初恋騒乱編
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悪徳ブリーダー達の拠点に踏み込む際には、自分の相棒であるラクシアを代わりに連れて行って欲しい──。
そんな紫音の頼みを聞き入れた小生は、当日のスムーズな意思疎通の為に数日ポケモンリーグの仕事中はラクシアを借りて過ごして気付いた事がある。
これまでの人生、ずっとドラゴンポケモンと共に在った小生は、水タイプと組んだ経験がほとんど無い。もちろん、ドラゴンと水の複合タイプはいるが、ラクシアは単体水タイプ。その上、進化もしていないポケモンだ。普段の手持ちで戦う時の感覚でいては、預かった相棒を無為に傷付けるだけになる。
感覚を掴む為にはバトルをしなければならないが、他の四天王の面々やトップは多忙。同じ教師の先生方の中にも小生と紫音の関係を把握している方はいるが、時間を合わせやすい校内のバトルコートで転校生しか連れていない珍しいポケモンと小生がタッグでバトルをする訳にはいかない。下手をすれば、教師を辞さなければならなくなるだろう。
『なるほど、話は分かった』
困り果てた小生が頼ったのは、古くからの友人であるコルさんだった。一連の流れ、そして低レベル帯のジムリーダーを任されているコルさんならば、未進化ポケモンとも上手くバトル出来る道を教えてくれるのではないかと思ったのだと語ると、彼はすぐさま快諾してくれた。
「頼まれて頂けますですか?」
『無論、ハッさんの頼みだからな!! ……だがその話を受ける前に、ハッさんの手を煩わせる者の顔を見てみたい』
「小生の手を煩わせているのは、件の悪徳ブリーダーですが……」
その者達の顔は知らない。知りたくもないが。はて、と首を傾げた小生に、コルさんが顔をしかめたのが声だけで分かった。
『違う。いや、違わないが今はそれではない。ハッさんにポケモンを押し付ける者の顔を見たいとワタシは言っているんだ』
「……ははぁ。なるほど、つまり紫音に会わせろと」
いずれ、旧友であるコルさんに紫音を紹介しなければと思っていた。ジムチャレンジも無い内に、とは考えていたが、小生としては紫音のメンタルが回復してからにしたいと考えていたのだが。
『その者次第だ。トレーナーの実力とポケモンの実力が釣り合っていなければ、いくらハッさんが強くても駄目だ。その者のポケモンとその戦い方を見て、ハッさんに釣り合うと判断したら喜んでワタシの力を貸そう』
「……分かりましたです」
『ハッさんも多忙だろう。手隙の時間があれば連絡を入れて欲しい。今は制作も落ち着いているからな。ワタシがそちらに合わせる』
「助かりますです」
コルさんとの通話を終えて、小生はそのままスケジュールアプリを確認する。
拠点に踏み込むまで残り数日。わずかに空いた時間は、もう今日の夜と明日の午後しか無かった。明日は夜間の授業も入っている為、本当に限られた時間になる。
「……ロトム、紫音にメッセージを。授業が終わり次第、まっすぐボウルタウンへ向かうように、と」
「ロトー!」
「次はコルさんへ。時間の連絡と……、ああそうですね。ポピーから頂いたバトルビデオのデータはまだ残っていますか?」
ロトムの返事に微笑むと、続いて小生はコルさんへ空いた時間を伝える為に連絡を入れた。その傍らでは、話を聞いていたラクシアが、バトルの気配を感じ取ったのか気合を入れる様に体を震わせている。
「紫音はバトルが好きではないのに、君はバトルに前向きなのですね」
「ごろっ」
相棒の気合は十分。そんなラクシアとなら、きっとコルさんのお眼鏡にかなうだろう。……いつもの紫音なら、だが。
紫音の授業が終わる頃に小生の仕事が終わる事が理想だったのだが、そこは大仕事の前。打ち合わせが長引いた小生がボウルタウンに到着したのは、夕焼けの向こうに夜空が存在感を増す頃だった。
「……はぁっ、いけません。すっかり遅くなってしまいましたです……!」
帰宅の途に就く人々の流れに逆らって道を歩く小生は、すぐにベンチに腰掛けている紫音を見付けた。腕にはニャッコを抱えて、足元にはキマワリが群がっている。
「キマ……?」
「キママ?」
「キマキマ」
「ぽにゃ……」
「…………」
「ぽっ! ぽぽにゃー!」
キマワリに代わる代わる声を掛けられている事にも気が付かない様子の紫音を心配そうに見上げていたニャッコが、小生とラクシアの姿を認めて小さな手を振った。
「ごろー!」
「ぽぼゎっ!」
「はぐぇっ!? ……はっ!」
紫音がこちらに気付く前に、ラクシアが小生の肩から飛び降りてその膝に乗る。勢い余った彼が、ニャッコを巻き込んで紫音の腹部に激突した。そのお陰で、ようやくこちらに気が付いたのでとりあえず良しとしよう。
「は、ハッサクさん! もーぅラクシア!! 突撃の前に声掛けてよぉ!」
「ごろ……」
反省してしょんぼりと小さくなったラクシアの頬を揉みながら、紫音は小生が座れる様にと席を空けた。
もにもに、と相棒の頬を揉む彼女は先ほどまでのぼんやりとした様子は無い。小生を気遣う余裕も見受けられる。
しかしその気遣いに首を振って、小生は彼女に立ち上がる様に促す。時間が押しているのだ。コルさんをこれ以上待たせる訳にはいかない。
「今日はこの街で約束があるのですよ。君も連れて来て欲しいとの事でしたので先に待っていてもらいました。先方も随分お待たせしてしまっているので、我々も移動しましょう」
「ありゃ、そうなんですね。じゃあ行かなきゃ! キマワリ達、またね!」
小生の言葉に頷くと、紫音はそれまで腕に抱いていたニャッコを頭上に、膝に座っていたラクシアを腕に抱えて立ち上がる。風に乗って不用意に飛んで行かないように、髪の毛を握る様に指示する事も忘れない。
「お約束って、何のお約束なんですか?」
「件の拠点に踏み込む際にお預かりする約束のラクシアですが、小生の専門外である水タイプですからね。強さで言えば小生の手持ちとも遜色ないでしょうが、触れてこなかったタイプである上に未進化ですから……。君と組む時の戦い方と、小生と組む時の戦い方を変えた方が良いのか、その相談とバトルの相手をお願いしていますですよ」
「なるほど! つまり水タイプのエキスパートの人との約束ですか?」
「違いますです。彼は草タイプの……」
コルさんのアトリエ兼自宅へと向かう道中、事の経緯を話していると、空気がざわめいた。草の香りが濃くなった、と言うべきか。
紫音もそれに気付いたのか、足を止めて怪訝そうな顔で周囲を見渡している。ラクシアに至っては、紫音の腕から飛び出して完全な警戒態勢を取っている。
「待ちくたびれたぞ! ハッさん!!」
木の上からコルさんが飛び降りてきた。コンクリートやレンガの地面ではないとは言え、いつ見ても小生の膝まで痛くなる着地だ。少々心配になる。
「コルさん! お待たせしてしまいましたです! しかし、もう少しご自分の体を労ってやってくださいね」
「何、構わん! そのお陰で散歩も捗った!! 今日も元気だからな!!」
一通り挨拶を交わして、紫音をコルさんに紹介する為に振り返る。コルさんの登場に驚いたのか、ラクシアと揃って一歩引いた姿勢で固まっていた。
「なるほど、キサマがハッさんの手を煩わせる元凶かァ!!」
「…………」
「……?」
「紫音。……紫音、ラクシア共々戻ってきてくださいです」
「……はっ!! ウワッビックリしたどちら様!? アッ復習授業映像で見た事ある! コルサンさんだはじめまして!!」
紫音の目の前で何度か手を振って呼び掛けると、ようやく氷状態から復活した。再起動するなり、更にもう一歩後ろに下がって驚きながら挨拶をする彼女に、コルさんもそれに比例する様に大きな声で言葉を返す。
「はじめまして! しかしワタシはコルさんという呼称をハッさん以外に許可した覚えは無いぞ!!」
「えっ! ……えっと……。……うう……、は、ハッサクさん……」
確かに、小生は授業の際にお呼びしたコルさんを紹介する時を除いてずっと"コルさん"と呼んでいた。ジムチャレンジもしていない紫音は、そちらが印象に残っていてもおかしくはない。コルさんという呼称を名前だと勘違いしていたのだろう。
数秒唸って諦めたのか、助けを求める様に小生の腕をつまむ紫音の耳に、そっと耳打ちする。
「……ネイチャーアーティストのコルサさんですよ」
「……アリガトウゴザイマス……。……コルサさん!!」
「何だ!!」
「私の名前、キサマじゃなくて紫音です!」
「ワタシはキサマの名を覚えるつもりは無い!!」
「なんだってー!!!」
元気良く名前を覚えるつもりは無い、と断言された紫音とコルさんのやり取りを前にして、小生は吹き出しそうになるのを何とか堪える。空気を変える様に咳払いをして真面目な顔を作り、小生は睨み合っている二人の間に割って入った。
「まぁまぁ。そう睨み合わないでくださいです……」
「ハッさん! ハッさんの手を煩わせるだけに留まらないこの不躾な人間は何だ!!」
「うー! ワンワンワン!!」
小生が間に入ってもなおバチバチと火花を散らす二人。背中から顔を出して、イワンコやガーディの様に威嚇をする紫音を押し戻して宥める傍ら、コルさんの質問に簡潔な答えを返した。
「こら紫音、威嚇しない。彼は小生の友人ですよ。……彼女とはお付き合いさせていただいていますです」
「なるほど、ハッさんの。……余計に手を煩わせている事が気に入らん!!」
「小生、人に世話を焼くのは嫌いではありませんから。それより、今日はその辺りの話をしに来たのではありませんですよ」
「む……。そうだったな。おい、キサマ」
「紫音です!」
「今はキサマの名などどうでも良い。ハッさんから共有されたバトルビデオを見て水タイプの使い手だと思っていたのだが。違うのか?」
視線の先にいるのは、紫音の頭に乗ったままのニャッコ。視線を感じたのか、髪の毛で遊び始めていたニャッコはその手を止めてコルさんの方を見た。
「……特にタイプにこだわりは無いです。友達になってくれるならどんな子とも一緒に行きますけど。パルデアに来て最初に友達になってくれたのがこの子です」
「ではそのポポッコと組んでワタシとバトルしろ」
「……はい? バトル?」
「ぽぽ?」
「……ええ、今日はその予定だったのです。説明の前に、コルさんとお会いする形になってしまいましたが」
バトルと聞いて、紫音はわずかに咎める様な視線で小生を見上げる。
不満を見せる彼女に、二人の戦い方の違い、小生が普段戦っているスタイルに合わせるか、それともラクシアの戦い方に合わせるかを見極める為にバトルして欲しいと頼むと、紫音は頭の上にいるニャッコを見上げた。
「……ニャッコ、行ける?」
「ぽ? ぽぽっ!」
「ニャッコは行けるそうです」
「分かりましたです」
元気よく手を挙げて返事をするニャッコに対して、紫音の表情は晴れないままだ。
「紫音、君はどうですか?」
「決定事項なんですよね? じゃあやりますよぉ」
ニャッコのやる気に反して、紫音は乗り気ではないらしい。てっきり自分がバトルをするのだと思っていたラクシアが落ち込んでいるのを見て、宥める為に鞄に入れていたきのみを食べさせながら、ぞんざいな言葉が返ってきた。
「おいキサマ。一つ勘違いしているから訂正してやる。ワタシが重要視しているのはキサマとのバトルではない。キサマのバトルとの向き合い方、それを通してポケモンとどう向き合うのかを知る過程が重要なのだ。決着など二の次三の次、それどころか必要無いまである」
「…………」
「キサマの個性を見せろ。それを下地にハッさんの芸術をぶちまける!! きっと素晴らしいものになる。ワタシもハッさんの芸術を見たい!! 当日はワタシも参加して良いか!?」
「テンションが上がって定刻前に突入しないと約束して頂けるのなら、小生がトップに伝えますですよ」
「……確約出来ん! 潔く諦めよう」
しゅん、と萎れたコルさんの様子に苦笑いをしていると、くいくい、と袖が引っ張られる。紫音を見下ろすと、彼女は背伸びをして小生に耳打ちしようとしている。届かないので腰を曲げてやると、紫音は他に聞こえない様に言った。
「……ニャッコと戦うなら何しても良いんですか?」
「はい。小生も君とニャッコのバトルに非常に興味がありますです」
「……ちょっと待ってください……」
スマホの画面を見ながら、ニャッコとヒソヒソと相談を始める紫音は、何やら作戦会議をしている様だ。しばらく打ち合わせをしたかと思うと、彼女は再び小生の袖を引く。
「……私、まだメンタルが回復しきれてないので応援して欲しいです……」
「お安い御用ですとも。小生の応援で、君が本来の力を発揮出来るのならいくらでも。さぁ、頑張れ頑張れ!! 君とコルさんなら、素晴らしいバトルが出来ますですよ!」
「……よし、頑張ります……っ!」
「話は決まったな? ちなみにワタシはジムリーダーでもあるからな! ハッさんの応援を受けたとて、簡単に負ける訳にはいかんと言う事は言い添えておこう!!」
先ほどの萎れた様子はどこへやら。小生の応援を受けた紫音が気合を入れる姿を見て、対抗心を顕にしたコルさんが笑う。
「え? さっき決着はどうでもいいって言ってませんでした?」
「どうでも良いとは言ったが負けても構わんとは言っていない! 特にキサマには負けたくない!!」
「何をぉ! 私にはハッサクさんが付いてくれてるし! こっちこそ負けませんけど!?」
「ここで睨み合わず……! ほら二人とも、往来ですよ」
「それはそうだ。ここで始める訳にはいかない。……ワタシのアトリエにご案内しよう。精々ワタシのインスピレーションを刺激してくれるバトルをする事だ!!」
コルさんの勢いに引っ張られて、紫音も少し元気が出てきた様子だが。……これはこれで、いつも通りのバトルが出来るか心配になってきた。