ハッサクさん夢短編集
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「よしよし、可愛いですね」
「もぎゃ……」
ほっぺたの形が変わるのではないかと思う程の力で、飲み会帰りのハッサクさんに絶賛ぎゅうぎゅうと抱き潰されている紫音です。
お酒は好きなのにそんなに強くないのか、飲み会帰りのハッサクさんはいつもこうだ。出迎えたフカマル先輩とセビエに頬擦りして、一緒に玄関に出た私をぎゅうぎゅうと抱き締めて、少ししたら廊下で寝てしまう。
長身のハッサクさんが廊下で寝てしまっては大変だ。彼の手持ちのセグレイブやカイリューに手伝ってもらって何とか寝室に運ぶのだが、眠ってしまったハッサクさんは私を解放してくれないので、毎回そのまま眠るしかないのが困る。
「……くぅ……」
「は、ハッサクさーん! 起きて~!!」
ヤバい! いつものパターンだ!!
背中をポンポン叩いて、どうにかハッサクさんの意識を呼び戻そうと頑張ってみた。身長差のせいで、背中を叩く為に抱き着く形になっちゃったけど、そんな事言ってられない。出来れば起きて自分で寝室まで行ってほしいな、という願い虚しく、何だかハッサクさんの力が強くなってきたぞ!?
「必死に抱き着かずとも、ハッサクはここにいますですよ」
「むぎゃっ……!?」
「小生が不在の間もしっかり食べていますか? こんなに細いではないですか」
「わにゃー!」
乙女の脇腹をむにむにと! セクハラだ! こういう時は怒っていいってアオイも言ってたぞぉ!!
「ハッサクさん! 酔っ払っててもやっていい事と悪い事が……」
文句を言ってやろうと圧迫される腕の中からどうにか顔を上げる。すると、ライトをバックにしたハッサクさんの瞳だけがやけに光っていた。……気がする。だって、目が合うと嬉しそうに笑ってそのまま顔を近付けてきたから。
「はぇ……?」
ちゅっ。おでこに柔らかい感覚。そのまま肩に頭が落ちていく。
「えっ……、えぇええええ!?」
寝た。ハッサクさんが立ったまま寝た。支えているのは私の体だけ。非力な私が眠った人を支えられる訳が無い。それが身長差のある男性ならなおさら。
「かっ、カイリュー! セグレイブ~!!」
二人一緒に床に倒れ込む寸前、私の悲鳴に滑り込んできたカイリューに支えられて、何とか頭を強打する事態は免れた。
「……うぅ、今日も抱き枕決定だぁ……!」
こんなのが飲み会の度に発生しては、私の乙女心が保たない。すやすやと眠るハッサクさんに抱き枕にされて、私はどうしたものかと真っ赤な顔で考えた。
*
*
そんな事があった翌日。学校は休みなので、ポケモンリーグ本部でのお仕事の日だ。
その日によって書類の仕分けだったり、結晶の洞窟に出現するポケモンの調査だったりするんだけど、今日はチリちゃんさんと組んでリーグ本部での雑務。面接官も務めるチリちゃんがチャンピオンランクの資格を持つ人のレポートを纏める為の手伝い。ジムリーダーからの報告、学校での生活態度等々、こんな事までチェックされてるんだなぁと思いながらの仕事だけど、二人しかいないのでお喋りもはかどる。
「……だからですね、ハッサクさんにあまりお酒飲ませないで欲しいワケですよ」
「えぇ……。チリちゃんに言われても困るで」
「帰る時はタクシーのゴンドラに放り込んだら終わりかも知れないけど、帰ってきてからが本番なんです! 昨日だって上機嫌で帰ってきて大変でした!!」
「はぇ〜、そうなんや。どんな風に?」
お喋りしながら手は止めない。テキパキ仕事するチリちゃんは、他人事だと思って楽しそうに話を聞いてくる。
そう、昨日は大変だった。でも、おでこにキスされたなんてさすがに恥ずかしくて言えない。飲み会の日はいつも抱き枕にされてるって言うのも、お付き合いしてない男女でそういうのはどうかと思う。それとも、こう言うのもパルデアではオッケーなのかな、紫音分からない。
「……えっと……、……廊下で寝たり!!」
「……。……ああ〜、まぁ大将タッパあるからなぁ。紫音が運ぶんは苦労するやろな……」
「そう! 私の手持ちじゃ小柄だから運べないし結局ハッサクさんのカイリューとかに手伝ってもらって……」
「そこは自分が運ぶんちゃうんかい! チリちゃん、てっきり自分が歯ァ食いしばって大将運んでる姿想像してたわ」
「最初は試そうとしたんだけど、ハッサクさん一ミリも動かなかった……」
「ぶはっ」
チリちゃん、陥落。大爆笑し始めたチリちゃんは、一通り笑った後急に真剣な顔になった。
「……なぁ、嫌やと思うなら外堀完全に埋められる前に逃げや?」
「……? はい……、じゃなくて! お酒のセーブが無理ならせめてアドバイスとか……」
「あー……、せやなぁ。単純に近付かんとええんちゃう?」
「何にですか?」
「うわ大将」
「ドワッシャ!?」
「楽しそうな声が廊下まで響いていましたですよ」
にゅっ、とハッサクさんが顔を覗かせた。仕事は進んでいますか、と言うハッサクさんに、チリちゃんは顔をしかめてしっしと追い払うように手を振る。
「ほら大将、音も立てんと入ってきたから、紫音がビビって隠れてしもたやん」
「驚かせたのはすみませんですよ。ですが、小生は普通に入ってきたのですが……。紫音?」
ハッサクさんの登場に、私は反射的に机の下に隠れてしまった。小学校の時にやった避難訓練が役に立つ日が来るなんて……。真面目にやっといて良かった、と思ったのも束の間。ハッサクさんが私の隠れた机を覗き込んできた。それなりに近い距離で目が合って、私はまた驚いて頭を天板に打ち付けた。
「〜〜〜〜っ!?」
「大丈夫ですか!?」
「ち、チリちゃんさん……!」
「おーおー、可哀想になぁ。大将、昨日酔っ払って何したんや」
いや実際は昨日のおでこチュー事件のせいで恥ずかしいだけなんですけど! そんな事言えないので、息も絶え絶えにチリちゃんの傍まで避難すると、チリちゃんは大げさによしよししてくれた。
「紫音が困る様な事をした記憶は無いのですが……。もしや小生、あなたが嫌がる事を……?」
「な、何も無かったですよ! 嫌がる事なんて何も! たっ、ただ廊下で寝るのは困るなっていうお話を……」
「……そうでしたか。それは良かったです」
ホッと安心した笑顔になって、ハッサクさんは胸を撫で下ろす。覚えてないなら、それに超したことは無い。何故なら恥ずかしいので!!
「それで、何に近付かなければいいという話だったのですか?」
「それは女の子同士の楽しいオハナシや。大将には聞かせられへん」
「おや、秘密の話。仕事が滞らなければお好きに、と言いたい所ですが……、紫音」
「ファイッ」
「黒い結晶が確認されました。サポートの手が欲しいと連絡がありましたですよ。ご指名です、タクシーは用意してあります」
「あ、はい行きます!」
何と。結晶バトルの呼び出しだった。それなら早く言って欲しい。逃げたい訳じゃ無い、決して。
そう心の中で言い訳しながら、わたわたとボールと上着を持って大急ぎでタクシーが待っている建物の外に走り出した。
何のタイプだろう、何のサポートが欲しいのかな。スマホロトムに送られてきた情報を確認しながらその事で頭がいっぱいになった私は、部屋に残ったチリちゃんとハッサクさんの会話なんて知る由もなく。
「可哀想に、外堀の埋め方えっぐ。……大将、いつの間にかぁいらしい酔っ払い方するようになったん? チリちゃん、大将の事はドラゴン使いらしいウワバミやと思っとったんやけど」
「……ウワバミはドラゴンではありませんですよ」
「似たようなもんやろ」
「違います。……チリ、無いとは思いますが……」
「……ハッサクさん、さすがに相手がおるチリちゃんにまで嫉妬すんのは止めや。お友達を助けてやりたい思うんは人として当たり前やろ。逃げられるかは別として……、と言うかもう手遅れやろうけど」
「なら良いのです」
「こーわっ……」
私の後ろ姿をじーっと見ながら、バトルをする時の様に側頭部をトントン叩いて考え事をしているハッサクさんにも全く気付かなかった。
*
*
「戻りましたですよ!」
おでこチュー事件からしばらく。久し振りの飲み会から上機嫌でハッサクさんが帰ってきた。いつもの様に駆け寄ったセビエとフカマル先輩に頬擦りをしたハッサクさんは、三つ目の影を探して不思議そうな顔になる。
「お、お帰りなさい……」
玄関先にいるハッサクさんに、廊下を挟んでリビングから声を掛けた。きょとん、と首を傾げたハッサクさんは、何かに納得したらしく腕を広げる。
「小生はここですよ! 紫音を受け止めるなんてお安い御用です」
「わぎゃ……」
違うんです〜! 腕を広げたままジリジリ距離を詰めてくるハッサクさんに、私はハッサクさんが近付いた分だけ後ろに下がった。
二人してじわじわ歩いてだいたい一メートルくらい動いた頃、ハッサクさんが悲しそうな顔になる。それに合わせて、抱き着き待ちだった腕も力無く下がった。
「……小生の事、お嫌いですか?」
「嫌いだなんてそんな事っ……」
「それとも、頬擦りがお気に召しませんですか?」
「……それは、チョット……、恥ずかしいのはあります……」
「それは申し訳ない事を……! ですが小生、大切なものには触れたくなるタチなのです……。困りましたね……」
ハッサクさんがしょんぼり落ち込んでいく。あんなに上機嫌だったのに……。たぶんどっちも悪くない。だけど、何だか申し訳なくなってきた。
た、確かに恥ずかしいだけで嫌って訳ではないし。パルデアはヨーロッパ寄りの考えなのか、スキンシップ多めなだけなのかも知れないし!
日本人には馴染みの無い習慣だけど、郷に入ったら従えって言うしね。ここで生きていく以上慣れる必要がある訳で……。頑張れ私! ハッサクさんを悲しませたままじゃダメでしょ!!
「わ、私が慣れます……」
「……! 本当ですか!? ではどうぞ!!」
「い、行きます……!!」
度胸と勢い! 何とかなれー!!
ごめんチリちゃん……。落ち込むハッサクさんを前にしたら、チリちゃんのアドバイスを役立てる事は出来なかったよ……。
そう謝りながら、私は恐る恐るハッサクさんに抱き着いた。広い背中に手を回して、頬擦りされるのをぎゅっと目をつぶって待ち構える。
「……本当に紫音は可愛いですね」
「ひぇっ? わ、わぁ!?」
しかし、ハッサクさんは頬擦りじゃなくて、私の耳元に低い声でそんな事を囁いた。
驚いた私が声を上げると同時に、ぐいっと腰を引き寄せられて、何と私の足が浮く。不安定な態勢になった事で慌てて目の前のものに……、ハッサクさんに強く抱き着く形になった。
「落ちっ……、ハッサクさん、足が……」
浮いてる、と文句を言おうとした私は、すぐ目の前にハッサクさんの顔があることに気付く。鋭い瞳に射抜かれて、思わずヒュッと息を飲み込んだ。瞬きもせずに私をじっと見るハッサクさんが、ゆっくりと顔を近付けてくる。
……食べられる! 何故かそう思って反射的に目をつぶってしまった私に、フッと笑う様に空気が動いてすぐに、ちゅっと可愛らしい音がした。
「んぇっ……」
「……チリが言う通り、小生に気軽に近付かなければもう少しゆっくりと距離を詰めたのですが……。わざわざ自分から腕に飛び込んで来るなんて、本当に可愛らしいお馬鹿さんですね」
唇が触れるかどうかの距離でそんな事を囁く。その間、私はハッサクさんに抱き上げられたままだ。
「きっ、……っ!?」
「困るのは廊下で寝る事だと言っていたではないですか。つまり、キスも共寝も困らないと」
「……覚えてたんですか!?」
「小生、覚えていないなどと言った事はありませんですよ」
「そんなのっ……、んっ!?」
文句は唇が塞がれたせいで言葉に出来なかった。
廊下で寝るハッサクさんを運ぶ苦労は無くなったけど、その代わりにとんでもない状況になってしまった気がする!!
私の悲鳴すら飲み込んだハッサクさんには、普段のふわふわした雰囲気は欠片も残っていなかった。
「もぎゃ……」
ほっぺたの形が変わるのではないかと思う程の力で、飲み会帰りのハッサクさんに絶賛ぎゅうぎゅうと抱き潰されている紫音です。
お酒は好きなのにそんなに強くないのか、飲み会帰りのハッサクさんはいつもこうだ。出迎えたフカマル先輩とセビエに頬擦りして、一緒に玄関に出た私をぎゅうぎゅうと抱き締めて、少ししたら廊下で寝てしまう。
長身のハッサクさんが廊下で寝てしまっては大変だ。彼の手持ちのセグレイブやカイリューに手伝ってもらって何とか寝室に運ぶのだが、眠ってしまったハッサクさんは私を解放してくれないので、毎回そのまま眠るしかないのが困る。
「……くぅ……」
「は、ハッサクさーん! 起きて~!!」
ヤバい! いつものパターンだ!!
背中をポンポン叩いて、どうにかハッサクさんの意識を呼び戻そうと頑張ってみた。身長差のせいで、背中を叩く為に抱き着く形になっちゃったけど、そんな事言ってられない。出来れば起きて自分で寝室まで行ってほしいな、という願い虚しく、何だかハッサクさんの力が強くなってきたぞ!?
「必死に抱き着かずとも、ハッサクはここにいますですよ」
「むぎゃっ……!?」
「小生が不在の間もしっかり食べていますか? こんなに細いではないですか」
「わにゃー!」
乙女の脇腹をむにむにと! セクハラだ! こういう時は怒っていいってアオイも言ってたぞぉ!!
「ハッサクさん! 酔っ払っててもやっていい事と悪い事が……」
文句を言ってやろうと圧迫される腕の中からどうにか顔を上げる。すると、ライトをバックにしたハッサクさんの瞳だけがやけに光っていた。……気がする。だって、目が合うと嬉しそうに笑ってそのまま顔を近付けてきたから。
「はぇ……?」
ちゅっ。おでこに柔らかい感覚。そのまま肩に頭が落ちていく。
「えっ……、えぇええええ!?」
寝た。ハッサクさんが立ったまま寝た。支えているのは私の体だけ。非力な私が眠った人を支えられる訳が無い。それが身長差のある男性ならなおさら。
「かっ、カイリュー! セグレイブ~!!」
二人一緒に床に倒れ込む寸前、私の悲鳴に滑り込んできたカイリューに支えられて、何とか頭を強打する事態は免れた。
「……うぅ、今日も抱き枕決定だぁ……!」
こんなのが飲み会の度に発生しては、私の乙女心が保たない。すやすやと眠るハッサクさんに抱き枕にされて、私はどうしたものかと真っ赤な顔で考えた。
*
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そんな事があった翌日。学校は休みなので、ポケモンリーグ本部でのお仕事の日だ。
その日によって書類の仕分けだったり、結晶の洞窟に出現するポケモンの調査だったりするんだけど、今日はチリちゃんさんと組んでリーグ本部での雑務。面接官も務めるチリちゃんがチャンピオンランクの資格を持つ人のレポートを纏める為の手伝い。ジムリーダーからの報告、学校での生活態度等々、こんな事までチェックされてるんだなぁと思いながらの仕事だけど、二人しかいないのでお喋りもはかどる。
「……だからですね、ハッサクさんにあまりお酒飲ませないで欲しいワケですよ」
「えぇ……。チリちゃんに言われても困るで」
「帰る時はタクシーのゴンドラに放り込んだら終わりかも知れないけど、帰ってきてからが本番なんです! 昨日だって上機嫌で帰ってきて大変でした!!」
「はぇ〜、そうなんや。どんな風に?」
お喋りしながら手は止めない。テキパキ仕事するチリちゃんは、他人事だと思って楽しそうに話を聞いてくる。
そう、昨日は大変だった。でも、おでこにキスされたなんてさすがに恥ずかしくて言えない。飲み会の日はいつも抱き枕にされてるって言うのも、お付き合いしてない男女でそういうのはどうかと思う。それとも、こう言うのもパルデアではオッケーなのかな、紫音分からない。
「……えっと……、……廊下で寝たり!!」
「……。……ああ〜、まぁ大将タッパあるからなぁ。紫音が運ぶんは苦労するやろな……」
「そう! 私の手持ちじゃ小柄だから運べないし結局ハッサクさんのカイリューとかに手伝ってもらって……」
「そこは自分が運ぶんちゃうんかい! チリちゃん、てっきり自分が歯ァ食いしばって大将運んでる姿想像してたわ」
「最初は試そうとしたんだけど、ハッサクさん一ミリも動かなかった……」
「ぶはっ」
チリちゃん、陥落。大爆笑し始めたチリちゃんは、一通り笑った後急に真剣な顔になった。
「……なぁ、嫌やと思うなら外堀完全に埋められる前に逃げや?」
「……? はい……、じゃなくて! お酒のセーブが無理ならせめてアドバイスとか……」
「あー……、せやなぁ。単純に近付かんとええんちゃう?」
「何にですか?」
「うわ大将」
「ドワッシャ!?」
「楽しそうな声が廊下まで響いていましたですよ」
にゅっ、とハッサクさんが顔を覗かせた。仕事は進んでいますか、と言うハッサクさんに、チリちゃんは顔をしかめてしっしと追い払うように手を振る。
「ほら大将、音も立てんと入ってきたから、紫音がビビって隠れてしもたやん」
「驚かせたのはすみませんですよ。ですが、小生は普通に入ってきたのですが……。紫音?」
ハッサクさんの登場に、私は反射的に机の下に隠れてしまった。小学校の時にやった避難訓練が役に立つ日が来るなんて……。真面目にやっといて良かった、と思ったのも束の間。ハッサクさんが私の隠れた机を覗き込んできた。それなりに近い距離で目が合って、私はまた驚いて頭を天板に打ち付けた。
「〜〜〜〜っ!?」
「大丈夫ですか!?」
「ち、チリちゃんさん……!」
「おーおー、可哀想になぁ。大将、昨日酔っ払って何したんや」
いや実際は昨日のおでこチュー事件のせいで恥ずかしいだけなんですけど! そんな事言えないので、息も絶え絶えにチリちゃんの傍まで避難すると、チリちゃんは大げさによしよししてくれた。
「紫音が困る様な事をした記憶は無いのですが……。もしや小生、あなたが嫌がる事を……?」
「な、何も無かったですよ! 嫌がる事なんて何も! たっ、ただ廊下で寝るのは困るなっていうお話を……」
「……そうでしたか。それは良かったです」
ホッと安心した笑顔になって、ハッサクさんは胸を撫で下ろす。覚えてないなら、それに超したことは無い。何故なら恥ずかしいので!!
「それで、何に近付かなければいいという話だったのですか?」
「それは女の子同士の楽しいオハナシや。大将には聞かせられへん」
「おや、秘密の話。仕事が滞らなければお好きに、と言いたい所ですが……、紫音」
「ファイッ」
「黒い結晶が確認されました。サポートの手が欲しいと連絡がありましたですよ。ご指名です、タクシーは用意してあります」
「あ、はい行きます!」
何と。結晶バトルの呼び出しだった。それなら早く言って欲しい。逃げたい訳じゃ無い、決して。
そう心の中で言い訳しながら、わたわたとボールと上着を持って大急ぎでタクシーが待っている建物の外に走り出した。
何のタイプだろう、何のサポートが欲しいのかな。スマホロトムに送られてきた情報を確認しながらその事で頭がいっぱいになった私は、部屋に残ったチリちゃんとハッサクさんの会話なんて知る由もなく。
「可哀想に、外堀の埋め方えっぐ。……大将、いつの間にかぁいらしい酔っ払い方するようになったん? チリちゃん、大将の事はドラゴン使いらしいウワバミやと思っとったんやけど」
「……ウワバミはドラゴンではありませんですよ」
「似たようなもんやろ」
「違います。……チリ、無いとは思いますが……」
「……ハッサクさん、さすがに相手がおるチリちゃんにまで嫉妬すんのは止めや。お友達を助けてやりたい思うんは人として当たり前やろ。逃げられるかは別として……、と言うかもう手遅れやろうけど」
「なら良いのです」
「こーわっ……」
私の後ろ姿をじーっと見ながら、バトルをする時の様に側頭部をトントン叩いて考え事をしているハッサクさんにも全く気付かなかった。
*
*
「戻りましたですよ!」
おでこチュー事件からしばらく。久し振りの飲み会から上機嫌でハッサクさんが帰ってきた。いつもの様に駆け寄ったセビエとフカマル先輩に頬擦りをしたハッサクさんは、三つ目の影を探して不思議そうな顔になる。
「お、お帰りなさい……」
玄関先にいるハッサクさんに、廊下を挟んでリビングから声を掛けた。きょとん、と首を傾げたハッサクさんは、何かに納得したらしく腕を広げる。
「小生はここですよ! 紫音を受け止めるなんてお安い御用です」
「わぎゃ……」
違うんです〜! 腕を広げたままジリジリ距離を詰めてくるハッサクさんに、私はハッサクさんが近付いた分だけ後ろに下がった。
二人してじわじわ歩いてだいたい一メートルくらい動いた頃、ハッサクさんが悲しそうな顔になる。それに合わせて、抱き着き待ちだった腕も力無く下がった。
「……小生の事、お嫌いですか?」
「嫌いだなんてそんな事っ……」
「それとも、頬擦りがお気に召しませんですか?」
「……それは、チョット……、恥ずかしいのはあります……」
「それは申し訳ない事を……! ですが小生、大切なものには触れたくなるタチなのです……。困りましたね……」
ハッサクさんがしょんぼり落ち込んでいく。あんなに上機嫌だったのに……。たぶんどっちも悪くない。だけど、何だか申し訳なくなってきた。
た、確かに恥ずかしいだけで嫌って訳ではないし。パルデアはヨーロッパ寄りの考えなのか、スキンシップ多めなだけなのかも知れないし!
日本人には馴染みの無い習慣だけど、郷に入ったら従えって言うしね。ここで生きていく以上慣れる必要がある訳で……。頑張れ私! ハッサクさんを悲しませたままじゃダメでしょ!!
「わ、私が慣れます……」
「……! 本当ですか!? ではどうぞ!!」
「い、行きます……!!」
度胸と勢い! 何とかなれー!!
ごめんチリちゃん……。落ち込むハッサクさんを前にしたら、チリちゃんのアドバイスを役立てる事は出来なかったよ……。
そう謝りながら、私は恐る恐るハッサクさんに抱き着いた。広い背中に手を回して、頬擦りされるのをぎゅっと目をつぶって待ち構える。
「……本当に紫音は可愛いですね」
「ひぇっ? わ、わぁ!?」
しかし、ハッサクさんは頬擦りじゃなくて、私の耳元に低い声でそんな事を囁いた。
驚いた私が声を上げると同時に、ぐいっと腰を引き寄せられて、何と私の足が浮く。不安定な態勢になった事で慌てて目の前のものに……、ハッサクさんに強く抱き着く形になった。
「落ちっ……、ハッサクさん、足が……」
浮いてる、と文句を言おうとした私は、すぐ目の前にハッサクさんの顔があることに気付く。鋭い瞳に射抜かれて、思わずヒュッと息を飲み込んだ。瞬きもせずに私をじっと見るハッサクさんが、ゆっくりと顔を近付けてくる。
……食べられる! 何故かそう思って反射的に目をつぶってしまった私に、フッと笑う様に空気が動いてすぐに、ちゅっと可愛らしい音がした。
「んぇっ……」
「……チリが言う通り、小生に気軽に近付かなければもう少しゆっくりと距離を詰めたのですが……。わざわざ自分から腕に飛び込んで来るなんて、本当に可愛らしいお馬鹿さんですね」
唇が触れるかどうかの距離でそんな事を囁く。その間、私はハッサクさんに抱き上げられたままだ。
「きっ、……っ!?」
「困るのは廊下で寝る事だと言っていたではないですか。つまり、キスも共寝も困らないと」
「……覚えてたんですか!?」
「小生、覚えていないなどと言った事はありませんですよ」
「そんなのっ……、んっ!?」
文句は唇が塞がれたせいで言葉に出来なかった。
廊下で寝るハッサクさんを運ぶ苦労は無くなったけど、その代わりにとんでもない状況になってしまった気がする!!
私の悲鳴すら飲み込んだハッサクさんには、普段のふわふわした雰囲気は欠片も残っていなかった。