パルデア上陸編
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紫音の食の好みが分からない為、彼女が言っていた様に辛さが強い物を除いた軽食と、一般的なサンドイッチ。後は食後のデザートの会計を済ませ、後は出来上がるのを待つだけという時になって、突然店の外が慌ただしくなった。
外で人が。フワンテが。
見慣れないポケモンがいる。
そんな騒ぎの中、小生の足元に勢い良く誰かが体当たりをしてきた。驚いて下を見れば、そこには紫音のミズゴロウを先頭に、紫音に懐いたポケモン達が何やら慌てた様子で小生のスラックスを引っ張っている。急いでいるせいか、力加減も無く引っ張られては困ってしまう。
「おや、どうかしましたですか?」
「ごろ! ごろー!!」
「……ふむ」
セイジ先生であれば、円滑なコミュニケーションを取ることが出来るのでしょうが……。じっと観察していると、小生に今いち伝わっていないと把握したのか、ミズゴロウは同じく足元にいたフカマル先輩に話し始めた。
何やら体を大きく使って何事か伝えようと必死になっている。一緒に走ってきたメリープと腕を絡ませたかと思えば、ムックルとヤヤコマに掴まってふわふわと浮いて。その後、再び走って小生の足にぶつかるという流れを披露したミズゴロウは、懇願する様に小生を見上げた。
「……もしや」
必ず引き取りに来るからと店で荷物を預かってもらい、ミズゴロウ達に導かれて店の外に出る。
外に出るなり、異変はすぐに分かった。
周辺にいる誰もが空を見上げているのだ。その視線の先には、複数のフワンテに吊られている紫音と……、何故か彼女に付いてふわふわと飛んでいくハネッコ。
ゴーストタイプには効かない体当たりと、ダメージが半減されてしまう吸い取る攻撃しか覚えていない今のハネッコに出来る事は何も無い。気まぐれで付いていっているのだろう。
「っ……、まさか街の中で人をさらうとは……!」
しかも、一匹だけではなく複数で。フワンテが向かうカラフシティの崖の上には、紫音を待っているらしいフワライドの姿まで見える。
フワライドに捕まってしまったら、きっと無傷で引き剥がすことは難しくなってしまう。その前に、どうにかして追い払うしかないだろう。
「紫音!!」
「……! …………!」
崖の下まで駆け寄った小生の呼び声に何とか顔だけ振り返った紫音は、少し安心した顔になった。口の動きに目を凝らすと、捕まってしまいました、と言っている様にも見える。
……まさか、フワンテまで口説いたのではないだろうか。いや、前科がある。きっと口説いたのだろう。その結果、連れ去られた、と。
「……はぁ……。オンバーン、頼みますですよ」
ポケモンの強さは、彼らフワンテよりも小生のオンバーンの方が上だ。当たらなくても構わない。牽制すればすぐに彼女を開放してくれるだろう。
そう判断して、小生はオンバーンに指示を飛ばす。
「あのハネッコと彼女には当てないように注意なさい。エアスラッシュ!」
「アギャア!!」
鳴き声で応えたオンバーンが、一直線にフワンテ達に飛んでいく。それを見るなり、フワンテの到着を待っていたフワライドがこちらに向かってきた。……いや、オンバーンに、と言うよりもハネッコに狙いを定めている。
「……っ、まずい!」
放たれたシャドーボールが、紫音に追随していたハネッコに直撃した。捕まえたばかりのハネッコがその攻撃を耐えられるはずも無く、悲鳴と共に吹き飛ばされる。吹き飛ばされたその先には、小生のオンバーンが今にもエアスラッシュを放とうとしていた。
「オンバーン! 前を見なさい!!」
「ギャ……?」
「はにゃあ……」
「アギャ、ギャア!?」
見事ハネッコがオンバーンの顔面に激突した。攻撃を放つ寸前だったから良かったものの、あのままエアスラッシュが直撃していたら、ハネッコの命は無かったかも知れない。
オンバーンも、大切な音波器官である耳にぶつかった訳ではないのが幸いして、墜落する事は無かった。そのまま目を回したハネッコを口に咥えて、再びフワンテ達に迫る。
フワライドがフワンテを守る様に前に出てきたが、相手が六匹だろうと負けるドラゴンポケモンではない。
妨害が無ければ、切れ味の鋭いエアスラッシュがフワンテ達を掠めていく。紫音にも掠っているのか、ほわぁ、と驚いた声が遠くで聞こえるが、その直後フワンテ達は信じられない行動に移った。
「はぎゃあぁぁぁ〜!? 落ちっ……」
紫音を諦めてくれたのか、一斉に腕をほどく。計画通りフワンテを追い払う事は出来たものの、紫音の悲鳴が不意に途切れた。落下の恐怖からか、気絶してしまったらしい。脱力した体が、重力に従って地面に向かって真っ逆さまに落ちてくる。
気絶している紫音の体は、小生の予想より落下速度の方が速い。崖の高さから安全装置も無いまま落ちたらどうなるかなど、考えなるまでもなかった。
「……っ、カイリュー!!」
オンバーンの腕は翼腕だ。尻尾はあるが、ハネッコも咥えているオンバーンでは掴み損ねてしまう可能性があった。抱き止める腕のある飛行ドラゴンはカイリューだけだ。
咄嗟にボールを放ると、カイリューは指示を出す前に神速で紫音の落下地点まで一気に飛ぶ。
「リュッ……!」
間一髪、紫音を受け止めたカイリューを見て、忘れていた呼吸を再開させた。意識して深く息を吐き出すと、小生は自分が思っていたよりも緊張していた様だ。肩の力も一気に抜けて行った。
「モギャア!」
無事に紫音を抱えたカイリューが戻って来る。その後ろから、目を回したハネッコと一緒にオンバーンも降り立つ。
カイリューから紫音を受け取ると、彼女はハネッコと同じく目を回していた。
「きゅう……」
「はぁ……っ、はぁ〜……。肝が冷えましたですよ……」
脈拍を確認。瞳孔も問題は無い。拘束されていた腕は……、フワンテ達の細い腕の跡が残っているが、それ以外に怪我は見当たらない。
そこまで確認した小生はようやく大きなため息を吐いて、紫音の頬を軽く叩く。ぺちぺち、と叩く事数回。眠っている訳ではないせいか、中々瞼が開かない。
「……病院に連れて行くべきでしょうか……」
「リュウ……」
「フカ……」
「ごろ。ごろごろ」
心配そうに紫音を覗き込むポケモン達の隙間から、ミズゴロウがひょっこりと顔を見せた。頭のヒレを数秒震わせると、小生の腕から紫音を引きずり下ろす。何をするのかと困惑する小生達の目の前で、ミズゴロウは自分のトレーナーの顔目掛けて水鉄砲を吐き出した。しかも、それなりの威力の水鉄砲だ。
「……!?」
「……ぷわっ……、ぷわぁー!?」
「ごろー!!」
「けほ……っ! わぁ!? なになに!? いたたたほっぺたが刺さってる痛いよミズゴロウ!! あっ!? メリープ待って何か濡れてて電気がびりりりりり」
「……良かった……!!」
水浸しになった紫音が飛び起きた。目が覚めたと見るや、ミズゴロウを筆頭に紫音にポケモン達が群がっていく。その様子に、小生にも安堵と疲れがどっと押し寄せる。
もみくちゃにされながらも、小生のため息にこちらに気付いた紫音が顔を輝かせた。しかしそれは一瞬で、すぐに周囲をきょろきょろと見渡す。
「あ、ハッサクさん! ……あ、ハネッコ! ハネッコは!? 私に付いてきてくれたハネッコがシャドーボールでふっ飛ばされたんです!!」
「ちゃんといますですよ。ほら、ここに」
「……ハネッコが見たこと無いドラゴンポケモンに食べられてる〜!!」
「モギョス」
「こら、オンバーン。ハネッコをもしゃもしゃするのはお止めなさい」
「ギャ……」
小生が叱ると、唾液にまみれたハネッコをぺしょ、と小生の手に落としたオンバーンの口に、ハネッコの代わりにきのみを放り投げた。喜んで食べ始めたオンバーンを尻目に、満身創痍のハネッコは小生が元気の塊を与える前にフラフラと小生の腕から飛び立つ。何とか紫音の腕に収まると、そのまますやすやと眠りに就いてしまった。
「……よほど君の腕の中が気に入った様ですね」
「……そうなのかな、そうだといいなぁ。ありがと、付いてきてくれて」
「はにゅ……」
「眠ってしまいましたか……。ボールで休ませてあげなさい」
「はぁい」
「返事は短く、ですよ」
「はいっ!」
元気な返事に頷いて、小生はスマホロトムに目をやる。料理を注文して、既にそれなりの時間が経過していた。受け取った後にタクシーを呼んでいては、帰宅する頃にはすっかり冷たくなってしまっているだろう。
「……紫音、小生は注文したり料理を受け取りに行きます。君はここで……、フカマル先輩とオンバーンと一緒に待っているように。オンバーンは闇夜に強いですからね」
「えっ! 荷物持ちは……」
「タクシーも呼びますです。君にはここでタクシーの呼び込みを頼みます」
「……むぅ」
口を尖らせたものの、素直に頷いた紫音の頬に大人しく待っていなさい、という意味も込めて唇を落とすと、小生はカイリューの背に飛び乗る。
「ちゅっ……!?」
「……あまり動き回ると、またさらわれてしまいますよ」
そう注意するのだが、紫音は自分の世界に入り込んでしまったのかブツブツと何事か呟いている。意識を集中させてやっと聞き取れる程度の小さな声で、意味が分からない言葉が次々と飛び出してきた。
「ちゅって! ちゅってした!! 街並的にも欧米モチーフだと思ってたからそりゃこういうスキンシップもするんだろうけどでもミカンちゃんみたいに日本的な名前だから油断してたスキンシップまで欧米かビックリした!!」
「……紫音?」
オンバーンを護衛に残すとは言え、さすがにこんな状態の彼女を置いてはいけない。不審に思った小生が近付くと、紫音はハッと我に帰った。……かと思えば、後退りしようとして足元にいたフカマル先輩に躓いて転んだ。
「……はっ! おわぁっ!?」
「紫音!」
咄嗟に腕を掴んで、フカマル先輩を下敷きにしてしまう事態は辛うじて免れた。
「大丈夫ですか? 暗くなっているのですから、動き回らないでくださいですよ」
「ぱ……」
「ぱ?」
「パルデアは恐ろしい所です!!」
「はい?」
「ホウエンもシンオウも! さっきみたいに気軽にち……、ちゅー……、する文化圏じゃないんです! するとしてもちっちゃい子相手にするくらいでこういう経験は初めてだったんです〜!! 日常的なんですか!? まさかこれが日常的なコミュニケーションだって言うんですか!? 恥ずかしくて死んでしまいますよ!」
「……なるほど」
オウベイ、ニホンテキな、という聞き慣れない言葉が気になるが、それよりもまず暗がりでも顔が赤くなっているのがうっすらと見える。なるほど、こういうコミュニケーションは苦手らしい。
そう言えば、チリも「何やほっぺにちゅーって。挨拶の距離近いわ」などとボヤいていたか。こちらでの生活が長い為に忘れていたが、その辺りはジョウト地方と似たような感覚なのだろう。
「それは悪い事をしましたです。おもしろ……、……いい子はここで待っているように、というつもりでのキスです」
「今面白いって言いかけましたね!?」
「気のせいですよ。さて、先輩、オンバーン。紫音をしっかり見張っていてくださいですよ」
そう言い残して、小生はすっかり暗くなった空へと飛び立った。
*
*
「……確かに見張っているように言いましたが……」
「た、助けてください……」
カイリューと共に両手に荷物を抱えた小生を待っていたのは、驚きの光景だった。
座り込んだ膝の上で場所を取り合うヒマナッツとフカマル先輩。
両肩に鳥ポケモン。両脇を固めるミズゴロウとメリープ。そして頭はオンバーンの顎置きにされている紫音が涙目になってる。
その傍らでは、タクシーの運転手も苦笑いでその光景を眺めていた。
「……俺が着いた時にはもうこの状態でしたね。オンバーンがこんなに懐いてるの初めて見ましたよ」
「紫音さんは食べられません……」
「…………ギャオン」
「何で残念そうに鳴くの……」
オンバーンにすらすっかり気に入られてしまった紫音に助けを求められて、小生は困った子だと思わず笑みが漏れる。
「先輩重くて足が痺れました……」
「フカフカ。フッカー!」
「そんなに重くないとお怒りですよ。……ところで、立てますですか?」
「無理でひゅ……」
「仕方がありませんね」
先に荷物をタクシーに積み込み、オンバーンをボールに戻した小生は、紫音に手を差し出した。
きょとん、とした顔でその手を眺める紫音の手を掴んで立ち上がらせる。まだ足が痺れているのか、彼女は引っ張った勢いそのまま小生の体に飛び込んできた。
「…………!」
「わぁあ! ごめんなさい立てなくて……!」
そんなに強く引き上げたつもりはなかったのだが、普段からフカマル先輩やセビエを抱き上げているせいで力は強いのかも知れない。咄嗟に両手で体を支える事が出来たおかげで彼女の鼻が小生にぶつかる事態は避けられたものの、思っていたより華奢な骨格が手のひらから読み取れる。
初めて見たセグレイブを口説く程なのに。人に懐きにくいオンバーンが短時間であれほど懐いたのに。小さな見た目に反してしなやかな動きを見せるミズゴロウを引き連れる彼女自身は、こんなに非力なのか。
「……ハッサクさん?」
名前を呼ばれて我に帰った。不思議そうな顔をして小生を見上げるその表情に一瞬喉を鳴らしそうになって、小生は慌てて紫音の肩から手を放した。冗談を交えながら、笑みを浮かべる事も忘れない。
「何処もぶつけていませんですね? ……しかし、君はキスは無理でも、抱き着く事は出来るらしい」
「こっ……! これは事故です〜!!」
「はははは」
「も、もう少し待って貰えれば歩け……、待って! 自分で歩くから抱えないでくださ……、わぁあ顔が近い!!」
「あまりイキリインコ達を待たせる訳にはいきませんですよ」
「あの子達イキリインコって言うんだ! ってそうじゃなくてぇ〜!!」
横抱きにして歩き始めると、痺れて動かせない足の代わりにバタバタと手を振るが、その割に小生の顔などには当たらないようにしっかり手加減された暴れる攻撃など肩叩きにもならない。
(……危なかった)
脳裏に過ぎったその考えに、小生は内心首を傾げた。何が危なかったのだろう。力加減を間違えてしまう事だろうか。
はて、と考えてみても答えは見付からず、小生は不満げに呻く紫音を宥める為に抱えた肩を撫でてやる事にした。