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白樺派
ゆめうつつ
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5月12日。そう、私の敬愛する武者小路実篤先生の誕生日だ。
特務司書になる前から武者小路実篤のファンだったけれど、この図書館に配属されてから出会った転生体の『ムシャ先生』もとても素敵な方だった。そんなムシャ先生に私は一目で恋に落ちた。
ムシャ先生に対する恋心は抑えられなくなり、彼の親友である志賀先生に相談したところ、恋を応援して頂いたので勇気を振り絞って告白しようとしたら、なんとムシャ先生の方から私に愛の告白をしてくださったのだ。
そう、私たちは互いに一目ぼれをしていて両想いだったのだ。私たちは他の先生方からも祝福され、いまお付き合いをしている。こんな幸せなことってある?
ムシャ先生と出会ってから暫くが経過したけれど、誕生日を共に迎えるのは初めてだ。初めてのお祝い、勿論他の先生方と同じく誕生パーティをひらくけれど、個人的にも何か贈りたい。
しかし、残念ながらムシャ先生が何を特に好むのかが分からない。何でも喜んでくれそうだけれど、圧倒的な情報収集不足だ。
「志賀せんせーい!」
困ったときは志賀先生!!
「何だ?」
「ムシャ先生の誕生日に何か贈り物をしたいんですが、何がいいと思いますか?」
「アンタがムシャを想って選んだ物ならアイツは喜ぶと思うぜ」
「うーん、何か特別なものを贈りたいんです。私、何か異性に贈ったことってなくて」
「えー…あ、だったらケーキでも焼いてみるか?それなら俺が作り方も教えてやれるし」
「おお、いいですね!」
「この前、ムシャが駅前の洋菓子店のガトーショコラが気に入っていたからな、ガトーショコラにするか」
「やったー、ありがとうございます!私もガトーショコラ好きです!」
「アンタが作るんだよ」
「材料ありましたっけ?」
「ねぇな、買いに行くか」
「ないのはチョコレートと粉砂糖くらいでしょうか。買って来ますね」
「いいもの買って来いよ」
「成○石○で買って来ます!」
志賀先生が何ともいえない顔で見てきたが、白樺派の金銭感覚で考えないで欲しい。○城○井はいいもの買えるからな!
私みたいな薄給司書だと普段の買い物は、とてもじゃないが○城石○では不可能だ。激安スーパーが友達。業務スーパーもよく行きます。いや、業務スーパーとか舐めたらダメよ。掘り出しものいっぱいあるんだから!
「志賀先生、買って来ました!」
「おう、お疲れさん。ところでアンタ、料理は出来るのか?」
「…いえ、あまり。で、でも私、アルケミストとしての才能はあるので器用に何とか出来る…と、思います」
「…材料は?」
「多目に買いました!」
「よし、それじゃあ着替えてきな。待ってるから」
×××
買ってきた材料を志賀先生に渡し、自分は部屋に戻って久しく使っていなかったエプロンを引っ掴んで食堂へ戻る。
「それじゃあ始めるぜ」
「よろしくお願いします!」
小説の神様にお菓子作りを教わることができるなんて、私は超絶ハッピーガールでは?
チラリと志賀先生の方を見れば、真剣な表情で材料の重さを計っていた。イケメン。
「よし、先ずはチョコレートを細かく刻んで湯煎で溶かすぞ」
「はい!」
…湯煎?
×××
「なあ」
「はい?」
「あとは焼き上がるのを待って、粉砂糖を掛けて生クリーム、ミントを添えるだけだ」
「ええ」
「アンタ、今後1人で飯作ってムシャに食わすなよ」
「え?」
ここまでよく頑張りました、とかって労われるんじゃないの?それなのに、どうしてそんなことを…!?
別に、1人でムシャ先生に振る舞える程の手料理は作れないけれども。
「アンタ、かなり不器用だわ。アルケミストとしての腕はともかく、料理には向いてない。
ムシャに変なモン食わす訳にはいかねぇだろ」
「そんなあ、私的には器用にガトーショコラ出来てると思うんですけど」
「湯煎も出来なかった奴が言うなって。
とにかく、ムシャに手料理を振る舞う前に誰かに毒味してもらえ」
「…うぅ、はい」
志賀先生の目が本気だ。鋭い眼光で心が折れそう。そうか、私は料理下手か、意外だな。割と器用に出来たと思ってたよ。
「あれ、志賀に司書さん」
「ムシャ先生!」
「おお、ムシャどうした」
「2人で何をしているの?」
「あ…お料理を習っていました」
「それなら僕も呼んでくれたら良かったのに!」
「ムシャは作る途中に飽きて俺に丸投げするじゃねーか。それに、俺がムシャを想って作る飯が1番美味い」
「むむっ。でも、たしかにそうだね!」
「だろ?今度ムシャにも作ってやるから」
「あれ、今日のは何を作っているの?」
「あ…」
ムシャ先生へのプレゼントです、とは言えない。思わず目をムシャ先生から逸らしてしまう。
「司書が世話になってる人に贈るんだってよ」
「へえ、そうなんですか?」
「はい!普段からお世話になってる方へ…」
志賀先生ありがとう!嘘を吐くのが恐ろしく下手な私は、冷や汗を流しつつムシャ先生に答える。じっと目を見詰めるムシャ先生、瞳の奥の本音まで見透かされそうで少し怖い。
「じゃあ僕は部屋に戻りますね」
「おう」
「またね、司書さん」
「はい」
「志賀先生、助かりました」
「おう、料理の出来ないアンタが自分を喜ばせる為にケーキを作ったなんて、渡すまで黙っといた方が面白いだろ」
「料理は得意だど自分では思っていたんですけどね」
「ま、後は飾り付けるだけだし1人で出来るだろ?」
「はい!志賀先生、お世話になりました」
志賀先生が食堂から去って、私は粗熱の取れたガトーショコラに粉砂糖を振りかけ、適当な大きさに切り分ける。ハンドミキサーで生クリームを泡立ててから、切り分けたガトーショコラに生クリームを乗せてミントを飾る。
完成したガトーショコラを1口食べてみると、さすが志賀先生、私は初めてガトーショコラを作ったのに、初心者が作ったとは思えないくらい美味しい。
お皿に乗せて渡しても良いけど、折角なのでプレゼント用の包装を行う。残った分は志賀先生へのお礼にしよう。
…志賀先生とムシャ先生だけで食べきるには少し量が多いだろうか。ここは同じ白樺派の有島先生にも贈ろう。
2人の先生に贈る分にもプレゼント用の包装を施す。ムシャ先生には赤、志賀先生には緑、有島先生には紫のリボンをかけて完成だ。
勿論、ムシャ先生に渡す分が1番豪華に仕上げてある。
今日の夕飯は、食堂でムシャ先生のお誕生日パーティがあるのでここの冷蔵庫にガトーショコラを置いてしまうと誰に食べられるか分からない。手早く調理器具を洗って自室の冷蔵庫にガトーショコラを入れた。
×××
無事にムシャ先生のお誕生日パーティも終わって、私は自室に戻った。いま食堂に残っているのは酒飲み文豪と今日の主役であるムシャ先生、そして白樺派の志賀先生と有島先生だろう。
もしかしたら、ムシャ先生は明け方まで 仲間たちとお酒を楽しんでいるかもしれない。だから、私が作ったガトーショコラを渡すのは明日になってからでもいい。冷蔵庫の中とは言え、さすがに2日以上放置するのは気が引けるので、明日の朝にでも渡そう。
備え付けの割と広いお風呂に入り、保湿とドライヤーを手早く済ませて布団に入る。今日は司書業務をほぼ行わなかったので、明日は早起きして仕事を片付けよう。
コンコン
「司書さん、起きてますか?」
そう思ったのに。食堂にいるはずの彼の声が扉越しに聞こえた。
「どうしましたか?」
「あ…もうお休みになるところだったんですね、すみません」
「いえ、ムシャ先生に来ていただけるなんて嬉しいです。よかったら部屋にどうぞ」
「ありがとうございます」
ムシャ先生を部屋に招きいれ、素早くケトルでお湯わ沸かす。この時間だから緑茶やコーヒーはよくない。少し迷った挙句、緑茶に比べてカフェインが少なそうなイメージの紅茶を淹れた。
「あ、ありがとうございます。夜中に押し掛けたのは僕なのに」
「そんな、私は嬉しいから気にしないでください。それで、何かご用でしょうか?」
ムシャ先生の顔を覗き込むと、彼は照れたように笑った。
「ごめんなさい、特にこれといった用はないんです。ただ、折角の誕生日なんだから、最後は好きな人とゆっくり過ごしたいなって思いまして」
「あ…ありがとうございます。志賀先生や有島先生と過ごされると思って早々に退席したんですけど、嬉しいです。
私も、ムシャ先生と一緒にいたいです」
まさかムシャ先生が私のところに用もなく来るとは思わないでしょ。付き合っているとはいえ、夜中にこうして2人で会うのも初めてだもの。
「あ、そうだ。ムシャ先生に渡したいものがあるんです」
夜中に甘い物を食べるのは体に悪そうだから、明日にでも食べてもらえればいいや。
私は冷蔵庫から赤いリボンで装飾したガトーショコラを取る。
「ムシャ先生、お誕生日おめでとうございます。これ、ムシャ先生のために作りました。お口に合うか分かりませんが、よかったら受け取ってください」
「わあ、ありがとうございます!貴女の手作りなんですね、大切に食べます!」
ムシャ先生が笑顔でガトーショコラを受け取ってくれたので安心した。別に、拒否されるかもって心配していたわけじゃないけど、それでも受け取って頂けるまではやはり少し心配になる。
「これ、今日、志賀と一緒に作っていたものですよね?」
「はい」
「実は、昼間から僕にくれるんじゃないかって期待してたんです」
「そ、そうなんですね!」
自分の誕生日に彼女がお菓子を作っていたら、そりゃ期待もしちゃうよね。
私がムシャ先生の立場でも期待するわ。うーん、あの時はとっさに志賀先生が誤魔化してくれたけど、たぶん志賀先生もムシャ先生にばれていることに気が付いていたのかも。私1人でアタフタしていたのかと思うと恥ずかしい。
「…妬けちゃいますね」
「…え?」
「僕のために貴女が作ってくれて、本当に嬉しいです。
けれど、志賀と仲良く2人でお菓子作りしているところをみたとき、志賀に嫉妬していまいました」
「え、そんな」
「だから、早く貴女と2人きりになりたかった」
心臓がうるさい。
「貴女は無防備すぎです!志賀だから貴女に手を出さなかったことと思いますが、志賀相手にも油断したらダメです!
貴女は素敵な女性だから、他の方たちにも狙われてしまします」
「そんなことないと思うんですけど…」
「そんなことあるんです!」
少しムッとした顔のムシャ先生も可愛い。可愛いのに、ドキドキする。
ドサッ
「…え」
「ほら、無防備だ」
先ほどまで隣にいたはずのムシャ先生が、いつの間にか上に見える。
「気をつけないと、狼に襲われてしまいます」
「え」
「僕の力でさえ、貴女は抜け出せなくなってしまう。僕が守れないときに、他の人におそわれないように警戒しないと」
私を押し倒すムシャ先生を押し返すつもりもないけれど、目の前のムシャ先生の表情は真剣そのものだ。
「ね?気をつけてくださいね」
「…はい」
「ふふ、じゃあご褒美です」
ご褒美を貰えるほどの何かはしていないけどな、この体制は少し恥ずかしいのでご褒美の前に起き上がりた…
「えっ」
「ふふ、僕、親友に嫉妬してしまうくらい貴女のことになると余裕ないんです。舐めてもらっちゃあ困ります」
私の知ってるムシャ先生は、清らかで誰にでも優しくって天使のような人だ。
それなのに、いま私の目の前にいるムシャ先生は小悪魔的で、寧ろ私の方が余裕なんてなくなる。
「今まで、足りなくなると思ったからキスなんて出来なかったんです。やはり、1度してしまうとダメですね」
「…ダメ?」
「はい。足りないや」
甘く蕩けるような瞳に見つめられて動けなくなる。
柔らかな唇が私の唇と何度も重なる。頭の中が溶けそう。
「きゃ…!?」
「もっと一緒にいたいです。今日は何もしないから、一緒にいてください」
ムシャ先生は、私を抱き上げてベッドに運んだ。ほかの先生方と並ぶとムシャ先生は小柄なのに、私を辛そうな顔すらせず抱えてしまうなんて、やっぱり力の強い男性なんだなと意識してしまう。
「え、だって、いま警戒しろって…」
「大丈夫、何もしません」
ムシャ先生も私のベッドに入ってきて、私を抱き締めた。
「ふふ、おやすみなさい」
「え、やだ、緊張して眠れません!」
「大丈夫ですよ」
ムシャ先生に抗議しても、彼はその言葉には耳を傾けず私を抱き締めたまま眠りに就いた。寝るの早いし本当に何もしないのね?期待してないけど。してないけど、展開的にそうなるのかと思っちゃった。はずかしい。
明日も仕事進まないだろうな…なんて思いながら、私は眠ったムシャ先生の胸に顔を埋めた。
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特務司書になる前から武者小路実篤のファンだったけれど、この図書館に配属されてから出会った転生体の『ムシャ先生』もとても素敵な方だった。そんなムシャ先生に私は一目で恋に落ちた。
ムシャ先生に対する恋心は抑えられなくなり、彼の親友である志賀先生に相談したところ、恋を応援して頂いたので勇気を振り絞って告白しようとしたら、なんとムシャ先生の方から私に愛の告白をしてくださったのだ。
そう、私たちは互いに一目ぼれをしていて両想いだったのだ。私たちは他の先生方からも祝福され、いまお付き合いをしている。こんな幸せなことってある?
ムシャ先生と出会ってから暫くが経過したけれど、誕生日を共に迎えるのは初めてだ。初めてのお祝い、勿論他の先生方と同じく誕生パーティをひらくけれど、個人的にも何か贈りたい。
しかし、残念ながらムシャ先生が何を特に好むのかが分からない。何でも喜んでくれそうだけれど、圧倒的な情報収集不足だ。
「志賀せんせーい!」
困ったときは志賀先生!!
「何だ?」
「ムシャ先生の誕生日に何か贈り物をしたいんですが、何がいいと思いますか?」
「アンタがムシャを想って選んだ物ならアイツは喜ぶと思うぜ」
「うーん、何か特別なものを贈りたいんです。私、何か異性に贈ったことってなくて」
「えー…あ、だったらケーキでも焼いてみるか?それなら俺が作り方も教えてやれるし」
「おお、いいですね!」
「この前、ムシャが駅前の洋菓子店のガトーショコラが気に入っていたからな、ガトーショコラにするか」
「やったー、ありがとうございます!私もガトーショコラ好きです!」
「アンタが作るんだよ」
「材料ありましたっけ?」
「ねぇな、買いに行くか」
「ないのはチョコレートと粉砂糖くらいでしょうか。買って来ますね」
「いいもの買って来いよ」
「成○石○で買って来ます!」
志賀先生が何ともいえない顔で見てきたが、白樺派の金銭感覚で考えないで欲しい。○城○井はいいもの買えるからな!
私みたいな薄給司書だと普段の買い物は、とてもじゃないが○城石○では不可能だ。激安スーパーが友達。業務スーパーもよく行きます。いや、業務スーパーとか舐めたらダメよ。掘り出しものいっぱいあるんだから!
「志賀先生、買って来ました!」
「おう、お疲れさん。ところでアンタ、料理は出来るのか?」
「…いえ、あまり。で、でも私、アルケミストとしての才能はあるので器用に何とか出来る…と、思います」
「…材料は?」
「多目に買いました!」
「よし、それじゃあ着替えてきな。待ってるから」
×××
買ってきた材料を志賀先生に渡し、自分は部屋に戻って久しく使っていなかったエプロンを引っ掴んで食堂へ戻る。
「それじゃあ始めるぜ」
「よろしくお願いします!」
小説の神様にお菓子作りを教わることができるなんて、私は超絶ハッピーガールでは?
チラリと志賀先生の方を見れば、真剣な表情で材料の重さを計っていた。イケメン。
「よし、先ずはチョコレートを細かく刻んで湯煎で溶かすぞ」
「はい!」
…湯煎?
×××
「なあ」
「はい?」
「あとは焼き上がるのを待って、粉砂糖を掛けて生クリーム、ミントを添えるだけだ」
「ええ」
「アンタ、今後1人で飯作ってムシャに食わすなよ」
「え?」
ここまでよく頑張りました、とかって労われるんじゃないの?それなのに、どうしてそんなことを…!?
別に、1人でムシャ先生に振る舞える程の手料理は作れないけれども。
「アンタ、かなり不器用だわ。アルケミストとしての腕はともかく、料理には向いてない。
ムシャに変なモン食わす訳にはいかねぇだろ」
「そんなあ、私的には器用にガトーショコラ出来てると思うんですけど」
「湯煎も出来なかった奴が言うなって。
とにかく、ムシャに手料理を振る舞う前に誰かに毒味してもらえ」
「…うぅ、はい」
志賀先生の目が本気だ。鋭い眼光で心が折れそう。そうか、私は料理下手か、意外だな。割と器用に出来たと思ってたよ。
「あれ、志賀に司書さん」
「ムシャ先生!」
「おお、ムシャどうした」
「2人で何をしているの?」
「あ…お料理を習っていました」
「それなら僕も呼んでくれたら良かったのに!」
「ムシャは作る途中に飽きて俺に丸投げするじゃねーか。それに、俺がムシャを想って作る飯が1番美味い」
「むむっ。でも、たしかにそうだね!」
「だろ?今度ムシャにも作ってやるから」
「あれ、今日のは何を作っているの?」
「あ…」
ムシャ先生へのプレゼントです、とは言えない。思わず目をムシャ先生から逸らしてしまう。
「司書が世話になってる人に贈るんだってよ」
「へえ、そうなんですか?」
「はい!普段からお世話になってる方へ…」
志賀先生ありがとう!嘘を吐くのが恐ろしく下手な私は、冷や汗を流しつつムシャ先生に答える。じっと目を見詰めるムシャ先生、瞳の奥の本音まで見透かされそうで少し怖い。
「じゃあ僕は部屋に戻りますね」
「おう」
「またね、司書さん」
「はい」
「志賀先生、助かりました」
「おう、料理の出来ないアンタが自分を喜ばせる為にケーキを作ったなんて、渡すまで黙っといた方が面白いだろ」
「料理は得意だど自分では思っていたんですけどね」
「ま、後は飾り付けるだけだし1人で出来るだろ?」
「はい!志賀先生、お世話になりました」
志賀先生が食堂から去って、私は粗熱の取れたガトーショコラに粉砂糖を振りかけ、適当な大きさに切り分ける。ハンドミキサーで生クリームを泡立ててから、切り分けたガトーショコラに生クリームを乗せてミントを飾る。
完成したガトーショコラを1口食べてみると、さすが志賀先生、私は初めてガトーショコラを作ったのに、初心者が作ったとは思えないくらい美味しい。
お皿に乗せて渡しても良いけど、折角なのでプレゼント用の包装を行う。残った分は志賀先生へのお礼にしよう。
…志賀先生とムシャ先生だけで食べきるには少し量が多いだろうか。ここは同じ白樺派の有島先生にも贈ろう。
2人の先生に贈る分にもプレゼント用の包装を施す。ムシャ先生には赤、志賀先生には緑、有島先生には紫のリボンをかけて完成だ。
勿論、ムシャ先生に渡す分が1番豪華に仕上げてある。
今日の夕飯は、食堂でムシャ先生のお誕生日パーティがあるのでここの冷蔵庫にガトーショコラを置いてしまうと誰に食べられるか分からない。手早く調理器具を洗って自室の冷蔵庫にガトーショコラを入れた。
×××
無事にムシャ先生のお誕生日パーティも終わって、私は自室に戻った。いま食堂に残っているのは酒飲み文豪と今日の主役であるムシャ先生、そして白樺派の志賀先生と有島先生だろう。
もしかしたら、ムシャ先生は明け方まで 仲間たちとお酒を楽しんでいるかもしれない。だから、私が作ったガトーショコラを渡すのは明日になってからでもいい。冷蔵庫の中とは言え、さすがに2日以上放置するのは気が引けるので、明日の朝にでも渡そう。
備え付けの割と広いお風呂に入り、保湿とドライヤーを手早く済ませて布団に入る。今日は司書業務をほぼ行わなかったので、明日は早起きして仕事を片付けよう。
コンコン
「司書さん、起きてますか?」
そう思ったのに。食堂にいるはずの彼の声が扉越しに聞こえた。
「どうしましたか?」
「あ…もうお休みになるところだったんですね、すみません」
「いえ、ムシャ先生に来ていただけるなんて嬉しいです。よかったら部屋にどうぞ」
「ありがとうございます」
ムシャ先生を部屋に招きいれ、素早くケトルでお湯わ沸かす。この時間だから緑茶やコーヒーはよくない。少し迷った挙句、緑茶に比べてカフェインが少なそうなイメージの紅茶を淹れた。
「あ、ありがとうございます。夜中に押し掛けたのは僕なのに」
「そんな、私は嬉しいから気にしないでください。それで、何かご用でしょうか?」
ムシャ先生の顔を覗き込むと、彼は照れたように笑った。
「ごめんなさい、特にこれといった用はないんです。ただ、折角の誕生日なんだから、最後は好きな人とゆっくり過ごしたいなって思いまして」
「あ…ありがとうございます。志賀先生や有島先生と過ごされると思って早々に退席したんですけど、嬉しいです。
私も、ムシャ先生と一緒にいたいです」
まさかムシャ先生が私のところに用もなく来るとは思わないでしょ。付き合っているとはいえ、夜中にこうして2人で会うのも初めてだもの。
「あ、そうだ。ムシャ先生に渡したいものがあるんです」
夜中に甘い物を食べるのは体に悪そうだから、明日にでも食べてもらえればいいや。
私は冷蔵庫から赤いリボンで装飾したガトーショコラを取る。
「ムシャ先生、お誕生日おめでとうございます。これ、ムシャ先生のために作りました。お口に合うか分かりませんが、よかったら受け取ってください」
「わあ、ありがとうございます!貴女の手作りなんですね、大切に食べます!」
ムシャ先生が笑顔でガトーショコラを受け取ってくれたので安心した。別に、拒否されるかもって心配していたわけじゃないけど、それでも受け取って頂けるまではやはり少し心配になる。
「これ、今日、志賀と一緒に作っていたものですよね?」
「はい」
「実は、昼間から僕にくれるんじゃないかって期待してたんです」
「そ、そうなんですね!」
自分の誕生日に彼女がお菓子を作っていたら、そりゃ期待もしちゃうよね。
私がムシャ先生の立場でも期待するわ。うーん、あの時はとっさに志賀先生が誤魔化してくれたけど、たぶん志賀先生もムシャ先生にばれていることに気が付いていたのかも。私1人でアタフタしていたのかと思うと恥ずかしい。
「…妬けちゃいますね」
「…え?」
「僕のために貴女が作ってくれて、本当に嬉しいです。
けれど、志賀と仲良く2人でお菓子作りしているところをみたとき、志賀に嫉妬していまいました」
「え、そんな」
「だから、早く貴女と2人きりになりたかった」
心臓がうるさい。
「貴女は無防備すぎです!志賀だから貴女に手を出さなかったことと思いますが、志賀相手にも油断したらダメです!
貴女は素敵な女性だから、他の方たちにも狙われてしまします」
「そんなことないと思うんですけど…」
「そんなことあるんです!」
少しムッとした顔のムシャ先生も可愛い。可愛いのに、ドキドキする。
ドサッ
「…え」
「ほら、無防備だ」
先ほどまで隣にいたはずのムシャ先生が、いつの間にか上に見える。
「気をつけないと、狼に襲われてしまいます」
「え」
「僕の力でさえ、貴女は抜け出せなくなってしまう。僕が守れないときに、他の人におそわれないように警戒しないと」
私を押し倒すムシャ先生を押し返すつもりもないけれど、目の前のムシャ先生の表情は真剣そのものだ。
「ね?気をつけてくださいね」
「…はい」
「ふふ、じゃあご褒美です」
ご褒美を貰えるほどの何かはしていないけどな、この体制は少し恥ずかしいのでご褒美の前に起き上がりた…
「えっ」
「ふふ、僕、親友に嫉妬してしまうくらい貴女のことになると余裕ないんです。舐めてもらっちゃあ困ります」
私の知ってるムシャ先生は、清らかで誰にでも優しくって天使のような人だ。
それなのに、いま私の目の前にいるムシャ先生は小悪魔的で、寧ろ私の方が余裕なんてなくなる。
「今まで、足りなくなると思ったからキスなんて出来なかったんです。やはり、1度してしまうとダメですね」
「…ダメ?」
「はい。足りないや」
甘く蕩けるような瞳に見つめられて動けなくなる。
柔らかな唇が私の唇と何度も重なる。頭の中が溶けそう。
「きゃ…!?」
「もっと一緒にいたいです。今日は何もしないから、一緒にいてください」
ムシャ先生は、私を抱き上げてベッドに運んだ。ほかの先生方と並ぶとムシャ先生は小柄なのに、私を辛そうな顔すらせず抱えてしまうなんて、やっぱり力の強い男性なんだなと意識してしまう。
「え、だって、いま警戒しろって…」
「大丈夫、何もしません」
ムシャ先生も私のベッドに入ってきて、私を抱き締めた。
「ふふ、おやすみなさい」
「え、やだ、緊張して眠れません!」
「大丈夫ですよ」
ムシャ先生に抗議しても、彼はその言葉には耳を傾けず私を抱き締めたまま眠りに就いた。寝るの早いし本当に何もしないのね?期待してないけど。してないけど、展開的にそうなるのかと思っちゃった。はずかしい。
明日も仕事進まないだろうな…なんて思いながら、私は眠ったムシャ先生の胸に顔を埋めた。
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