パルデア上陸編
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ゴースの毒ガスを吸って倒れた私は、翌朝にはもう元気になっていた。でも、心配症のハッサクさんが布団から出るのを許してくれなくて、出勤のお見送りはベッドの中から。
……添い寝して欲しい、とかわがままを言ってしまった事を謝ろうとしたけど、ハッサクさんはその前に長い人差し指で私の口を塞いでしまった。
「添い寝で君が早く治るのなら、お安い御用だと言ったはずですよ」
「あぅえ……」
「出来るだけ早く帰りますから、小生が帰るまでお留守番をお願いしますです。……セビエが甘えてくるでしょうが、辛いようなら追い払ってください」
「はい……、にゃっ!?」
油断していたら、行ってきますのちゅー爆撃が! 思わず布団を鼻まで引っ張り上げた私を見て、ハッサクさんは楽しそうに笑っている。
「ハッサクさん!」
「はい?」
「からかってますね!?」
「はい。元気になって安心しましたです」
「これを目安にしないでください〜!!」
枕をばふっと叩き付けても、ハッサクさんに効果は今ひとつだ。くっ……! やっぱりドラゴン使いは強い……!!
そんなやり取りをしたのは朝。夕方には、ラジオ体操出来るくらいにはすっかり元気になった。ずっと寝てると体が鈍ってくるからね!
「はふ〜ん、暇だなぁ」
「ごろ〜ん」
「キュエ〜」
「いつもお留守番してるセビエ偉いねぇ〜」
「キュ!」
うーん、それにしても暇過ぎる! ゆるゆると会話して、アカデミーのパンフレットを眺めて、ゆるゆるとウォーターサーバーの回りを拭いてみたりして、ソファに座ってテレビをぼんやり眺めて。
これまで体調が悪くて家にこもる時は、ゲームがお供だったからこんな暇になるなんて事は無かった。この世界にもゲームってあるのかな……。
「ゲーム……、せめて本を読みたい……」
暇だよ〜! いや、この数日が激動過ぎただけなんだけど! このくらいまったりした時間が無いといけないってのも分かる、分かるけど暇。もう寝るしかやる事無い。
「……! キュエ!!」
「っ……! どしたのセビエ、もしかして、ハッサクさん帰ってくる?」
「キュッキュ!」
ソファで皆がウトウトし始めた頃、横に座って同じくウトウトしていたセビエが急に玄関へ目を向けた。ちょいちょい、と服を引っ張られて、私はセビエを抱っこしたまま玄関へ続く廊下の灯りを点ける。それと同時に、玄関の扉が開いた。
「……紫音?」
「わぁ、ホントに帰ってきた! おかえりなさい!!」
「…………」
「……ハッサクさん? おーい」
ハッサクさん何故かフリーズ。声を掛けると、ハッサクさんが手に持っていた荷物をバサバサと落として駆け寄ってきた。
「紫音!!」
「むぎゃっ」
「ギュエッ」
まず私が両腕で抱えてたセビエを奪い取ってそのまま床に置いたかと思うと片手で抱っこ。空いた手で私のおでこの熱を確認。その手がススス……っと頬に滑り落ちて顎を持ち上げるので何だ何だと困惑している間に顔色を確認。かと思えば、首に移動した指先で脈を確認するとようやく安心した顔になって……、両腕でぎゅーっと抱き締められた。
「わにゃっ……」
「もう起きていて平気なのですか!?」
「……あぅっ……、ちょ、くるひ……!」
待ってほしいちょっと待って〜!? 鼻ぶつけた! 息を吸ったら思いっきりハッサクさんの香りを吸ってしまった。わぁ、お名前の通り柑橘系のいい香り。……じゃなくて!!
いやあの、気付いてはいたけどハッサクさん背が高いだけじゃなくてガタイが良い。何と言うかこういう年代のオジサン達ってお腹柔らかいイメージあったんだけどハッサクさん固い。お腹どころか全体的に。わぁ、鍛えていらっしゃるんですかねぇ。
ちなみに私、男の人とこんなに密着した経験なんて無い。こういう時どんな顔すればいいか分からないの、笑えばいいと思うよ。頭がグルグルしてきた。
混乱に加えて酸欠になってきたので、どうにかそんな密着した体にどうにか腕をねじ込もうとしたけど私の力じゃ無理! 押し返せない!
仕方ないので、頑張って頭を捻って何とか呼吸を確保する事に成功した。それと同時に理解する。えぇ……、今までめちゃくちゃ手加減されてたって事じゃん……。
「やはりまだ体調が……!」
「……いえ、これはですね……、ハッサクさんに絞められているからでふ……」
「……あっ」
気付きの声と同時に、ふっと拘束が緩んだ。しかし、軽い酸欠でフラフラになってしまった私の体は自分の足だけでは支えられない。
「ああっ……、紫音!」
フラッと態勢を崩した私がそのまま崩れ落ちる前に、ハッサクさんが膝裏に手を入れて持ち上げた。……って、また抱っこされてる!!
「は、ハッサクさん!!」
「はい?」
「面白がってますね!?」
「いいえ、とんでもありませんですよ。ああそう言えば、ただいまの挨拶がまだ済んでいませんでしたね」
「う〜……! パルデアは恐ろしい所です!!」
嘘だっ! そんなニコニコ笑顔でほっぺたスリスリするなんて絶対楽しんでる!!
手でほっぺたガードしたら今度はおでこが狙われた。わぁ〜ん! 心臓が何個あっても足りないよ〜!!
「慣れてください。これがパルデアです」
「うううう〜っ……」
助けてセビエ! って近くにいるはずの振り返ったら、セビエはいい子なのでハッサクさんが落とした荷物を小さな手で拾い集めていた。
助けは来なかった……。私は今回も一人、強大過ぎる照れという感情と戦う事になってしまったのだ。
*
*
「……さて、君と奇妙な同居生活が始まって数日経ちました」
「そですね」
「奇抜な行動がままありますが」
「奇抜な行動」
「はい。現在進行系でラクシアを身代わりにしている事などが含まれます」
「……ごろん」
ソファに座るハッサクさん。その隣に座る様に促されてるけど、私はソファの端っこに座っている。顔の前にはラクシア。ハッサクさんとの間にはセビエとフカマル先輩がいる。やれやれ、と呆れた様な声が三匹分聞こえるけど構ってられない。心臓が保ちません!!
「会話は出来ますからお気になさらず!!」
「……大切なお話なのですが」
「……、…………。……からかったりしませんか?」
「小生はいつも真剣です」
「……分かりました……」
渋々ラクシアを膝の上に下ろす。まだ顔が熱いけど、大切な話らしいからちゃんと聞かなきゃ……。
「何のお話でしょうか……」
「君のトレーナーIDについてです」
「……!」
めちゃくちゃ大切な話だった。きちっと座り直した私に苦笑いをして、ハッサクさんがスマホを取り出す。
「トレーナーの実力的にも、生活態度の観点からも、君のトレーナーカードを再発行しても問題無いだろうという判断に至りました」
「やった……! でもトレーナーの実力っていつの間に……」
チリちゃんが勝負を仕掛けてきた! って事はあったけど、バトルその一回しかしてない……。
「チリとバトルしたでしょう。彼女もポピーも四天王の一員、しっかり審査してくれましたです」
「え。チリちゃんもポピーちゃんも四天王!? ……じゃあ、まさか理事長さんが四人目の……?」
「いえ、トップはトップチャンピオンです」
「チャンピオン」
理事長がチャンピオン。……あ、分かった。もしかしてクラベル校長先生が四人目ですね?
「話を戻しますですよ。ラクシアのボールをお借りしても?」
「あ、はい!」
ラクシアのボールをハッサクさんに手渡す。ボールの内部を覗くハッサクさんの手元が気になって、私は作業の邪魔にならない様に後ろに移動して見学する事にした。
「モンスターボールには、IDの刻まれたチップが埋め込まれているのだそうです。新品のボールでポケモンを捕まえる、そのボールを身分証であるトレーナーカードと共にポケモンセンターに預けると、チップにIDが刻まれるのだと」
「ほほぁ。他の人とボールを取り違えない為にですか?」
「そうです。その仕様は長年変わっていないので、ラクシアのボールに刻まれているそれを読み取れば、すぐにでもカードの発行とボックスの開設が可能だそうです」
「なんと!」
これで新しいポケモンを捕まえられる! どんな子と会えるんだろう!! あっその前にボール! ボールを買うお金! トレーナーとバトルしなきゃ!!
「読み取りアプリをインストールしたので、早速試してみましょう。IDが分かれば、ハネッコ達のボールに埋め込まれているチップにIDを刻めるようになるので、ポケモンセンターも利用出来るようになりますです」
「やったぁ! えっ、じゃあ出掛けても良いですか!?」
「ふーむ……、セビエや先輩と一緒ならば……。君はすぐに迷子になってしまいそうです」
「それは……、確かに……」
知らないポケモンに興味津々。夕方過ぎても外にいて、また昨日みたいな事になったらそれこそ大惨事だ。空を飛ぶ事も出来ないし、あれ? これ大人しく家にいた方が良くない?
「ともかく、そういう意味でもラクシアがいてくれてよかったですね……。……はて、おかしいですね……」
「……どうかしたんですか?」
話しながらボールをくるくる回したり、カメラの明るさを変えたりしていたハッサクさん。ずーっとチップの読み取りを試しているんだけど、ロトムはうんともすんとも言わない。
やがてハッサクさんも無言になる。じーっと後ろから眺めていた私を、ハッサクさんが申し訳無さそうな顔で振り返った。
「……期待に満ち溢れている君に対して非常に申し上げにくいのですが……」
「はい……」
嫌な予感がする!
「チップのフォーマットが古すぎて、スマホのアプリでは読み取れませんです……」
「えっ……、えぇ〜!?」
「期待させておいて申し訳ありませんです……」
「そ、そんなぁ……。うぅ、ハッサクさんが悪い訳じゃないので……」
「ああ、泣かないでください」
「フカ……」
やっぱりショックだった。そんなに時間経ってるものなの……? クラベル校長先生も少なく見積って十年って言ってたし、そんなに時間差があるなら仕方ない気もするけど、改めて聞くとちょっとしんどい。
へなへな座り込んでしまった私に、ラクシアやフカマル先輩がソファから飛び降りて駆け寄って来てくれた。
「先輩も励ましてくれていますですよ」
「うぅっ、泣いてません! ……でも、そしたらお手上げって事ですか……?」
「……小生はこれ以上……。むぅ、BOX管理の専門家に頼むしかありませんですね……」
「そですか……」
「彼女達と予定を調節しますです。……そうですね、数日の後に顔を合わせる事になると思います」
「はい……」
ハッサクさんはそう言いながら、私の目尻を優しく撫でる。昨日からみっともない所見せっぱなしだ。ちゃんとしないと……!
「しっかりしなければ、等と考えなくても良いのですよ」
「……はぇ……?」
「激動の数日間でしたからね。少し落ち着いた今、今度は不安に苛まれているのでは、と思うのですが」
「……そんな事……」
「そんな事は無い、ですか?」
「……あります……」
目尻を撫でていた手が、いつの間にか子供をあやすみたいに背中をポンポンと撫でる動きに変わっていた。
「……ハッサクさん」
「はい?」
「……やっぱり何でも無いです」
「そうですか。では、話したくなったら聞かせてください」
そう言って、ハッサクさんはスマホを片手に連絡を取り始める。その後ろ姿を見ながら、私は最初怖かったけど、ハッサクさんに拾われて良かったなぁってぼんやり思った。
言いたくないなら言わなくていい。待っててくれるその優しさがありがたくて、私はフカマル先輩の背中に顎を載せる。
──ザリッ
「痛っ!?」
「……紫音? あっ……、フカマル先輩の特性はさめ肌なのです! 気を付けてください!!」
「フカマルの特性って砂がくれじゃないの!?」
「隠れ特性です」
「かくれとくせい」
ナニソレ〜!? 私の悲鳴に、ハッサクさんは大慌てで誰かに連絡を取り始めた。
*
*
数日後。ポケモンボックスの管理人さんの予定が空いたとの事で、私はハッサクさんに連れられて森の中にいた。
見た事の無いポケモンを追い掛けようとして何度か引き戻された私は、半ば引き摺られる様に目的地に到着。目的地らしい建物の前では、チリちゃんが朗らかに手を振って待っていた。
「お、ちゃんと近くまでは来てたんだな」
「もう少し遅かったら、迎えに行こか思とったわ」
「あっ! チリちゃん……、と……?」
チリちゃんの横にいるのはどちら様でしょうか……。いや何となく見覚えがあるような……? どこかでお会いしましたかね……。
私の疑問に答える様に、チリちゃんがお兄さんの肩に手を乗せる。その肩をペシペシと叩きながら紹介してくれた。
「あるじまはんや。チリちゃんを追い詰めた紫音に興味あるんやって」
「は、はじめましてアルジマハンさん。紫音です」
「……違う。あるじまが名前」
「ぶはっ」
「えっ」
チリちゃんが吹き出した。その隣で、眼鏡と前髪の隙間に見える眉毛がきゅっとシワを刻む。
「ヒィ、なはははっ……、はぁー、おもしろ! 期待通りの反応やわ!」
「……人の名前で遊ぶなっての……」
肩をバシバシ叩きたがらチリちゃん大爆笑。困惑する私の手とあるじまさんの手を繋がせて、「ほい、これで挨拶終わり!」と笑うチリちゃんは、言葉通り挨拶が終わるとさっさと建物の中に入っていく。
「いやぁ、ホンマはあるじまはんだけが来る予定やってんけど、紫音が隠れ特性知らへん聞いてな。そうなると十年どころかどうやら十五年近く遡らなならんらしくて、手助け欲しいって呼ばれたんや」
「はぇ〜。大掛かりになっちゃったなぁ」
「ウチらはそれが仕事やし気にせんでいいよ〜」
「ふぉっ」
私の呟きに、また別の人の返事が聞こえた。カウンターの向こうには三人の人が。ひらひら〜、と手を振るお姉さんと……、お姉さんとそっくりなお兄さんと、育て屋さんの近くにいるトレーナーの様な格好のお姉さん。
「真ん中におるんがここの管理人のフユウ。その横のそっくりさんがジロウや」
「こんにちは。話は聞いとるよ」
「……あっ!!」
「そいでこっちが……、大将?」
紹介の途中で、突然ハッサクさんが大声を出した。その声量に思わず飛び上がる私の隣で、ハッサクさんが突然玄関に向かって走り出した。
「えっ? え!? 何事!?」
「はぁ……、しょうがないなぁ。マフィティフ、ムーランド!!」
「ぐっ……!」
ハッサクさんの逃走を妨害するかの様に、二匹の番犬が玄関先に立ち塞がる。さっきはいなかったのに! 急ブレーキを掛けたハッサクさんが身を翻して別方向に走り出した。何が起きているのかさっぱり分からないけど、どうやらハッサクさん何かやっちゃったらしい。待ってた人達の顔を見て、それを思い出した、と。
数秒後、呻き声が聞こえたかと思うと、ふわふわ〜、とスライムが連なったみたいなポケモンに埋まったハッサクさんが帰ってきた。
「ランクルス、グッド! すごーくお待ちしていましたよ、ハッサクせ、ん、せ♡」
「か、カイン先生……、何故ここに……?」
語尾にハートマーク付いてるのに、目が全然笑ってない……。カイン先生、と呼ばれたその人は、拘束されたままのハッサクさんを見上げる。
「可愛い後輩にヘルプを頼まれまして。それに……、とーっても大事なお仕事があるみたいですし?」
「違うのですカイン先生! お話を聞いていただきたく……」
「もちろんわたしはそれでも構わないんですけど……、その場合、逮捕されるのその子です」
「……えっ!?」
何でこっち見るの!? 悪い事してないよ!? あ、いや嘘はついてるけどそれは逮捕される程の嘘じゃないと思うんですけど! やっぱりジュンサーさん私ですって事!?
「彼女は悪くありませんです!」
「はーい、では一名様ごあんなーい」
「誤解なのです! カイン先生!」
「はい、キミもお預かりしまーす」
「へ!? 何で!?」
ドナドナされていくハッサクさんを呆然と見送っていると、すすっと近付いてきたカイン先生にラクシアを回収されてしまった。突然の事に理解が間に合わない。
「みにゃーーー!?」
ハッサクさんが消えたのと同じ部屋に連行されたラクシアの、聞いた事が無い悲鳴が建物を震わせるまであと数分。
*
*
「ほな改めまして。ボールに刻まれたIDチップが旧式のもので読み取れへんって聞いてるけど、その話って事でええかな?」
客間に案内してもらって、フユウさんが何事も無かったかのように話し始めた。ハッサクさんさんとラクシアは……、と聞ける雰囲気じゃないので、恐る恐るラクシアが入っていたボールを差し出す。
ジロウさんがボールを手際よく分解して、チップを取り外した。
「うちが持ってる子で読み取れるか確認させてもらうから、ちょっと待っててな?」
「ふぁい……」
「チリはチップの用意しとって。読み取れたらそのまま新しく刻んで新しいボール使えるようにするから」
「まー! このチリちゃんを顎で使うなんて! 別にえーけど」
「こ、このボールすごい!! 十八年前に製造終わった様式のボールや!! 新品とは言えへんけどそこそこの美品状態で今ボクの手の中にある!! ボール大事にしとったんやなぁ!!」
「こら! ジロウ!! ボールばっかり眺めてないで用意しとったファイル持ってきて!!」
飛び交う大阪弁……、じゃなくてコガネ弁。わやわやと忙しく部屋を出たり入ったりする三人を横目に、あるじまさんはのんびりお茶を飲んでいた。
「あのー……、あるじまさん」
「あるじまで良いし敬語もいらない。アカデミーに入るなら同級生だしな」
「じゃああるじま君で。あるじま君は四天王の一人?」
「何でそう思った?」
「……チリちゃんは四天王、そのチリちゃんとバトルして追い詰めた事知ってる、四天王で何かそういう情報網がある」
「外れ。俺、チャンピオンなんだよ」
「チャンピオン。……理事長さんがチャンピオンだって聞いたけど……」
「ウチもチャンピオンやで」
フユウさんの声が飛んできた。予想は大外れ、チャンピオンは増殖する。パルデアは怖い所だなー。
「……、……? …………」
そして紫音は考えるのを止めた。
「俺も聞きたい事あるんだけど」
「……はっ。何でしょう!」
「……"紫音"ってどう書くんだ?」
「……へ」
……そう言えば、いつの間にか文字は読めるようになってたけどまだ書いた事は無い。ポケモン世界の文字ってどんなんだった? 看板は……、描写されてなかったような……? こういう時は……。
「字が汚いので!」
「俺も汚い。ほら、こんな感じでちょっと癖がある」
言い訳を華麗にキャッチして投げ返してきた……。近くにあったファイルを引き寄せて、あるじま君がさらさらと文字を書く。言うほど癖がある文字じゃない。普通に読める。
「あ、そう、この字で合ってる」
「……ほーん?」
「……? ……あっ!!」
そうだ、普通に読んだけど何でこの人漢字知ってるの!? ギョッとしてあるじま君を見ると、彼はやっぱりな、と呟いた。
「……えへん。……こんな所に落書きしたらダメだよ、何かの暗号?」
「いや選択肢間違えたからってやり直そうとすんな。ここは現実。リロードは出来ない」
「ぐふっ……」
「という訳で。ゲームともアニメとも違う部分があるから、ミズゴロウとセンセは連れて行かれたって事」
まさかの出来事。いやそりゃあ私だけが流れてくる訳無いよね……。こういう事あるんだと驚きはしたけど、納得も出来る。理解は追い付かないけど。
「読み取れたで! あとはこれを新しいチップに移植してボールに埋め込めば晴れてポケモンセンターも使えるようなるしトレーナーカードの再発行も……、呆然としてどうしたの?」
「時間差の話」
「分からない……。私何も分からない」
「そう? ついでにボックスも新しく開設できるから元気出してな」
「……えっ! つまり新しいポケモンを捕まえられるって事……!?」
「せやで! 良かったなぁ」
ボックスが使える様になる! その言葉に、私は椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「やったぁ! ハッサクさんに、『ポケモンとすぐに仲良くなれるのは君の良い所ですが、現状君はボックスが使えないのですから気軽にポケモンを口説かないように!』って厳しく言われてて……。楽しみだなぁ、さっき近くで丸くて可愛いポケモンがいて……、名前も教えてもらえなかったんだけどまた会いたいなぁ、仲良くなってくれると良いんだけど……」
「……まぁ、スマホ持ってないとせっかく開設したボックスに送るポケモンも選べないんだけどな」
ウキウキしていた私は、あるじま君の言葉にその感情のまま凍り付いた。同情されている雰囲気を感じる。今崩れ落ちても怒られないと思うんだ。
「……観察期間終わるし、開設に合わせて買ってもらえるんちゃうかな……、知らんけど。まぁでも、これでID追跡できるようになるから……」
「追跡?」
またゲームじゃ出なかった言葉だぞ。首を傾げた私の横で、あるじま君も興味深そうに身を乗り出した。
「例えば、珍しい色違いとかのポケモンは欲しがるコレクターがぎょうさんおんねんけど、懐かへんとか進化させたら好みや無かったとかまぁコレクターらしい勝手な理由で管理者に戻されたりすんねん」
「は? 何それ!」
「勝手な話だな」
「ウチもそう思う。でも、そこでID追跡の話が出てくんねん」
「……あ! 戻されてるかもしれないってこと!?」
「正解! コレクターとかが欲しがるような珍しいポケモン、持ってへんかった?」
そう聞かれて、頭の中にあるBOXを開く。伝説のポケモン、ゲームボーイ時代からはるばる連れてきたポケモン、その中でも特に印象に残っているポケモンがいた。
「いたー! 色違いのミロカロス!! 青いバンダナ持たせてた!!」
「ふんふん、色違いのミロカロス、っと……」
「119番道路で釣れるポイント毎日探してやっと釣り上げたヒンバスが色違いだったんですしかも冷静な子でわぁこれは絶対コンテスト優勝狙えるぞって思ってポロックたくさんあげて進化したら思ってた以上にめちゃめちゃ綺麗で……っ!!」
「分かったから落ち着けって。いると良いな、そのミロカロス」
「うん!!」
「あ」
「いた!? いたんですかミロカロス!!」
パソコンを開いて、IDを打ち込んだフユウさんが目を見開いた。手招きされて画面を覗き込むと、そこには星の印が付いたミロカロスの文字が。多分、この星印が色違いの目印なんだろう。
「懐かへんって理由で三人目のコレクターから返還希望が出とる」
「三人の手に渡ったの!? なのに全員返還したいって事……?」
「コレクターはなぁ……、ミロカロスは水タイプやし水槽に入れっぱなしなんやろうな…」…
「連れ歩く訳でもない、集めるのが目的の人間なら世話も他の人にやらせるだろうし、そりゃ懐くわけないだろって感じだけどな」
「ど、どうしよう……。人間不信になってたら……!」
そんなに色々な人の手に渡って戻されて、なんてしてたらミロカロスだって嫌に決まってる。私だって嫌だ。不安になった私に、フユウさんは安心させるように笑う。
「そん時は頑張ってお世話したり。きっとすぐに自分の事思い出して懐いてくれるはずやで」
「だな」
「手続きしとけば差し戻されたらすぐに受け取れるけど、どうする?」
「します!」
「即決! いい判断や!」
膝を打ったフユウさんが、テキパキと受け取りに必要な情報を打ち込んでいく。それを見ながら、あるじま君も良かったな、と小さく笑った。
「紫音はもう六匹連れてるから、新しく作り直したボックスに入る訳か」
「パソコンで引き出します!!」
「……あー、今は全部スマホなんだよ……」
「うわぁん! ハッサクさん早くスマホを買って〜!!」
「まぁそん時はウチが窓口になったるから! ミロカロスと誰を交代でボックスに入れるか考えといてや」
「はい!」
「いいお返事。ほな、こっちはそのまま申請しとくから、先輩……、カイン先輩が待ってるカウンターに行ってくれる?」
「……あ! ラクシア!!」
あるじま君同郷事件とミロカロスが戻って来る、っていう話ですっぱり抜け落ちてた! 急いで入口に戻ると、カイン先生と虚無の顔をしたラクシアが待っていた。
「ラクシア!」
「やぁ、待ってたよ。今から君の大切な相棒を預かった訳を説明するからね。今はね、他の地方から入ってくるポケモンは事前に申請と健康チェックが必要なんだ」
「そうなんだ……」
「そう。で、ハッサク先生は君達の保護者になったのに、ゴタゴタで忘れていた。わたしの顔を見てそれを思い出したって訳だ」
それであの逃走劇に……。逃げたって事は悪い事っていう自覚あったんだろうな……。
「さて、その結果をお知らせするよ。……さすがは旅に出る子供達に渡す最初のポケモン候補に入るだけあって気性は穏やか。この子はオスだし、メタモンとピクニックさえしなければ無闇に増えることも無いでしょう!」
「……つまり?」
「無事に許可を出せるよ。これは特別許可のリボン。リボンという名の位置情報監視だけど許してね」
「やったぁ!!」
その言葉と共に、カイン先生はラクシアの首にリボンをきゅっと結ぶ。可愛さのレベルが上がった!!
「……じゃあ、ハッサクさんは……」
「ああ……、ハッサク先生はまだしばらく返せないよ。理事長とクラベル先生の所へ送還したからね。長いお説教になるんじゃないかな」
お説教を受けるハッサクさん……。その様子を想像して、ちょっと笑ってしまった私は悪くないと思います……。
「……酷い目に遭いましたです……」
その後、頭のドラゴンテールがぺしょ……、と萎れたハッサクさんと帰宅したものの、相当絞られたのかハッサクさんの元気が戻らない。
私のせいでハッサクさんが叱られた訳だ。私がどうにか元気付けるしか無い!
「……可愛い子抱っこすれば癒やされるのでは?」
「……お借りしても?」
「はい、どうぞ!」
……そう思っての提案だったんだけど、何故かラクシアやハネッコ達じゃなくて私を抱っこしてきた。
……つまりこれは……、私はラクシアやハネッコと同列のペット的な扱い……!? そう考えれば、何かと抱っこしたりちゅーしたりするのも理解出来る。何だ、そういう事か……。
納得した私は、諦めてその扱いに甘んじる事に決めた。その結果どんな事になるかなんて、想像も出来なかったから。