パルデア上陸編
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「……帰りましたですよ」
帰宅したまでは良かったものの、フラフラと玄関に座り込んだ小生は、駆け寄ってきたセビエが小生の背後を覗き込んで首を傾げるのを見てため息を吐いた。大方、紫音を探しているのだろう。
「……紫音なら帰りませんですよ」
「キュエっ!? ……キュ、キュッエェ!!」
案の定、紫音は帰宅しないと告げると、セビエは抗議の声を上げて座り込んだ小生の膝をこつんと叩いた。
「……チリに貸したのです。一晩、冷静になれと言われまして」
「ンキュ……」
「……はぁ。ここに座り込んでいても始まりませんですね。先に食事にしましょうか」
空腹のままでは、考えもまとまらない。そう思って立ち上がった小生は、早速紫音不在の壁にぶつかる事になった。
「……しまった。紫音はいないのでした……」
自分でセビエに今夜は帰らないと言ったばかりなのに、いつもの様に皿を二人分並べてしまう。
苦笑いをしながら小さい方の皿を棚にしまっていると、セグレイブが控えめに小生の肩をつついた。どうしたのかと振り返ると、空の器を前に大人しく整列しているドラゴン達。ギュルル……、と腹を鳴らすセグレイブ達にようやくハッと気が付いた。
「……そうでした。紫音がいないのですから、小生がお前達の食事も用意しなければ……」
キッチンの高さもあって、小生が二人の食事を用意する間に、紫音がポケモン達の食事を用意するのが日常になっていてすっかり忘れていた。
「ギュオワン」
「助かりますです……。この調子ではいけませんね」
手伝いを買って出たセグレイブに礼を言いながら、小生は深くため息を吐いた。
この調子では、宝探しの課外授業が始まったらどうなる事やら。遠くまで足を伸ばして、数日帰宅出来ないという事もあるだろうに。
そんな事を考えて、小生はこの先も当たり前の様に紫音と共に暮らすつもりの自分に気が付いて目眩がした。
「………………良くない。非常に良くない」
その後も、不在の紫音に話し掛けてしまってフカマル先輩に心配されたり。部屋がやけに静かに感じてテレビの音量を無闇に上げてオンバーンに怒られたり。
小生自身、自分はどうしてしまったのかと頭を抱える事ばかりやってしまう。相手をしていられないとばかりに、さっさと寝室に引っ込んでしまったポケモン達に文句を言う事も出来ず、小生は一人リビングで項垂れた。
『どう考えても、最善はあなたが手を出す事なのでは?』
『彼女の事を一番に考えるべきなのでは?』
『もうお父さんの立場からはみ出しとるんやから、後はその足を引っ込めるかもう一歩踏み込むかや。よく考えて決めや』
夕方、皆に詰られた言葉が脳裏に反響する。
どうせ、やる事は何も無いのだ。一人なのを良い事に、小生は静かに目蓋を閉じる。
まず一つ目の可能性。アオキが例に挙げた通り、年齢の近い男をあてがった場合。
……そもそも、紫音は既に小生の宝物である。その大切な宝物を預ける立場になる小生が認められる様な若者がいるかどうか。アカデミーの年齢層は厚いが、安心して任せられるかを考えると疑問が残る。
一晩限りの関係ならばと思わない事も無いが、紫音がそんな事をするとは思えない。それに、小生自身が止めておけと諭すだろう。これでは本末転倒だ。紫音の体質は治らない。
二つ目。もし紫音が好きな人を連れてきた場合。
……既に小生自身が紫音にべったりしているので、彼女が他所に目を向けるのは少し難しいのではないか。だからと言って、その行動を止められるかと自問自答すれば「宝物を愛でたい性質」の自分にはそれも出来ないとすぐに答えが出た。……これも駄目だ。
そして三つ目。アオキが最善だと評した小生自身が紫音に手を出す可能性。
もちろん、自分自身はそうなるのが一番収まりが良い。しかし、一番大切な紫音の感情はどうなのか。今夜の外泊でチリが上手く聞き出してくれれば良いが、それがダメなら「早く恋人を作れ」と言って手放すしか無い。
「……手放す……? 手放せるでしょうか……」
……いっそ誰かに奪われるくらいなら、早くゴーストに連れて行ってもらった方が諦めも付くのでは、等とんでもない事を考え始めて……、それすらも許せない自分に気が付いた。
紫音がフワンテの群れにさらわれた時柄にもなく焦ったのは、自覚の無いまま最初からそのつもりだったのではと呻くしか出来ない。
「……紫音……」
もう駄目だった。自分を誤魔化す事が出来なくなって、小生は無意識の内に立ち上がる。向かう先は自室ではなく、紫音に振り当てた彼女の寝室だった。
「……いやいや、何をしているのです小生は……」
我にかえった時は、既に無人の寝室に足を踏み入れた後だった。ほんのり甘い香りがする気がして、いよいよ駄目だと首を振る。
今ならまだ引き返せる。足を後ろに数歩下げて、扉を閉めろ。お前が眠るべき場所はここではなく、その反対側の扉だろう。
自分に言い聞かせてみるものの、体は意思に反して一歩ずつ前に進んでいく。辛うじてベッドに体を投げる事は踏み止まった、代わりに思いっきり顔を布団にぶつけた。
「紫音……、早く帰ってきてくださいです……」
柔らかい布団が相手なので、ぶつけたところで痛くはない。痛くは無いが、紫音がいたら心配の声を上げて駆け寄ってくるだろうと考えてしまい、心がさらに痛くなる。
「…………傷付けずに手元に置いておければいいのですが……」
紫音は今何をしているのだろう。何を話しているのだろう。楽しい時間を過ごしているのだろうか。少しだけでもいい、小生の事を考えてくれていると嬉しいのだが。
そんな事を考えていると、不意にスマホロトムがメッセージの受信を告げた。緩慢な動きで画面に目を向けると、送り先は紫音からのもの。
「っ……!!」
慌ててメッセージを開くと、送られてきたのは写真の様だ。チリが撮ったものを小生にも転送してきたらしい。
『今日は夜更かししますです』
写真には、その一言だけが添えられていた。
……何故か紫音の目元が赤いのが気になるが、とりあえず楽しそうに過ごしている様子が垣間見えて何よりだ。
じっと写真を見ていると、また新たな通知が飛んできた。何だろうか、と通知を開けば、次はチリからのメッセージだ。
『答え合わせ出来たで。
でもこれ送ったら大将こっちに突撃してきそうやから、明日の朝解散したら送るわ。大人しく待っときや』
「……失礼な」
楽しんでいる所に突撃する様な無粋はしない。……はずだ。
「しかし、答え合わせ……、答え合わせ……。もしや泣くほど小生の事が……」
嫌いなのではないだろうか。ゾッとする可能性に思い当たって、慌てて口を塞ぐ。
あの笑顔は愛想笑いだったのか。余計な事をぐるぐると考え始めてしまって、小生は紫音の代わりに彼女が使う布団を掻き抱く。
「……ティーンでもあるまいし、何故こんなに落ち着かないのでしょう……」
自嘲する様に鼻で笑って、小生は再び紫音のベッドに突っ伏した。
……もう開き直って、内に巣食う想いを吐き出さなければ、気が狂ってしまいそうだ。しかし、竜が心のままに暴れればすぐに壊れてしまう。出来るだけ穏やかに話をしなければ、と自分に言い聞かせた小生は、熱を帯びたため息を深く長く吐き出した。
*
*
……結局、一晩眠れない夜を過ごした小生は、チリが送ってくれるという答えを待っていた。落ち着き無くリビングを歩き回る様子に、ポケモン達がいよいよ呆れた視線を向ける。ついにフカマル先輩の尻尾を踏みそうになって、仕方なくソファに腰を下ろした。
「フカ! フルッカー!!」
「うう……、すいませんです……」
「ロトロトロト……」
「っ……!!」
唸りながら紫音の帰宅を待っていると、待ちに待った連絡が入った。受信を報せるロトムに、震える手でメッセージを開く。
『お預かりしとった紫音はちゃーんとお返ししたで。チリちゃんの可愛いオトモダチをあんまり虐めんといてや』
その一文と共に送られてきた動画を開く。どうやら、紫音に気付かれない様に撮ったものの様だ。
『うう……っ。好きでも嫌いでもないっ!』
それは、悲鳴の様な言葉だった。見事に小生が考えていた事を理解した上で、何も気付かない振りをする努力をしていた紫音。
どうしたらいいのか分からない、と心情を吐露しながら涙ぐむ紫音の言葉で動画は終わっていた。
「…………」
いてもたってもいられなくて、小生は玄関に急ぐ。タクシーで帰宅するだろう紫音を待つ為だ。
程なくして、軽い足音が近付いてくる。それは迷い無く扉の前に立つと、ふと向こう側から呟きが聞こえた。
「どんな顔してハッサクさんに……」
その声が聞こえるやいなや、小生は扉が向こうから開くのを待てずに自分の手で開いた。開けようと中途半端に伸びていた腕を握って家の中に引き込むと、待ち望んでいた彼女は小さな悲鳴と共に小生の腕の中に飛び込んでくる。
「……っ! ……紫音、おかえりなさい」
「うわビックリした!」
ビックリした、と言いながら、紫音は抵抗するでもなく小生に抱き締められるがままだ。それを良い事に、さらに腕に力を込めてしまう。たった一晩いなかっただけなのに、随分久し振りにその声を聞いた気がする。
紫音の声を聞き付けて、セビエが喜んで駆け付ける声も聞こえるが、あいにく今はセビエに紫音の姿を見せるのも惜しい。
「ああ、驚かせてすみませんです。君の帰宅が待ち切れなくて……」
「……えっ」
「いけませんね。一晩君と会わなかっただけなのに……」
「……ハッサクさん……」
「はい」
「苦しいです……」
「……! す、すみませんです……!」
控え目に脇腹を叩かれた。……確かに、小生の胸に顔が埋まってしまっている。慌てて腕を緩めたものの、離したくないという気持ちが強過ぎる小生は紫音を開放したくなかった。折衷案として腰を抱き寄せると、紫音は途端に顔を真っ赤に染める。
小生の手で色を変えるその様子は、いつ見ても愛らしかった。
「ああ、駄目ですね。離し難い。昨日散々良く考えろと皆からお叱りを受けたのですが、一晩考えた結果がこれです」
「あー……、何かハッサクさんがキレたっていうのはチリちゃんから聞きました。ハッサクさんがキレるなんて想像出来ないんですけど、何があったんですか?」
「……少々図星を突かれまして」
「……どんな話か聞いてもいいですか?」
「もちろんですとも。君には聞く権利がありますです」
そう答えて、小生は紫音を抱き上げた。うわっ、と小さな悲鳴を上げて小生にしがみつく彼女は、足元にいたセビエを見下ろして笑みを浮かべた。セビエも嬉しそうな顔をして腕を伸ばすが、その再会に構わずに歩き始めると、さすがの紫音も怪訝そうな顔になる。
「あの、セビエが寂しそうなんですけど……」
セビエを気にする紫音の言葉に、ようやく小生は足を止めてセビエを見下ろす。優しい彼女の事だ。セビエの様子が気になるのだろうが、今は他の事など考えて欲しくは無かった。
「……今は駄目です。小生、正直これでも必死に我慢していまして……」
そう答えて、自分の鼻先で紫音の鼻に触れる。顔を近付けると、ぎゅっと目をつぶる紫音に気付かれない様に、小生はじっとセビエを見下ろす。
言外に、これから小生がこの子を可愛がるのだから邪魔をするなと伝えれば、セビエもその事を理解したのだろう。小さく抗議の声を上げたものの、大人しくなった。
そんなやり取りが行われたとは全く気付いていない紫音は、目の前にいる小生に小さな疑問を投げ掛ける。
「……何を……?」
心底不思議そうな顔をしている。彼女の視点から見れば、帰宅してからずっと腕の中に閉じ込めておいて何を言うんだと疑問なのだろう。
その問いに答える前にじっと唇を見下ろして微笑むと、さすがの紫音も何かを感じ取ったのか腕の中で体を震わせる。
「おや、竜の逆鱗に自ら手を伸ばすとは悪い子ですね」
「アッハイごめんなさい」
努めて優しい笑顔を浮かべたつもりだったのだが、どうやら失敗した様だ。怯えた顔になった紫音を宥める様に肩を撫でてやりながら、しかし抱き締める力は緩めないまま、小生は紫音と共にリビングのソファに腰を下ろした。
*
*
過去から来た。ちょっと嘘もついている。
顔を見られたくないからと、小生の胸で顔を隠した紫音はぽつりぽつりと語り始めた。
エイル君から、同居しているドラゴンポケモン達が紫音の事をお嫁さんだと認識している事も聞いてしまったと聞かされた時は、思わず苦笑いをしてしまったが。
「…………」
そんな会話の中、紫音が不意に小生の腕を強く握り締めた。そして、何か覚悟を決めたかのような両手が小生の胸に添えられる。顔を隠したい、と言った紫音が顔を上げると、真っ直ぐに小生を見つめる。
……ああ、彼女は決めたのだな。そう思わせる表情に、小生は無言で彼女の言葉を待った。
「……私は、私の知らない今のシンオウに帰るより、ハッサクさんの隣にいたいです」
「……それは、」
「チリちゃんに言われました。パルデアの大地に足を付けて生きていたいのなら、どこに根を張るかよく考えろって。……ハネッコみたいに飛んでいかないように、ちゃんと手を握っててくれると嬉しいです……」
そう言いながら、少しずつ声が小さくなっていく。恥ずかしさが極まったのだろう、また胸に顔を隠そうとする紫音に我慢が出来なくなって、小生は気付けば彼女の体を抱き上げていた。
膝の上に座っていた上半身を持ち上げて、そのまま強く抱き締める。
「……! もちろんですとも!!」
「うわぁあぁ!?」
答えはもちろんイエスだ。小生の隣に根を張りたいと言う紫音の決意に頷かないなどあり得なかった。
「ハネッコの様に飛んで行ってしまっても、小生の所へ帰ってきてくださいね。迷ってしまっても小生が必ず見付け出しますです!」
「ま、まだ全部言ってなかったのに! ハッサクさんのバカっ!!」
バカ、と言いながら抱き締める小生の肩が叩れる。恥ずかしくて顔を隠そうとした所を引っ張り上げられたのだ。そのせいで、紫音の目には涙が浮かんでいる。
慌てて腕を下ろすと、紫音は再び小生の胸に顔を隠してしまった。
「す、すみませんです……! つい我慢が効かずに……」
「うう〜っ……!」
唸り声で返事があった。宥める為に背中を撫でてやると、紫音は涙目のまま頬を膨らませている。
許してもらえないだろうか、ともう一度謝罪の言葉を口にしようとした小生は、不意に膝で立ち上がった紫音に目を丸くした。
普段から突拍子の無い事をする子ではあるが、今度は何をするつもりなのか。……そんな事を考える余裕は数秒しか無かった。
小生より少し体温が高い両手で頬を挟み込まれたかと思うと、紫音の顔が近付いてくる。止める暇も無いまま、震える唇が重ねられた。
触れたのはほんの一瞬。しかし、小生にはそれだけで十分だった。
「は……」
「……ハッサクさんが私の話を途中で止めたので、あの続きはもう言いません!」
「…………」
「どうせチリちゃんから貰った動画見るんだろうし、それが答えって事で!!」
「………………」
「……ハッサクさん……? あれ? おーい」
紫音が何事か語っているのが聞こえるが、理解が追い付かない。
理事長は卒業まで挿入は許さないと言っていたが、紫音が積極的ならばそれに応えてやるのが小生の役割なのでは? そんな考えが頭を支配する中、心配そうな顔をして小生を覗き込んでくる紫音が見えた。
……そうだ、紫音は自分が起こした行動の結果どうなるのか理解していない。そんな彼女にいきなり無体を働いて怖がらせた結果、逃げられてしまっては元も子もない。
ここは丁寧に教えていかなければ。逃さない様に、じっくり教える事は得意分野だ。
必死にそう言い聞かせて、暴れそうになる竜を何とか落ち着かせた小生は、深く長いため息を吐く。
「……誰の入れ知恵かは知りませんが」
「……へっ」
「君が小生のちょっかいを受けた時の気持ちが分かりましたです……。危うく歯止めが効かなくなる所でした」
「そ、れは……、つまり……」
「ふふふ、良かったですね。小生が理性的で」
ぴぇ、と小さな悲鳴を上げた紫音をソファに押し倒した。
この状況、自分が置かれた立場はさすがに理解出来るのか、紫音が慌てて小生を押し返そうと両手で必死に腕をつっぱる。彼女なりに頑張っている様だが、小生を押し返すどころか支える事すら出来ていないその細腕を首に移動させた。
「ま、ままま待ってください理性的!? 理性的な人に押し倒されているんですけど!?」
「君が首を痛めると思いまして。……ああ、もしやこの体勢では怖いですか? では、小生が君を支えれば良いですね」
「うわうわわ」
話しながら体を起こすと、首に腕を回している紫音も一緒に起き上がる。腕だけでは安定しないからか、落ちない様に必死に抱き着いてくる姿に思わず笑みが浮かんだ。
「君からキスをしてくれた訳ですし、小生もお返ししなければなりませんね」
「い、いいですよお返しなん……」
お返しなんていらない、と言う前に、頭に回した手に力を込める。そのままちゅ、と小さな音を立てて唇を重ねると、紫音は爆発したかの様に真っ赤に染まった。
……そう言えば、不意打ちでキスするのは嫌いだと言われたばかり。小生とした事が失念していた。
「ああ、言い忘れましたです。これからキスをしますね。覚悟をしてくださいです」
「うにゃっ……、んぅ」
文句なのか悲鳴なのか、紫音が漏らした不思議な鳴き声と一緒に唇を塞ぐ。
今日は触れるだけのキスだけにしておこうと理性を総動員してはいるものの、鼻孔をくすぐる甘い香り。唇が触れる度に震える肩。その肩を撫でると漏れる声。
……落ち着かせたはずの竜が再び鎌首をもたげるのに、そう時間はかからなかった。
「はぁっ……、紫音……」
「ふあふあする……。……くらくら……?」
「……え」
よっぽど噛み付いてしまおうかとした頃、紫音が先に音を上げた。夜更かしした上、キスの連続で息が上がってしまったらしい。力無く膝の上に崩れ落ちていく体が倒れない様に支えてやりながら、小生は無言で天井を仰ぎ見る。
……小生の忍耐が勝利した瞬間だった。
「……休みますか?」
「寝ましゅ……」
くたくたになってしまった彼女に無理はさせられない。意識の外に竜の存在を追いやった小生は、その髪の毛に指を通しながら微笑んだ。
「分かりました。……実は小生も夜更かししてしまいまして……、一緒に寝ますか?」
「……何もしない?」
「……もちろ……、いいえ、キスはしますです」
「ふやけちゃうんじゃないかなぁ……」
ふへへ、と笑う紫音にもう一度キスをして、小生は彼女を抱えたまま立ち上がる。
「うわわ!? ……え? ここで寝るんじゃないの!?」
「……小生にはソファは少々……、いえ、かなり狭いのですよ」
「ナルホドー。……ちなみになんですけどハッサクさん」
「はい」
「まだ一緒に寝るって返事してないです」
「…………駄目です。今小生が君と共寝すると決めました」
「えっ」
「嫌ならラクシアを呼んでくださいです」
「っ……! 〜〜〜〜っ、……うう〜っ!!」
「……はい、では行きましょうね」
唸るだけで、ラクシアに助けを求める声は出てこない。ぎゅっと小生の服を握り締めて、足をジタバタとさせる紫音の様子に、これは素直に眠らせてやらなければすぐに爆発してしまいそうだとため息を吐いた。
*
*
「あの、何故ハッサクさんのお部屋に」
「…………確かに」
……当たり前の様に小生の寝室に連れてきてしまった。紫音の寝室だと、昨夜の情けない独白を思い出してしまうと考えての行動だったのだが、紫音から見れば当然の疑問だろう。
軋むスプリングと共に投げ掛けられた疑問に頷きながら、紫音に布団を掛ける手は止めない。睡魔が強いのか、彼女も疑問に思いながらも大人しくされるがままだ。
「ふぁっ……。ふおおお……!?」
「ど、どうしましたですか?」
しかし、突然紫音が奇声を上げる。驚いて動きを止めると、紫音はすんすんと鼻を鳴らしている。
「は、はは……、ハッサクさんの匂いがする……!」
「…………」
「ふぉわぁあああ……!?」
そんな彼女の隣に無言で潜り込んで抱き締めてやると、紫音はさらに声を上げる。
「目の前にハッサクさんハッサクさんの匂いに包まれて眠れるでしょうか分かりませんっ!!」
「……嫌ですか?」
匂いには気を使っているつもりだったのだが。嫌がるのなら、紫音の寝室に移動しようかと考えていた小生の予想に反して、彼女はきょとんとした顔になった。
「嫌ではないですよ? こう……、ハッサクさんに包まれてる感じがするので……。……って何言わせるんですかっ!!」
「いたた……。紫音、痛いです」
照れ隠しなのか、頭を小生の肩口にぐりぐりと押し付けてくる。痛い、と一言伝えれば、一瞬大人しくなった。
「……?」
小生の腕の中でもぞもぞと体を動かす紫音は、明らかに下腹部を気にしている。……気付かれてしまった。
「……あの……?」
「……あまり動かないでくださいです、刺激で爆発してしまいそうです」
「ばくはつ」
服越しに柔らかい肉の感触がある。小生の言葉にそっと腰を引いた紫音は、控え目に疑問を口にした。
「こっ……、こういうのってツライものなのでは……?」
「君はそういう気遣いをしなくて良いです。君を可愛がる手段は、別にこれを使わずとも良いのですから」
「可愛がる」
「ええ。この様に」
「みゃっ」
額に、頬に、鼻に、唇に。丁寧にキスを落として行けば、落ち着いていた紫音はみるみる内に顔を赤く染めていく。
軽いキスだけでこうなるのだから、今日はこれだけで我慢しようと決意した小生の判断は正しかったらしい。
「も、もう勘弁してくだしゃい……」
それでも紫音にとっては刺激が強いのか、小声で懇願しながら小生の唇を手で塞いできた。
涙目でそんな懇願をされては頷くしか出来ない。
「……明日からは、もう少しキスを頑張りましょうね」
そう囁いて、紫音の唇をぺろりと舐めると彼女はぴぇっ、と小さな悲鳴を上げた。
「そんなのされたら眠れないよぉ」
そんな文句を言う紫音を宥める様に背中を撫でてやると、また唸りながらも大人しくなった。色彩豊かな日常が戻ってきた事実を噛み締めて、小生もゆっくりと睡魔に身を委ねていった。