初恋騒乱編
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小生の仕事が終わる頃、アオキを迎えに来るついでにフユウ君に連れられた紫音がポケモンリーグ本部に姿を見せた。その顔には、朝には無かった傷を無数に刻んでいる。
聞けば、ミロカロスに尾で思い切り叩かれたのだと。その際、剥がれたウロコで顔に傷を作ったらしい。珍しくずっと怒った顔をしている紫音は、帰りのタクシーに揺られながらもずっと怒り続けていた。怪我をした原因であるミロカロスに、ではなく、顔も知らないコレクターに対して、だが。
「ホンットにコレクター許せない! 集めるだけ集めて! せっかくの美しさを保とうとか考えないのかな!!」
「美術品も、手に入れる事が目的の者もいますですよ。そういう者達に渡ってしまった美術品は、暗い部屋で乱雑に積まれていると聞きます」
「むぅ……。美術品だってそんな事されたらどんどんくすんでいっちゃいそう……。せっかく手に入れたのなら眺めて綺麗だなとか言ってくれてたら、特性変えられても許せたのに!」
集める事が目的の者の手に渡ってしまったらしいミロカロス──カロン、と言う名を与えているらしい──の為に怒っている紫音が、ふと悲しそうなため息を吐いた。
「顔を合わせた時、一瞬だけカロンの目が嬉しそうに見えたんです。……次の瞬間往復ビンタ食らいましたけど」
「……なるほど、それで頬にそんな傷が……」
「カロンから見たら、突然消えた人間がまた呑気に顔見せた様なものなんだそうです……。うん、まぁ、想像出来るので尻尾ビンタは甘んじて受け入れます。これがカロンなりの愛情表現だと思えば……!」
「……ですが、これほどの傷が付いているとシャワーも大変では?」
そう言いながら、そっと紫音の頬に手を伸ばす。よく見なければ分からないが、細い傷が顔のあちこちに走っている。血が滲む程度の怪我だったと聞いているが、洗顔はもちろん、シャワーを浴びるにも細心の注意を払わなくてはいけない。
しかし、当の紫音は頬を撫でる小生の手にくすぐったそうに笑うだけだ。特に気にした様子は無い。
「こんなのカロンの……、カロン以外の皆もですけど、寂しい気持ちに比べたら何て事無いですよ! フユウちゃんにクリームも貰ったし、大した事無いです!」
「……君がそう言うのなら……。しかし、あまり怪我をしない様に注意はしてくださいです。小生、心配になりますので」
「……善処します……。あ、そんな私の傷より、ビンタ騒ぎで皆とカロンの顔合わせ出来てなくて! 家に帰ったら紹介したいんですけど」
「構いませんですよ。小生もぜひお目にかかりたいと思っていました」
「一応、暴れた時に怪我しない様に広いスペースを確保して、ボールから出すようにって言われていますです!」
「なるほど。では食事の前にご対面と行きましょうか」
大暴れした時には、ニャッコに眠り粉を頼むと言う紫音に、ミロカロスはそれ程気性の荒いポケモンなのだろうかと、この時の小生はパルデアにはいないポケモンの生態に興味津々だった。
*
*
「カロン! ここが今日から暮らす家だよ!」
目線と同じ高さにボールを掲げて、紫音が家に入る。しかし、ボールの中にいるカロンは眠っているのか、目を閉じて小さくなっていた。興味が無いと言った様子に、紫音は仕方ないなぁと笑いながらリビングに足を踏み入れる。
「では、ソファやテーブルを移動させましょう。紫音は椅子をお願いしますです」
「はーい」
尾が長いカロンが暴れても問題無い広いスペースを確保する為には、ずいぶん大掛かりな模様替えが必要だった。家具を壁際に寄せたり、椅子を動かしたりと、ポケモンの力も借りながら作業をする事十数分。部屋の真ん中に広いスペースを確保して、ようやくカロンと対面する用意が整った。
「ごろっ!」
特に、かつて共に旅をしたラクシアは楽しみで仕方がないらしく、急かす様に紫音に何度も声を掛けている。その様子に笑顔で応えると、紫音はカロンが入っているボールを開けた。
小気味良い音と共に姿を現したカロンは、照明を反射してキランと一際目を引く輝きを放った。しかし、その輝きに反して、彼女は警戒する様に身を低くして尻尾を床に何度も叩き付けている。
……なるほど、あれだけ尾を叩き付けていては、ウロコはすぐに剥がれてしまうだろう。
「ごろー!」
「…………。……? ぽぉおおお……?」
「ごろろ、ごろー! ごろごろ!!」
「……ぽぉお」
「お? ……おお? ラクシアは受け入れてる?」
私はあんなに手酷い愛情表現受けたのに、と不満そうな紫音を他所に、ラクシアはテキパキと新たな仲間達を紹介している。
ふわふわと近付くニャッコは良かった。しかし、匂いを嗅ぎながら歩み寄るモノズを視界に入れるなり、尻尾を叩き付ける音が一際大きくなった。
「の、のず……」
「……………………」
おずおずと挨拶をしたモノズを見下ろして、カロンはしばらく何も言わずにモノズと向き合っている。かと思うと、ようやく警戒を解いたのか尻尾でモノズの頭を撫でた。
(……ドラゴンに警戒したのか……?)
そう思える様な反応を見せたカロンに、紫音は警戒を解いた彼女に小生を紹介する。
「カロン、こっちは私達がお世話になってるハッサクさん! ハッサクさん、この子が色違いのミロカロス、カロンです!」
「はじめましてです」
「…………」
バシッ! 再び尻尾を叩き付け始めた。警戒態勢に入ったカロンは、ラクシアを壁にする様にその小さな背中に回り込んだ。
小さなポケモンなら警戒しない。しかし、どうやら小生は駄目らしい。そうなると、恐らくセビエやフカマル先輩以外のドラゴンポケモンも駄目かも知れない。
「……ハッサクさん?」
「……いいえ、何でもありませんです。小生のポケモン達も紹介しますね。セビエ、フカマル先輩」
そう声を掛けて、まずは小さな二匹を呼んだ。見た事の無いポケモンを前に、ソファに隠れていた彼らが顔を覗かせると、予想通り尻尾を激しく叩いて威嚇してくる。睨むだけで暴れる様子は無いのが救いだろう。
「慣れるまでは、近付いてはいけませんですよ」
「フカ」
「キュ……」
興味津々、と言った様子の二匹は、小生の言葉に返事をすると大人しくソファの影に戻って行った。
「……さて、お次は少し大きなポケモンです。……お前達。カーペットの境界を超えてはいけませんですよ」
何やら嫌な予感がする。叩き付けている尻尾の心配をしている紫音の隣で、小生は考えをまとめる為に自分の頭を指で軽く叩く。
旧知のラクシアはもちろん、ニャッコにも警戒しなかったのに、モノズに対しては一瞬警戒を見せた。それはもちろん、遠目に見ていたフカマル先輩やセビエも同じ。彼らは近付く前に後ろに下げたので、それ以上の反応は分からない。
しかし、カロンには人間不信以上の何かがある気がしてならなかった。
「……では。ご挨拶なさい」
そう言って、残りの手持ちを一斉にボールから出す。小生の指示通り、カーペットを境界にして口々に挨拶する彼らに、カロンはこれでもかとばかりに身を低くした。
「…………」
「カロン……」
近付けば攻撃する。そう言わんばかりの様子に、さすがの紫音も異変に気が付いたらしい。不安そうにカロンに手を伸ばしたものの、尻尾で呆気なく振り払われてしまった。
「……どうやら、ドラゴンに強く警戒している様ですね。紫音、君のポケモンの食事は、慣れるまでは君の部屋で摂った方が良さそうです」
「……分かりました。じゃあそっちで用意を……」
「ギュワン……!」
「っ……!」
話がまとまりかけたその時、不意にセグレイブが声を漏らす。振り返ると、セグレイブはカロンに熱烈な視線を向けていた。
その美しさに目を奪われた、という雰囲気を通り越している。……どうやら、一目惚れしてしまったらしい。
小生の指示を守って、カーペットの境界から先へは足を進めないものの、尻尾を大きく振ってアピールしている。
「ぉおおおおお……っ!!」
バシンっ!! そんな中、地を這う様な唸り声と共に、これまでの威嚇とは比べ物にならない音が響く。
危ない、と思った時には、カロンは既に攻撃態勢に入っていた。
「ぽぉおおおっ……!!」
「カロン!? どうしたの!? 落ち着いて……!」
「ぉおおおおお!!」
「紫音!!」
異様に興奮した様子のカロンに駆け寄ろうとした紫音が、奇しくも彼女とセグレイブの間に割り込んだ。一直線にセグレイブへ向けて放たれた冷凍ビームが、紫音の肩を掠めてセグレイブのすぐ横をすり抜ける。
「いっ……!?」
「紫音! 大丈夫ですか!?」
「ぉおおおおお……! ぽぉおおお!!」
「離してください! カロン! カロン落ち着いて!! ……そうだ、ニャッコ! ニャッコ、カロンに眠り粉を!!」
「はっ、はね……!」
凍り付いた服を気にする様子も無く、紫音はなおも叫び続けるカロンへ近付こうと試みていた。しかし、長い尾を振り回して暴れる彼女に近付く事は難しい。力加減無く叩き付けられる尻尾に、紫音の表情もみるみる険しくなっていく。
「今のカロンに近付いてはいけませんです!」
「でも! あんなに苦しそうなのに!!」
「君も落ち着きなさい! 眠り粉が効くまで待ちなさいと言ってるのです!」
「っ……!」
「お前達はボールに戻りなさい! 特にセグレイブ。お前は絶対にカロンへ近付いてはいけません!!」
「ギュワン……」
酷な事を命じているとは分かっている。竜が惚れたメスに近付いてはならないなんて、小生とてそんな事を言われたら暴れ回るだろう。
しかし、今はカロンの精神を安定させる事が最重要だ。そうでなければ、番になるどころの話にすらならない。
「お……、おぉ……」
セグレイブ達をボールに戻してしばらく。ようやく眠り粉が効いてきたのか、カロンは重い音と共に体を床に投げ出した。眠りに就くまで、ずっと紫音が傍らに寄り添って声を掛け続けていたが、彼女にそれが聞こえていたかは分からない。
それほどまでに酷い興奮状態……、興奮と言うより恐慌状態に陥っていたと表現するべきか。
「カロン……。ごめんね、ごめんねっ……」
「紫音、君も肩の負傷を見せてくださいです。程度によっては病院へ……」
「嫌ですっ! カロンは悪くないんです。私が急にいなくなったりしたから……!」
「紫音。小生を見なさい」
頬を挟んで無理やり目を合わせる。動揺してさまよっていた焦点が小生に合う頃には、紫音も少し落ち着いてきたらしい。同時に、痛みを感じられる余裕も出てきたのか、痛みに顔をしかめた彼女に微笑んでその頭を撫でた。
「紫音、今君がすべき事は自罰的な思考ではなく、これからどうすべきか考える事です」
「……ハッサクさん……」
「小生はフユウ君に連絡をしますです。まず君はカロンを部屋へ。休ませてあげてください。その後、傷を確認します」
「はい……」
落ち込んだ様子の紫音は小生の言葉に力無く返事をすると、ズルズルとカロンを引き摺って移動しようとしている。
「……紫音」
「いてて……。何ですか、今ちょっと忙しくて……」
「いえ、ボールに入れて移動すれば良いのでは、と……」
「……」
「…………」
「……確かに!」
小生の言葉で、ようやく当たり前とも言える方法に思い当たる程度に余裕は取り戻せていないらしい。その様子に苦笑いを浮かべた小生は、紫音が部屋に引っ込むと同時に頭を抱えた。
……どうやら、カロンはとんでもないコレクターの元から戻ってきたらしい。その環境から逃げ出せた事は喜ばしい事だろうが、心の傷を癒やす為に、紫音はもちろん小生もセグレイブの為に根気強く向き合わなければならなくなった。