『……ここは、何処…？』

目の前に金色の小麦畑が何処までも広がっていて、空は夕暮れよりも明るい温かな橙色に染まっていて、
木々や人工的な建築物が一切ない幻想的な光景に呆然と立ち尽くす。

――サアァァ…

まるで安心させるように、柔らかな風が髪を躍らせ、頬を撫でる。

『………』

ぼんやりしながら、少しずつ歩き出すが景色は変わらず、金色に輝く小麦畑が広がっている。
人の気配も動物の気配も無く、街か村らしきものも見えて来ない。
だが、不思議と不安や恐怖はあまり感じなかった。
それどころか散歩しているような穏やかな気持ちで気まぐれに足を進める。

『……ふぅ。…？』

変わらない景色に小さく息をつくと、ふと背後に何かの気配を感じて振り返ると橙色の光の逆光で、
顔は見えなかったが白っぽい服を着た人物がいた。

『……あの』
『…―――』

おずおずと声を掛けると、その人物の口元が柔らかく微笑んで、そっとの頭を優しく撫でた。

『……お帰り』
『え』

男性とも女性とも取れるような声は柔らかく、その声を聞いた途端今まで溜まっていた物が噴き出すような、
のしかかっていた重い荷物を一気に下したような安心感と開放感が押し寄せて来た。

『っ……』

まるで母親を前にした小さな子供の様に、尚は溢れる涙を震えながら堪える。
自分の記憶には『優しい両親』の存在は無いはず。なのに、この人物はとても安心する。

『おいで』

涙を堪えて震えるに、腕を回してそっと抱き寄せると、尚はその人物の胸に顔を押し付けながら
控えめに腕を回すと、背中を優しく撫でられた。

『我慢しなくて良いんだよ。今までよく頑張ったね…偉かったね』
『っ…ふ…うぅ…』

この人物が何者なのか、全く知らないはずなのにどうしてこうも安心出来るのか。
気が付くと、小麦畑の中で白い人物に膝枕をされながら、ゆっくりと優しく頭を撫でられながら
徐々にうとうとして来た尚に、白い人物は優しく言った。

『そろそろ時間だね』
『…？』
『ああ、良いんだよ。気にしないでおやすみ』
『……ん』

瞼の上に手を添えられて、そっと閉じられるとそのまま意識が薄れて行った。
すぅすぅ…と寝息を立てる尚に、白い人物は優しく、切なく微笑む。

『――あちらの世界では、優しい人達に出逢えるから、たくさんの『愛』をもらえるから…』

そこで『愛』を知りなさい。
白んだ意識の中で、そんな声が聞こえた気がした…。