初恋騒乱編
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「……視察でも無いのに、こうしてアカデミーの教室に集まると言うのは不思議な気持ちですね」
トップはそう言って、カイン先生が担当する教室中央の席に腰掛けた。
ポピーを除いたポケモンリーグの面々、数人の教師陣、ジュンサーさん。そしてチャンピオンの資格を持つ者が集められた教室はざわめいている。
それはそうだろう。これほどの顔ぶれが揃うなどほとんど無い事態だ。しかも、集めたのはトップチャンピオンでは無く一介の教師。リーグの職員は怪訝な顔を隠そうともしていない。
「……時間を作っていただいて申し訳無い。先に、一斉検挙について話をさせてもらいます」
「……?」
「ランクルス。すまない、資料を配るのを手伝ってくれ」
「クックルゥ!」
「一部取ったら後ろの人へ回してください」
カイン先生が用意した資料。小生は、その内容を既に半分程知っている。エイル君に協力を仰いで、カロンから聞き取った内容を書き留めたのは小生だからだ。
しかし、こんなに分厚かっただろうか……。疑問は資料を一枚めくるとすぐに解決した。
なるほど、決行の日時、各地方に点在する犯罪拠点が記してある。その部分は、ジュンサーさんから情報を得たのだろう。
「……、…………!」
「……先輩、外騒がしくないです?」
軽く目を通していると、不意にフユウ君が手を挙げた。外が騒がしい、と言う彼女に、怪訝な顔をしたカイン先生が教室の扉を開ける。
「……昼授業の生徒達は放課後の時間だからね、別に生徒の声が聞こえても……、あ」
「ちょ、センパァイ邪魔しないでくださいよ! 聞こえないじゃん!」
「紫音がうるさいんだろ! オレだって気になるんだから静かにしてくれよ!!」
「…………」
扉を開けると、わぁわぁと言い争う声がダイレクトに聞こえてきた。紫音とペパー君の声だ。
どうやら、カイン先生から今日は遅くなると聞いていたペパー君と、チャンピオンランクのクラスメイト二人が何やら招集されていると気付いた紫音が情報をすり合わせた結果、会議の盗み聞きに手を染めたらしい。
「……やぁ、元気だね」
「あっ! ほらペパーがうるさいから見付かった!」
「お前だって……!」
「ははは。……二人ともこっちに来なさい」
カイン先生に手招きされた二人が、恐る恐る教室に入ってきた。一般生徒である二人を同席させるつもりか、と言うよりも先に、教室中に鈍い音が響く。
「いっ……!?」
「にぎゃっ!?」
二人の頭に無言で拳骨を落としたカイン先生は、痛みでうずくまる彼らを無情にも廊下に放り出した。
「デンチュラの電気糸で縛り上げて放置しても構わないんだよ」
「電気糸!? ビリビリちゃんでなんにも出来なくなる!!」
「分かったら帰りなさい」
「ううっ、カイン……、せんせぇってば本気だ……。帰ろうぜ……」
「むぅ……。私は諦めないんだからな!」
「諦めろ! カインはやるって言ったらやるんだぞ!? オジャマしました!!」
うっかりカイン先生に"先生"を付けるのを忘れて呼び捨てにする程に焦ったペパー君が、紫音の首根っこを掴んで本気で怒られる前にとそそくさと逃げ出していく。その後ろ姿を見送って、ぴしゃりと扉を閉めたカイン先生は、大きなため息を吐いた。
「……迂闊だったな。見張りを立てておくべきだった……。話を始める前で良かった。助かったよ、フユウ」
「いいですって! 深刻な話する前にさっきのでちょっと空気も和らいだって事で、ちゃっちゃと終わらせましょ!!」
空気を変えるように、フユウ君が手を打つ。深刻な話である事は確かだが、少し気が楽になったらしいカイン先生はゆっくりと口を開く。
「……今回、悪質ブリーダーが全国にネットワークを張っている事が分かりました。もちろん、ここパルデア地方も例外ではありません。皆さんは、彼らが証拠隠滅や逃走を計らない為にも、各地で一斉に対処に当たっていただきます」
「……なるほど。少人数で事に当たり、一斉検挙の後ジュンサーさんに引き渡す、という流れですね?」
「そうです」
クラベル校長の確認に、カイン先生は頷きながら資料をめくる。
全国、と言った通り、悪質ブリーダーの拠点は各所に点在していた。……もちろん、カロンが紫音と再会するまで生活していたガラル地方にも。
「……小生、正直に申し上げてガラル地方の検挙に参加したいのですが」
駄目だろうとは分かってはいたが、一応手を挙げて発言すれば、カイン先生は小さくため息を吐いて首を振る。
「気持ちは分かりますがもちろん駄目です。その為だけにハッサク先生の手持ちポケモンの検査をしている時間がありません。我慢してください。……振り分けは理事長と校長先生、ジュンサーさんと話し合って決めていただけると助かります」
「分かりました」
「拠点はマップに記してある通りです。地形やこちらとの連携問題もありますので、主な使用ポケモンも共有させていただきます」
ジュンサーさんの言葉に、トップと校長先生が資料にその旨を書き込んでいく。
「……他の地方ともタイミングを合わせ、地方毎のリーグ関係者やチャンピオンが一斉に踏み込みます。連絡網を使われる前に、一斉に検挙をしなければなりません」
「質問よろしいでしょうか」
「はい」
「発覚の経緯をお伺いしても?」
トップが手を挙げた。これ程の規模の犯罪を何故今まで見逃してしまっていたのか。そして、何故今になってそれが発覚したのか。
経緯の説明が必要になると予想していたカイン先生は、前もって資料にその説明も載せていた。
「……資料の十ページを開いてください。今回発覚したのは、コレクターの元から返還されたミロカロスがきっかけです。このコレクターが、悪質ブリーダーと繋がっていました。……ここから先はショッキングな話になるかと思いますので、気分が悪くなった方は教室後方の扉から退出していただいて結構です」
その為に会議室では無く、出入口が前後に設置されている教室に招集されたのだ。チャンピオンとは言え、特に生徒にはそう言った気遣いが必要になるだろうと判断されたのだ。
最悪だった。最悪の事態だった。
カロンが巻き込まれた犯罪は、カイン先生が言う絶対に違っていて欲しいという望みを軽々飛び越えていた。
「……件のミロカロスは、珍しい色違いであるという理由で閉鎖されたボックスから引き取られました。ご存知の通り、ミロカロスは美しいポケモンです。しかもそのポケモンはメス。悪質ブリーダーはそこに目を付けました」
美しさで知られるミロカロス。その上色違いだったカロンを前に彼らが考えた事は、とんでもないものだった。
「色違いのポケモンを親に据えて、色違いのポケモンを量産しようとした。量産したポケモンを売りさばくつもりだったのでしょうね。……しかし、その目論見は失敗した」
「……それはそうでしょうねえ。そもそも、ポケモンのタマゴは謎が多い。彼らが持ってくるタマゴがそのポケモンの子供であるという確証も無い。何せ、タマゴが出来る瞬間を誰も見た事が無いのですから。色違いを親に据えたとしても、それを引き継ぐ訳ではありませんし……。技や性格、能力等受け継ぐ事が出来る物はありますが、長年研究したぼく達でさえ遺伝的にはどうなのかも解明出来ていません。さらに言えば、ポケモンがタマゴを持ってきてくれるのは信頼した人間にだけ。そんな暴力的な事をしてタマゴを持って来てくれるはずありませんよお」
ポケモン生物学に精通しているジニア先生も、やれやれとため息を吐いた。
ポケモンを研究するジニア先生が分からない事を実行しようとした者達は、どう頑張ってもタマゴを持って来ないポケモン達にさぞ苛立っただろう。
「クローンならともかくなぁ。まぁ、そんな設備を用意しようもんなら、すぐに目を付けられる。地道にタマゴ作ろうとしたんでしょう。……そう簡単に色違い産まれるかいな」
「そういう訳で失敗した彼らは、ミロカロスを前に困り果てた。……色違いのミロカロス、野生に帰すにしても彼女は少々強過ぎる、すぐに異変個体として報告され、調査が入る可能性があった。処分するにしても、珍しいポケモンは定期的にチェックが入る。……飼い殺しにするにも、ミロカロスはそれなりに大きくて幅を取る」
結果として、彼女はボックスに帰ってきた。人間不信どころか、ポケモンすら信じる事が出来ない程に傷付いて。
「……発覚したのは、同居する事になったドラゴンポケモンに異様に怯えたからです。友人に通訳を頼んで話を聞き取りを行った結果……、ドラゴンポケモンに襲われ続けた事が分かりました」
「襲われた、と言うのは?」
「……興奮剤を投与されたドラゴンポケモンに押さえ付けられたそうです。最初はある程度抵抗する事が出来たそうですが、ある日から見境なく襲われる様になったと。……詳しく聞くと、どうやら特性パッチを使用して以降、抵抗すらままならない程に興奮したドラゴンポケモンと同じ部屋に押し込められたらしく……」
コレクターの趣味で特性を変えたと思われていたのだが、ミロカロスの隠れ特性を利用して、効率的にタマゴを産ませ続けようとしたらしい。……聞けば聞くほどとんでもない話だ。
「ドラゴンポケモンにも、比較的気性の穏やかなポケモンがいますからね。扱いやすいポケモンを使ったのでしょう」
「う……、ぇっ……」
その時、限界に達したらしいネモ君が口元を押さえて立ち上がった。随分青い顔をして教室を抜け出した彼女の様子に、フユウ君がそっと彼女を追い掛ける。
それを見送りながら、カイン先生は暗い顔をした面々を見渡して話を続けた。
「……最初の相手は水タイプだったそうです。しかし、高レベルのミロカロスは彼らを尻尾で弾き飛ばす事が出来たせいで、やがて水タイプからドラゴンに、更に抵抗を続ける内に、腕を自由に使える二足歩行のドラゴンに変わっていった。興奮したドラゴンポケモンが覆いかぶされば、さすがのミロカロスも尻尾で弾き飛ばす事は出来ない」
積もり積もって、オスのドラゴンポケモンに怯える様になった。好意を向けた小生のセグレイブを前に恐慌状態に陥ったのは、再び蹂躙される事を恐れた為なのだ。
「……人の手を渡り歩いてきたポケモンは、時に人間不信に陥る事があります。実際、わたし達ボックスを預かる者、引き渡しの審査をする者、誰もが彼女の様子を見て、『ああ、また無為に人の手を渡り歩いたせいで落ち着かない生活をしてきたのだな』と思いました。……残念ながら、よくある事だからです」
「よくある事……」
「今回明るみになったのは偶然です。その偶然を捨てる訳にはいかないんです。ポケモンを犯罪に利用させる訳にはいかない。彼らと良き友人であり続ける為にも、それは絶対に看過出来ないんです」
「…………」
「だからお願いします。ポケモン達を助ける為に、協力してください」
そう言って深々と頭を下げたカイン先生の肩に、重苦しい空気がのしかかる。
「それ、絶対参加ですか?」
「……絶対、ではないよ。あるじまもネモも、チャンピオンランクである前に生徒だからね」
「……じゃあ、考えさせて欲しいです」
「……構わないよ。決行日の前日までにジニア先生に伝えてもらえればそれで。危険に身を投じる事になる。よく考えて欲しい」
「……どーも」
「ありがとう。ネモにはフユウから伝えてもらおう。他に質問はありますか?」
誰も何も言わない。
不明点が出てきたら、いつでも連絡をして欲しいという言葉を最後に、カイン先生の話は終わった。後は、トップと校長先生、ジュンサーさんでどの拠点を誰が担当するのかを決めるだけだ。
「……データ取る環境じゃねぇってだけで、ほぼ実験じゃねぇか……」
少しずつざわめき始めた教室の中で、誰かが漏らした吐き捨てる様な言葉が聞こえる。実験体、その通りだ。
犯罪者を検挙しても、カロンの傷は癒えない。いつまでもドラゴンポケモンに襲われ続けた記憶が彼女を苛むだろう。まったく、とんでもない事をしてくれたものだ。
「ハッサク先生」
「……! はい?」
「分かっているとは思いますが……、カロンが自分から近付いてくるまで、セグレイブはもちろんドラゴンポケモンを近付けないでくださいね」
「……肝に銘じますです」
小生の返事に、不満を露わにするセグレイブのボールを宥めるように撫でれば、彼はややあって大人しくなった。
「……やはりガラルに……」
「駄目です」
「駄目ですか……」
原因となった者を直接検挙したいともう一度ガラル行きを希望すると、カイン先生だけでなくトップも首を振る。
「何処で彼女がそんな目に遭ったか分からないでしょう。わざわざガラルに行ったと言うのに別の拠点を叩いていた、なんて笑えませんよ」
「……分かりましたです」
渋々頷くと、トップは満面の笑みで拠点の一つを指差した。
「やる気に満ち溢れているハッサクには、ここの指揮を担当してもらいましょう」
その指先にある拠点は、一晩規模が大きいと補足が付いている場所だった。