パルデア上陸編
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『あの子は異様に死の臭いが強い。連れて行かれたくないんなら、食事より何より手を出した方が確実だ』
『……では、先程の言葉は』
『対症療法さね。……恐らく、このままじゃ治るより先に持って行かれる。生きる人間のエネルギーをたっぷり与えた方が、健康な生活を心掛けるよりよっぽどマシだ』
ライムさんからそんな話を聞いた小生は、真っ先に四天王の面々とトップに加えて、ゴーストの群れに関わったあるじま君も一緒に招集した。
何事かと怪訝な顔をしている彼らに、小生は紫音の話だと前置きした上で口を開く。
「紫音が異様にゴーストタイプに好かれる件について、ライムさんに話を聞いてきましたです」
「……! 何か分かったんか!?」
「はい。……ですがその前に、チリとポピーには確認しておきたい事があります」
「はい! なりなりときいてくださいっ!」
「何なり、な。大事な事なんやろ? ええで、チリちゃん達で分かる事なら何でも答えたる」
「ありがとうございますです。ライムさんが言うには、ゴーストタイプの群れが狙っていたのは、紫音では無くチリとポピーだったのでは、と……」
「…………」
小生の言葉に、チリとポピーが揃って顔を見合わせた。
「チリちゃん、走るのに必死やったからよう覚えてへん……。ポピーは?」
「ポピーは……、ポピーをせおっているからチリちゃんがおいつかれそうになったのだと……」
「……俺の主観だと、チリちゃん達を狙っている様に見えた」
ぽつりとあるじま君が補足する。あの時は、チリとポピーを狙うポケモンの半分が小生に向かってきた勢いだった。……紫音を守ろうとしていたと言われれば、確かにそんな気がする、程度の認識ではあるが。
「……仲間を虐めていると思われたのでは、という事でした」
「はぁ!? 紫音はゴーストポケモンちゃうで!?」
「……チリ、話はまだ終わっていません」
「トップ! せやけどっ……、まさかポケモンが人間に化けてるのが紫音、なんてオチや無いやろうな!?」
「ハッサクさん。まだその先があるのでしょう?」
「……ええ」
「一旦座ろうぜ。まだ話長そうだし」
「……うう……」
あるじま君に宥められて、チリが渋々椅子に座り直す。それを横目に、小生は再び口を開いた。
十五年を超える年月を飛び越えた紫音の体には、シンオウの裏側に棲むポケモンの力が染み付いているらしい事。そのポケモンのタイプはドラゴンとゴーストの複合タイプ。
特にゴーストタイプに気に入られるのは、そのポケモンのせいなのではないかと。
「……ギラティナか……」
「ご存知ですか」
「はい、まぁ少しは……」
「そのギラティナの影響を受けている紫音は、ゴーストタイプから仲間だと思われるのだそうです。……初日にフワンテにさらわれたのですが、彼らにとっては群れからはぐれた子を迎えに来た感覚なのでは、と……」
「……紫音おねーちゃんは、ポケモンなのですか?」
「……人間ですよ。まぁ、このままでは人間を辞めてしまうかもしれませんが」
「アオキさん! 縁起でも無い事言いなや! 大将! そうならん様にちゃんと対策聞いて来たんやろ!?」
「ええ、まぁ……。良く食べて良く運動して良く眠る。健康を保てば……」
延命出来る。しかし、それを最後まで言えずに尻尾切りの様になってしまった。
見るからにホッと安堵した表情になったチリやポピーに対して、じっと小生の言葉を待つあるじま君の視線と、トップの容赦無い言葉が小生に突き刺さる。
「……ハッサクさん、ライムさんにはそれだけで良いと言われたのですか?」
「……はい」
「本当に?」
「…………」
「命に関わる事です。全て報告しなさい。しないのなら、ライムさんに直接聞き出します」
「わ、分かりましたです! 全て報告します」
「ではお願いします」
にこやかに言うと、トップは笑顔のまま小生の言葉を待つ態勢に入った。とても誤魔化せるとは思えない。
「……トップの予想通り、先程話した健康を保つというのは対症療法です。延命にもならない。現状維持ですらない」
「……何やそれ。まるで紫音が死にかけみたいやないか……!」
「……紫音おねーちゃん、しんでしまうんですの……?」
「死なせない為には……、ゴーストに連れて行かれるてしまわない為には……っ」
「ハッサクさん」
「……あの子は異様に死の臭いが強い。連れて行かれたくないのなら、食事より何より手を出した方が確実だと」
「…………つまり?」
「健康な人間のエネルギーをたっぷり与えた方がよっぽど効く、と」
「……ふむ、なるほど」
トップが頷いたのを最後に、部屋を重苦しい沈黙が支配した。話の内容を理解するのに時間を要しているのか、それとも言葉を探しているのか。小生も話を聞いた時は言葉を失ったので、沈黙が支配する現状も理解出来るが……。
「つまり……、どういうおはなしですの?」
話の内容が難しかったのか、ポピーが一人手を挙げた。
「お姫様の呪いを解くには、王子様のキスが必要だって話」
「まぁ!」
シンプルなあるじま君の説明に、ポピーは目を輝かせた。随分ロマンティックな表現ではあるが、つまりはそういう事なのだ。
「いや呪いって……。……まぁ、呪いっちゃ呪いか……?」
「紫音おねーちゃんののろいをとくおはなしなのですね!」
「その通り」
「……シンプルで分かりやすい。良かったですね、ハッサクさん」
「……何も良くありませんですよ」
「手を出す大義名分が出来たじゃないですか」
「…………は?」
アオキの発言に、思わず声が低くなる。ポピーがビクリと肩を震わせる事に気付いて慌てて咳払いをするものの、アオキは気にした様子も無く言葉を続ける。
「紫音さんの為にもなる、ハッサクさんも欲の発散が出来る。何も困らないでしょう」
「アオキ!」
「何ですか。事実でしょう? むしろ、あんなに距離が近いのに清い関係だと聞いて驚いたくらいですよ」
「当たり前でしょう!! 小生は、本心から彼女を心配して行動を起こしたのです! 小生の感情で紫音に無体を働くなど、あってはならない事なのですよ!!」
「ちょっと……! いい大人が何やってんですか!」
「大将、落ち着きや! アオキさんも煽らんといて!!」
あるじま君とチリが小生とアオキの間に割って入る。完全に怯えたポピーがトップの膝にすがり付くのを横目に、アオキの胸ぐらを掴んだ小生は彼を睨み付けた。胸ぐらを掴まれてなお涼しい顔を崩さないアオキは、淡々と続ける。
「ではどうするんですか? 健康維持では延命にもならないんでしょう? 男でも充てがうんですか?」
「…………そう、なるでしょうね」
「現在進行系で自分を殺す勢いで絞め上げているのに、ハッサクさんがそれを許せるとは思えませんが」
「……ッ」
アオキに反論出来る言葉を、小生は持ち合わせていなかった。事実、奥歯をぎりりと噛み締めているし、胸ぐらを掴む力が強くなっている自覚もある。
それでも、アオキの言葉に頷く訳にはいかないのだ。
「仮に彼女に男を充てがうとしましょう。一回で治るのか、定期的に充てがう必要があるのか。彼女への説明は? 彼女の感情は? その辺りはどう考えているんですか?」
「……」
「……まさか考えていなかったんですか? どう考えても、最善はあなたが手を出す事なのでは?」
「…………」
「ハッサクさんがそういう嗜好をお持ちだったとは。しかし、あなたの嗜好に彼女を巻き込むべきではないでしょう」
「……そういう嗜好とは。何が言いたいのです」
「寝取ら……、宝物を奪われたい願望があるのかと」
「いい加減にッ……」
「いい加減にするのはあなたです。ハッサクさん」
いよいよアオキの首を絞め上げそうになった時、小生とアオキの僅かな隙間にトップのキラフロルが入り込んできた。ふわりと広がった毒花に思わず手を離すと、アオキは咳払いを一つして襟元を正す。
「軽々に人一人の人生を預かるなと言ったのはハッサクさん、あなたでしょう。それなのに、自分の感情で彼女を振り回し、あまつさえ傷付けると言うのですか」
「ですから、保護者としての責任を……」
「今あなたがやるべきなのは、彼女の事を一番に考える事では? 一番に考えた結果がそれなのですか?」
「…………」
「ハッサクさん。しっかり彼女と向き合って、その責任を取りなさい」
とん、とん。鋭い言葉と共に小生の心臓を突くトップに、それ以上何も言えなくなる。
押し留めなくても良い程度には大人しくなったと見るや、チリが懐からスマホロトムを取り出した。
「ロトム、紫音に電話」
「……!? チリ、何を……」
「ロトロトロト……」
「チリちゃん今から電話するから、ちょっと静かにしてや」
「急に何を……」
『ほぁ〜い!』
小生が全て言い終わる前に、チリのスマホから紫音の元気な声が響く。
「あー、紫音? 今日お泊り会せぇへん? せや、フユウも呼ぼ。ゆうあセンセも呼んで女子会しよ!」
『えー! 女子会!? 行きたい行きたい! 待ってちょっとハッサクさんに確認するから!』
「なはは! 自分、そんな事までお父さんに確認するんか?」
『お父さんって……』
「自分が最初にそう言うたやん。面白いお父さんみたいって」
そう言いながら、チリが鋭い視線をあるじま君に向ける。一つ頷いた彼は、アオキに何事か耳打ちすると小生の口を塞いで部屋の隅に押し込んだ。
『あう……。確かに最初はそんな認識でしたけどね。チリちゃんさん……、あんなえっちなお父さんいたら身が持たないよ』
「えっちなお父さん。……ほ〜ん? なおさら詳しく聞かせてもらうのが楽しみになってきたわ!」
『えっ。待って確認する……』
「心配せんと、チリちゃんからお父さんに言うといたるから」
『お父さんじゃないってば!』
「はいはい。ほな、後で迎えに行くから用意しとってな! ……良かったなぁハッサクさん。少なくとも、お父さんではないんやって」
小生が口を挟む隙間も無いまま、チリが無断で紫音の外泊で話をまとめてしまった。気になる単語が聞こえたが、そもそも外泊の許可を出していないのだが。
「……勝手に話を進めないでくださいです。外泊の許可は出していません」
「勝手に話進めたくもなるわ。オトモダチの危機やで」
「って事は、俺は今夜は寮に戻らないとな……」
「……あるじまはん、勝手に決めて堪忍な」
「ま、危険が差し迫ってる訳じゃないにせよ、治るなら早く治した方がいいしな。文句はあるけど、それは後日にって事で手打ちにするか」
「おおきに。……ってな訳で、紫音は今夜一晩チリちゃん達が預かるから、大将は一人でよお考えぇ! もうお父さんの立場からはみ出しとるんやから、後はその足を引っ込めるかもう一歩踏み込むかや。よく考えて決めや」
威勢の良いチリの言葉に、小生は天井を仰ぐ。
「……小生の感情に紫音を巻き込むなと、先程トップに言われたばかりなのですが」
「つまり確証が欲しいと。……随分臆病な王子様ですね」
「王子様……、と言うよりおじさまでは?」
「……トップ……、ちょっ……、ふふっ……。……真顔でそんな事言わんといて……」
「……ふむ、しかし……、長を継いでいないという意味では王子と言っても……?」
「ふはっ」
「……好き勝手に言ってくれますですね!!」
真剣な顔で何を言うのか。思い悩むトップの言葉に、あるじま君とチリが揃って震え始めた。小生は悩んでいると言うのに、何を笑う事があるのか。内心呻いていた小生は、控えめにスラックスを引っ張る手に慌てて視線を合わせた。
「ハッサクのおじちゃん」
「はい、何ですかポピー。もはや小生を笑わないのは君だけですよ……」
「ポピーにはわかりません……。どうしてハッサクのおじちゃんは紫音おねーちゃんがだいすきなのに、はなれていこうとするんですの?」
「……それは……」
「ポピーはポケモンちゃんがだいすきです。ずっといっしょにいたいです。……おじちゃんはちがうんですの……? ポピーもいつか、だいすきなのにポケモンちゃんといっしょにいたくないきもちになってしまうんですか……?」
「ぐぅっ……」
真摯な言葉が余計に刺さる。答えに窮したものの、小生は言葉を選びながらゆっくり答えを口にした。さながら、答え合わせの様な気分だ。
「大好きだから、傷付けない距離を探しているのです」
「……だいすきだから、ですか?」
「ポピー、君と君のポケモンは、そのちょうど良い距離が分かっている。ですが、小生と紫音はまだそれを探している途中なのですよ」
「ちょうどいいきょりがわかれば、なかよくできるんですの?」
「……はい、きっと。その時には、呪いも解けるかも知れませんですね」
「まあ! のろいをとくときは、ぜひポピーにもみせてください!!」
「そっ……、れは頷けませんです……」
「えーっ!」
心底残念そうな声を上げるポピーには申し訳無いが、正直な事を言えば、その瞬間は小生だけが知っている宝物にしたい。
そう思っての言葉だったのだが、トップは険しい顔をしてポピーの耳を塞いだ。
「時にハッサクさん」
「はい、何でしょう」
「挿入は紫音さんが卒業するまで禁止ですよ」
「…………」
「返事は」
「……わ、分かりましたです……」
……小生、自分の内に棲まうドラゴンを手懐けられるのでしょうか……。別の意味で不安になって来たが、確かに教職にある以上線引きは必要だ。
「……ドラゴン……」
しょんぼりとした小生を慰めてくれるのは、話が良く理解出来ないポピーだけだった。