初恋騒乱編
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カロンが私の手元に戻って来て数日。
ピクニックに出掛けたり、ベランダで日光浴をしたりして、やっと少しずつカロンに近付く事を許される様になってきた。
それでも、引き際の見極めを失敗すれば相変わらず尻尾ビンタされるし、相変わらずモノズ以外のドラゴンポケモンには心を開かない。
ハッサクさんは……、腰を曲げて目線を合わせれば威嚇する事は減ってきた。減っただけで、ハッサクさんが近付く事は許さない。
「ひとまず、害意が無い事が伝われば良いのです。小生、人に目が怖いと評される事が多いので、気にしていませんですよ」
ハッサクさんはそう笑って、時間はあるのだからと私を慰めてくれる。
確かに、この数日でだいぶ落ち着いてきた。でも、セグレイブに怯える理由はまだ分からない。ハッサクさんが厳重に言い付けてくれているお陰で、今の所セグレイブとうっかり出くわす、なんて事故は起きていないけど、心が治るのか、そしてその原因は何なのかが分からないと、いつまでもこのままになってしまう。
「ロトロトロト……」
「……むっ」
カイン先生から、ハッサクさんに連絡が来たのはそんな時だった。慌てた様子のハッサクさんが私の寝室に割り当てた部屋の扉をノックして、通話しながら顔を覗かせる。
「はい。……ええ、今はカロンも落ち着いた様子です。これから、ですか? しかし、夜分にお邪魔してはカイン先生のお仕事が……」
手招きされてハッサクさんに近付くと、スピーカーをオンにして私にもカイン先生の話す言葉が聞こえるようにしてくれた。
『早い方が良いのでは? 幸い、牧場の仕事は比較的落ち着いているから、気にしなくて大丈夫ですよ』
「分かりましたです。では、用意をして急ぎカイン先生の牧場へ向かいます」
『そうしてください。マイペースなエイルを長く捕まえておくのも忍びないですから』
「……! エイルちゃん来たんですか!?」
『紫音、いたんだね。ああ、来たよ。野生のポケモンに伝言を頼んでおいて正解だった。思ったより早く来てくれたからね』
「分かりました行きます! 行きましょうハッサクさん!!」
「こら、お待ちなさい」
「ぐぇえ」
走り出した途端にフードを掴まれた。首が締まるっ……! ぐぇ、と潰れた声を上げた私にため息を吐いて、ハッサクさんはテキパキとタクシーを手配する。
「一人で行ってどうするのです。小生のセグレイブにも関わる話なのですから、二人で行きますですよ」
「あい……」
「気が急ぐのも分かりますから。落ち着きを持ちなさい」
「はい……」
ぼんぽん、と頭を撫でられた。
ハッサクさんの言う通りなので、私はもそもそと出掛ける用意を始める。腰にボール、ポーチにスマホ。財布は……、LPがまだ残ってるから大丈夫かな。
「カロン、カロンのお話を聞かせてね」
最後に、カロンの入ったボールに声を掛ける。返事は無かったけど、ボールの中で尻尾をバシバシ叩き付ける様子も無かったから、とりあえずオッケーなんだと思う事にした。
*
*
「紫音ー! ハッサクー!!」
カイン先生の自宅兼、もう一つの仕事場でもある牧場に到着すると、カイン先生じゃなくてエイルちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
ニコニコと笑う笑顔に、何だか緊張していた気持ちがふわっと軽くなった気がする。とりあえず、出会い頭にぎゅっと抱き締めると、エイルちゃんもふわふわと抱き返してくれた。
「助けてエイルちゃん……」
「……どしたの? ハッサク何かしたの?」
「エイル、今回はハッサク先生じゃないんだ」
「今回……、は? え? カイン先生、それだと何か私が知らない内にハッサクさんがやらかしたみたいな言い方ですね?」
「あっ」
「ぅおっほん!! エイル君、今日は紫音の手元に帰ってきたミロカロスについてなのです」
大きな咳払いをするハッサクさん。あれ、そのリアクションだと本当に私が知らないやらかしがあるみたいじゃないですかー。
まぁ、それはそれとして。
「そう、カロンって言うミロカロスなんだけどね……」
「うん、元気無かった……」
「……え!? 見る前に分かるの!?」
「ううん、この前会ったの! ここでもお話した事あるけど、何だか前より元気無かったから、どしたのかなって……」
「な、なんだってー!!」
この前っていつだろう? 学校では会ってないし……、そもそもいつもラクシア達と一緒にいるし……。可能性があるとしたら、ピクニックの途中かな?
そう考えていた私の思考を、カイン先生が引っ張り上げた。
「はいはい、雑談はそこまでだ。手早く済ませよう。ダイニングへ行くよ」
「お邪魔しますです」
「どうぞ。こちらだ」
カイン先生が先頭に立って、牧場を突き進んでいく。暗くなってきた景色の中に、見覚えのあるポケモン、見た事の無いポケモンが自由に生活していた。
ほぁ〜、と眺めながら歩いていると、カイン先生が自宅の扉を開けながら苦笑いを浮かべる。
「……興味があるのかい?」
「知らないポケモンがいっぱいだなって……!」
「牧場を手伝ってくれるのなら、見に来てくれても構わないよ。……まぁ、カロンが落ち着いたら、になるだろうけれど」
そう笑ったカイン先生は、すぐに難しい顔になる。
「……一応、ハッサク先生は廊下で待機してもらおうか……」
「えっ! カロンはハッサクさんにも少し慣れてきたんですけど……」
「うん、二人がカロンの為に頑張っているのは理解しているとも。職員室でも相談を受けるしね」
それでも、普段の生活で慣れてきたとは言え、カロンにはこれから嫌な事を思い出してもらわなきゃいけない。その記憶に連なって、ハッサクさんが一緒にいるとカロンの負担になる記憶も開く可能性もある。
結果、再び暴れるかもしれない。抑え役として、カイン先生のランクルスやムシャーナがスタンバイしてくれるそうだけど……、暴れ回るカロンからハッサクさんを庇う為にハッサクさんの手持ちが出てきたら、それこそ手が付けられなくなってしまう。
「……ねぇ、カイン。カロンのシマウマ、ホントに聞かなきゃダメなの?」
「しま……、え?」
それまでふんふん、と頷きながら聞いていたエイルちゃんが首を傾げた。
しまうまとは。ポケモンにはウマモチーフの子はポニータとかがいるけど、シマウマモチーフのポケモンもいて、エイルちゃんはそのポケモンの事を言っている……? なぜ急にシマウマ? 分からない。ハッサクさんに助けを求めると、ハッサクさんも分からないのか私を見下ろして一緒に首を傾げる事になった。
「……エイルにはまだ詳しく話していなかったね。ただ傷付いただけなら、聞き出さなくてもいい。時間を掛けて、ゆっくり治す。それが一番いい」
「じゃあ、うちカインの手伝い出来ない」
「……頼む。わたしには、カロンが犯罪に巻き込まれた予感がしてならないんだ。違ったのなら、彼女の心のケアに心血を注ぐと誓う」
エイルちゃんに頼み込むカイン先生の言葉に、私は思わず声が大きくなる。
「え、待ってください! この前は虐待の可能性があるって……」
「……もちろん、虐待だ。だけど、その虐待は大きな犯罪の一部でしか無い。恐らく、だけど……」
言葉を濁したカイン先生の様子に、私は何かとんでもない事に巻き込まれたらしいと何となく理解した。
犯罪、虐待、と聞いたエイルちゃんの顔がキリリとした表情に変わっていくのを見ながら、私はハッサクさんに促されて力無く椅子に座り直す。
「辛い話になるが、そういう人間が時々いるんだ。ポケモン達は厚意でわたし達に力を貸してくれている事を忘れる人間が。モンスターボールで捕まえれば、彼らを好きに扱っていいと勘違いする人間が」
「…………」
「各地のポケモンレンジャーやジュンサーさん達も、ポケモンと人の共存を維持する為に努力している。その努力の隙間をすり抜けて、犯罪が行われるんだ。幻のポケモンを探す為の環境破壊、悪事にポケモンの力を使う。規模の大小こそあれ、人間だけでは手間がかかる事だって、ポケモンと一緒なら簡単に出来てしまうんだよ」
カイン先生の言葉に、私はゲームやアニメで見たロケット団を思い出した。いつもピカチュウを追い求めていた二人とポケモン達はともかく、ヤドンの尻尾を売り捌いたり、ミュウツーの超パワーで身動きが取れなくなったケンタロスを乱獲したり、確かに簡単に悪い事が出来る。
「カロンが何に巻き込まれたのか。他にも被害に遭っているポケモンがいるのか。……もしそうならば、目的は何なのか。彼女から話を聞ければ、他にも助けられるポケモンがいるかも知れない」
「……分かった。うち、やる」
「ありがとう……! エイルに心からの感謝を。……ああ、もちろん君にとっても辛い頼みだと承知している。嫌になったら、聞き取りを止めてくれても構わない」
「うん」
「カロンも。言いたくない、思い出したくない時は、すぐ聞き取りを中断する」
ボール越しにそう声を掛けるカイン先生に応える様に、カロンがボールを揺らした。
無理はしない、させない、と言うけど、途中で止めたらどうなってしまうんだろう。
「……でも先生。そうなると、カロンが何されたか、どうしてこうかったかは分かんないですよね?」
「……確証が欲しいだけなんだ。違っていて欲しいと願いを込めてエイルを呼んだ」
「ちなみにですが……、カイン先生の読みが正解だった場合どうなりますですか?」
「その場合……。……ハッサク先生、まだ確証の無い上ショッキングな話なので、紫音の耳を塞いでください」
「は、はい……」
私に聞かせられない話って事!?
不満で膨らませたほっぺたごとむぎゅ、と耳を塞がれた。目の前でエイルちゃんもカイン先生に耳を覆われている。
口の動きをジーッと見て読み取ろうとしたら、それに気付いたカイン先生の指示でハッサクさんが私の体の向きをくるりと回転させた。何も聞こえない、ハッサクさんの服しか見えない!
手持ち無沙汰だし、縫い目の数でも数えるかぁ、と思っていたら、ハッサクさんの手を伝わって私の頭蓋骨に直接振動が伝わって来た。
「とんでもない話ではないですか!!」
「うわビックリした!」
頭蓋骨と同時に目の前の空気も揺れる。結構な声量だったので、私は思わず飛び上がってしまった。驚いたのはエイルちゃんも同じだったみたいで、抱き合う私達をカイン先生がよしよし撫でてくれる。
「ハッサク先生が怒らないでください。ただでさえ圧があるんですから」
「す、すみませんです……」
「ハッサク、怒った顔になってくの見ててもビックリした」
「突然近距離でばくおんぱを浴びた紫音が気絶しなくて本当に良かった」
「ひぇえ〜ん……、心臓から口が出るかと思ったぁ〜」
「それだと逆だな」
「そのくらい驚いたって事で!!」
「本当に申し訳ない……」
しょんもりするハッサクさん。まだバクバクしてますが、頭のドラゴンテールまでぺしょっと萎れてるくらい反省しているみたいなので許してもいいと思うんです。
「……さて、紫音が落ち着いたら聞き取りを始めよう。ハッサク先生は……、少し離れた所で書記を。わたしは質問とカロンの様子を観察。異変があればすぐに止めて、ハッサク先生には退出してもらう事になるかと」
「……分かりましたです」
「ランクルス、ムシャーナ。君達も用意を頼むよ」
カイン先生は、私が落ち着くのを待ってテキパキとボイスレコーダーと書き取りの為の筆記用具の用意を始めた。
カロンをここに、と促されてマットの上に出てきてもらうと、エイルちゃんがすぐにカロンの近くに歩み寄る。
「ちょっと元気になった?」
「…………」
「……あっ! でもこの前よりキレイになってるね。紫音がお世話してくれてるんだね」
「もっと綺麗になりますですよぉ。そりゃあもう皆の視線独り占めするくらいに!」
「すごーい!」
わぁ、と目を輝かせたエイルちゃんに、カロンも少しだけ綺麗になった尻尾をヒラヒラと振った。ファンサービスだ! と喜んで抱き着こうとしたら無言でビンタされたけど。
「はは、元気があってよろしい。……さて、エイル、頼んだよ」
「うん! カロン、お話聞かせて」
一つ頷いて、エイルちゃんはカロンとお喋りを始めた。
聞き取るお仕事はエイルちゃん。カイン先生はカロンの様子を観察して、異変が起きたらすぐに止める為に待機。……私は何してれば良いんだろう……。
「……紫音。君はカロンの隣に座っていてくれるかな」
「へ? 隣ですか」
「……辛い事を話してもらうからね。安定の為には、少なくともわたし達より信頼されている君が傍にいた方が良い」
「……じゃあ抱き着くのは……!」
「ぽぉお……」
「……暑くてうざったいから抱き着くのはイヤだって!」
「そんなっ……! ……はい、大人しく隣に座ります……」
「そうしてくれ」
「……あれ? でも、先生。私が横にいると通訳丸聞こえでは?」
カロンの隣で膝を抱えてから気が付いた。そうだ、リアルタイム通訳すると、私にも丸聞こえになってしまう。
「ああ、そうだった。寝るか、音楽を聞くか、どっちがいい?」
「えっ」
「遅くなる様なら、今眠っておいた方が良いと思いますが……」
「じゃあ寝てもらおう」
「えぇ!?」
「君はしばらくカロンの抱き枕だ」
「何だっ……、て……」
何でハッサクさんが決めるんだ、カロンの抱き枕になるのもやぶさかじゃないけど、私の意思を……、って言う前に、私はムシャーナの出す煙を吸い込んで眠りに導かれていった。