ハッサクさん夢短編集
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「……そう言えば。紫音、来週からの話になるのですが……」
「ふぉい?」
夕飯も終わったまったりタイムの最中、ハッサクさんが思い出した様に膝を叩いた。
「実は、そろそろ絵を描きたいと思っていまして。画材の確認等をした後、アトリエの方に入ろうと考えているのです」
「アトリエ!?」
ハッサクさんもアトリエ持ってるんだ! 確かに、お世話になってからそこそこ期間になっているけど、自宅には画材とか彫刻刀の美術に使う物は何も無かった。生活と分けておきたいから、ハッサクさんが創作に使う道具は全部アトリエに置いているんだそう。ちょっとワクワクしますね。
「これまではポケモン達の食事を用意する為にわざわざ帰宅していたのですが、今回からは君がいますから。更に集中して作品に向き合う事が出来そうです」
「ふむふむ、つまりしばらく帰って来ないですよって事ですか?」
「そうなりますですね」
「なるほどぉ。……そうなると、ハッサクさんのお食事は……?」
「アカデミーの学食でテイクアウトして、アトリエに向かいます」
「えぇー! それだと集中しすぎて食べ忘れる、ってなりませんか?」
「…………、否定は出来ません」
罰が悪そうに視線を逸らして、小さな声で返事が聞こえた。寝食を忘れて没頭出来るのは創作的にはいい事かも知れないけど、モノづくりは体が資本です。いい物を完成させて倒れました、なんて聞きたくありません!
「ダメです! じゃあ、私が決まった時間にハッサクさんが食べたい物をお届けします! 授業終わってアトリエに向かう途中でもいいから、その日食べたいご飯のリクエスト送ってください」
「し、しかし……!」
「製作中の作品が見られたくないっていう気持ちも分かります。でも、私が行く事で時間の目安にもなると思うんです! 休憩も大事!」
「……むぅ……」
「製作中もちゃんとご飯食べるって約束出来るならしません。食べたご飯の写真送ってください」
「…………」
「ハッサクさん、お返事聞かせてください」
「お、お願いしますです……」
ハッサクさんに勝利した瞬間だった。ぐっ、とガッツポーズをした私に、ハッサクさんは心底申し訳無さそうな顔をしている。
「世話を焼かせる事になってしまいました……」
「なんて事言うんですか! むしろこれくらいやらせてください! やっとハッサクさんの役に立てる〜!!」
「ふふ、ありがとうございますです」
こうして、ハッサクさんがアトリエに篭もる事が決定した。
明日から、帰る前にアトリエに寄って画材をチェックしたり買い足したり細々した準備をするんだそう。私は、それにくっついて迷わずアトリエに辿り着けるように道を覚える事に。スマホロトムが一緒にいるとは言え、自分でも覚えておいた方がいいから。……別に、ハッサクさんと一緒に出歩きたかった訳じゃない。決して!
*
*
「うわぁ、夜になると雰囲気変わるなぁ」
ハッサクさんがアトリエに篭もる初日。約束した時間通りにアトリエに到着するように、ちょっと早めに家を出た。
ゴーストポケモンに絡まれないように、ちゃんと護衛のラクシアとモノズも一緒だ。
「どんな絵を描いてるんだろうねぇ〜」
「ごろ〜」
「のんのず」
「完成したら見せてくれるといいなぁ〜」
のんびりそんな事をお喋りしながら、到着しましたハッサクさんのアトリエ。アトリエとは言っても、普通のアパートの一室。間違えない様にもう一度確認して、呼び鈴を鳴らす。
リンリン、と可愛い鈴の音が部屋の中に響いて数秒待っていると、中からバタバタと音が聞こえてきた。さらに数秒経ってから、ようやくガチャリと扉が開く。髪の毛をポニーテールにまとめたて、ほっぺたに絵の具を付けた姿のハッサクさんが嬉しそうな顔で私を招き入れた。
「ゴーストポケモンに襲われたりはしませんでしたか?」
「大丈夫です! ハッサクさんがくれたモノズもいますし、ラクシアが警戒してくれたので」
「それは良かったです。……あ、場所を空けますです。少々お待ちを……」
「手伝い……、はしない方がいい感じですかね……? あんまり触られたくないとか……」
「そういった物は無いのですが……、既に絵の具で汚れている小生が自分でやった方が、手洗い等も一度で済みますから」
「なるほど……」
あ、そうだモノズはボールに戻しとかないと。初めての場所だし、周りの状況を認識するために噛んだりぶつかったりするから、アトリエでは作品的にもモノズ的にも危ない。ぽしゅん、とボールにモノズを戻すと、ハッサクさんも小さなテーブルの上に食事を置けるくらいのスペースを確保した。
「こちらにお願いしますです」
「はぁい。こちらお届け物です〜!」
頼まれたご飯をハッサクさんの前に並べていく。その途中、ハッサクさんが何かに気付いたように首を傾げた。
「……一人分ですか?」
「そうです」
「……むぅ。小生、君もここで食べるのだとばかり……。届けたらすぐ帰ってしまうのですか?」
「かっ……」
拗ねてる! ハッサクさんが拗ねてる! 可愛いと叫びそうになったのを何とかやり過ごして、私はどうにか真面目な顔を作る。
「んんっ。食べた後の空容器を回収して帰ります」
「……君も一緒に食べましょう」
「……ハッサクさんの分ですよ」
「一人で食べるのは寂しいです」
「大丈夫、見守ってますから」
「……」
「…………」
無言の攻防戦が始まった。せっかくのご飯が冷たくなっちゃうから早く食べて欲しいんだけど、ハッサクさんはじーっと私を見つめたまま動かない。やっと動いたと思ったら、スプーンでピラフを一口掬って私の口の前に持ってきた。
「紫音、あーん」
「……へっ!? いやいやハッサクさんに買って来たご飯なんですからハッサクさんが先に食べるべきですよっ!!」
「では、小生が食べれば君も食べるのですね?」
「食べませんっ! 見守ってるって言っ……」
喋ってる途中、口が大きく開く瞬間を見計らってスプーンが口に押し込まれた。諦めてもぐ、とピラフを試食すると、シーフードとバターの香りが口の中に広がってとても美味しい。
「ちゃんと美味しいピラフですよ……。毒も入ってません……」
「毒味は頼んでいませんですよ? 明日からは、君の夕飯も一緒に食べましょうね」
「はい……」
負けました。ご機嫌になったハッサクさんは、美味しそうに食事をしながら、三回に一回のペースで私の口にスプーンを差し出してくる。さすがにそんなに食べていたら、ハッサクさんが夜お腹を空かせてしまう。
「ハッサクさん。あんまり私に食べさせていると、お腹が空いて仮眠どころか創作にノイズが入るんじゃないですか?」
そう思ってストップを掛けると、ハッサクさんが目を丸くしてしょんぼりと肩を落とした。
「……すいませんです。君が難しい顔をしながらも美味しいという感想を我慢出来ていない様子が興味深くて……」
「そんな顔してました!?」
まぁ美味しかったのは事実なので……。ポケモン達も食べられる料理なら、ラクシア達にも食べてもらいたいなぁ、って思うくらいには美味しかったので……。
「ご馳走様でした。……ああ、もう帰ってしまうのですね」
「帰りますよぉ。お邪魔する訳にはいかないし! 寝る時はメッセージ入れます!」
食べ終わった空容器を持ち帰る為に、バサバサと袋にまとめ始める。あんまり長居してこれ以上集中が途切れてしまうと、もう一度創作モードに入るまで時間が掛かってしまうかもしれないし。
「じゃあ、おやすみなさい! 朝ご飯は……、アカデミーで食べるんでしたよね?」
「はい。早めに出勤してそちらで食べるつもりです」
「分かりました! 授業でお会いしましょう!!」
ビシッ、と敬礼の姿勢を取って、私はアトリエの玄関に向かう為にハッサクさんに背中を向けた。
「待ってください。忘れ物がありますですよ」
「へっ?」
歩き出す寸前、ハッサクさんに呼び止められる。はて、と振り返るより先に、後ろからハッサクさんの手が伸びてきて、顎をぐいっと持ち上げられた。首の可動域限界まで上を向く体勢になる。
「ハッサクさ……」
ハッサクさん、と名前を呼ぶ前に、ハッサクさんの顔が降りてきた。体を屈めて私の額にちゅ、とキスをしたハッサクさんは、驚いてフリーズした私を見下ろして満足そうに笑う。
「おやすみなさい」
「……ふぁい……」
アトリエの玄関まで見送ってもらって、私はフラフラと夜の道を歩き出した。外に出るなり、護衛に飛び出してきたラクシアが心配そうに鳴いていたけど、完全に油断していた私は、ちょっとそれに答える余裕は無かった。
三日目。すっかり慣れたアトリエへの道を歩く私は、昨日までとはちょっと様子が変わっていた。今日は食事の他にも、ハッサクさんの着替えも頼まれているのです。これまでは、ポケモンのご飯以外にも時々家に帰って洗濯したり掃除をしたりしていたらしいけど、今は私がいるのでがっつり集中出来るんだそう。
「ハッサクさんの役に立ててるって感じがするぞ!」
これまでお世話になりっぱなしだったから、ここぞとばかりに頑張る私は、荷物で手が塞がっているのでラクシアに頼んで呼び鈴を鳴らした。……あれ、反応が無い。
もう一度呼び鈴を鳴らしてもらうと、やっと奥から人の気配が。寝落ちしてたのかなぁ、とのんきな事を考えていると、ハッサクさんが扉を開けてくれた。
「あ、ハッサクさん。お届け物……」
「…………」
「……ひょ? えっ?」
玄関の明かりも付いてないアトリエの中に引っ張りこまれた。私を招き入れてから思い出した様に電気をパチリ。その間に肩にいたラクシアは、さっさとハッサクさんの着替えを口に咥えて部屋の奥へと進んでいく。それを横目に、ハッサクさんは無言で私の肩口に顔を埋めた。
「……ハッサクさん?」
進捗が詰まってるのかなぁ、疲れてるのかなぁ、とぼんやり考えていた私は、耳元でスンスン、と鼻を鳴らすハッサクさんに気付いてフリーズする。ちょっ……、匂い嗅いでませんか!? もしかして臭いですか!? 明日からはシャワー浴びてから来よう、と内心傷付いている私に構わず、ハッサクさんは無言のまま私にぐりぐりと頭を擦りつけてきた。犬みたいだなぁ、とされるがままにしていると、何かを確認するかの様にまた匂いを嗅いで、仕上げとばかりにがぶり。
「えっ?」
「……はっ」
驚きの声を上げて、やっとハッサクさんが止まった。ぴきっ、と凍り付いたハッサクさんが、ゆっくりと顔を上げる。
「噛んだ……」
「…………いえその……、数日離れているせいか、君の香りがいつもと違う気がしまして……」
スンスン、と匂いを嗅いでいた理由は分かりました。でも、今説明して欲しいのはそこじゃない!
「首噛まれたー!」
「えっ。……あっ、噛み跡……」
「ハッサクさん!!」
「はい、すいませんです……。無意識です……」
「鏡ありますかっ!」
「こ、こちらです……」
洗面台の前に案内してもらって、恐る恐る鏡を確認する。がっつり噛み跡が出来ているじゃないですか!! 肩よりも首元と言った方がいい場所だ。
「明日も学校なんですよ!! ううっ、シャツのボタン上まできっちり閉めて……、カーディガンをプロデューサー巻きして行けば見えないかなぁ……」
「……見えても良いのでは?」
何故隠すんですか? みたいなきょとん顔で言わないでください! ハッサクさんが原因なのに他人事だと思って!
「からかわれちゃいますよ! どうするんですかゆうあ先生とかチリちゃんににんまり〜した顔で迫られたら!! ハッサクさんに噛まれましたって言えばいいんですか!? 噛み跡なんて余計な誤解されちゃいますよ!!」
「させておけば良いのです」
「まーっ!!」
驚きのあまり変な悲鳴が出た。あんまり悪いと思っていない様子のハッサクさんの背中に、ポスポスと拳を叩き付ける。効果は今一つの様だ。
「もう知らない! 今日のご飯は一人で食べます!!」
「えっ……」
「お着替え回収! ご飯も私の分回収!! じゃあおやすみなさい!!」
「ま、待ってください! 紫音!」
「私は怒っているんです! からかわれると恥ずかしいんですからね!!」
そう言い残して、私はハッサクさんのアトリエを後にした。引き留めようと追い掛けて来たハッサクさんの手は、ラクシアがベシッと叩き落とす。
「ちゃんと明日も来ますから。ご飯食べる間だけでも反省してくださいっ!!」
「……はい……」
しょんぼり。いつもより小さくなってしまったハッサクさんは、トボトボとアトリエの中に戻っていく。
「……一人ご飯……」
でも、私もハッサクさんと食べるつもりだったから、一人で帰る自分も寂しくご飯を食べる事になった訳で。買う時は美味しそうだなぁって思って買ったのに、何だか思ってたより味がしない気がした。
*
*
「…………」
ハッサクさんがアトリエに篭もり始めて一週間になった。夕食はちゃんとハッサクさんと一緒に食べてるけど、さすがにちょっと寂しい気持ちが大きくなってきている。
だからって寂しいです、なんて言ってハッサクさんを困らせる訳にはいかない。せっかく「いつもより集中して作品に向き合えますです」って言っているんだから、そのまま作品完成まで突き進んで欲しい。
「……と、言う訳で! 今日はハッサクさんのお部屋に侵入しちゃうぞ!! フカマル先輩、いいですか?」
「フカフカ。フカ!」
「……一応確認だけど不可じゃないよね? いいよって事だよね?」
「フルカ。……フカフカ!!」
恐る恐る確認すると、フカマル先輩は呆れた様な顔をして私を手招きしてくれた。カイリューが開けてくれた扉をくぐれば、そこはハッサクさんの寝室。ちゃんと許可してくれたみたい。よかった……!
「ハッサクさんの枕に回収してきたハッサクさんのシャツを着せて……、抱き枕の完成です!!」
「……フカ……」
「……ごろ……」
「……もしかして今二人して不可って言ったね!?」
「…………」
「その顔止めてよ〜! しょうがないじゃん寂しいんだから!!」
呆れるラクシアとフカマル先輩。何やってんだろう、という顔で見上げるセビエ! どちらかと言うと、純粋に疑問を感じている表情のセビエの様子に心を抉られる気分です。
自分でも変態みたいな事してるなぁって分かってます。分かってても今はハッサクさんに甘えられないのでこれで我慢しようとしているんです! だからドン引きしてる顔を並べないで欲しい。
「はいはい、悪かったですね! でも止めない、もう寝るよ!!」
「フカ!?」
「ここで寝ますよ! 今の私は悪人ですからね! いない人のベッドに潜り込んで寝るくらいの悪事なんて簡単に出来てしまうんだ〜!」
バフ、とポケモン達を巻き込んで布団をかぶる。……ちょっと物足りない部分はあるけど、ハッサクさん成分に包まれて眠るのは悪くない。……うん、明日はパジャマも借りて寝よう。明日になったらシャツもちゃんと洗濯して、ベッドも元通りに綺麗にしておけば、潜り込んだなんてバレない。完璧なプランだ。
ドラゴンポケモンとも眠れる大きなベッドの真ん中で丸まって眠る私が夢の泉に足を滑らせかけた頃、寝室の扉がガチャリと開く。
「……、…………」
ハッサクさんのベッドに潜り込んでるから、夢にハッサクさんが出てきてくれたんだ……。そう思ったのを最後に、私の意識は夢の泉に沈んでいった。まさか、それが現実だとは思わなかったから。
「うう、重い……?」
息苦しさで目が覚めた。ぼんやり目を擦りながら周りを見ると、まだ部屋の中は暗い。同時に、体の上にずっしりと何かが乗っかっている事に気が付いた。
今までも自分の部屋でフカマル先輩やセビエと一緒に寝た事はあったけど、二匹ってこんなに寝相悪かったかな……。ラクシアは私の頭の横が定位置だし、ニャッコはこんなに重くない。モノズが登ってきたのかな、と不思議に思いながら体の上にのし掛かるそれに手を伸ばすと、さらりと髪の毛が触れた。
「……ん?」
もう一度わしゃわしゃと撫でる。……やっぱり髪の毛だ。
「……えっ」
恐る恐る輪郭に沿って手を動かすと、覚えのあるドラゴンテールに指が触れる。
「ハッサ……、……!!」
驚いて声を上げそうになった私は、慌てて唇を噛んだ。すぅすぅ、と寝息を立てているハッサクさんを起こしてしまうと思ったから。……大丈夫、ハッサクさんの寝息に乱れは無い。
いつの間に帰ってきたんだろう。分からないけど、結んだ髪の毛そのままで寝ようとするくらいお疲れなのに、私がベッド占領してましたって訳だ。……どうしよう、めちゃくちゃ悪い事しちゃった……!!
「……ううっ、ゆっくり寝てもらいたいのに動けない……!」
「んん……、起こしてしまいましたですか……?」
わ、ワァー!! もぞもぞしてたらハッサクさん起こしちゃった!!
寝起きの掠れた声で囁くハッサクさんが、ゆっくりと起き上がる。圧迫感から解放された私がホッと息をつく横で、ハッサクさんは再びベッドに横たわった。
「……寂しい思いをさせましたね」
「……さ、寂しくは……!」
「小生は寂しかったです。君の体温が足りません。作品に向き合う為にも、君の補充が必要だと思って帰宅すれば……、可愛い抱き枕がありました」
「あぅ……」
「おいで。寝ましょう」
「は、はひ……」
返事を噛んだ。でもおいで、って言われて抗えるはずもなく。もそもそとハッサクさんの腕の中に収まると、ハッサクさんは嬉しそうに私を強く抱き締めた。
お疲れだったのか、あっという間にすぅ、と静かな寝息を立て始めたハッサクさん。ぼんやり見えるその寝顔にそっと手を伸ばすと、普段は無い髭がちょっとチクチクしている。
「……そんなに一緒に寝たかったのかなぁ」
絵を描いてる途中で全部放り出して帰ってきたのかな。そう思うと、少しニマニマしてしまう。
そんな顔のまま、私はハッサクさんの温かさに包まれて本格的に眠りに落ちていった。