パルデア上陸編
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「ほな、お泊り会開始ー!」
「開始ー!」
チリちゃんの号令で、部屋に元気な声が響いた。私をお誘いしてくれたチリちゃん、フユウちゃんとゆうあ先生。
「紫音がついでに拾いモンして来たけど。……まぁ、今日は紫音の為のお泊り会やからな!」
「え? 私の為なの?」
「せやで。いつもやったら元の場所に戻して来なさい言うで? 今日だけや!」
ご飯の買い物してる時に見掛けたエイルちゃんも連れて来た。エイルちゃんを見るなりチリちゃんの眉が一瞬キュッと寄ったけど、あの時何も言わなかったからオッケーだと思ったんです……。
「私がちゃんとお世話するから!」
「わーい! 紫音にお世話してもらう!」
「お世話してもらう立場でしょ」
フユウちゃんの冷静なツッコミ。うーん、的確。どうやら、エイルちゃんとお泊り会出来るのは今夜だけらしいので、今日は存分に楽しみたいと思います!
「……それでチリちゃん。皆を招集して何の話なの?」
チーズを摘みながら、ゆうあ先生がまず口を開いた。
「紫音がおもろい事になってる聞いてな」
「…………先生?」
私に関連した面白い話。嫌な予感がするなぁ、ゆうあ先生をじっと見ると、先生は慌てて手を振る。
「……えっ!? 言ってない言ってない!! 何の話なのかな、分かんない!」
「秘密の話?」
「そう、秘密の話!」
「ほぉ? 詳しく聞かせてもらおか」
「ひぇ……!」
急に圧が増したチリちゃんが怖くて、先生と二人でエイルちゃんをサンドイッチにした。どうしようと先生に助けを求めると、ゆうあ先生も困った顔して私を見ている。……これは逃げられないやつ!!
「……私の秘密を話したら、ゆうあ先生の秘密を大声で叫びながらアカデミーを一周する密約が交わされてます」
「ああ、ジニアと付き合うとるって話かぁ。学校じゃ言ってないからね」
「……つまり、その秘密を知ってるチリちゃん達相手に、その密約は効果を発揮せぇへんって事やな」
「ふぉう〜ん?」
「さて、ここで紫音さんに質問です」
「……あ! ハッサクさん帰って来いって言ってる!」
「ははは、とても面白い事をおっしゃいますね。……さて、あなたがハッサクさんがえっちだと思う部分を教えて頂けますか?」
ひゅっと息を飲んだ。えっちなお父さんがいてたまるか、って叫んだ部分を詰められるとは……。どうしよう、どう言い逃れしようと考えていたら、ゆうあ先生とフユウちゃんが首を傾げた。
「えっち?」
「えっちて何?」
「えっちが通じない!?」
これは逃げ道があるのでは。頭をフル回転させれば……、と希望を見付けた次の瞬間、目の前のエイルちゃんが元気良く手を挙げた。
「うち知ってる!」
「はい、ではエイルさん」
「えっ、まさかホントに知ってる!?」
「助平って意味!」
「エイルちゃん!!」
正解を叩き出したエイルちゃん。そして、私の反応でその答えが正解だと皆理解してしまった。ああ……、やってしまった……。
「助平……、スケベかぁ……」
「スケベより可愛いやん。今度ウチもアオキさんにえっちって言うてみようかな」
「では改めて……、ハッサクさんのどこが助平なんですか?」
「ハッサク助平なの?」
「どこが? ハッサクさんのどこが助平なの?」
「紫音ちゃん! 私達がそれを聞いてるの!」
紫音は逃げられない!
ゆうあ先生は楽しそうな顔になってるし、フユウちゃんもニコニコ話を聞いてるし、チリちゃんも真面目な顔してるけど顔の前で組んでるおててで隠した口元笑ってるの見えてるよ!!
「ううっ……。どこがって……、どこが……?」
ハッサクさんのどこがえっちかって? ヤケになってもう全部えっちだよって叫んじゃおうかな。……ダメだ、嫌な予感がする。どうしよう、何て言おう……っ!
「混乱してきとるやん。誰かキーの実持ってる?」
「無いなぁ。とりあえず何か飲ませて一息つこか」
「はい、紫音! 飲んで!!」
「ありがとううう……! エイルちゃん大好きだよ……」
エイルちゃんに渡された飲み物を一気に飲み干した。ふぅ、おいしい水美味しい。
「なぁ、チリちゃんの事は?」
「へ?」
「エイルはんの事好きなんやろ? ほなチリちゃんは?」
「え? もちろん好きだよ!」
「じゃあウチは?」
「好きー!」
「私は!?」
「可愛いから好き! むしろみんな好き」
可愛い子や美人さんはみんな好きですとも! 何なら今ここにいないアオイちゃんも好きだし、ネモちゃんも可愛い。あるじま君はいいお友達だし、スター団の皆も好き!
ルンルンでそんな事を言ってたら、その隙間を狙ってチリちゃんが爆弾を投げ込んできた。
「……ほなハッサクさんは?」
「すっ……。……すぅー……」
「……」
「はぁー……」
「いや今吸ったもん吐かんかいっ!!」
「いだだだだだっ! 吐いたじゃん息を!!」
「その前や! ほらお口開けぇ!!」
チリちゃんが襲い掛かってきた! 逃げようとしたら、ゆうあ先生がきゅっと腕を握ってる。しまったぁエイルちゃんサンドしたままだった!!
「もう飲み込んだので何も無いのだ!」
「蓄えただけでしょっ!」
「紫音、ため込み過ぎるのよくない!」
「せやで〜? 全部吐き出して楽になろ? ほら、いっそ全部吐いてしまおうや」
「ううううう〜!」
「ほら、ハッサクさんどう思っとるん? チリちゃん達に聞かせてや」
「か、飼い主……」
「なんでやねん!!」
チリちゃんとフユウちゃん渾身のずっこけ。でも、私のペット発言を知ってるゆうあ先生は苦笑いをしている。
「そんな事言ってたもんねぇ……。でもね、紫音ちゃん」
「……言わないぞっ!」
「ハッサク先生が好きって言わせたい気持ちももちろんあるけど! ……今はそれ以上に心配なの」
……あれ? それはまるで私がハッサクさんを好きなのはここにいる皆の共通認識の様な……。思わずエイルちゃんをぎゅっと抱き締める。
「紫音ちゃんは楽しい今を壊したくないから、ハッサク先生との関係を考えないように現状維持を選んだんだよね?」
「……うん」
「今楽しい? 私には凄く苦しそうに見えるよ?」
「……苦しいよ。でも、前に進んで今が無くなるよりよっぽどいい!」
「……現状維持。それも難しなるんよなぁ……」
「……どういう事? 私、追い出されちゃうの!?」
チリちゃんがぽつりととんでもない事を言った。現状維持が出来ない。それはつまり……。
「何で追い出されるがまず先に来るんや……」
「その時はエイルちゃんと一緒に行く! いいよね、エイルちゃん!!」
野宿も一人じゃないなら怖くない。そう、最初は野宿しなきゃって話だったんだから。振り出しに戻るだけ! 学費は……、特待生とかそういう制度があれば、もうハッサクさんにも迷惑かけなくて済む。そう思ってたのに。
「……うちと一緒に?」
「うん! ダメかな……」
「う〜ん……。自分の気持ちに嘘ついてる今の紫音じゃダメ」
「エイルさんが振った……」
「紫音。進んだらもう戻れないんだよ? 本当に、それで後悔しない?」
じーっと目を見てそんな事を言う。ふわふわお姉さんはどこに行ってしまったんでしょう。エイルちゃんなら助けてくれるって思ってたのに……。
「……し、しないよ!」
「嘘つき。あのね、紫音。自分の舵は自分でとらなきゃダメなの。紫音どこに行きたいの?」
「……どこにも行きたくない……」
「ハッサクと一緒にいたいんでしょ?」
「…………うう……っ」
頷く事も出来ない。唸る私を、エイルちゃんは優しく抱き締めてくれた。
「自分は難しく考え過ぎやで。シンプルビームでもくらえっ!! たんじゅんになってしまえ〜」
「うみゃっ……!? ふ、フユウひゃん……」
ふわふわ抱き締められていたら、フユウちゃんが急に私のほっぺたをムニムニしてきた。シンプルビームって何。単純にって言うけど、そんなの簡単に出来ない。
「好きか、嫌いか。今考えるのはそれだけ。ほら、単純やろ?」
「……ひょんなかんひゃんに……っ! ぐぬぬっ……、ゆうあ先生はどうなんですかっ!」
「え!? 私!?」
「先生もすぐ真っ赤になっちゃいますもんね! そんな可愛い先生がジニア先生の事すっ……、言えるんですか!? 言えないって言っ……」
「好きだよ?」
「言った……」
裏切られた気分。あっさり好きだよって言い切った。最初にお付き合いしてるんですかって突っついた時はあんなに動揺してたのに! もしかして、私が動揺してるからゆうあ先生は冷静でいられるとかそんな感じ?
「うん、好き。……って言うか大好きを通り越してるから、私はジニア先生の隣……、このパルデアで、一緒に生きたいと思うんだよ」
「〜〜っ、先生の裏切り者〜っ! 結婚式に呼んでくれないと許しませんからねっ!!」
「えっ!? 結婚式!? ……って言うかこの空気なに!? 紫音ちゃんの話だったでしょ!」
スパッと言い切った後に、急に照れ始めた。先生照れるのが遅いよ……。でも、その様子がいつものゆうあ先生なのでちょっと安心する。
「いやぁかっこええで、ゆうあちゃん! なぁフユ……、泣いとる!!」
「え!?」
「ううっ……! ジニアに泣かされたらいつでも言いや!? ぼこぼこにしたるから!!」
「はは……」
まさかゆうあ先生があっさり答えるなんて思わなかった……。……じゃあチリちゃんは? パルデアは距離が近いってボヤいてたチリちゃんはどうなんだ! 私ばっかり集中攻撃されるのは不公平だぞ!!
「……じゃあチリちゃんは!?」
「は? 急にどうしたん?」
「あるじま君の事どう思ってるの!?」
「……それ、最後自分の逃げ道無くなってもええなら答えたる」
「言いたくないからってそんな……」
「好きやで?」
「びぎゃー!」
紫音、撃沈。涼しい顔したままあっさり答えたチリちゃんにも裏切られた。恐る恐るフユウちゃんを見ると、私が問い掛ける前に幸せそうな顔で言う。
「ウチもアオキさん大好きやで。ウチの一目惚れやから余計に!」
「ワ、アア……」
「紫音、壊れちゃった」
「さぁ、最後は紫音が答える番やで!」
ゆうあ先生を筆頭に、チリちゃんもフユウちゃんもダメ。エイルちゃんにも振られた私の味方はもう誰もいない。
「好きか嫌いか、はっきりしよ。動きたくないんじゃなくて、動けなくなってるんよ」
優しくフユウちゃんに促されて、私は喉の奥に貼り付いた言葉を叫んだ。
「うう……っ。好きでも嫌いでもないっ! 大好きなんだよ文句あるかっ! だって好きになっちゃったんだよぉ……。でもそれハッサクさんに言ったら困らせちゃうと思ったの!! ハッサクさんの事だからそれは若さゆえの勘違いですキリッとか言うんじゃないかとか! 色々考えた訳ですよ! その結果現状維持を頑張ろうって決めたの!!」
「何でそこまで理解出来るのに弱気が発動してしまうの……?」
ゆうあ先生が撫で撫でしてくれる。それを見てエイルちゃんも撫でてくれた。チリちゃんもフユウちゃんも寄ってきた。ぎゅうぎゅうにされている。でも皆で寄ってたかって未成年いじめるのどうかと思う!
「うう〜っ……! エイルちゃんからフカマル先輩やセビエが私をお、おおおオヨメサン認識してるって聞いても、ハッサクさんが小生の紫音って言ってる事を聞いても気にしない様に頑張ってたのに! 何かハッサクさんやけに距離詰めてくるなぁとか、挨拶の意味も無いのにハグとかキスしてくるなぁって事も気付かないフリしてたのに!!」
「気付いとったんか」
「気付くよ! そこまでバカじゃない!!」
「ほな両思いって事やん?」
「違うよフユウちゃん。ハッサクさんが言うには私はセビエやフカマル先輩と同じカテゴライズなんだって! そう言われたらそうなんだって思うしか無いでしょ! 私どうしたらいいの!? 分かんないよ……」
グスッと鼻を鳴らす。その様子に、コガネお姉さん達が同時に顔を見合わせた。
「……今の撮った?」
「バッチリ。ムービーで撮れた」
「待って。撮ったって何を」
「ちょい待ち。今これ送ったら大将突撃して来るかも知れへん。……明日やな」
「うーん、ハッサクさんこんな子泣かせたんか……」
「ハッサク悪い男!」
「ホンマ悪い男に捕まったなぁ、可哀想に……」
「ねぇ何の話!?」
「紫音ちゃん頑張ってたんだなぁ、って話」
どういう事!? 私だけ話が分からないので誰か解説して欲しい。三行で簡潔に!
「お互い大事すぎて衝突事故起きとるやん。夕方のあれこれ見せてやりたかったわ……。アオキさんに煽られてキレ散らかしてたハッサクさん」
「ハッサクさんキレたの……?」
「バチバチにキレとったで。あんなん初めて見たわ。……アオキさんに言われたん図星やったんやろなぁ」
「何それ! 何でウチ呼んでくれへんかったんや!!」
「胸ぐら掴まれても涼しいお顔しとったで」
「さすがウチの旦那様や……」
「何それ詳しく!」
「うちも知りたい!」
ハッサクさんがキレる程のお話とは。夕方って……、チリちゃんから電話来たのも夕方になる頃でしたけど……。
「……まさかチリちゃん。あの電話ハッサクさんの前でしてないよね!?」
「……ははっ!」
「チリちゃん! それ消して! 消せください!!」
「なはは。そんな暴れると、チリちゃん手が滑ってさっきの発言撮ったムービーをハッサクさんに送ってしまいそうやわ〜」
「人質!!」
とんでもないモノを人質にされてしまった。あんなの送られてもハッサクさん困るだけ! それは良くない!!
「まぁ、おふざけはここまでにして。パルデアの大地に足つけて生きていきたいんなら、なおさらどこに根を張るかよう考えや。自分かて小さい子供やないんやから」
「…………」
「ハネッコみたいに外から飛んできたんやからなおさら。紫音はどこにでも行けるけど、どこに行きたいかちゃんと考えるんやで」
「……チリちゃん……」
「ハッサクさんは、どんな答えでもきっと受け止めてくれるはずや。言いたい事全部ぶつけたれ!」
「……無理だよ……。見つめ合うと素直にお喋り出来ないってサザンも歌うくらいだもん……」
「サザンって誰や。まぁ紫音が言わんならそれでええけど……。その場合、ハッサクさんからどでかいモンが投げられるで。受け止められるとええな」
どういう事。教えてくれるつもりの無いチリちゃんは、ニコッと笑うだけだった。
*
*
洗いざらい話を聞き出された私。
その後は、仕返しのつもりで一目惚れしたって言うフユウちゃんのお話を詳しく聞かせてもらったら思った以上に熱烈でビックリしたり。ゆうあ先生の馴れ初めを聞いてドキドキしたり。チリちゃんには「チリちゃん達だけの思い出にしときたいからイヤや」なんて悪戯っぽく笑って誤魔化されたり。エイルちゃんがクッションの山に顔からダイブして眠ってしまったり。
とても楽しい一晩を過ごした私は、翌朝、寝不足の目を太陽でしょぼしょぼさせながら皆とお別れした。
「……いや〜……、帰るのちょっと怖いけど……」
ハッサクさんなら受け止めてくれるってチリちゃんは言ってたけど、私がそれを言えるかどうかは別問題。怖いなぁ〜。
それとは別に何やら重要な話があるみたいだし。あのハッサクさんがキレる程のお話。怖いな〜怖いなぁ〜……!
「うう……、なるようにしかならないっ! 頑張れ紫音!」
グッと拳を握り締めて、自分を応援して気合を入れる。角を曲がれば、もうすっかり馴染んだ私が帰る家だ。ガチャリと鍵を開けてドアノブを回そうとしたら、中から扉が開く。
「……ちょっと待てよ……。どんな顔してハッサクさんに……」
「……っ! ……紫音、おかえりなさい」
「うわビックリした!」
おかえりなさい、と言いながら、中からハッサクさんの腕が伸びてきた。むぎゅっと抱き締められてちょっと苦しい。セビエが呼んでる声も聞こえるけど返事をする余裕が無い!
「ああ、驚かせてすみませんです。君の帰宅が待ち切れなくて……」
「……えっ」
「いけませんね。一晩君と会わなかっただけなのに……」
「……ハッサクさん……」
「はい」
「苦しいです……」
「……! す、すみませんです……!」
玄関先でぎゅうぎゅうに抱き締められていた腕が、私の言葉に一瞬緩んだ。ほんの一瞬……、と言うか、腕の位置が変わっただけ。背中に回されていた腕が腰に下がった。腰を抱き寄せられている、なう。
「ああ、駄目ですね。離し難い。昨日散々良く考えろと皆からお叱りを受けたのですが、一晩考えた結果がこれです」
「あー……、何かハッサクさんがキレたっていうのはチリちゃんから聞きました。ハッサクさんがキレるなんて想像出来ないんですけど、何があったんですか?」
「……少々図星を突かれまして」
「……どんな話か聞いてもいいですか?」
「もちろんですとも。君には聞く権利がありますです」
そう答えると、ハッサクさんは当たり前の様に私を抱き上げた。ようやく目が合ったセビエは嬉しそうな顔をして腕を伸ばすけど、それを一瞥すらせずにハッサクさんが歩き始める。
「あの、セビエが寂しそうなんですけど……」
「……今は駄目です。小生、正直これでも必死に我慢していまして……」
「……何を……?」
帰るなり熱烈ハグして、解放しないままリビングに連行されているのですが……。何を必死に我慢しているんだろうと、単純に疑問に思った私に、ハッサクさんは見た事無いような獰猛な笑顔で答えた。
「おや、竜の逆鱗に自ら手を伸ばすとは悪い子ですね」
「アッハイごめんなさい」
ひゅえ〜これ食べられてしまうのでは!? チリちゃん! これ私が告白するチャンスあるとは思えないんですけど!!
そんな声にならないSOSを叫びながら、私はハッサクさんにリビングへとドナドナされる事になったのです。
*
*
「では結論から言いますです」
「はい」
リビングのソファにぽふんと座って、いざ話が始まると思って緊張していた私はふと気付く。
何故ソファではなくハッサクさんの膝に座っているのでしょうか。相変わらず腰は抱き寄せられているし、空いた手で頬を撫で撫で。……そんな事をしながらハッサクさんが言うには。
「紫音。小生は君に好意を抱いている様です」
「…………はぇ!?」
「……いえ、ここで言葉を濁すのは良くありませんですね。好きなのです。君の事がどうしようもなく」
「は……、ハッサクさんが、誰を、好きだと……?」
「小生が、紫音を、好いている、と言いました」
ハッサクさんが好き。誰を? 私の事を。
いや、まぁそうだといいなぁとは思っていたんですけど……。実際言われるとちょっとヤバい。手で顔を隠そうとしたら、それを見越していた様に顎を持ち上げられた。
「紫音は小生の事をどう思っているのか聞いても? お父さん、ではないのでしょう?」
「やっぱりあの電話聞いてたんだチリちゃんのバカっ!」
「えっちな、とはどういう意味ですか?」
顔を寄せながら囁くハッサクさん。全部聞かれてた〜! 今回は言わないぞ。エイルちゃんもいないし、絶対自爆しない!!
「……紫音。小生に教えて欲しいのですが」
「ぅううわにゃ〜! そういうところ!! これ以上は黙秘します!!」
も、もう無理〜! 鼻が擦れるくらい近い距離で見つめられるともうダメです! そういうところがえっちだと思うんです。色気で死ぬ。
「……君の自爆癖、聞き出す分には楽なのでありがたいですが、直した方が良いかも知れませんですね」
「……私、やってしまいましたか?」
「やってしまいましたね」
「あああううう……」
「えっちな小生はお嫌いですか?」
「……そういうのズルいと思います」
「ズルい部分もあるのが大人です。それで? 小生をどう思っているかの答えを聞いていませんですよ」
「その顔! どうせもう分かってる癖に! チリちゃんから動画貰ったんでしょ! じゃあ言わなくていいじゃないですか!」
「送られてきたのは確かですが、まだ見ていませんです」
う、嘘だぁ。その自信満々な顔は絶対見たやつですよね? ……ここはちょっとやり返してもいいと思うんです。
「……不意打ちでキスしてくるのは嫌いです。心臓が爆発しそうになるので」
「それは申し訳ない。では宣言してキスしますね」
「……キスしない選択肢は?」
「ありませんです。……小生が君にキスをしたいので。今も大切な話が終わるまではと、どうにか我慢しているのです」
「ナルホドー」
ハッサクさんのカウンターが決まりました。我慢してるとは言う言葉通り、唇ずっとふにふにされてる。うーん、これはもしかしなくてもほっぺたや額にちゅーどころじゃ済まないな? 紫音撃沈。
「……それより、まだ大切な話があるんですか?」
「君からの返事と、ライムさんから聞いた君の根本治療の話です」
「……! 私に聞かせられなかった話!」
「前半を聞かなかった事にしないでくださいです。……ですが、確かに後半も重要ですからね」
「バレてる!」
「バレます。……さて、まず前置きしておきますが、小生はこの話を聞いたから、自分の気持ちに開き直る事にしました」
「……?」
つまり、ライムさんの話が無かったら何か危ない雰囲気のまま暮らしてたって事か……。開き直る程の話とはいったい……。
「君がゴーストに好かれる理由は覚えていますね? 君に話した良く食べて良く眠ると言うのは、すぐに連れて行かれないようにする延命処置。確実に症状を軽減させるのなら、健康な人間のエネルギーを与える事が良いのだと」
「……ちょっと待ってくださいです」
「はい。補足が必要でしたら聞いてくださいね」
「はい……」
エネルギーを与えるとはどういう事なのか。キスなり何なりで生命力を分け与えるらしい。そういうのが苦手なゴーストタイプが多いとか何とか。
なるほど、分からない。とりあえず一番気になった所を聞いてみよう。
「……開き直るとは……?」
「……小生恥ずかしながら、君を治す為にあれやこれやと考えたのです。君の為と言い聞かせながら、しかし君が自分の意志で小生から離れていくのならまだしも、そんな事で君を他の人間に渡すなど、想像だけで気が狂うかと思いました」
そう言いながら、腰に回された腕に力が込められる。もうこれ以上密着出来ませんよ!
「……相談を兼ねて皆にその事を報告したのです。その際、アオキに『手を出す大義名分が出来て良かったですね』と言われまして……」
「大義名分」
「……もちろん、君が嫌だと拒否をするのなら構いませんです。しかしその場合、治療の為に何かしらの方法を考えなくてはいけません。同時に、小生と同居したままだと今度こそ小生が君を傷付ける可能性が高いので、君の新居も用意します。その先は、友人としての関係も難しいでしょうね」
そう寂しそうに笑うハッサクさんは、ずっと唇を撫でていた手を離した。進むか、それとも終わるかを選んでください、という事なんだろう。
でも、選ぶ前に私も言わなきゃいけない事がある。
「……ハッサクさん」
「はい。決めましたですか?」
「まだです! 決める前に、私もハッサクさんに聞いて欲しい話があるんです!」
「は、はい」
「でも顔は見られたくないので、……ちょっと胸借りていいですか?」
「……どうぞ」
もぞもぞとハッサクさんの膝の上で体勢を変えた。向かい合う形で座り直すと、ハッサクさんに無言で抱き着く。
「……紫音?」
自分からは問答無用でハグしてくるのに、私から抱き着くとオロオロしてる。しばらくさまよったハッサクさんの手は、ようやく私の背中に回って落ち着いた。
「私は過去から来ました」
「……はい、その様ですね」
「ちょっと嘘もついています」
「あの日、君と面談した全員がその事に気付いていますです」
「……うっ。エイルちゃんから聞いてしまいました。セビエやフカマル先輩がお、お嫁……、さん……、認識している事を……」
「……そうですね。小生も気付いていない頃から、彼らは既に気付いていた様です」
「……すごぉい」
ポケモン……、というより生き物の直感の様な物なのかも知れない。ギガインパクトが炸裂したのは、同居生活始まってまだそんなに経ってない頃だった気がするんですけど……。
「彼らは大歓迎の姿勢ですが。君はどうですか?」
「…………セビエやフカマル先輩と同じ様に大事って言ってましたよね?」
「言いましたです。そう自分に言い聞かせていたのかもしれません。……いずれ、元の地方に帰すべき日が来るかもしれないからと」
そこまで考えてくれたいたんだ……。楽しくないのは嫌だって理由で現状維持を選んだ私とは大違いだ。でも、それなら、私もちゃんと言わないといけない。
「……私は、私の知らない今のシンオウに帰るより、ハッサクさんの隣にいたいです」
「……それは、」
「チリちゃんに言われました。パルデアの大地に足を付けて生きていたいのなら、どこに根を張るかよく考えろって。……ハネッコみたいに飛んでいかないように、ちゃんと手を握っててくれると嬉しいです……」
ヤバい、言ってて恥ずかしくなってきた! これ顔隠しててもヤバい。告白のハードル高過ぎる。
「……! もちろんですとも!!」
「うわぁあぁ!?」
後は好きです、付き合ってくださいの言葉を絞り出すだけ。心の用意を準備しようとしていた私は、ハッサクさんの手で持ち上げられていた。膝立ちさせられてハッサクさんの顔がすぐ目の前にあるうわああ!?
「ハネッコの様に飛んで行ってしまっても、小生の所へ帰ってきてくださいね。迷ってしまっても小生が必ず見付け出しますです!」
「ま、まだ全部言ってなかったのに! ハッサクさんのバカっ!!」
「す、すみませんです……! つい我慢が効かずに……」
「うう〜っ……!」
こんにゃろー! 嬉しそうな顔で何て事を言うんだー!
謝る気無いでしょ! 許してもらえると思ってるでしょ!! 許すよ! だって好きなんだもん!!
でも私からアクションを起こすとちょっと動揺する事は分かったので、ハッサクさんの頬を両手で挟んだ。案の定、きょとんとしたハッサクさんの唇に自分のを重ねる。
……あ、ハッサクさん息が止まった。
「は……」
「……ハッサクさんが私の話を途中で止めたので、あの続きはもう言いません!」
「…………」
「どうせチリちゃんから貰った動画見るんだろうし、それが答えって事で!!」
「………………」
「……ハッサクさん……? あれ? おーい」
ハッサクさんフリーズしちゃった。やり過ぎたかな、と心配になってきた頃、ハッサクさんが深く長ーいため息を吐く。
「……誰の入れ知恵かは知りませんが」
「……へっ」
「君が小生のちょっかいを受けた時の気持ちが分かりましたです……。危うく歯止めが効かなくなる所でした」
「そ、れは……、つまり……」
「ふふふ、良かったですね。小生が理性的で」
ひ、瞳だけが光っているぅ……。ぴぇ、と小さな悲鳴を上げて、理性的だと自称するハッサクさんの体を押し返した。……抵抗虚しく、腕を首に移動させられて抱き着く形に。あれれぇ?
「ま、ままま待ってください理性的!? 理性的な人に押し倒されているんですけど!?」
「君が首を痛めると思いまして。……ああ、もしやこの体勢では怖いですか? では、小生が君を支えれば良いですね」
「うわうわわ」
ハッサクさんが体を起こす。腕を持って行かれるので、私も体が浮かぶ。ひょいっと持ち上げられて、さっきの膝立ち体勢に戻った。
「君からキスをしてくれた訳ですし、小生もお返ししなければなりませんね」
「い、いいですよお返しなん……」
お返しなんて、と全部言う前に、頭に回された手に力が入る。そのままちゅ、と小さな音がする。
「ああ、言い忘れましたです。これからキスをしますね。覚悟をしてくださいです」
「うにゃっ……、んぅ」
覚悟なんてさせてもらえないまま、ハッサクさんは私に唇を押し当ててきた。頭がふわふわするのは、寝不足だからなのかハッサクさんのせいなのか、私にはもう判断出来なかった。