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白樺派
ゆめうつつ
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朝の準備は2時間かかる。
寝起きが悪くて準備がゆっくりになってしまうからだ。お化粧に1時間、ヘアセットに30分、着替えやその他の時間30分。
この図書館の制服にばっちりメイクが似合うか否かは意見が分かれそうだが、私の地味な顔を華やかに見せる為には仕方がない。
ロングタイプのマスカラを重ね塗りして、瞼はナチュラルなピンクブラウンのアイシャドウパレットを使用してグラデーションさせる。青みピンクのチークを広範囲に淡く乗せて、ベリーレッドの口紅を中央だけに塗り、ベビーピンクのリップグロスを重ねて唇をツヤツヤにする。
髪は毛先だけ軽く巻いて、仕事の邪魔にならないようにポニーテルにさせる。前髪はストレートアイロンで軽くふんわりとさせて斜め分け。仕上げにスプレーを振りかけて完成。
でも、こんなに気合を入れているのに、今日の天気は雨だ。
きっと、お昼には髪が崩れる。湿気で髪が潰れてしまうし、メイクだって顔の中心からテカってしまうだろう。
お昼頃の自分を想像して少し凹みながらも、朝食を食べる為に食堂に向かう。
「香水、変えたのか?」
食堂で朝ご飯を受け取り、適当に空いている席に座った所であの人に声を掛けられた。
「はい。あ、もしかして匂いキツかったですか?すみません」
食事中に人工的な甘い香りがするのは迷惑だろう。次からはもう少し量を調節しなきゃ。
「いや、微かに香りがするだけだから気にすんな。それに、俺はその香り好きだぜ」
そう言いながら、志賀先生は私の向かいに座る。
「今日は、白樺派の皆さんで召し上がらないんですね?」
「まあな」
こういう時、志賀先生は私が聞かなくたって2人がいない理由を教えてくれるのに、今日は珍しく流された。
志賀先生と向き合って2人でご飯を食べるなんて珍しい。
志賀先生の側は、常にムシャ先生と有島先生がいるのに。
志賀先生のとてつもなく整った顔を見ながらご飯を食べる。
私、和食のマナー自信ないけど、綺麗にご飯食べられるかな…。
「なあ」
「はい?」
「あんまり見つめないでくれ。照れるだろ」
「え、あ、すみません!」
志賀先生がそっぽを向きながら頭をかく。無意識に見つめてしまっていたのか、反省。
でも、見つめられるほどに綺麗な顔をしている先生も悪い。
あ、志賀先生の顔が少し赤くなってる。
その後は特に何事もなく、志賀先生と2人で談笑しながら食事を終え、本日の助手である志賀先生と共に司書室へ向かう。
結局、ムシャ先生と有島先生に会うことはなかった。
志賀先生に書類仕事を半分任せて、私も業務に取り掛かる。
志賀先生が助手の日は、緊張してしまって困る。
品のない女だと思われたくなくて、制服は着崩さずにピシッと着たまま、姿勢は絶対に猫背にならないようにするし、脚もぴったりとくっつけているし、眠くなっても口元に手を当てて小さく欠伸をする。
因みに、普段は司書室に入った瞬間に動きにくいブレザーを脱ぎ捨てている。シャツの袖も捲っているし、第2ボタンまで開けて、棒タイも緩めて楽な格好になってから仕事に取り掛かっている。
ちらりと横目で何度志賀先生を見ても、先生はこちらなんて構うことなく仕事をしている。
私なんかとは違う、育ちの良さを感じさせる自然な姿勢。無意識のうちにそう振る舞っているんだろうけれど、私にはあんなに自然に綺麗に動くことは出来ない。
流石お坊っちゃんだなあ、なんて思う。
志賀先生が座っている机のすぐ横が窓で、やはり窓の外は酷く雨が降っている。
「雨だと外に出られなくて暇だよな」
志賀先生が、私の視線に気が付いたのか、顔を上げてこちらを見る。
「ですよね。
お気に入りの洋菓子店に行きたいのに、雨だと行く気になれないです」
「その店って、この前ムシャと行ったってところか?」
「はい」
「アンタが今度行く時、俺も連れて行ってくれないか」
「え、も、勿論です!」
「ありがとな」
突然、志賀先生とのデートが決まってしまった。
志賀先生が私に笑いかけてくれて嬉しすぎるし、一緒にお出掛け出来るなんていま死んだっていい。いや、死んだら出かけられないか。
マジか。ヤバい。ヤバいよう。
志賀先生とデートだよ!?緊張し過ぎて倒れないか心配だな…楽しみ。
テンションが上がってきたので、そのまま仕事を勢いに乗せて進める。
「終わったーあ!」
今日中に終わらすべき仕事を全て片付け、達成感から思いっきり伸びをする。
「お疲れさん」
「あっ」
志賀先生が助手で、この部屋で一緒に仕事をしていたことを忘れてしまっていた。慌てて私は姿勢を正す。
そんな私を見て、志賀先生が笑い、私の髪を撫でて、何故かそのまま何も言わずに司書室を出る。
私は、志賀先生が触れた場所を自分で触る。心臓が、煩い。
ところで、志賀先生はどちらに向かわれたのでしょう。
×××
「志賀、君は彼女の前では素を見せないのかい」
「あったりめーだろ」
「もう、素直になればいいのに」
「無理だっつーの」
「彼女の前で気を張り過ぎて、僕達の前ではだらしなさ過ぎだよ!ねえ、有島!」
「…まあ、上着とストールを脱いでぐしゃぐしゃにするのは良くないかな…。
紅茶の準備が出来たら彼女の所へ戻るのだろう?シワがついてしまうかもしれないよ」
「戻るけどよ、アイツ可愛すぎて1人で戻るの緊張するんだって。あとシワは確かにそうだな」
「志賀先生?」
×××
しばらく経っても志賀先生は戻って来なくて、私は志賀先生を探すことにした。
でも、お腹が空いて仕方がないので、腹ごしらえにと思って食堂に来たら、志賀先生がいた。志賀先生を探す旅は一瞬で終焉を迎えた。
ちなみに、朝はお会い出来なかったムシャ先生と有島先生もいた。
「志賀先生?」
声を掛けると、ギギギと壊れかけの機械のようにゆっくりと顔をこちらに向ける志賀先生。
そして、そんな彼を面白そうに見ているムシャ先生と、その隣の席でウトウトしている有島先生。
志賀先生は、先程までのかっちりとした服装ではなく。
上着とストールをムシャ先生達が座っている机の上に脱ぎ捨て、シャツのボタンを3つ開け袖もぐしゃっと適当に捲り上げている。
髪だって、邪魔だったのか右に全部流している。
普段見ている姿からは想像も出来ないくらいに、ラフな格好だ。
「はは、寒くなってきたかなああ~……」
こちらを見て固まっていた志賀先生が、ハッとして髪を手櫛で普段通りに戻してボタンを閉め、袖も元に戻してストールと上着を手に取る。
寒いらしいが、顔は赤いし汗もかいている。
「大丈夫ですか…?」
「あ、ああ!」
ムシャ先生が下を向いて震えている。
「そ、そうだ。マドレーヌがあるんだけど紅茶と一緒にどうだ?」
「え、食べたいです!」
「おう、いま準備するから座ってな」
ムシャ先生の隣に座ろうと、そちらに向かって歩き出したら、何故か何も無いのに躓く。
「わ、わっ」
「大丈夫ですか?」
『ヤバい、顔から床に着地する』と思ったのに、慌てて椅子から飛び上がったらしいムシャ先生が私を受け止めてくれた。
「ありがとうございます…!」
小柄に見えるのに、私よりも背が高くて。華奢に見えるのに、服の上からでも分かる男性らしい身体つきにドキリとした。
「気を付けてくださいね」
にっとりと笑うムシャ先生が眩しい。
パリーンッ
「「!?」」
背後で派手に何かが割れる音がして、慌てて振り返ると、志賀先生がソーサーを落としていた。
「わ、悪い」
「大丈夫ですか!?」
ムシャ先生から身体を離して、志賀先生に駆け寄る。
「…カッコ悪いからこっち見んな」
「え?」
しゃがみ込んで、割れたソーサーを片付けようとしたら、志賀先生がそう言った。
びっくりして顔を上げると、志賀先生は顔を逸らす。
「だらしない格好とか、ムシャとくっつくアンタを見て動揺してるような姿、アンタには見られたくないんだよ」
志賀先生が手で顔を隠す。
「私だって、伸びをしたり、何もないの所で躓く姿を見られて恥ずかしいですよ」
「は!?そんなのクソ可愛いじゃねーか!」
「え!?」
「あっ」
志賀先生が言い切ってから、とんでもない事を口にしたことに気が付いたのか赤面した。
「もー、志賀!そこまで言ったなら素直に…あ、外見て!晴れてる!」
ムシャ先生の声に反応して、私と志賀先生は窓の外を見る。
「本当だ!晴れてますね!」
「やっと雨が上がったか」
最近ずっと雨で、日を見るのは久しぶりだ。
「なあ」
「はい?」
「後で、約束してた洋菓子店行くか」
「はい、行きましょう!」
照れくさそうな志賀先生に、私は全力で頷く。
ねえ、お菓子まだー?というムシャ先生の声に私達はハッとして、ティータイムの準備にとりかかった。
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