けて行った。
「……紫音ちゃん……」
小さな脚で必死に追い掛けて行くラクシアを見送る形になってしまった。バトルが終わったら、すぐにボールに戻したり肩に乗せたりして仲がいいのに。
……まるでラクシアの事をすっかり忘れてしまったみたい。慌ててラクシアを抱き上げると、ラクシアも困惑しているのか悲しそうな顔をしている。
その時、スマホからしまちゃんの声が聞こえた。
『こちらうしろまえ! ボタンちゃんとペパー君にモモンの実効きました! でも、毒を食べたから気分が悪いそうで、今私と町のジョーイさんで様子を診てます! しま君とエイルちゃんが、ネモちゃんを探す担当になりました!』
『こちらあるじま。紫音の犠牲が無駄にならなくて良かったけど、カイリューに乗って空からネモを探す事が出来る様になった以外最悪です』
『最悪じゃないし!』
「治ったんだ! よかったぁ……」
モモンの実が本当に効果があるんだと分かっただけで、気持ちがずっと楽になる。何かあれば、すぐにモモンの実を食べればひとまず乗っ取られる心配は無くなったから。
「こっちは紫音さん見失わない様に必死だ! ……今鬼が山から地獄谷に繋がる道でスキップしてる」
『何やってんだあいつ……。……ん、地獄谷? 待て、この時間に紫音が地獄谷に入るのはまずい!』
「……まずいって、何で……」
『そいつ、ゴーストに好かれる体質なんだよ! 紫音の相手はしなくていいかも知れないが、代わりに下手な手出しをすればゴーストタイプのポケモンが群れで襲って来る!!』
「わや、ポケモンの群れ!? ゴーストの群れ……、って事は悪タイプ……。俺、今ガオガエンがいるから、ゴーストポケモンの相手は俺がするべ!」
そうすれば、アオイは紫音さんの相手に専念出来るから。
スグリの申し出はとてもありがたかった。さすがに、たくさんのポケモンの相手をしながら紫音ちゃんとバトル、なんて事になったら手が回らない。
『こっちが落ち着いたら、傷薬を持ってすぐ追い掛けるからね!』
それまで頑張って、と言うしまちゃんの言葉に返事をして、わたしは地獄谷へと足を踏み入れた。
「この先抜けても、あるのはテラス池だけ……。何が目的なんだべ……」
顔を見合わせながら、見失わない程度の距離を保って追い掛ける。さっきの様にバトルを仕掛けても、逃げ場があるとすぐに逃げられてしまうから。
それなら、皆の合流を待って捕まえようとスグリと決めた。
「わわ……、本当にゴーストタイプ寄って来た!」
「何かね、仲間だと思われてるんだって!」
「わやー、そんなんじゃ夜は大変だ……。よし、とりあえずポケモンを追い払う程度にするべ」
スグリはそう言うと、ガオガエンを繰り出す。悪タイプのガオガエンなら、ゴーストタイプを追い払うのにうってつけだ。
……わたし達はうっかりしていた。お兄ちゃんが、紫音ちゃんを初見殺しと言った事を。スグリと紫音ちゃんは、今日が初対面だって事を。
「……あ、止まった」
こっちがポケモンを出した事に気付いたのか、紫音ちゃんがゆっくり振り返る。じーっとガオガエンを見て、水タイプじゃなくて草タイプのニャッコを繰り出した。
「……え」
「ポポッコ、わたほうし」
スグリが戸惑った声を上げた。
素早さが際立っているけど、どちらかと言うと攻撃するより眠らせたりする方が得意なポケモン。しかも、相性で言えばガオガエンの方が有利だから。
今回も、ニックネームじゃなくて種族名で指示を出した紫音ちゃんに首を傾げながら、ニャッコは言われた通り辺りにわたほうしを撒き散らした。素早さを下げる綿が、ふわふわとガオガエンの全身を包み込む。その綿が風に乗ってわたし達の方まで流れてきた。
「くしゅん!」
「……っしゅん!」
「凄い量の綿だ……、これじゃあくしゃみも出ちまうな」
「ガックシュ!!」
「えっ」
スグリもわたしも、あまりにもたくさんの綿に囲まれてくしゃみが止まらない。全身綿に包まれているガオガエンはなおさら。堪えきれず、盛大にくしゃみをしたガオガエンの周囲が突然明るくなった。
「まずい! 綿に燃え移った!」
くしゃみと一緒に漏れ出た炎が、綿に引火した! それは一瞬で燃え広がって、紫音ちゃんを追い掛ける道を塞ぐ。
「や、やっちまった……!」
「落ち着いて! 綿だからすぐ燃え尽きるはずだよ!」
「う、うん……!」
予想通り炎の壁はすぐに落ち着いたけど、その間に紫音ちゃんとの距離はさらに開いてしまった。
もうテラス池に通じる坂道を登り始めてる!!
「アオイー! スグリー!!」
「エイルちゃん!」
ミライドンに乗って追い掛けようとした時、空から待ち望んだ声が降ってきた。見上げると、カイリューに三人乗りしたお兄ちゃん達が飛んでいる。
「紫音ちゃんは!?」
「もうテラス池に!」
「上から追い掛ける。アオイは逃げ道を塞いでくれ!」
「分かった!!」
「ぽにゃ……」
「ニャッコ、行こう!!」
ラクシアと同じ様に置いて行かれたニャッコに声を掛けると、ニャッコは不思議そうな顔をしたもののスグリの髪の毛を握り締めた。
「よし、ミライドンお願い!」
一足先にテラス池に向かったお兄ちゃん達。ミライドンで坂道を登り切ったわたし達を待っていたのは、ジリジリと池に後ずさりしていく紫音ちゃんの姿だった。
『やだっ! モモは帰るんだ!! みんないなくなっちゃった! でも、モモだけでもおうちに帰るの!!』
「紫音ちゃん……? な、何言ってるの……」
やっと追い付いた紫音ちゃんに声を掛ける。先にこの場にいたお兄ちゃん達も、あまりの変わりように顔を見合わせるだけだ。
小さい子供みたいな話し方で叫ぶ様子は、キビキビ言っていた皆とは明らかに違う。
『おっきな水を泳いで来たんだから、おっきな水の向こうに行けば帰れるの! ……お願いされたお面は無いけど、代わりにこのキレイな石を持って帰ってじぃじとばぁばにごめんなさいするの!!』
「帰るなら勝手にして! 紫音巻き込まないでよ!!」
『いやっ! オトモも帰りたいって言ってるもん! それなら、モモと一緒に帰ればいいんだ!!』
エイルちゃんへの返事も、子供のそれだ。紫音ちゃんがふざけて言っている様子も無い。
「……ねぇ、まさか喋ってるのは……」
「……うん。紫音が抱っこしてる子が紫音で喋ってる」
「……紫音を返せ」
『やーだー! オトモと一緒ならじぃじとばぁばとお喋り出来るもん!』
「お喋り……!? 待って、人の体を勝手に使っちゃダメなんだよ!」
「その先はテラス池の中でも特に深い場所だ! お前抱えたままそんな所さ行ったら溺れちまう!!」
『うん、オトモだからモモと一緒にいくの』
「そんなのだめ! 紫音ちゃんのポケモンが許さないよ!?」
事実、紫音ちゃんのポケモンは皆今にも攻撃しそうだ。でも、攻撃したくても、攻撃対象を紫音ちゃんが大切そうに抱き締めているから手を出せない。攻撃したら、守りたい紫音ちゃんまで傷付けてしまう。だから威嚇する事しか出来ない。
それを分かっているのか、紫音ちゃんの腕の中にいるそれは、相変わらず紫音ちゃんの口を借りて嗤った。
『モモだけいればいい。モモだけ可愛がればいい。ずっとモモといるの。今度はいなくならない様にするの。いらない。これもいらないの』
ぽい、ぽいっ。そう言いながら、モンスターボールを落とす。落とすと言うより、捨てているみたいだ。
カロンやモノズもボールから出てきて顔を見合わせている間に、もう捨てるボールが無くなった紫音ちゃんは満足そうに頷く。
「厄介なヤツに気に入られてんじゃねぇよ……! 帰って来い!!」
『かえさない。かえるの』
言葉は届かない。
『もうモモかえらなきゃ。イイネイヌなんていなくたっていいもん。マシマシラがいなくたっていいもん。キチキギスが来てくれなくたっていいもん』
だってモモは、じぃじとばぁばが待っててくれてるから。
そう言うと、紫音ちゃんはテラス池の方へと走り出した。咄嗟にしまちゃんがゲッコウガへ水手裏剣の指示を出す。足元に出来た水溜りに足を取られた紫音ちゃんが盛大に転んだ。……その辺りは普段の紫音ちゃんと同じなんだ、と思っていると、その拍子に腕に抱いていたモノがコロコロと転がっていく。
「紫音ちゃん! ……っ、皆お願い、今の内に紫音ちゃんを引き止めて!!」
「ごろっ!」
「ぉ、んぉお……」
「カロン、怖がってる……」
「カロン……」
乗っ取られてるとは言え、信頼しているトレーナーに捨てられた。何やら怖い思いをしてきたらしいカロンには、余計に辛いと思う。……心配するどころか、無表情で見下されたら尚さら。
「ぽにゃー!」
「代わりにニャッコが行ってくれるって!」
元気良く手を挙げて名乗り出たニャッコが、カロンに代わってラクシアと一緒に紫音ちゃんの方へと走って行く。顔面に思いっ切り水を浴びせられて呆然とした所に、ニャッコがモモンの実をその口にねじ込んで……、二匹揃って紫音ちゃんの顔に貼り付いた。
「ちょ、前、見え……っ、……何か顔が痛い!! 滲みる!!」
「しのちゃん、回収! そのまま紫音ちゃんを水場から回収して!!」
モモンの実を食べさせたとは言え、紫音ちゃんが元に戻った保証は無い。また池に飛び込もうとする前に、慌ててゲッコウガのしののめに紫音ちゃんを回収してもらって……、ようやく一安心だ。
「ねぇ、私今どうなってる? ぼんやり白が見えるだけであと真っ暗なんだけど……」
「わぁあ〜! 紫音帰って来たぁ〜!!」
「何か分かんないけどただいま! エイルちゃんどこ? ……ん? もしかしてこのぼんやり白はラクシアのお腹だな? ちょ、離し……っ!」
ラクシアを顔から引き剥がそうとした紫音ちゃん、それに抵抗して必死にしがみつくラクシア。結果として、ラクシアのパワーに負けた紫音ちゃんは大人しくラクシアを顔に貼り付けたまま肩を落とした。うん、いつもの紫音ちゃんだ。
「頭めちゃくちゃ重いよぉ……。物理的にも……、何だかぼんやりするって言うか……」
「休憩無しで山を登った訳だからね。水分不足かも……、あ」
「ふびぇ!?」
頭が痛い、と漏らしていた紫音ちゃんが、お腹にアクアテールを受けて吹っ飛んだ。顔面にラクシア、頭上にニャッコをくっつけたまま吹っ飛んだ。
ずさぁ……、と砂煙が舞う程の勢いで吹っ飛んだせいで、さすがのラクシア達も紫音ちゃんから手を離す。綺麗に着地したポケモン達は、咳き込んでいる紫音ちゃんを心配そうに見上げていた。
「ホームラン王は君だ……、ぐはっ」
「別の意味で死にそうだべ!?」
とりあえず、紫音ちゃんは無事に戻ってきた。
後は、皆にお餅を食べさせて乗っ取っていたそれをどうにかすれば、事件は終わるはず。
「……さすがにやり過ぎだ」
お兄ちゃんが一人、池のほとりに転がっていたポケモンの前に立つ。町の人ほとんどを乗っ取って、友達を乗っ取って、……紫音ちゃんを遠くへ連れて行こうとしたポケモン。
「もっ……、モモワー!!」
「うわ、またお餅!」
最後の悪足掻きなのか、またお餅がたねマシンガンの様に飛んできた。慌てて口を塞いだわたし達を守る様に、オーガポンとカロンが構える。
「がおぼあ!!」
「ぽぉお!!」
とても怒っているらしい二匹が、棍棒と尻尾でお餅を弾き返した。対策は分かっているし、皆下を向いてうっかり口に入らない様にしているから、すぐにお餅の攻撃は止まる。
「アオイ、その顔面傷だらけのバカを公民館に送り届けてやってくれ。まだ狙われてる」
「バカってなんむぐ」
「大きく口開けちゃだめっ!」
「……えおうすんまひぇん」
「スグリもアオイも紫音にやられたんだ。治療してもらった方がいい」
「……うん……」
「ごめんね、強くて……」
「……煽る意図もねぇ純粋な顔でそんな謝罪されたん初めてだぁ……」
しょんぼりした紫音ちゃんに、お兄ちゃんは「敵になった途端強くなるロールプレイ止めろ」って言っている。意味はよく分からないけど、敵にしたくないって事なのかも知れない。……本当に、さっきの紫音ちゃんは怖かった。
「お兄ちゃんは……?」
「……ちょっとコイツ絞めてから戻る」
そう言って笑うお兄ちゃんの笑顔は、無表情だった紫音ちゃんと違う意味で何だかとっても怖かった。
*
*
「何だか大騒ぎになっちゃったけど、解決祝いとかあれこれ色々含めてかんぱ〜い!!」
「かんぱ〜い!!」
ジュースが並々と注がれた紙コップで乾杯の声が上がった。
スグリ君のお祖母さんが用意してくれた料理とか、キタカミセンターに出ていた屋台で買った焼きそばやアメとか、公民館の大きな机いっぱいに広がっている。
やっぱりこういうパーティーはテンションが上がる。打ち上げみたいで、食べる前からもう楽しい気持ちでいっぱいだ。
「はい、紫音ちゃんはこれ」
「へ?」
「あ、これも食べて」
「あ、あのしまちゃん、アオイちゃん……?」
「うちからもー!」
「エイルちゃんまで! モモンの山なんですけど!? 私にもお肉ちょうだいよぉ!!」
「……俺も……」
「スグリ君こういうボケに乗るタイプだったの!?」
何から食べよっかな〜、ってウキウキしていた私のお皿は、モモンの実がもりもりに盛られる事になった。ピンク一色である。紫音さん、お腹空いたから焼きそばとか食べたいんですけど。
「毒餅食った分モモンの実食え。それまで食事お預けだ」
「あのね、あるじま君。君は今まで食べたお餅の数を覚えているのかい?」
「俺は毒餅食ってないから」
「えーん……。ねぇ、毒餅食べた者同士一緒に食べようぜ……」
あるじま君からも追加で盛られた。しょんもりした私は、キビキビ組の方へと近寄って行く。もちろん、最初にキビキビしていたゼイユちゃん、公民館から飛び出して行ったネモちゃん、そしてボタンちゃんとペパー君の四人だ。
お皿に盛られたモモンの実はちょうど五つ。一人一個ずつ食べればちょうど良いと思ったんだけど……、既に各々お皿にお料理を盛っていた皆は、絶妙に嫌そうな顔をした。
「……嫌よ。デザートの甘い物ならともかく、食前にモモンなんて嫌に決まってるでしょ!!」
「うーん……、デザートの分後で貰うね!」
「……せっかくの料理の前にモモン食べたくない、お腹いっぱいになるだろうからいらない」
「……ペパー君……」
「ぐっ……」
紫音の涙目攻撃! しばらく悩んでいたペパーは、観念した様に私のお皿からモモンの実を一個手に取った。
「さすがペパー君! カイン先生にキビキビ動画送るのは勘弁してあげよう!!」
「は!? 撮ってたのかよ!」
「わひゃひゃひゃ」
怒れるペパー君にほっぺたを引っ張られた。実際は撮ってる余裕なんて無かったんだけど、皆笑っているのでしばらくされるがままになろうと思います。
「モイ……」
「ん? あ、ご丁寧にどうも……」
わぁわぁと引っ張られる中、お皿にそっとぶどう色のお餅が添えられた。モモンの実ばかりだったから、誰かが気を使って他の物を入れてくれたらしい。せっかくなら、いきなりデザートじゃなくてお肉を入れて欲しかったな……。
とは言え、せっかくの厚意を受け取らない訳にもいかない。
「いただきまぁ……」
「モモイ、モッ!」
「……あ」
全員の声と視線が一斉に集まった。
「がおあァっ!!」
「モモぁ〜!?」
「ネモ! そのバカの口にモモンねじ込め!!」
「分かった!」
カッ飛ぶ紫玉。見事なホームランを披露したオーガポン。
私はと言うと、毒餅とモモンを同時に口に押し込まれて床にひっくり返る事になった──。