私が代わろうその役目
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『…無気力症の人、増えたね。』
「そうだな。」
無気力症は謎の病だ。目は虚になり、思考ができなくなったかのように呻き声をあげる。昨日まで普通だった人が夜を跨いで突然発症するらしい。今のところ、治療法は見つかっていない。流石に学園内では見かけないが、ポロニアンモールにも、巌戸台駅周辺にも、無気力症の人が増えたように思う。最近では月高の制服を着た発症者も出始めたと、クラスの誰かが言っていた。
「あぁ、そういえば。」
『?』
「……囚人服の男の子。また会ったんだけど、玲は?」
『…いや、入寮した日以来、会ってないよ。何か言ってた?』
「もうすぐ試練が来るらしい」
『試練?って何のこと?』
「さぁ…。話す内容が抽象的で分からなかった。」
『初日もそうだったよねぇ。』
「けど、心構えをしておく方が良さそうだ。
『うん。』
ファロスが試練と言うことはもうすぐ満月か。
そしてその日はやってきた。巨大な満月が浮かび、どろどろとした空を鈍く照らしている。影時間の空は相変わらず気味が悪い。
『ねえ、理君。』
「?」
『試練ってきっとこれだよね。』
「そうだと思う。」
『何が来ても良い様に心構えしとこうか。』
「ああ。」
モノレールの線路内に立ち入った私達4人は、それぞれ武器を取り出し、いつでも迎撃できる体勢を整える。肌にまとわりつくような生暖かい風が私たちの髪を揺らした。この時期にしては少し暑い。
「さ、リーダー。行きましょ!」
「ああ。」
ゆかりちゃんの掛け声に応じて走り出す。いつもと同じように、理君を先頭にパーティーを組む。巌戸台駅で待機している美鶴さんからの指示を聞きながら、線路半ばで停まっているモノレールに向かう。
「あった! モノレール!」
「…静か、だな?」
『…。』
<4人とも、聴こえるか?>
「あ、はい、大丈夫です。今着いたんですけど、パッと見じゃ、特に…。」
<敵の反応は、間違いなくその列車からだ。4人とも、離れ過ぎないように注意して進入してくれ。>
「分かりました。」
「ヘヘッ、腕が鳴るぜっつーか、ペルソナが鳴るぜ!」
そして私たちは、停車しているモノレール車内に乗り込んだ。
全員が乗り込んだところでモノレールのドアが閉まった。驚いたが、まだ動く様子がないので先に進むことにした。記憶だとたしかもう少し後のタイミングで順平君が理君に謀反を起こして1人で突っ走るはず…。
「なんでだよ?! イチイチお前の意見なんか要らねーよ!」
「順平、何言ってんのよ!」
『順平君、少し落ち着こう。シャドウがどこにいるかわからないんだよ。』
「うっせー! つーかお前もお前だよな! いっつも結城の指示ばっかり仰ぎやがって、1人ではまともにシャドウ倒せねーくせに!」
『は。』
「ちょっと! あんたねぇ!」
「てか、オレだってやれるっつーの!」
伊織順平と言う人間は自分が“リーダー”になることに固執していた。でも、その鬱憤をぶつけるのは、今じゃなくても良くないだろうか。
けれど、彼が言ったとおり、私は1人ではまともにシャドウを倒したことがない。それには理由があって、武器を振るうのは問題なく出来るが属性付与を頻繁に使う戦法を理君は使うので 私は必然的にみんなの後方支援ばかりだった。
“リーダー”になりたいのならその辺も見抜けないといけない気がするのだが…。
『!? え、ちょ、なんっ。』
理君と私に当たり散らした順平君は、何故か私の腕を掴んで次の車両に飛び込んでいった。
連結部分のドアが閉まる音が響く。私は手を引かれるまま足を動かさざるえなくて、足が縺れそうになりながらも、必死に順平君に訴えかけた。1人で突っ走るのは良いけどさ、お願いだから巻き込まないでよー。
『順平君ちょ、ちょっと待って!こんなイレギュラーな状況で理君達と離れるのは危険だよ!』
「だーッ! 理君理君うるせー! オレがシャドウをぶっ倒すから、お前はサポートしろよ! いいな?!」
『ええ、信じらんない。それが思い描く“リーダー”?』
「! シャドウだ! 来るぞ!」
現れたシャドウに2人で武器を構える。多分理君とゆかりちゃんはすぐ追いかけてきてくれるはず。今、順平君は頭に血が昇っているから何を言っても聞かないだろう。私がやるべきことは、後ろの2人が追いつくまで死なないように全力を尽くすこと。
『(これ乗り切ったら、理君によしよししてもらいたい…。)』
双剣を握りしめて戦闘体制に入る。パーティが別れたと言うことは美鶴さんのサポートが受けられないという事だ。当然美鶴さんはリーダーの理君をサポートするでしょうからね。
目の前にいるのは、タルタロスの探索で出会ったことないシャドウだ。ゲームの記憶を頼りにその形状や攻撃の種類から、弱点に当てをつける。
『順平くん、そいつにアギは駄目!』
「えっ!」
『えーと…今、武器に氷属性付けたから、それで斬撃試してみて。』
「おらぁ!」
同じシャドウが2体だったから、同じ要領で2体とも退けることができた。理君無しに勝利を収めることができたからか、順平君は自信をつけたようで、次の車両に向かって走り出した。
「次行くぞ次! このまま先に先頭車両まで一直線!」
『はぁ…。待ってよー。』
象徴化した人、つまり棺桶を掻い潜って車両内を走っていると、また新たにシャドウが現れた。今度も2体。
『…新しいのだ…って順平君待っ。』
「うーっしゃ!とりま斬撃で一発。」
順平君がシャドウに切り掛かったと思ったら、何かを跳ね返す音と共に、順平君の体が吹っ飛んだ。
『あちゃー、大丈夫か順平君。』
「…。」
『え、嘘でしょ! もしかして気絶してるの?!だから待って欲しかったのに。にしても、反射ってこうなるのか。』
さっきのはシャドウが物理反射持ちだったのだ。順平くんの斬撃は威力があるから、その勢いそのまま本人に返ってしまったのだろうと予想する。彼を回復する余裕など無い。敵シャドウを殲滅するか、理君達が来るまで持ち堪えるか。
『…試練だな。』
隙を見せるな、思考を止めるな、視線を外すな。記憶通りならこのシャドウは火炎と風が弱点だったはず。なら、どっちも盛ってシャドウさんにお見舞いしてやろうではないか
火炎属性を持った双剣に、疾風属性を更に重ねる。この間ふと思ったのだ。属性を重ねたらどうなるのかなって。双剣を軽く振ると、小さな炎の竜巻が起きた。
『おぉ!ぶっつけにしちゃ良い感じ。さあ、一肌脱ぎますか。』
ゴウッと燃えあがる音と共に目の前のシャドウが消失した。モノレール車両内が破損しなくて本当によかった。もしかしたらどこか焦げてるかもしれないけど、まあご愛嬌で。
額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、息を整える。
「う…。」
『! 順平くん!』
意識が戻りつつある順平君の方に足を向けようとしたその時、
ゾワリ、と首筋に生温い空気を感じた。
『あ…。』
やばい終わった。見なくても分かる、背後に迫った危機を本能的に感じる。今振り返ってもたぶん間に合うかどうかの距離。首元に手が掛かる感覚がする。気持ち悪い。
しかし次の瞬間、緊迫した空気が霧散した。
恐る恐る振り返ると、消えゆくシャドウの影の向こうに息を切らせ武器を構える理君がいた。
「っ…はぁ、間、一髪…!」
『ぁ、理君…!』
その後ろからゆかりちゃんが駆け寄った。
「やーっと追いついた…! 玲、大丈夫!? 順平は? …えっ、気絶してるの?!」
「うう…。」
ゆかりちゃんは起き上がろうとする順平君に駆け寄り、イオを呼び出し彼の体力を回復しているようだ。
目の前の理君は深呼吸して息を整えている。
「怪我は?」
『えーと、大丈夫。回復しながら進んだから。順平君は気絶してたけど…。』
「そう。他は平気?」
『…大丈夫。あのさ。』
「?」
『ありがとう、助けてくれて。』
「…ひとつ前の車両でシャドウに捕まって、やっと倒したと思ったら、この車両から轟音が聞こえたから焦った。この車両に入った時に、座席の影に隠れていたシャドウが、玲を背中から襲おうとしてるのが見えて。」
『なるほど、轟音には心当たりが…。んーシャドウ倒し終えて、気が緩んでたのかも。』
「来るのが遅くなった。」
『十分速かったよ。理君、…あのね。』
<おい、気をつけろ! 敵の動きが急に静まった。警戒を怠るな!>
美鶴さんの焦ったような声がしたと思ったら、ガタンと車両全体が揺れた。そうだったここから時間制限付きだったわ。はあ、一難さってまた一難ですか。
『わあ、動いてる。』
<どうやら、列車全体がシャドウに支配されてるらしいな…。>
「”らしい”って…ちょっと大丈夫なんですか!?」
「お、おい…ヤバくねえ?」
<マズい、このままスピードが落ちないと、数分で、1つ前の列車に追突する!>
「追突!? なんなんですか、それ!?」
<いいか、落ち着いて聞くんだ。さっきから先頭車両に強い反応を感じる。多分それが”本体“だ。行って倒し、列車を止めるんだ!>
理君と目を合わせ、頷き合う。
「…行こう。」
先頭車両に足を踏み入れると、凍える空気が身を刺した。車両内も凍っているようだ。先頭車両には、美鶴さんが言うように“本体”である今回の大型シャドウがいた。女性の形をしているシャドウは長い髪を触手のように伸ばすことができるようだ。
『あ…。』
シャドウと目が合った瞬間、身構える間も無く髪の一本が高速で私に襲いかかったが、隣に立つ理君に腕を引かれ、紙一重で避けることができた。
『!!ありがとう理君。』
「いや、いい。行くぞ。」
今回の大型シャドウに向かい合う。肉壁となる手下のシャドウを召喚し、不敵に笑う大型シャドウは中々に狡猾そうだ。斬り込む順平君を横目に、弱点を探す算段を立てる。理君も同じ考えのようで、持ち得る属性攻撃を順に試しているようだ。だが、確かこの大型シャドウは…。
『氷無効で弱点が無いよね。』
「どうやらそうみたいだ。」
私の呟きが聞こえたのだろうか、隣の理君が呼応した。どれも効果はイマイチってとこだ。
「どうする、リーダー! こいつ中々しぶといんだけどっ! ッきゃあ!」
『ん?モノレールのスピード速まってない?!』
<時間が無いぞ! 急げ!>
「急げったって、こっちは必死でやってるっつーの!」
決め手がない。タイムリミットもすぐそこ。みんなの焦りが表面化する一方、闇雲に攻撃しても嘲笑うかのように手下のシャドウを召喚する大型シャドウ。
はらたつなぁあの顔。こっちはジリ貧だってのに、デカいのぶつけてやりたくなる。先ほど合流前に試した属性付与の重ねがけを思い出すが、あれは威力が強すぎて近くにいる仲間まで巻き込みかねない。あ…魔法なら…ペルソナ自体に付与すればいくらか威力抑えれるかも?
『ゆかりちゃん、ガル一発打てる?』
「えっ?!」
『試したい事があるんだ!』
「なんかよく分かんないけど、了解!」
ゆかりちゃんは私の声に答えてイオを召喚した。同時に私はエレボスを召喚する。
ペルソナが出現したタイミングで、ペルソナ自体に火炎属性を付与する。そのままガルを撃って貰うと、シャドウは炎風に包まれ呻き声を上げた。
「効いてるどころか、大ダメージだ!」
『よっしゃ!次は順平君、ヘルメスの召喚よろしく!』
「お、おお! 分かった!」
『よし、火炎属性付与した! これで突っ込んでみて!』
「行け! ヘルメス!」
ヘルメスが大型シャドウに直接斬り込むと、先ほどの炎風で焼け爛れたシャドウの胴体に真っ赤な斬撃の跡が残った。シャドウは苦悶の形相だ。ダメージは上々だ。私の顳顬から流れた汗が顎を伝う。手が震えて来た。体力とSP的にも次が最後になりそうだ。
「…燃やし尽くすぞ。」
『おっけー、理君!』
理君のオルフェウスの動きに合わせて、エレボスに協力を仰ぐ。先にオルフェウスに火炎属性を付与。すると、アギは青く変化し、密度の高い炎はシャドウを丸ごと飲み込み燃え上がった。炎が消える頃、シャドウは跡形もなく消え失せていた。
『……勝っ、た?』
「勝った、な。…ふぅ。」
「って電車止まってなくね?!」
<どうした?! 前の列車はすぐそばだぞ!>
『は、早く停めないと!』
「そんな…!!」
怖い、めっちゃ怖い。理君が停めるのをわかってても、SP不足だからかめっちゃ怖い。
あ、今度こそ本当に死ぬかも。お願い早く停めて!!
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