初恋騒乱編
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「帰りましたですよ」
「……!!」
カイン先生にゴチンと拳骨を食らって、ペパーに引きずられてアカデミーを後にした私は、ハッサクさんの帰宅を今か今かと待っていた。
待ち望んでいた声が聞こえた途端玄関に走ると、何やら考え込む様な顔をしていたハッサクさんと目が合う。目が合った途端、嬉しそうに笑って腕を広げてハグ待ちの姿勢に入ったハッサクさんに、遠慮なく飛び込んだ。
「遅くなってしまいましたですね」
「そうは言っても、夜授業ある時よりは早いじゃないですか。……あ、カバン持ちますよ!!」
「それは結構です」
「くっ……! ダメかぁ……!!」
さり気なくカバンを受け取ろうとしたら、ニコッと満面の笑顔で逃げられる。がっくりと肩を落とすと、ハッサクさんはその笑顔のまま私の額を指で弾いた。
「甘えたついでにカバンをかすめ取ろうとしましたね? お見通しです」
「バレてる!!」
「バレます」
ちくしょー! でもバレてしまったなら仕方ありません。この作戦は破棄、次の作戦には移行します!
リビングに向かうハッサクさんの周りをそわそわうろうろしてみる。ハッサクさんもその動きに合わせて視線をあちこちに向ける。でも、私の疑問に答えるつもりは無いらしく、ニッコリ笑ったまま。
「紫音」
「はいっ!」
「食事はどうしましたか?」
「……むぅ」
そのお顔は分かっているお顔なのに! ハッサクさんからは絶対に教えてくれないという雰囲気だ。
「紫音?」
「……あ、ご飯はデリバリー頼もうと思ってて!」
「おや、まだだったのですか? ……もしや小生を待っていた……?」
「いやぁ、先にデリバリー頼もうと思ったんですけど……、何かハッサクさん帰ってきて一人でご飯食べてるの見たらまたお腹空きそうだなぁって」
「それはそれは。たくさん食べてくれて構わないのですよ」
「そしたら太っちゃうじゃないですか!」
不満で頬を膨らませると、ハッサクさんは嬉しそうに私のほっぺたをむにむにしてきた。ぷひぇ、と空気が抜けると、ハッサクさんは満足した様に笑って部屋に荷物を置きに行ってしまった。
……ここまで、夕方にあった会議に関する話は一切無し。もしかしたら、ハッサクさんはカロンが何に巻き込まれたか私に教えるつもりは無いのかもしれない。
「では、お腹を空かせた君の為にも、手早く届けてもらえるお料理を頼みましょうか」
「……! わぁい!」
「小生のスマホで注文しましょう。お先にどうぞ、選んでくださいです」
戻って来たハッサクさんが、私の隣に腰を下ろす。ハッサクさんのスマホを覗き込む為に、必然的に距離が近くなる。何なら、見えやすい様に肩を抱かれるくらいだ。目の届く範囲に留めておきたい、という意思を感じる。
……これはもしや……、持って帰ってきた資料が部屋にあるな? そうだとしたら、私がやる事は一つだ。
テキパキと自分の分の注文を終わらせて、ハッサクさんにスマホロトムをお返しする。ハッサクさんも注文して、後は配達を待つだけ。
「ハッサクさん!」
「はい?」
「待ってる間にシャワー浴びてきてはいかがですか!?」
「……」
「遅い時間に差し掛かってますし! ほら、時間は効率的に使わないと!!」
「…………それは、否定しませんが……」
「たいむいずまねー! ほら、早く早く! 配達が来たら私が受け取っときますから!! セグレイブのご飯も一緒に用意しときます!!」
「おっとと……」
ぐいぐいとハッサクさんの背中を押す。向かう先はもちろんシャワールームだ。ハッサクさんのシャワータイムの間に、どうにか資料を見つけ出す。どこにあるのか分かれば、ハッサクさんが寝てから忍び込んで……、とかも出来る。うーん悪い事ではあるんだけど……、自分のポケモンの事なのに知らされないって言うのはすごくモヤモヤしてしまう。バレたら謝ろう!
「……分かりましたです。では、セグレイブ達の食事を頼みます」
「いえっさー!」
すーっごく疑いの目を向けられている。じーっと見下ろす圧は、初めて会った時を思い出すくらい怖い。でもやり遂げなきゃいけない!
ハッサクさんをシャワールームに押し込んで、大急ぎでハッサクさんのポケモン達のご飯を用意! ラクシア達は先に済ませているから、もう私の寝室で休んでいる。
「お待たせ! ……あ、こらセビエはさっき食べたじゃん!」
「キュエー! キュッキュ」
「……分かった、ハッサクさんが出てきたら教えてね!」
「キュッ!」
もう食べたセビエがまた食べたいって言うので、何かあったらすぐに教えてほしいと頼んだら元気良く頷いてくれた。その返事に、私は仕方なくセビエの分までご飯を用意して、ハッサクさんのお部屋に忍び込んだ。
資料配るって聞こえたんだけどな……。まずカバンの中を捜索させてもらおう。……うーん、無いなぁ……。
もしかしてもう机にしまった!? 引き出し失礼しまーす。……ここにも無いっ!!
えぇ……! もしかして、私が探す事を見越して学校のデスクに置いてきた!? うーんあり得る……。でも諦めないぞ……!
「……紫音」
「ちょっと待ってください今忙しいんです! ハッサクさんがシャワー終わるまでに配られた資料を……。……アェッ!?」
「おやおや、それは大変ですねぇ」
大慌てでシャワーを済ませて来たのか、まだしっとり濡れた腕で肩を抱かれた。私のすぐ横にあるハッサクさんの口から、吐息と一緒にきつもより低い声が私の耳に吹き掛けられる。
「そんな気はしていましたですよ。リビングにいないと思ったらやはり……。悪い子ですね」
「あぎゃわびゃ……!」
「駄目ですよ。人の部屋を漁っては。大変な物を見付けてしまうかもしれませんからね」
「は、ハイ……」
セビエはどうしてるんだろう……っ。裏切り者ぉ、と小さく呻くと、ハッサクさんはクスクスと笑った。
「セビエなら、一生懸命ご飯を食べていますですよ。君の敗因は、見張りに付けるポケモンを見誤った事です」
「ひゃい……」
「では、リビングで待っているように。小生は髪を乾かしてきますです」
色気の暴力ぅ……。ちゅ、と目元にキスを落としたハッサクさん。その行動にフリーズした私は肩を抱かれたまま、リビングに連行される事になったのです。
*
*
「さて、小生の予想を上回る程の諦めの悪さを見せた君の事です。このまま隠し続けていると、関係者に突撃して話を聞き出そうとするでしょう」
「……そそそそそんなコトしませんですよ!?」
「……するつもりだったのですね?」
「…………ハイ……」
「……仕方ありません」
食事の後。ハッサクさんは深いため息を吐いた。ソワソワと話を待つ私に、しばらく考え込む様に手を組んでみたり、何度かため息を吐いたり。
「ハッサクさん?」
どう話すのかを悩んでる様子のハッサクさんの顔を覗き込むと、ハッサクさんは何度か瞬きして首を振る。
「……いえ、大丈夫です。端的に言えば、カロンを傷付けたのは無理やりタマゴを産ませて売りさばく輩だった。相手はドラゴンポケモン。だからセグレイブに怯えるという事です」
「…………え」
たぶん、きっと、間違いなく。ハッサクさんがいろいろ削ぎ落として、必要最低限な情報を丁寧に丁寧にオブラートに包んで私に教えてくれた内容は、短い言葉なのに思ってた以上にダメージがあった。
だって、それは売買が絡まないだけで孵化厳選だ。程度の差こそあれ【そんなの皆やっている】から。バトルタワーに挑戦する人はなおさら。
育て屋さんの前をひたすら自転車で爆走して、タマゴをたくさん作って、ひたすら孵化させてジャッジしてもらう。生まれ持った能力が妥協点を超えられなければさよならバイバイ。また受け取って、孵化して、ジャッジしてを繰り返す。
私だってコンテストの為にやった事がある。性格とタマゴ技を遺伝させる為に。そのポケモンで、コンテストに優勝した。
今私が感じている怒りは、私の知らない所で、色違いが欲しいからって理由でカロンをそんな扱いした事に対する怒り。でも、私もそれと似た事をやった。そんな私がその人達に怒っていいの? どうして怒れるの?
しかも、その時カロンはそのコレクターのポケモンだった。私が文句を言う筋合いは無い。
怒りと自分がやってきた事の板挟みになって、吐きそうだった。
「う、ぶぇ……」
ゲームでは当たり前にやっていた事なのに、現実でそんな事をすると考えたらゾッとする。慌てて駆け寄ってきて私の背中をさするハッサクさんは、その様子にやはり話すべきではなかったと呻いた。
「……通常、ポケモンのタマゴが発見されればボックスに送られます。しかし、彼らは発見されたタマゴをそのまま隠し持ち、産まれたポケモンでも商品にならないと判断されれば捨てられる。……正規の手続きを踏んだポケモン達はボックスで管理され、手順を踏んで野生に帰されるのですが……、彼らはそれをしない。悪とされるのはその部分です」
「でも、私もやって来た、タマゴの為に育て屋さんに預けたりしてきたんです。私も同じです……!」
「同じ様で違います。ポケモン達は、信頼した人間にタマゴを託すのですよ。タマゴを託してくれたと言うことは、我々を信じてくれたからです」
「……ううっ……」
ハッサクさんの言葉を支えに、私はどうにか吐き気をやり過ごして、心配そうなハッサクさんの呼びかけに応える余裕も無いまま部屋にいるカロンに駆け寄った。
「ごめんっ……、ごめんねぇっ……!!」
「ぽぉぉ……?」
「いっぱい楽しい事しようね……! 嫌な事全部忘れるくらい楽しい思い出いっぱい作ろうね。それがこれから生きるって事だと思うんだ。過去は変えられないけど、私と一緒に未来を生きよう。嫌な人達は、ハッサクさんとセグレイブがぶっ飛ばしてくれるって。だから、カロンは楽しい事だけ考えていようね……!!」
「…………」
「紫音……」
しゃくり上げながら、私は必死にカロンを抱き締めた。腕を伸ばしたと同時に尻尾ビンタの構えに入ったけど、私の様子に驚きが勝ったらしいカロンは大人しくハグさせてくれた。
「私だって、カロンを酷い目に遭わせた人達をぶっ飛ばしたい! でも、それをやってスッキリするのは私だけ。それなら、カロンと楽しい事する方を選ぶ!!」
「ぽぉ……」
「とりあえず、パルデアの色んな所見て回ろう! 行った事無い地方にも行こう! 何なら、またコンテストに参加するのもいいね! 綺麗なカロンをまたみんなに見てもらおう!! とりあえず何処に行きたいか、地方ごとのパンフレット買いに行こう、一緒に行きたい所決めよう!!」
カロンをぎゅうぎゅうに抱き締めて、言いたい事を言った私は、心配そうに様子を見ていたハッサクさんを振り返る。
「ハッサクさん!」
「は、はい!」
「そうは言ってもぶっ飛ばしたい気持ちはあるので、私の代わりにラクシアを連れてってください! 絶対に、ぜぇーったいに、一人も逃さないでください!!」
「……任されましたです。君とカロンの為にも、必ず、一人残らず、殲滅して戻ります」
涙目のまま、ラクシアをハッサクさんに突き出した。突然ハッサクさんの目の前に差し出されたラクシアは困惑の声を上げているけど、ハッサクさんは大事そうにラクシアを受け取る。
「……ごろ……」
「……ふふふ、しかし、今から行く訳ではありませんからね。ひとまず、彼は紫音に返しておきますです」
「……あっ」
「ごろぉ……」
「ご、ごめん……。気持ちだけ焦っちゃって……。ハッサクさんもすいません……」
「構いませんですよ。君の怒りは正当な物です。……その怒り、小生がお預かりします」
お返しされたラクシアごと、私をぎゅっと抱き締めたハッサクさんが言った。ハッサクさんも中々に怒っているらしい。その証拠に、いつもより抱き締める力が強い。
その時私の脳裏にある光景が蘇った。怒ったドラゴン使い……。人に向かって放たれるカイリューの破壊光線……。
「……あの、一応言っておきますけど、人に向かって破壊光線とかしないでくださいね……?」
「…………」
「お返事を!」
「……むぅ、分かりましたです……」
やるつもりだったんだ……。一言添えといて正解だった!
「……しかし、何故カロンを傷付けた輩の事を気に掛けるのです?」
「え? 違いますよ。人に向かってポケモンの技使った結果、ハッサクさんが捕まったら嫌じゃないですか」
シュッシュ、とシャドーボクシングを披露すると、ハッサクさんはぽかんとした顔をして、すぐに噴き出した。
「ふはっ……。ああ、いえ、すみませんです。君が真面目な顔でズレた方向の心配をしてくれるので……」
「ズレてません! 私の中では真っ直ぐですー!」
「そうですか。それは失礼しました」
「もぉ〜!!」
絶対そう思っていませんね!? 肩が震えていますよ!!
笑いを堪えるハッサクさんの肩に手を置くと、軽々と抱き上げられてしまった。ハグして欲しかった訳じゃないんだけど、ハッサクさんより少しだけ高い目線で歩き回る景色は、いつもの同じ部屋なのにとても楽しかった。
絶対しんどい思い出より、楽しい思い出の数が多いってなるまで頑張ろう。フラッシュバックがあっても、その楽しい思い出で乗り切れる様になってくれれば嬉しい。
とりあえず、人間は怖くないって心から信じてもらえる様にしないと。そう心に決めた私は、ハッサクさんにその事を伝えた。
「一緒にいるのですから、小生も努力しますです。二人で頑張りましょうね!」
そう言ってくれるハッサクさんは、とても心強かった。