パルデア上陸編
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ロトロトロト……。
小生のスマホロトムが鳴き声を上げたのは、授業も終わらせてハッコウシティへと向かうタクシーの中だった。画面を見れば、チリからの着信。……まさか、紫音が何か仕出かしたのではないだろうか。
「はい、どうしましたですか? もうすぐハッコウシティに……」
『ハッサクのおじちゃん! たいへんですの!!』
「……ポピー?」
何故チリのスマホでポピーからの電話が。怪訝に思う小生が疑問を口にするより先に、電話の向こうでチリの悲鳴が聞こえてくる。
『アカンっ、あかーん! 腰いわしてまう……っ!!』
『チリちゃん! がんばって!!』
『ハッサクさん電話出た!?』
『つながっています!!』
「チリ!? いったい何が……!」
全く話が見えない。同時に、二人の声は聞こえるのに紫音の声が聞こえない事が、更に小生の不安を加速させた。
『ハッサクさんのアホ! 何が紫音はポケモンを見るなり口説くから見張っとけや! 逆やないか!!』
「何の話を……」
『紫音とポピーがゴースに囲まれて、ポピー逃がす為に紫音が毒ガス吸って倒れた!! なんでっ……、こうなるならっ、大将もちゃんと、言わんかいッ……!!」
「なっ……!?」
夕方以降になると、活動が活発になるゴーストタイプのポケモン。初日はフワンテ達にさらわれて、今日は囲まれたのだと。……それはまるで、紫音がゴーストタイプを呼び寄せている様ではないか。
青ざめた小生が、慌ててゴンドラの窓を叩く。
「失礼、ここまでで結構です」
「え? ちょ、お客さんここ上空……!」
「申し訳ないですが、料金はリーグ宛に請求していただきたい」
「そりゃ構いませんが……、って、あぁー!?」
ゴンドラの扉を開けて、制止の声も聞かずに外に飛び降りた。カイリューをボールから出してその背中に乗ると、小生は繋がったままのスマホを握り締める。
「今すぐに向かいますです! 二人は今どちらに!?」
『東三番エリア! どえらい数のゴースト連れて街に降りる訳にはいかんし、しるしの木立近くにあるポケモンセンター向かっとる!!』
「分かりました。どうにか無事にポケモンセンターの安全地帯へ!」
『ううっ、……、…………!!』
「……チリ?」
『チリちゃん! 紫音おねーちゃんをのせたジバコイルよりさきに、チリちゃんがおいつかれます!』
『……えっ! いや〜っ!! 何でよりによって浮いてるゴーストタイプばっかなんや! チリちゃん苦手なの知っとるやろ!?』
「彼らはそんな事知らないと思いますですよ……」
思わず呟いてしまったが、東三番エリアは広い。どこからゴーストタイプを引き連れて全力疾走を始めたか分からない彼女達の体力が尽きてしまうとさすがに危険だ。全員ゴースの毒ガスで倒れてしまう可能性もある。
「……カイリュー、急ぎますよ」
「リュー!!」
小生の指示に応えたカイリューは、風よりも速く空を駆けた。
*
*
「リュ!!」
カイリューが鳴き声と共に前方を指差す。そちらに目を向ければ、紫色の波がざわざわと岩肌を撫で上げていた。目を凝らせば、緑色の髪と月明かりを反射する鉛色も見える。
「っ……、ドラミドロ、オンバーン!! お前達は先行してゴースト達を打ち払いなさい!!」
「ドロン!」
「ギャオス!!」
体力の限界点が近い事が伺えるチリは、安全地帯のポケモンセンターを目前にしてゴーストポケモンの波に追い付かれる寸前だった。カイリューを更に急がせてはいるが、ゴースト達は救援に向かわせたドラミドロ達にも向かってくる。それは小生とカイリューも同じ事。チリを追うポケモンは減ったものの、その代わり二人に近付けなくなってしまった。
絶対に近付けさせないと言わんばかりの猛攻を受けて、緊迫した声が聞こえる程近付いた言うのに、助けの手が届かないのがもどかしい。
「もっ……、限界や……! 浮いてるゴーストに有効打持ってるポケモンなんて、チリちゃん連れてへん……!」
「ドータクンがいます!」
「……いや、ポピーはこのまま毒が効かへん自分のポケモンと一緒にポケモンセンターに行くんや! 紫音は任せたで!!」
「チリちゃんは!?」
「もう走れへん……。一か八か、濁流で押し流したる!!」
「そんな! チリちゃん!!」
「はは……、見とけやポピー! チリちゃんのカッコええところを!!」
「ひゅー、カッコいい」
「……は……」
三人目の声が聞こえた。からかうような男性の声が、次の瞬間鋭い指示を飛ばす。
「リラ、ゴールドラッシュ!! ラウドボーン、シャドーボール!!」
「あるじまはん!!」
「おにーちゃん!!」
「やー、ハッサクさんが半分引き付けてくれてなかったら、さすがにこの数はさばけなかったかもな」
チャンピオンランクの一人、アカデミー生のあるじま君が、ゴーストの波を割った。
「は……、ハッサクさんも来とったんか……。三人おればこの数もあっという間に対処出来そうやな!」
「……リラ、頼んだ」
「フォー!」
小生がチリの言葉に返事をする前に、あるじま君が手早く自分のポケモンに指示を出す。上機嫌に返事をしたサーフゴーは、軽々とチリを抱えて岩肌を滑り出した。
「……は? 待て待て待ってやチリちゃんも戦え……、あーっ!?」
「ポピーもポケモンセンターに行っててくれ。俺は来たばっかで状況分かんねぇし、説明頼んだ」
「は、はいですの!!」
ドータクンの腕に掴まって、ポピーもサーフゴーに続いてポケモンセンターへと避難して行く。横に並んでいるジバコイルの上に寝かされている紫音は、相変わらずピクリとも動かない。
「……助かりますですよ」
「とんでもない状況ってのは分かりますからね。後で説明してくださいよ!」
「小生が聞きたいくらいなのですが。……セグレイブ、きょけんとつげきで薙ぎ払いなさい!!」
「ギュオワーン!!」
「フゥー!!」
「っし、リラも戻ったな。ラウドボーン、フレアソング! リラは悪巧みしてからゴールドラッシュだ!!」
小生のドラゴンポケモン三匹に加えて、あるじま君のポケモン達で囲うゴーストタイプのポケモン達を散らしていく。さすがに数が多いものの、それでも強さで圧倒し続ければ野生のポケモン達もじわじわと逃げ腰になる。
大群が細かく分裂していき、やがて最後の群れが逃げて行ったのを確認すると、小生は体力を温存させていたカイリューの背に乗った。ちらりとあるじま君を見下ろして、カイリューの腕を差し出す。
「走るより速いですよ」
「助かります!」
あるじま君を抱えて、ポケモンセンターへと向かった。気になる事は多々あるが、今は何より倒れてしまった紫音の容態が一番だ。
ポケモンセンターの前に降り立つと、ドータクンの背中を借りて座らされている紫音。傍らにいるジョーイさんに治療を受けている様だ。それを心配した様子で見守るポピー。そしてチリは足首に包帯を巻いていた。
到着するやいなや、ポピーが真っ青な顔で駆け寄ってくる。
「みんなおうちにかえったんですの……?」
「えぇ、帰ってもらいましたです」
「っ、チリちゃんかてまだ戦えたっちゅーに……」
「ポピー一人より、詳しく説明出来るだろ?」
「……せやかて……」
「撃退ありがとうございます。……正直に申し上げて、こんな状況は初めてです」
チリが言葉を重ねる前に、紫音の処置をしていたジョーイさんが立ち上がった。青白い顔をしているが、彼女は小生の姿を見て緩慢な動きで手を振る。
「にはは……、モテるのも、ちょーっと大変だなって……」
「笑い事ではありませんですよ。……もう大丈夫なのですか?」
「一通り処置は済ませました。毒消しは人間に使うには強すぎるので、三倍に薄めて使用しています。コップ一杯ずつを毎食後、明日の朝まで飲んでください。体は冷やさないようにして、絶対安静です。それでも不調が残るようなら病院へ」
「……分かりました。紫音、この背広を着ていなさい」
「ふぁい……」
ジョーイさんの説明を受けて、小生は急いで着ていた背広を脱いで紫音に被せた。もそもそと腕を通す彼女は、続いた説明に動きが止まる。
「今は意識がありますが、歩行も禁止です」
「え」
「皆さんの帰宅するタクシーを手配する間に、ニ、三聞いておかなければいけません。ポケモン達に追われる前に、何をしていましたか?」
「ま、待ってください……。私歩けます……」
「いけません。毒素が回ります」
「んぇ……」
きゅっ……、と背広を握り締めて俯いた紫音を一瞥して、チリがポツポツと答えた。
「……バトルを。その子と一匹ずつポケモン出し合って勝負したんですわ」
「その際、地形が変わるような大きな技を出したりは?」
「してへん……。最後に地震つこうたくらいで……」
「……そうですか……。この辺りは一時期頻繁に地響きがしていたので、一度の地震程度でこれ程の大群が押し寄せる理由にはならないでしょうし、それがゴースやフワンテのゴーストタイプだけで構成された群れだと言うのも……」
ジョーイさんも怪訝そうな顔をしている。原因は分からず仕舞いだった。
「……ひとまず、タクシーを用意しますね。何台手配しますか?」
「あー……、せやな。大将は紫音を休ませなあかんしそっちで一台と……、チリちゃんはポピー送って行くから……、あるじまはんはどうするん? ポケモン探してる途中やろ?」
「ほーん? その身体引きずって帰るって?」
「…………」
「俺も同じので帰る」
「ん。ほな二台頼みますわ」
「分かりました。少々お待ちくださいね」
手早くタクシーの手配を始めたジョーイさんを横目に、背中を借りていたドータクンに礼を言って紫音を抱き上げる。ひょわぁ、と小さな悲鳴を上げた彼女に、あるじま君の肩を借りたチリが近付いてきた。
「……紫音」
「……?」
「今度は本気のバトルしよな」
「……えぇ……、やだ……。コンテストの方がいい……」
「パルデアにコンテスト無い言うてるやろ!! ……いってて……」
「チリちゃん! そういうおはなしはまたこんどにしてください!」
「あい……」
ポピーに叱られてしまったチリは、捻った足の痛みに顔をしかめる。それはそうだろう。突っ込む為に思わず近付いてしまったのだから。
「くっ、コガネ人のサガ……!」
「はいはい、タクシー来るまで大人しくしてような」
あるじま君も苦笑いをしながらチリを軽々と抱き上げた。人前で、だの歩ける、だの言いながらあるじま君の胸を押し返すが効果は無いようだ。
「暴れると別の所も痛めるぞ。あちらさんを見習って大人しくしてな」
「はっ……! せや、紫音! 何でやスキンシップ苦手同盟組んだやないか! この裏切り者〜!!」
「紫音が大人しいのは当たり前です、眠ってしまいましたから。静かにしてくださいです」
「……あい」
チリの口が閉じられると、すぅ、すぅと小さな寝息が聞こえる。呼吸も乱れていない、ひとまず問題は無さそうだ。
「……ハッサクのおじちゃん」
「はい?」
「紫音おねーちゃんとポケモンちゃん、とてもつよかったです。バトルビデオをきょーゆーするので、みてほしいです!」
「チリちゃんも問題無しやと思うで。……いやぁ正直油断したわ」
買い物ついでに頼んだポケモンとの信頼関係のチェックも、問題は無かったらしい。そちらの心配はしていなかったが、改めて聞かされると安心する。
「……フゥ?」
「リラ、どうした?」
「フォー!」
「……ちょっかい出すなら戻れ」
「フ!」
そんな中、紫音が気になるのかあるじま君のサーフゴーがちょいちょい、と紫音の足に触れる。そう言えば、このポケモンもゴーストタイプだ。思わず距離を取るように後ずさると、あるじま君も困惑した様子でボールに戻る様に指示を出す。
「普段はこんな事するヤツじゃないんですけど……」
「……何かあるんでしょうか……。調べてみますですよ」
「そうして……。アカデミーに編入するんやったらなおさら。原因解明せぇへんと、その子課外授業どころちゃうで」
チリの言葉はもっともだ。深いため息を吐いた小生の視界の隅で、意味有りげな顔で目配せした二人が見えた。何か気になる事があるのかと思ったものの、それを聞く前にタクシーが間もなく到着するとジョーイさんの声が届いた。
*
*
「はぁ……、はぁっ……!」
「もうすぐですから、しっかりしてください!」
「ううっ、しゃむい……!」
ゴンドラに乗るまでは落ち着いた呼吸だったと言うのに、揺られたせいか毒消しの効果が薄れてきたのか、紫音は自宅が見えてくる頃になって震え始めた。
歯をカチカチと鳴らすほど震えて、小生の胸にしがみついてくる。少しでも温かさを求めているのだろうが、その様子が柄にも無く小生を焦らせた。
「カイリュー、解錠を頼みます。セグレイブは出迎えに来るだろうセビエを紫音に近付けないように」
「リュッ!」
「ギュオン」
「うぅっ、ハッサクしゃ……」
「大丈夫ですよ、小生はここにいますからね」
両手が塞がっている小生の代わりに、カイリューが器用に玄関の扉を開ける。リビングから伸びる灯りの中で、セビエが待ちくたびれたとばかりに駆け寄ってくるのが見えた。
同居生活が始まってまだ数日だと言うのに、紫音が抱き上げてくれるのが当たり前になっているセビエは、小生の腕にいる紫音を見上げて首を傾げる。
「キュエ?」
「ギュオア。オァーン」
「キュエ!?」
「今日は紫音に近付けさせないように。……セグレイブ、お前もです」
「……ギュン……」
「キュ……」
氷タイプでもある二匹が近くにいるのは、今の紫音には悪影響だ。素直に落ち込むセグレイブと、ショックを受けた様子のセビエに申し訳ないと思いつつも、小生はそのまま彼女に割り当てた寝室への扉を蹴り開けた。
「……紫音。紫音、着きましたですよ」
「…………」
「君はしばらく絶対安静です。身体を温める飲み物を用意しますから、離してください」
「……やだ……、離れるとさむい……」
「……困りましたですね……」
紫音の頬に触れると、いつもの温かさは全く感じられない。それどころか、小生の指先から体温が奪われていく様だ。余計に何か飲ませて、体内から体温を上げなければならない。
「……紫音、いい子ですから、ここで待っていてください」
そう言って、額に唇を押し当てる。いつもなら、パルデア式の挨拶で混乱してひっくり返るなり照れて距離を取るなりするのだが、今の紫音から期待していた反応は無い。
「ふへ……、ハッサクさんあったかい……」
距離を取るどころか、すり寄ってきた。その行動に自分の喉がゴクリと鳴った事に気付いた小生は、慌てて掛け布団を手繰り寄せる。
「……カイリュー、小生の代わりに彼女を頼みます」
「リュ!」
「あ……!」
布団を肩に掛けて、半ば無理やり紫音を引き剥がす。追い縋る紫音の腕を丁寧に布団に閉じ込めて、ようやく立ち上がった。
「すぐ戻りますからね」
そう何とか微笑んで、小生は寝室の扉を閉める。さむい、ハッサクさん、と震える声で小生を呼んでいるのが扉越しに聞こえるが、彼女の為にも今は扉の前で立ち尽くしている暇は無い。
頭を振ってどうにかやるべき事を組み立てる。何よりもまず、体温を上げてやらなければならない。
へそを曲げてしまったセビエにもついでにココアを用意してやって、マグカップと処方された飲み薬を手に寝室に戻ると、紫音はユキワラシの様に震えていた。立ち上がろうとした紫音をカイリューが無言で引き戻す様子に、この短時間で何度か同じ事を繰り返した光景が見えた気がする。
「戻りましたですよ」
「カイリューがはなしてくれないんですけど……」
「君が立ち上がろうとするからでしょう。安静だと言ったはずですよ」
「むぅ……」
「ほら、お飲みなさい。ホットココアです。ジンジャーも入れてありますです」
「ほわぁ……、あったかい……」
動かない様に、しっかりカイリューに抱え込まれていた紫音は、ココアを受け取ると嬉しそうに小生のすぐ隣に座り直した。
役目は終わったとばかりに寝室を出ていくカイリューを呼び止めようとするが、カイリューは外に待機していた紫音のポケモン達を寝室に呼び込む。遠巻きに見ていたポケモン達は、小生が手招きしてようやく恐る恐る近付いてきた。
「眠ればすぐに良くなりますですよ」
「…………」
「君も頑張ってココアを飲んで……、紫音?」
ぐすっ、と鼻を慣らした紫音が小さく口を開く。
こわかった。掠れた声が漏れた。
「みんなに迷惑かけちゃった……」
「迷惑だなんて思っていませんですよ。チリもポピーも、君を心配していました」
「こんなおおごとになっちゃって……、謝らなくちゃ……っ」
「泣かないでください。ポピーを守ったのでしょう? いい判断だったとチリも褒めていましたですよ」
「うぅ、ぐすっ……」
気が緩んだのか、鼻を鳴らして紫音が涙を零す。落ち着かせる為に肩を撫でてやると、彼女は泣きながらも自分でも落ち着きを取り戻そうとココアに口を付けた。
「……これまでにゴーストタイプに追い回された経験は?」
「……あー……、……それが無いんですよね……」
妙な間が挟まれたが、紫音はこんな経験は初めてだと首を振る。紫音が答えを濁す、もしくは真実を語らない時の間だ。もしかすると、何度か追い回されたのかも知れない。
「……ホウエン地方はちょっとゴーストタイプの生息地も限られてますし、シンオウでは普通に手持ちにユキメノコ連れてました。……うーん、別に普通だったと思います……」
歯切れは悪いが、嘘はついていないようだ。紫音自身にも、原因が分からないのならば仕方が無い。
「落ち着いたら、ゴーストタイプに詳しい方に話を聞きに行きましょうね」
「はい……」
「さぁ、ココアを全部飲んだら薬を飲んで、今日は大人しく寝なさい」
「夜景……、見たかったなぁ……」
「対策を取ったら見に行きましょう」
「はぁい……」
「君達も一緒に寝てあげてください。紫音が寒くない様に」
小生がそう声を掛けると、ポケモン達が紫音の周りに陣取った。温くなったココアを飲み干して、苦い薬に顔をしかめる紫音の様子に、ホッとため息を吐く。
これで良し、ポケモン達に任せれば一安心。何かあれば、ラクシアが報せてくれるだろう……。そう思って立ち上がろうとした小生は、腕を引っ張られて目を見開く。
昼間と同じ、不安に揺れる瞳で小生を見上げた紫音は、しばらく言葉を探して視線を彷徨わせていたが、やがて意を決した様に口を開いた。
「……さ、さむいから添い寝してほしいなぁ、なぁんて……」
「…………」
弱っているとは言え、君は子供ではないのだから。
大人しく眠れば、明日には良くなるはずなのだから。
頭の中を様々な言葉が巡る。咄嗟に答えられなかった小生に、困らせてしまったと判断したのだろう。不安そうな顔をしていた紫音が一瞬で笑顔を浮かべた。
「あぅ……、じょ、ジョーダンです! ほら、冗談言えるくらいに元気なので……!」
「……構いませんですよ」
「うぇ!?」
傷付けない断りの言葉を探していたはずなのに、小生の口から飛び出してきたのは肯定だった。
自分で言い出した紫音も驚いた顔をしたが、小生が頭頂近くで結わえている髪を解くといよいよ慌てた顔になった。
「あわわっ……、ハッサクさん……!?」
「添い寝程度で君が早く治るのなら、お安い御用ですよ」
「あぅっ……」
人の言葉を忘れてしまった紫音の髪の毛も解いてやる。照れる余裕が出てきたのは良い傾向だ。このまま寝かし付ければ、明日にはきっと普段通りの賑やかな紫音と会えるだろう。
「ほら、来なさい」
「んえぇ……」
枕を叩いて呼べば、しばらく葛藤していた紫音はようやく小生の前に横たわる。せめてもの抵抗なのだろう、小生に背中を向けて、ひんやりとした水タイプのラクシアの代わりにハネッコをきつく抱き締めている。
そのハネッコごと抱き寄せれば、紫音が再び震え始めた。寒さからくる震えではない事は予想できたが、それに気付かない振りをして腕の力を強める。
「……まだ寒いですか?」
「はぇっ……、イエソノっ……」
しかし、ぎゅっと抱き締めて、ようやく小生は自分が行動を誤ったと気付いた。
良くない。いや、むしろ非常にまずい。
離してやらなければ。彼女は昏倒してしまう程ゴースの毒ガスを吸ってしまったのだから。早く寝かせてやらなければならない。
だが、離せと命じる理性に反して、腹の奥からぐるぐると竜の唸り声がせり上がって来る。
「っ、ごーろ、ろ!!」
「……! はい……、すみませんです……」
その時、ラクシアのひんやりした手が小生の額を叩いた。途端に大人しくなった竜を見ない振りをして、小生は子供を寝かし付ける様に一定の速度で紫音の頭を撫でてやる。しばらくそうしていると、照れて唸っていた紫音だったが、やがて静かな寝息を立て始めた。しばらく聞き耳を立てて呼吸が乱れない事を確認した小生は、ようやく紫音の傍から離れる。
じろりと睨む気配を感じて振り返ると、ラクシアが苛立ちを隠す様子も無く小生を見上げていた。
「……助かりました。ありがとう、ラクシア」
「……ごろん!」
そっぽを向かれてしまった。何としっかりしたボディガードなのだろう。
苦笑いを浮かべながらも、小生はもう起きることは無いと思っていた内なる竜が首を持ち上げている事に気付いていた。長らくそんな縁が無かった上、年齢が大きく離れているから問題無いと考えて彼女を引き受けたのだが、とんだ見込み違いだったらしい。
「調子が狂いますです……」
コルさんを支えていた時とほぼ同じではないか。
そう自分に言い聞かせて、冷静になろうとフラフラとシャワールームに向かった小生は、冷水を頭から浴びた。
良くない。非常に良くない。
小生は紫音の保護者。野宿などさせられないと手を挙げたのだ。
「……そう、アカデミーに通うのなら、なおさらゴーストへの対策を考えなければ……」
冷水のお陰で頭は冴えた。紫音の安全の為にも、ゴーストタイプに強いポケモンを用意してやろうと決めた小生は、リビングで一人チリから送られてきたバトルビデオの再生を始める。
ポケモンが好きだと、コンテストを極めたと朗らかに言っていた紫音がどう戦うのか、とても興味があった小生がチリ達にバトルを依頼したのだ。
「……この実力。次の課外授業の際には、小生の所まで会いに来てくれると嬉しいのですが……」
相棒との信頼関係を伺わせる最低限の指示。地方を跨ぐ旅をしただけあって、弱くはない。
進化をすれば力も強くなるが、その分小回りが効かなくなる。紫音達ならば、小生のセグレイブが相手でも良い勝負に持っていくだろう。
「……この実力ならば、ドラゴンタイプを与えても問題は無さそうですね」
編入祝いにポケモンを用意してやろう。今から育てれば、課外授業に入る頃には立派に紫音を守ってくれる程強くなっているだろう。
そう考えた小生は、気性が荒いからと普段は手持ちに入れていないポケモンを思い描いていた。