初恋騒乱編
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カロン大暴れ事件の後。ニャッコの眠り粉で何とか眠らせたカロンを部屋に連れて行った私がリビングに戻ると、部屋の真ん前でセグレイブが心配そうにウロウロしていた。
「ギュ……」
「……カロンの様子はどうです?」
怖がらせたからか、セグレイブは小声で鳴きながら部屋から見えない場所に退散していく。リビングは、既にいつもと同じ配置に戻っていた。ハッサクさんとポケモン達で、再び模様替えを済ませてしまったみたい。
「寝てます。……ラクシアが傍にいてくれています。ニャッコもモノズも心配みたいで、ベッドの上から様子を見てます……」
「そうですか……。こちらは、フユウ君にメールを入れましたです。返信を待っている間に、君の怪我を診せてください」
「はい……。……あっ!」
「……どうしましたか?」
「あっ、イエナンデモ……、アリマス……」
「……?」
冷凍ビームが肩を掠ったから、怪我をしていないか診せてほしいと言うハッサクさん。でも待って欲しい、今着ているのはTシャツなのです。肩を診てもらう為には脱がなくてはいけない。もう上半身の服をスパーンと。
医療行為だって頭では理解出来るんですけど、心が追い付かない。簡単に言うとめちゃくちゃ恥ずかしいです!!
「……ああ、なるほど。恥ずかしいのですね?」
「お察しの通りです!!」
「爆発する勢いで顔を真っ赤にすれば、誰だって分かりますです。……そんな反応をされては、小生も意識してしまいます」
「ごごごごめんなさい……!」
「いえ、君も小生を意識してくれているのだと思えば、悪い事ではありませんから」
「あぎゃう……」
そう言いながら、ハッサクさんもじわじわと顔が赤くなっている。わぁ、ハッサクさんもそんな顔するんですね、と現実逃避を始めた私に、ハッサクさんは一つ咳払いをして真面目な顔になった。
「……では、後ろを向いてください。正面から攻撃を受けたので、前から確認したい気持ちはありますが……、余計な事までしてしまいそうなので」
「余計な事」
「……言ってしまうと現実になってしまいそうな気がしますが……、聞きたいですか?」
聞きたいですか、と言うハッサクさんの瞳がギラッと光った気がする。脅しじゃ済まないヤツー! 思わず身震いをして、私は急いでハッサクさんに言われた通り後ろを向いた。
「わぁー! 後ろっ、後ろ向きます!! お願いします!!」
「素直でよろしい。……上を脱いだら声を掛けてください。小生はそれまでソファに座っていますです」
「アリガトゴザマス……」
ハッサクさんの気遣いにお礼を言って、私はシャツを脱ぎに掛かる。
……おろ、肩が上がらないぞ? スパッと脱げない。片腕ずつ袖から抜かないとダメだ。……ああああ……っ、皮膚が擦れてぞわぞわするぅ……。
「ぬ、脱げました……」
「脱ぎましたか? では、脱いだシャツで前を隠しておいてくださいです」
「はい……」
言われた通り、シャツで胸を隠した。それを確認して、ハッサクさんの足音が私に近付いてくる。
「少し触りますですよ。……ふむ、小生の指の感覚は?」
「あります」
「良かった。少々変色していますが、神経が無事ならば病院に行かなくても大丈夫そうですね」
ハッサクさんの指が肩に触れた。触られている感覚はあるけど、体温までは分からない。ちょっと力を込めてみたり、触る場所を変えてみたり、真剣に傷の具合を診てくれている。
「ど、どうなってますか?」
「少し酷いしもやけです。先に服を脱いでいればまだ軽傷だったかも知れませんが、あの時はそれどころではありませんでしたからね」
「そ、そのままでも治りますか?」
「少々手間ですが、まずはホットタオルで患部を温めてマッサージをしましょう。滞った血流を改善させます」
「ほほぉ」
「最後に軟膏薬を塗ります。……軟膏はシャワー終わりにも塗った方が良いでしょうね」
「軟膏薬まで!」
こっちにもオロナインみたいな軟膏あるんだ……。
まぁ、元の世界よりポケモンの技で怪我する事多いんだろうし、そういうお薬は多いのかも知れない。納得。
「……では、下着も脱いでください」
「……えっ?」
今、何と?
ビックリして振り返ろうとすると、ハッサクさんが慌てて私の体を固定した。振り返るな、という事らしい。
「振り返っては駄目です!」
「ごッ、ゴメンナサイ! でも何でブラまで……!?」
「あああ、違うのです! 決してやましい気持ちではなく!! 肩紐そのままの状態でマッサージをすると、逆に皮膚が擦れて治るものも治らなくなりますです……」
「あ、そっか……。で、ですよね! そうですよね!!」
そう、これは治療行為!
ちょうど肩紐が患部に重なっているらしくて、ブラを付けたままマッサージしてしまう事になるんだと。それはダメだ、私も早く治したい。
「じゃあ、どうすれば……」
「……君は上半身裸になってください」
「ヒュエッ……」
ハッサクさんがバスタオルを持って来る。それを待って、私が上半身裸になってお風呂上がりにバスタオルを巻いた様な姿になる。
手足のしもやけなら簡単なんだけど、肩のしもやけだからなぁ……。治療の為には仕方無い事だって理解出来る。理解は出来るけどでもめちゃくちゃ恥ずかしい!
今度は心の用意が出来るまで待っているから、と言うハッサクさんは、彼の寝室に押し込められた。私が覚悟を決めるまでの間に、ホットタオル等を用意するんだそう。
言われた通りタオルを巻いたまではいいけど、ウロウロ、そわそわと歩き回る事しばらく。上半身バスタオルだけの心許ない装備では、ちょっと寒くなってきた。これはもう、心の用意が出来る前にもう流れに身を任せてしまった方が良いのではないでしょうか!!
「は、ハッサクさん……」
「……もう良いのですか?」
「よ、良くはないですけど、風邪引く前にと思って……」
「なるほど、分かりましたです」
と言う訳で、扉の向こうで待機してたハッサクさんに声を掛ける。気遣う様な声が聞こえたかと思うと、控えめに扉が開いた。慌てて背中を向けると、ハッサクさんが近付いてくる気配が。
すぐ後ろで立ち止まったハッサクさんが、やっぱり迷う様にため息を吐いて数秒後、静かに声が掛けられた。
「さ、触りますですよ……」
「どっ……、ドウゾオスキニ!」
「混乱し過ぎでは?」
私の混乱に、ハッサクさんは逆に冷静になったのか苦笑いしながらも、ホットタオルをしもやけになった肩に乗せる。肩がじんわり温かくなってくると同時に、何だか猛烈に痒くなってきた!
「か、痒い……!」
「血が巡り始めた証拠です。少し我慢してくださいです」
「ふぬぬぁ……!」
痒い〜! でも掻いてしまうと、今度は怪我になってしまうので酷い事になる。掻きたい気持ちを発散する為に、手をワキワキさせて耐えるしか無い。
その様子に苦笑いしながらも、大きな手で私の肩を揉むハッサクさん。タオルがぬるくなってきた頃、今度は冷たいタオルが患部に添えられた。
「ひゃん!?」
ビックリした! ぬるくなってきたから、別の温かいタオルに交換するんだと思ってたら冷たいタオルだった。予想外過ぎて飛び上がったら、ハッサクさんは私を宥める様に頭を撫でながら説明してくれる。
「ああ、すいませんです。驚かせてしまいましたね」
「せ、せっかく温めたのに……?」
「温めて冷やす、それを繰り返す事で更に血の巡りを促進させます」
「なるほろ……。詳しいですね?」
「ええ。今はすっかり落ち着きましたが、セビエが孵化したばかりの頃はよく冷たい吐息でしもやけになっていましたから」
「はぇ〜」
なるほど、さすがは氷タイプ。吐息に混じって氷の冷たさがあってもおかしくない。セビエをお世話をしてる内にしもやけになってしまう事が多くて、ハッサクさんは自分で簡単な処置が出来る様になったんだ。
「さて、ではもう一度温かいタオルを当てますです」
「はいっ」
今度はタオルを交換する時に声を掛けてくれた。一回目のホットタオルは痛痒いだけだったけど、一度冷やす行程を挟んだお陰なのか今度は気持ちいい。……あ、またちょっと痒くなってきたけど、それでもさっきほどじゃない。
温める、冷やす、を繰り返す事数回。痒みが無くなってきたと見るや、ハッサクさんが最後にホットタオルを取り払って肩を撫でた。
「どうでしょう? 先程と感触は変わりましたか?」
「さっきよりちょっとくすぐったいです」
「……なるほど」
私の答えに、スリスリと撫でていた手が不意に動きが止まった。終わったのかな、と思っていたら、ハッサクさんが小さな声で聞いてくる。
「……紫音、キスしても?」
「へ? 急に……」
急に何を言い出すんですか。私が言葉を口にする前に、もう行動は終わっていた。首筋にハッサクさんの吐息が掛かったと思ったら、ぬろ、と舌が這う感覚が!
「ひゃうっ……!? は、ハッサクさん……っ?」
「…………」
驚いてハッサクさんの名前を呼んだ。でも、ハッサクさんは何も言わない、言ってくれない。無言のまま、私を強く抱き締めて逃さないと言わんばかりだ。
多分しもやけになっている部分を舐められているんだと思うんだけど、自分じゃ見えないから何も分からない。そもそもこれキスじゃないのでは? という疑問もあるけど、それを口に出す余裕は無かった。
うう……っ、恥ずかしい……!
羞恥心が限界を超える直前になって、やっとハッサクさんは腕の拘束を緩める。最後にぢう、と強く吸って、やっとハッサクさんは唇を離した。
「ふぇ……、うえぇ……っ!」
「おっと。大丈夫ですか?」
「大丈夫に見えますか!?」
へなへなと力が抜けてしまった私が倒れない様に、ハッサクさんが支えながらゆっくりと床に座らせる。
大丈夫ですかって! 誰のせいだ!!
「……その格好で上目遣いされるとクるものがありますね」
「ハッサクさん!!」
「はい、すいませんです……。……もう少しで君の肩に歯を立てるところでした……」
「紫音さんは食べられませんよぉ!!」
ペロペロ味見したって事!? タオルを当てていたとは言え、シャワーも浴びてなかったのにそんな事したんですか!? ……そもそも食べ物じゃないんですけど!
「いえ、小生のつが……、んんっ。君の肌に触れている内に、欲に負けましたです……」
「えっち!!」
「……えっちな小生はお嫌いですか?」
何か聞こえましたけど。小生のつが……、って。ツガイじゃないですよね? ハハハ、ポケモンじゃないんですからそんなぁ!
なんて現実逃避してたら、ハッサクさんが肩越しに覗き込んでくる。嫌いですか、って言うその顔は困った様な顔をしているけど、声からそんなハズありませんよねって思っている雰囲気が伝わってくる。
「…………意地悪」
「……お嫌いでしたら善処しますが」
「……ノーコメント!」
「ではこのままの小生で」
そう言って、そのまま口にちゅっとキスしてきた。もう為すがママ、されるがパパ!!
「ふにゃー!」
「口寂しそうでしたので」
「ハッサクさん!!」
「はい」
「口寂しくないです、気のせいです!」
「おや、そうでしたか」
悪いと思ってない様子で肩を竦めると、ハッサクさんはガーゼを肩に当ててテープを貼る。包帯は巻けないから、と言う事らしい。
「さて、これで一通りの処置は終了です。風邪を引く前に着替えて来なさい。その後、食事の用意をしましょう」
そう言って、ハッサクさんは今度こそ私を解放した。ニコニコと手を振るハッサクさん、だけど笑顔に対して瞳がギラギラしてる気がして、私は大慌てでハッサクさんのお部屋から自分の部屋に退散した。
扉を閉めて、ドキドキしたままふと考える。
……あれ、もしかしてハッサクさん、ギリギリで手を離してくれた感じなのでは? 一歩間違えたら……、この、防御の薄い格好ではとんでもない事になっていたのでは?
「…………いや早く服着なきゃ! 風邪引いちゃう!」
ハッと我に帰った私は、怪訝な顔をしてるラクシア達に何でもないと声を掛けて、大急ぎでクローゼットから新しいシャツを引っ張り出す。
食事の用意をするって言ってたハッサクさんに着替え終わったと声を掛けると、扉を閉めたまま「先にポケモン達に食べさせていてください」と言うだけで、何故かしばらく部屋から出て来なかった。
*
*
カロンが大暴れした翌日。
フユウちゃんに相談したら、学校でカイン先生に相談した方が早いと答えがあった。カロンの様子を見せる為にテレビ通話したんだけど、フユウちゃんは見た事が無いくらい真っ青な顔をしていて、余計にカロンの状況が切羽詰まっている事を示していた。
『小生も、朝職員室でカイン先生に話を通しておきますです。君は昼休みに、彼女が授業に使う教室へ向かってください』
ハッサクさんにそう言われた通り、私は昼休み開始のチャイムが鳴ると同時に早歩きでポケモンとの生活学の教室へと向かった。
ちょうどカイン先生の授業も終わった所だったらしく、他のクラスの人達とたくさんすれ違う。待つ事しばらく。教室から誰も出て来なくなったのを見計らって、そっと教室を覗き込んだ。
「か、カイン先生……、あっ!」
「…………昼休みくらい、カインを独り占めさせてくれよ」
「ペパー、初対面の相手をそう睨むものじゃない」
「……でも」
「……知ってる! あるじま君と話してるの見た事ある!」
「オレも知ってる。トラブルちゃんだろ。初対面じゃない」
「トラブルちゃん」
トラブルちゃんって何だ。いやまぁトラブルに巻き込まれるという意味ではトラブルちゃんかも知れませんが!
「……ファーストコンタクトで睨んではいけないよ」
「……分かったよ」
ムスッとした顔で、とりあえず私を睨むのを止めた男子生徒。片目を長い前髪で隠した彼を、私は何度か見た事がある。
アオイちゃんやあるじま君、ネモちゃんとお喋りしてる様子を見掛けたくらいで、面と向かってちゃんと顔を見たのは今日が初めてだけど。
「ペパー先輩、だったよね」
「……先輩ってのも知ってんのか」
「同じ学年で見掛けないから。あ、敬語の方が良いですかね」
「最初に敬語無しで喋り掛けといてよく言うぜ」
「にへへ」
「……カインに用事があんなら早くしてくれ。腹ぺこちゃんだ」
「…………」
「……な、なんだよ……」
来ました、紫音レーダーがビンビンに来てます。
カイン先生を呼び捨てにしている。クラスの皆が出て行くのを待っていた。そして何より、昼休みくらい独り占めさせて欲しいという言葉! そこから導き出される答えは一つ!
「付き合っ……」
「バチュル」
「チュギッ!!」
「にゅわ〜っ!?」
カイン先生の肩から黄色い何かが飛んできた! 顔にくっついたそれは、ピリピリ電気をまといながら私の髪の毛に潜り込む。うわぁ静電気で髪の毛がぁ〜!!
「ボンバーマむぁ!?」
「学内でそういう事を気軽に言わないでくれないか……!」
バチュルっていうポケモンに気を取られていたら、目の前に迫っていたカイン先生が私のほっぺたをむにゅっと挟んだ。ギチギチと力が強まってきているせいで骨がミシミシ言ってる! 実はパワー系のカイン先生のお仕置きは恐ろしい!!
「良いかい、ちゃんと聞く様に。紫音、君とハッサク先生の関係はアカデミーの中と外では違う。学内では教師と生徒でしか無い。その証拠に、今回の聞き取りにハッサク先生は来ない。君の問題だからね」
「にゃ、にゃるほろ……っ」
「そしてわたしとペパーの話も同じだ。ここでは教師と生徒でしかない」
「分かりましたですぅ……っ」
「それに、そもそもペパーとお付き合いはしていない」
「オレの卒業待ちってワケだ!」
「はぇ〜……」
ふふん、と胸を張ったペパー先輩。……もうペパーでいっか。一応両思いではあるけど、ペパーが卒業するまではお付き合いしないという事らしい。
「……卒業じゃなくて、君が自分の夢を叶えた時にまだ同じ気持ちだったならと言っているじゃないか!!」
「変わんねぇって!!」
「君は身近な頼りになる大人に親愛の情を抱いているだけだ!!」
「オレの気持ちを勝手に決め付けんな!!」
何か痴話喧嘩始まった。何と言うか、大きくなったら結婚してくださいっていう口約束みたいなのを思い出しますね。大きくなったんだから結婚してくださいって迫られそう。この場合、約束通り夢を叶えたので結婚してくださいって言われるパターンですね? オタクは詳しいんだ。
それはそうと、そろそろ私のほっぺた解放してもらえますかね。
「んんっ! ペパー、その話はとりあえず後だ。緊急事案の様だからね。とりあえず置いておこう。……さて、紫音。ハッサク先生にあらましは聞いているよ。フユウからもね」
「あ、はい……!」
「まずは話を聞こう。その後、改めてミロカロスを見せてくれ」
「ミロカロス?」
「彼女の手持ちだよ。……聞いた話から察するに、ペパーは少し離れた方が良いだろう」
「……えっ」
「このまま見ていても構わないが、ミロカロスの様子次第では教室から出てもらうかもしれない」
「ええっ!?」
ようやく解放された……! 窓に映る顔をチェック。うん、とりあえず顔の歪みは無い。髪の毛は手櫛で頑張って直そう。
私がボディチェックしている間に、テキパキとマットや書き取り用のノートを用意するカイン先生。その言葉一つ一つに、何故かペパーがめちゃくちゃ驚いている。
振り返ると、ペパーは唖然とした表情でカイン先生の後ろを追い掛け回していた。
「カイン、何でだよ。オレが嫌いになった?」
「まさか。君を嫌いになる訳無いだろう。ただ、マフィティフの時と同じ、彼女のミロカロスの優先度が高くなる可能性があるというだけだ」
「……そんな……」
「……ペパー、もしかしてカイン先生が自分を追い出すなんて全く思ってなかったりしてた?」
「おう」
自信満々のお返事。当たり前だろ、と言わんばかりのその様子に、さすがのカイン先生も苦笑いだ。
「それはね、君を追い出す必要が無かったから外に出さなかっただけさ。だけど、話を聞く限りどうやら男性に怯える様子が伺えるから、もしかしたら……、と言う訳だ」
パルデアでカロンのお世話をしたのは、カイン先生とフユウちゃん。どちらも女性だ。ハッサクさんがこっちに来て初めての男性だった。そして、ペパーが二人目という事に。
「仮にペパーに怯えた場合。……包み隠さずに言うと、虐待が疑われる。中継したフユウに向こうの性別を確認しなければならないし、コレクターの素性を洗い直さなければならない」
「ぎゃく、たい……?」
カイン先生の言葉に、指先が冷たくなる感覚が襲ってきた。
カロンが雑に扱われていたのは何となく分かっていた。それどころか、虐待までされていた可能性まで出てくるなんて。震え出した私に気が付いたのか、カイン先生は私の手を優しく握る。
「駄目だよ、落ち着くんだ。例えこの場にいない者に対するものでも、怒りは周りにいる者を萎縮させる。強い相手なら効かないだろうけれど……、心が弱っているカロンに対してはとても良くない」
「……うぅ……」
「はい、深呼吸を五回繰り返す」
言われるがまま、吸って吐いてを繰り返す。一つ息を吐く度に、怒りもちょっとずつ吐き出せたみたいで少し楽になってきた。
「……よし、じゃあ話を聞かせてもらおう。ペパー、お腹が空いているなら皆とご飯食べてきて良いよ」
「カインと飯食うって言って来たから待ってる」
「おや。ではなおさら手早く済ませないとね。……さて、紫音。まずは昨日あった事を詳しく聞かせてくれるかな」
そう言いながら椅子を指し示したカイン先生に促されて、私は先生の真ん前に腰を下ろす。ロトムに録音も頼んで、聞き取りの態勢はバッチリだ。
「どこから話せば……? 尻尾ビンタされた話いりますか?」
「……それ、もしやフユウの忠告を忘れて無闇に近付いたね? まぁいいか。君の手持ち達との顔合わせの辺りから暴れ始めた所、その後の様子を聞かせてもらおう」
忠告忘れたのバレてる! ギクッと体を震わせた私に苦笑いをしたカイン先生に、私は昨日あった事を思い出しながら話し始めた。
*
*
「……という感じです……」
「ふぅん……、なるほどねぇ……。トリガーはセグレイブ……、セグレイブか……」
モノズにも一瞬警戒したけど、比較的すぐに打ち解けた事。
フカマル先輩やセビエはすぐに後ろに下げたから、警戒以上の反応は分からず。バトルにも出す大きなドラゴンポケモン達には最大の警戒。……そして、どうやらカロンに一目惚れしたらしいセグレイブの様子を見て暴れ出した。
「ハッサク先生の手持ちにはカイリューもいたが……、カイリューに対してはどうだったか分かるかな?」
「カイリューも警戒してました。でも、唸るだけで暴れる程じゃ……。でも何でカイリューが出てくるんですか?」
「……セグレイブとカイリュー、どちらも二足歩行のドラゴンタイプ。翼腕ではない、強さはどちらも最強格。比較検証するには丁度いい対象なんだ」
なるほど、確かに。飛べる飛べないの違いはあるけど、ハッサクさんの手持ちの中でもその強さはツートップだ。
「厳ついと言えばセグレイブの方だろうが、それは人間であるわたし達から見た基準だ。違いがあるとすれば……、惚れたか惚れていないか」
「はい、カインせんせ」
真剣に考え込むカイン先生の言葉に、ペパーが手を挙げた。授業みたいにペパーを指名して質問を受け付ける先生は、完全に授業モードになってる。
「何かな、ペパー」
「好きになってもらうのはいい事なんじゃないのか?」
「一方通行の好意は悲劇の元だよ。野生のポケモンならば振られたらそれで終わりだけれど、今回は同居ポケモン、しかもドラゴンタイプだ。彼らは基本的に惚れた相手に一途だからね」
「はい! カイン先生!! メロメロボディに特性変えられたカロンの特性を戻す事は出来ますか?」
「それは今関係無い話だね。……まぁ、出来ない事は無いけれど、希少な道具を使えば……。……待ってくれ、バトルをしないコレクターがわざわざ特性を変えた……? 趣味かと思っていたが……、いやまさかな……」
「カイン?」
カイン先生が何かに気が付いたのか、大急ぎで何か書き始めた。完全に集中モードに入ってしまったカイン先生の様子に、私は思わずペパーを振り返る。ペパーは、こうなったらしばらく帰ってこないぜ、と言わんばかりに肩を竦めるだけだ。
「旧知のミズゴロウに怯えないのは理解出来る。しかしドラゴンに怯える、好意を向けられて恐慌状態になるのが分からないな……。ペパー、君、水タイプを手持ちに入れていたね?」
「お、おう。パルシェンがいるぜ」
「パルシェンか……。ううん……検証するには良いサンプルの一つになるか……?」
「サンプル? パルシェンじゃダメなのか?」
「どゆこと?」
全く話が見えない。呼ばれて一瞬役に立てると目を輝かせたペパーは、駄目だと言われてしょんぼりと椅子に座り直した。カイン先生は、その様子にも気が付かない程に集中している。
「誰か他に水タイプのオスポケモンを連れている人を知らないか?」
「それなら、アオイがウェーニバルを連れてるぜ……」
「アオイ……。アオイか……。協力を仰ぐには事情を話す必要があるんだけれど……、あるじまにチェックを入れてもらった方が良さそうな気がするな……。弾かれそうだが……」
あるじま君チェックが入ると弾かれそうな話。ますます分からない。
「カイン、そろそろオレ達にも教えてくれよぉ!!」
「……うーん……、いや、確証は無いんだけれど……」
「先生!!」
「……あー、うーん……。現状ジョーイさん案件かな、としか……。エイルに協力を要請して、その話をまとめて、理事長に通す。恐らく、リーグ関係者とチャンピオンランクの面々に話が降りてくるだろう。……紫音、君に話が降りてくるかは、ハッサク先生の判断に依る」
「え!? 当人なのに!?」
当たり前の様に話を聞かせてもらえると思っていたのに、カイン先生の言葉に驚いた。
「嫌です! カロンの地雷踏むまで気付かないなんて、そんなの自分が許せない!!」
「その心意気は立派だけれど、これは生徒を守る為のルールだ。だから、君の保護者でもあるハッサク先生の判断次第になるという事だ」
私のカロンの話なのに、ハッサクさん次第だなんて! 何でだー! と叫ぶ前に、私の隣でペパーが大きな音を立てて立ち上がった。
「え!? 紫音がダメならオレは!?」
「ペパーはもっと駄目だよ。居合わせただけの一般生徒だからね」
「オレなのに!?」
「どこから来るのその自信!」
「わたし個人としても、ペパーには聞かせられない話になると予感している」
どんな予感なんだ! 私のカロンは一体どんな目に遭ってきたの!?
ポケモンと会話出来るエイルちゃんにも協力をお願いしないとといけないなんて……。理事長さんにも話を通して、ジョーイさんにも話を繋げて……。どんどん話が大きくなってきたぞ……!
「ひとまず、カロンは一晩預かろうか?」
「……それは、大丈夫です。ちゃんとお世話を頑張るって決めたので!」
「そうか。……ブリーダーとしていつでも相談に乗るからね。頑張るんだよ」
そう微笑んで、カイン先生は棚から何やら瓶を手に取った。渡されたそれを見ると、ラベルには保湿クリームと書いてある。
「ウロコが剥げた所に塗ってやると良い。後は、適度な運動と日光浴。元の美しさはすぐに取り戻せるはずだ」
「ありがとうございます!!」
よかったぁ! ウロコが剥げる痛々しい姿は、出来るだけ早く治してあげたかったから……。
「よしっ! 話は終わったな」
「いや、まだカロンの体調を診てない」
「むぉー! 何だよ!!」
「放課後に回しても良いけれど、そうすると一緒に帰れないね?」
「……わ、分かったよぉ……」
がっくり肩を落としたペパーは、仕方ないって顔で返事をしてこっちを振り返る。
「やっっぱりトラブルちゃんじゃねーか!!」
「否定出来ない! ごめんねいちゃいちゃ時間を邪魔して」
「ははは、まだ足りなかったかな?」
「わぁ足りてますごめんなさい!!」
またお仕置きされたら、今度こそ顔が潰れちゃう!! 私はカイン先生に顔を潰される前に大人しくカロンのボールを差し出した。