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白樺派
ゆめうつつ
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特務司書として帝國図書館で日々働いている者達。
特務司書にも様々なタイプの者がおり、毎日図書館に定時に来館して業務が終了したら帰る者、学生生活等が忙しく週末にのみ来館する者、そして、住み込みで働く者。
彼女は、住み込みで図書館で働いていた。
外せない用事がある時にのみ図書館を空けるものの、それ以外は文豪と共に図書館で暮らしていた。
彼女はこの仕事が天職であると思っていた。
しかし、男性文豪の中で1人の女性特務司書。
外の世界には殆ど戻らない。
彼女の恋人が、この状況をよく思う筈がなかった。
「…」
特務司書は、手に持っていたスマホの電源を切ってベッドに投げた。
「…そりゃそうか」
そう呟くものの、彼女はやるせない気持ちになっていた。
日夜研究を重ね、文学を文豪と守り、甲斐甲斐しく働いていた。
いくら男性しか居ないとは言え、彼女はどの文豪とも特別な関係とはならなかった。
彼女は、ただ特務司書として日々働いていただけのつもりだったのだ。
それにもかかわらず、彼女の恋人が特務司書へ寄越したメッセージは、彼女の期待を大きく裏切るものであった。
大変な時、嬉しい時、あらゆる場面で恋人に早く会いたいと思った。
いつも彼を思い浮かべて仕事をしていた彼女にとって、軽過ぎる『別れよう』のメッセージはあまりにも辛すぎた。
今までの思い出と働きを否定されたような感覚と、薄くて軽い端末に送られた簡潔なメッセージに対する憤りを超えた無力感。
特務司書はスマホを持たぬまま、自室を出て司書室に籠る。
自室に居たら思わず涙が出てきそうだから、自らを泣けない状況に追い込む為に司書室でひたすらに仕事をすることにしたのだ。
「あれ、司書さんまた居ないの?」
夕食の時間に少し遅れてやって来た太宰治が辺りを見回しながら言う。
「確かに、またいねぇな」
「おっしょはん、飯の時間にはいっつもおるもんなあ」
太宰に続いて食堂内をキョロキョロとする無頼派。
ここの特務司書は、朝昼晩の食事の時間には業務が途中だとろうと中断して食堂に行くような人である。
それが、今日は朝から食堂に現れない。
食事の時間に特務司書と共に過ごすことが多い無頼派は、司書が居ないことを寂しく感じて居た。
「なあ、武者小路さん」
太宰は、白樺派が食事をしているテーブルへ向かう。太宰の天敵 志賀直哉もそこには居るが、それよりもここに司書が居ないことの方が重要であった。
「今日、助手でしたよね、司書さんは…」
「ああ、それが…今、志賀達にも話していたんですけれど、今日から暫く助手つけないからって今朝言われて、僕も朝しか司書さんに会えていないんですよ。
司書室には入らないようにって言われちゃって…」
「おっしょはん、何かあったんやろか」
「だからよー、ムシャ、司書に直接その理由を聞けって」
「むむっ志賀、僕が司書さんに怒られてもいいって言うのかい?」
「司書はムシャには甘いから怒んねーだろ。多分、何か事情があんじゃねぇか?」
「じゃあ俺が…!」
「今日の助手はあんたじゃなくてムシャだろ」
志賀に促されるまま、食事を終えた武者小路は司書室の前に行く。
緊張した面持ちで司書室に向かう友人を心配した志賀と有島は、談話室で武者小路の帰還を待つことにした。
「それにしても、司書さんが籠るなんて珍しいね。それも、助手がムシャさんの日に」
「だな、何時もは煩いくらい元気なのに。
ムシャもムシャで、大人しく司書室から出てくるとは思わなかったぜ」
「そうだね。…ところでこの紅茶、すごく美味しいね」
「ああ、それは司書に貰ったんだよ。白樺派のみなさんでどうぞってな」
「司書さんがくれた物なら、ムシャさんの分も残してるおかなきゃな…」
「そう言いながら、2杯目を飲むお前のこと嫌いじゃないぜ」
「ふふ、ムシャさんばかりに優しくしているのを見ていると、羨ましいと思ってしまうよ」
「…まぁな」
コンコン
「司書さん、僕です。入りますよ?」
司書室の扉をノックするものの、返事がないので武者小路はそのまま司書室へと入る。
「…司書さん?」
司書は、電気もつけたまま机に伏せて寝ていた。
「こんな所で寝たら風邪を引いてしまいますよ?」
彼は自分の上着を脱いで司書の肩に掛ける。
「…あ」
上着を肩に掛ける際に、彼は司書が眠りながらも手に持っていた物を見てしまった。
ハッとして、彼は司書の顔を見る。
「…涙の跡」
司書の頬に残る涙の跡と、目を瞑っていても分かる腫れた目と赤くなっている鼻。
見たことのない、司書の泣いたであろう姿。
そして、その手に持つ彼の知らない男と司書が仲良く笑っている写真。
聡い武者小路は、司書に何があったのか、どうして助手をつけず司書室へと入らせないようにしたのか、どうして食堂にも現れなかったのか、全てを理解してしまった。
泣いていたであろう彼女の側を離れるのは躊躇われたが、彼は物音を立てないようにして司書室を出る。
そして、全力で走って友人が待つ談話室へと向かう。
「志賀!有島!」
「なんだムシャ、そんなに大声出して」
「ムシャさん、司書さんに何かあったの?」
「詳しくは言えないけど、とにかく司書さんの為に晩御飯作って!」
「ん?ああ、わかった」
「なるべく消化にいい食べやすいものでね!頼んだよ!僕は司書室に戻るからね!」
それだけ言い残すと、彼はまた走って司書室へと戻る。
そして司書室の前まで行くと、深呼吸をして乱れた呼吸を元に戻す。
そっと部屋の中に入り、音を立てないように机のすぐ側にあるソファに腰掛ける。
司書は眠り続ける。
もしかしたら、明日の朝まで司書は起きないかもしれない。
けれども、後先考えずに友人に司書の晩御飯を作ることを頼んでいた。
司書はきっと今日中に起きると思っていた。
彼は、眠る司書の顔を見る。
『自分なら、司書さんを泣かせることなんてしないのに』
自分の大切な司書を泣かせる写真の男を憎らしく思った。
それから15分程して、司書が目覚めたらしく小さい声で呻きながらゆっくりと顔を上げた。
武者小路は、ごく自然に笑った。
「おはようございます、司書さん」
「…え?」
寝起きの司書が赤い目を見開く。
「どうして…」
「司書さんが晩御飯にも来ないから、心配して来ちゃいました」
そう言った瞬間、司書室の扉が叩かれる音がした。
彼は、タイミングが完璧な自分の友人を益々誇らしく思った。
「は、はい」
司書が驚きつつも返事をすると、そこには彼の思い浮かべた通りの、1人分にちょうどいい大きさである小ぶりの土鍋を持った志賀と、飲み物を持った有島が立っていた。
「おはよう、司書さん」
「飯、作って来たぜ」
「珍しく僕も志賀君の料理を手伝ってみたんだ」
「え、あ…志賀さんも有島さんも、ありがとうございます」
「ほら、そんな書類の散らかった机じゃなくて、こっちで食べろよ?」
「じゃあ、僕たちはこれで」
志賀と有島は、武者小路が座っているソファの前にある机に、持参した司書の為の晩御飯を置いて部屋から出て行った。
「司書さん、食べましょう」
「…」
「美味しい物食べなきゃ、元気も出ないですよ!」
武者小路が笑うと、司書はゆっくりと武者小路の隣に座る。
「…美味しそう。いただきます」
わけもわからず夕食作りを任された志賀は、細かく刻まれた野菜がたくさん入ったうどんを作って来ていた。
丸1日何も口にしていない司書の胃にも重くない食べ物だ。
武者小路は、ゆっくりとゆっくりと食べ進める司書を眺めていた。料理上手な志賀が作ったとは言え、司書は失恋のショックで食事がなかなか喉を通らない。時間を掛けて半分近く食べた彼女を見て、彼は声を掛ける。
「司書さん、温まりましたか?」
「はい…ムシャさんも、志賀さんも、有島さんも、ありがとうございます」
武者小路は、司書の手を握る。
初めて、彼女に触れた瞬間だった。
「ゆっくりで構いません。
だから、僕に何があったのか話して貰えませんか?」
「…」
「僕達は、司書さんが居なきゃ何も出来ません。司書さんに元気になって欲しい」
じっと彼女の目を見つめる。
「………私、3年くらい付き合っていた恋人が居たんです」
また、彼女の目が潤む。
「最近、私が向こうの家に帰らないから会えていなくて。
私は、仕事が一段落ついたら休暇申請をして帰ろうと思っていたので、彼と会えるのを楽しみに仕事をしていたんですけれど、彼は違っていて。
私を置いて、新しい恋人を作ったから…別れて欲しいって」
武者小路は、彼女を捨てるような男がいることがやはり信じられなかった。
不器用だが素直で優しい、彼の自慢の特務司書だ。
不謹慎かもしれないが、そのような男と司書が別れてくれたことを寧ろ良いことだとさえ思った。
「…公私混同甚だしいですけれど、それで今日は1人でいたくって。仕事に没頭すれば、彼のことを忘れられると思ったんです。
けれど、仕事に身が入らず、ずっと彼のことを考えていました。
仕事を怠って自分のことしか考えないなんて、司書失格です」
彼女の頬を、一筋の涙が伝った。
「司書失格なんて、あり得ません」
武者小路は人差し指で司書の涙を拭って、司書をやさしく抱き締める。
「え…っ」
「僕に話すのも辛かったですよね、すみません。
でも、司書さんは僕の自慢の司書さんです。
今は辛いかもしれません。けど、僕達が、いや、僕が司書さんを絶対に幸せにします!」
そう言って武者小路は司書から身を離し、両手を握って笑いかける。
「ふふっ、それ、なんだかプロポーズみたいですね」
司書が笑う。
「あながち、間違ってないですね」
「?」
「僕は、ずっと司書さんのことが大好きでしたから」
「な…」
ただでさえ目と鼻が赤かったのに、顔全体まで赤くする司書が可愛らしくて、武者小路はまた司書を抱き締めた。
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特務司書にも様々なタイプの者がおり、毎日図書館に定時に来館して業務が終了したら帰る者、学生生活等が忙しく週末にのみ来館する者、そして、住み込みで働く者。
彼女は、住み込みで図書館で働いていた。
外せない用事がある時にのみ図書館を空けるものの、それ以外は文豪と共に図書館で暮らしていた。
彼女はこの仕事が天職であると思っていた。
しかし、男性文豪の中で1人の女性特務司書。
外の世界には殆ど戻らない。
彼女の恋人が、この状況をよく思う筈がなかった。
「…」
特務司書は、手に持っていたスマホの電源を切ってベッドに投げた。
「…そりゃそうか」
そう呟くものの、彼女はやるせない気持ちになっていた。
日夜研究を重ね、文学を文豪と守り、甲斐甲斐しく働いていた。
いくら男性しか居ないとは言え、彼女はどの文豪とも特別な関係とはならなかった。
彼女は、ただ特務司書として日々働いていただけのつもりだったのだ。
それにもかかわらず、彼女の恋人が特務司書へ寄越したメッセージは、彼女の期待を大きく裏切るものであった。
大変な時、嬉しい時、あらゆる場面で恋人に早く会いたいと思った。
いつも彼を思い浮かべて仕事をしていた彼女にとって、軽過ぎる『別れよう』のメッセージはあまりにも辛すぎた。
今までの思い出と働きを否定されたような感覚と、薄くて軽い端末に送られた簡潔なメッセージに対する憤りを超えた無力感。
特務司書はスマホを持たぬまま、自室を出て司書室に籠る。
自室に居たら思わず涙が出てきそうだから、自らを泣けない状況に追い込む為に司書室でひたすらに仕事をすることにしたのだ。
「あれ、司書さんまた居ないの?」
夕食の時間に少し遅れてやって来た太宰治が辺りを見回しながら言う。
「確かに、またいねぇな」
「おっしょはん、飯の時間にはいっつもおるもんなあ」
太宰に続いて食堂内をキョロキョロとする無頼派。
ここの特務司書は、朝昼晩の食事の時間には業務が途中だとろうと中断して食堂に行くような人である。
それが、今日は朝から食堂に現れない。
食事の時間に特務司書と共に過ごすことが多い無頼派は、司書が居ないことを寂しく感じて居た。
「なあ、武者小路さん」
太宰は、白樺派が食事をしているテーブルへ向かう。太宰の天敵 志賀直哉もそこには居るが、それよりもここに司書が居ないことの方が重要であった。
「今日、助手でしたよね、司書さんは…」
「ああ、それが…今、志賀達にも話していたんですけれど、今日から暫く助手つけないからって今朝言われて、僕も朝しか司書さんに会えていないんですよ。
司書室には入らないようにって言われちゃって…」
「おっしょはん、何かあったんやろか」
「だからよー、ムシャ、司書に直接その理由を聞けって」
「むむっ志賀、僕が司書さんに怒られてもいいって言うのかい?」
「司書はムシャには甘いから怒んねーだろ。多分、何か事情があんじゃねぇか?」
「じゃあ俺が…!」
「今日の助手はあんたじゃなくてムシャだろ」
志賀に促されるまま、食事を終えた武者小路は司書室の前に行く。
緊張した面持ちで司書室に向かう友人を心配した志賀と有島は、談話室で武者小路の帰還を待つことにした。
「それにしても、司書さんが籠るなんて珍しいね。それも、助手がムシャさんの日に」
「だな、何時もは煩いくらい元気なのに。
ムシャもムシャで、大人しく司書室から出てくるとは思わなかったぜ」
「そうだね。…ところでこの紅茶、すごく美味しいね」
「ああ、それは司書に貰ったんだよ。白樺派のみなさんでどうぞってな」
「司書さんがくれた物なら、ムシャさんの分も残してるおかなきゃな…」
「そう言いながら、2杯目を飲むお前のこと嫌いじゃないぜ」
「ふふ、ムシャさんばかりに優しくしているのを見ていると、羨ましいと思ってしまうよ」
「…まぁな」
コンコン
「司書さん、僕です。入りますよ?」
司書室の扉をノックするものの、返事がないので武者小路はそのまま司書室へと入る。
「…司書さん?」
司書は、電気もつけたまま机に伏せて寝ていた。
「こんな所で寝たら風邪を引いてしまいますよ?」
彼は自分の上着を脱いで司書の肩に掛ける。
「…あ」
上着を肩に掛ける際に、彼は司書が眠りながらも手に持っていた物を見てしまった。
ハッとして、彼は司書の顔を見る。
「…涙の跡」
司書の頬に残る涙の跡と、目を瞑っていても分かる腫れた目と赤くなっている鼻。
見たことのない、司書の泣いたであろう姿。
そして、その手に持つ彼の知らない男と司書が仲良く笑っている写真。
聡い武者小路は、司書に何があったのか、どうして助手をつけず司書室へと入らせないようにしたのか、どうして食堂にも現れなかったのか、全てを理解してしまった。
泣いていたであろう彼女の側を離れるのは躊躇われたが、彼は物音を立てないようにして司書室を出る。
そして、全力で走って友人が待つ談話室へと向かう。
「志賀!有島!」
「なんだムシャ、そんなに大声出して」
「ムシャさん、司書さんに何かあったの?」
「詳しくは言えないけど、とにかく司書さんの為に晩御飯作って!」
「ん?ああ、わかった」
「なるべく消化にいい食べやすいものでね!頼んだよ!僕は司書室に戻るからね!」
それだけ言い残すと、彼はまた走って司書室へと戻る。
そして司書室の前まで行くと、深呼吸をして乱れた呼吸を元に戻す。
そっと部屋の中に入り、音を立てないように机のすぐ側にあるソファに腰掛ける。
司書は眠り続ける。
もしかしたら、明日の朝まで司書は起きないかもしれない。
けれども、後先考えずに友人に司書の晩御飯を作ることを頼んでいた。
司書はきっと今日中に起きると思っていた。
彼は、眠る司書の顔を見る。
『自分なら、司書さんを泣かせることなんてしないのに』
自分の大切な司書を泣かせる写真の男を憎らしく思った。
それから15分程して、司書が目覚めたらしく小さい声で呻きながらゆっくりと顔を上げた。
武者小路は、ごく自然に笑った。
「おはようございます、司書さん」
「…え?」
寝起きの司書が赤い目を見開く。
「どうして…」
「司書さんが晩御飯にも来ないから、心配して来ちゃいました」
そう言った瞬間、司書室の扉が叩かれる音がした。
彼は、タイミングが完璧な自分の友人を益々誇らしく思った。
「は、はい」
司書が驚きつつも返事をすると、そこには彼の思い浮かべた通りの、1人分にちょうどいい大きさである小ぶりの土鍋を持った志賀と、飲み物を持った有島が立っていた。
「おはよう、司書さん」
「飯、作って来たぜ」
「珍しく僕も志賀君の料理を手伝ってみたんだ」
「え、あ…志賀さんも有島さんも、ありがとうございます」
「ほら、そんな書類の散らかった机じゃなくて、こっちで食べろよ?」
「じゃあ、僕たちはこれで」
志賀と有島は、武者小路が座っているソファの前にある机に、持参した司書の為の晩御飯を置いて部屋から出て行った。
「司書さん、食べましょう」
「…」
「美味しい物食べなきゃ、元気も出ないですよ!」
武者小路が笑うと、司書はゆっくりと武者小路の隣に座る。
「…美味しそう。いただきます」
わけもわからず夕食作りを任された志賀は、細かく刻まれた野菜がたくさん入ったうどんを作って来ていた。
丸1日何も口にしていない司書の胃にも重くない食べ物だ。
武者小路は、ゆっくりとゆっくりと食べ進める司書を眺めていた。料理上手な志賀が作ったとは言え、司書は失恋のショックで食事がなかなか喉を通らない。時間を掛けて半分近く食べた彼女を見て、彼は声を掛ける。
「司書さん、温まりましたか?」
「はい…ムシャさんも、志賀さんも、有島さんも、ありがとうございます」
武者小路は、司書の手を握る。
初めて、彼女に触れた瞬間だった。
「ゆっくりで構いません。
だから、僕に何があったのか話して貰えませんか?」
「…」
「僕達は、司書さんが居なきゃ何も出来ません。司書さんに元気になって欲しい」
じっと彼女の目を見つめる。
「………私、3年くらい付き合っていた恋人が居たんです」
また、彼女の目が潤む。
「最近、私が向こうの家に帰らないから会えていなくて。
私は、仕事が一段落ついたら休暇申請をして帰ろうと思っていたので、彼と会えるのを楽しみに仕事をしていたんですけれど、彼は違っていて。
私を置いて、新しい恋人を作ったから…別れて欲しいって」
武者小路は、彼女を捨てるような男がいることがやはり信じられなかった。
不器用だが素直で優しい、彼の自慢の特務司書だ。
不謹慎かもしれないが、そのような男と司書が別れてくれたことを寧ろ良いことだとさえ思った。
「…公私混同甚だしいですけれど、それで今日は1人でいたくって。仕事に没頭すれば、彼のことを忘れられると思ったんです。
けれど、仕事に身が入らず、ずっと彼のことを考えていました。
仕事を怠って自分のことしか考えないなんて、司書失格です」
彼女の頬を、一筋の涙が伝った。
「司書失格なんて、あり得ません」
武者小路は人差し指で司書の涙を拭って、司書をやさしく抱き締める。
「え…っ」
「僕に話すのも辛かったですよね、すみません。
でも、司書さんは僕の自慢の司書さんです。
今は辛いかもしれません。けど、僕達が、いや、僕が司書さんを絶対に幸せにします!」
そう言って武者小路は司書から身を離し、両手を握って笑いかける。
「ふふっ、それ、なんだかプロポーズみたいですね」
司書が笑う。
「あながち、間違ってないですね」
「?」
「僕は、ずっと司書さんのことが大好きでしたから」
「な…」
ただでさえ目と鼻が赤かったのに、顔全体まで赤くする司書が可愛らしくて、武者小路はまた司書を抱き締めた。
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