マリア×かえで お話集(全年齢向け)

『無意識過剰』

近頃、かえでは、マリアからの視線が熱いような気がしていた。廊下ですれ違ったとき、朝食を食べているとき、などなど。さらに、マリアは、最近頻繁にかえでの部屋を訪れるのだ。偶然なのだろうか、気のせいなのだろうか…。自分の思い違いであったとしたら非常に恥ずかしい、とかえでは悩んでいた。なぜなら、あくまでも、かえでは「副司令」という彼女たちの上司にあたるのだから。

しかし、サロンにて次回公演の演目を花組に伝えている今も、現在進行形でマリアはかえでを熱い眼差しで見つめている……気がする。

「どうしたの、マリア?」
モヤモヤしてても仕方がないので、話が一区切りついた後、かえではマリアに声を掛けた。
「いや、なんでもないです……」
マリアは、急にかえでから視線を外し、モジモジしながら言った。彼女が、他の隊員にこんな態度を取ることは滅多にない、非常にあからさまてある。そのため、絶対「何か」あるでしょ、と喉まで上がってきた言葉を飲み込んで、かえでは笑顔で答えた。

「あら、そう? マリアが私のこと見つめているから、何か用があるのかしらと思って声をかけたのだけど、気のせいだったのね。なんだか、恥ずかしいわね」
かえでが「あえて」恥じらうような振る舞いをすると、マリアは目を見開いた。これは確実に「何か」あるに違いない。かえでは確信した。
他の花組メンバーからは「かえでさん、無意識過剰でーす!」「それを言うなら自意識過剰ですよ、織姫さん」などなど、楽しそうな声が聞こえてくる。
「はいはい、ごめんなさいね。それじゃ、皆、次回公演もよろしく頼むわよ。では、解散!」

花組メンバーが各々自室に戻っていく中、マリアだけがその場に残り、かえでのもとにやってきた。「何か」あるはずだと確信したこともあって、かえでには緊張が走る。
「かえでさん」
「な、なぁに?」
「わ、私、そんなにかえでさんのこと見つめてましたか!?」
「……へっ?」

かえでの思考は一時停止した。そして、その場は沈黙に包まれた。

え、じゃあ無意識だったってこと? 無意識に私のことを見つめてたの? それは、つまり、一体、どういうこと?? 無意識に私のことを目で追うくらい、私のこと……?? え、そういうことなの???
かえでの思考回路は滅茶苦茶になりつつある。かえで自身、自分でも何を考えているかよく分からなくなっていた。

「かえでさん!」
かえでの思考回路をぶった斬るかのごとくマリアは叫んだ。
「はいっ!」
かえでも反射で叫んでしまった。

「かえでさん、もし不快な思いをさせていたのなら、すみません。自分でも、無意識にかえでさんのことを見つめていただなんて思っていなくて…、その、本当に、は、恥ずかしいです…。すみません…」
雪のように白い肌を林檎のように赤く染めながら俯くマリアを見て、かえでは「何か」に気付いてしまった。「何か」が何かって? そんな野暮なことを聞かずとも、開ききっているかえでのの瞳孔を見れば察せられるだろう。
そして、かえでは、先ほど、ごちゃごちゃと考えていたことを脳内のゴミ箱に全て捨ててしまった。どうやら、難しいことを考えるのはやめることにしたようである。

「ふふっ、無意識過剰ね」
脳内に奇跡的に残っていた織姫の言い間違いが、こんなにもピッタリと合う場面があるとは思わず、かえでは笑みをこぼした。

「……マリア?」
「はい」
「今晩、私の部屋にいらっしゃい」
「へ?」
「…今日は、あなたとお話ししたい気分なの」
「えっ!?」
 マリアの嬉しそうな声がサロンに響き渡る。

「い、いいんですか!かえでさん!?」
「勿論よ。ふふっ、それじゃ今晩待っているわね」
「はいっ!」

マリアは、犬が尻尾を振っている時くらい嬉しそうに自室へ戻っていった。

「......素直になっても罰は当たらないわよね」
マリアに「見つめられている」と思っていたが、実はかえでの方こそマリアのことを「見つめていた」のかもしれない。かえでは、先ほどのマリアとの会話で感じた胸の鼓動や、滲み出てきた想いから、そのように自覚したのだ。

立場とか、仕事とか、色々絡んでくるかもしれないが、とりあえずマリアと話がしたい。かえでは、今、そんな気分であった。話してみないと、踏み込んでみないと手遅れになってしまうことだってあるのだ…。

「…そうね、やっぱり、たまには素直になってみるのも良いかもね」
サロンに1人残ったかえでは、自分に言い聞かせるように、ぽつりと呟いた。
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