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白樺派
ゆめうつつ
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「王子様だ」
煌びやかで、格好良くて、心に響く落ち着いた声で、面倒見のよい兄貴肌。
本物の王子様の様だ。
前方不注意でよく人や物にぶつかるのも、自転車の整備の為に、その整った顔や手や衣服が汚れてしまうのも、全てが愛おしい。
小さい頃に読んで貰った絵本に出てくる様な、理想の王子様。
勿論他の文豪だって、それぞれ素敵な所がある。
優しかったり、少し不器用だったり、自信家だったり、天邪鬼だったり。
けれどもその中でも、私は志賀先生が恋しくてならない。
いっそ想いを伝えてしまったら楽になるのではないか。
そう思う事も多々あった。
けれどそんな事をしてしまっても、私以外の誰も良い思いをしない。
迷惑がられるかもしれない。司書として失格だと言われるかもしれない。
今を生きている人間と、一度その人生を終えたにも関わらず転生されてしまった文豪。
想いが通じる事は有り得ない。
死者を転生させるという倫理上問題のある事をしてしまったのだから、私には地獄に堕ちる未来しか用意されていない。
最低な事を『この時代の図書館の危機だから』という身勝手な理由で平然と行っている。
そんな私が志賀先生と結ばれるなどという事はあってはならぬのだ。
「今日の分の報告書、ここに置いとくからな」
「ありがとうございます、志賀先生」
好きで好きで堪らなくて、あまり側にいたらつい想いを伝えてしまいそうになるから、近くには居たくないのに。
それなのに私は志賀先生を会派筆頭にしている。
会派筆頭になれば、有碍書に潜書した際にその時の状況についての報告書を提出して貰わなくてはならない。
本当ならば、潜書して疲れている文豪の皆様には十分に休んで頂きたいのだが、本の中には私は入る事が出来ない。詳細についてはどうしても文豪の皆様に報告書を書いて貰わなくてはいけないのだ。
会派筆頭になった方が報告書を作成・提出するのだから、志賀先生を会派筆頭から外せば私は彼に会わなくて済む。
しかし私は、
『あまり近くに居られると可笑しくなってしまいそうだが、ずっと会わなかったら寂しいから』
そんな身勝手な理由で、会派筆頭を押し付けている。
本当ならば、助手だって頼みたい。
しかし助手として志賀先生が1日中側に居たら、私は司書の仕事が何も出来なくなるくらいに志賀先生を観察してしまいそうだ。
恋は盲目過ぎて困る。
「じゃ、後は頼んだぜ」
「はい、任せてください」
志賀先生は報告書をテーブルに置くと、椅子に座って仕事をしている私の頭をポンっとして微笑んでから司書室を出た。
小説の神様が私の様な人間に気軽に触れて良いのか分からないが、嬉しくて思わず私も笑顔になってしまう。
神様に触れられたから、何かご利益が有りそうだ。・・・なんてね。
-翌日-
「司書さん…」
朝から普段通りに仕事をこなしていると、今日の助手である徳田先生が声を掛けてきた。
「徳田先生、おはようございま…大丈夫ですか!?」
徳田先生は、真っ赤な顔をしてふらふらと覚束ない足取りで私の方へ歩んで来た。
「大丈夫…ちょっと熱っぽいだけ…あっ」
徳田先生は、そのまま床に倒れた。
「徳田先生ー!?
私、助けを呼んで来ますから動かないでくださいよ!」
徳田先生をその場に残し、私は助けを求めて廊下へ飛び出した。
有碍書に潜書して身体が傷付いた訳ではないから洋墨を使って補修して治るものではなさそうだ。
文豪も風邪を引いたり、体調を崩したりするのかな。それならば皆さんにもっと休んで頂かないと。
「あ、志賀先生ー!!」
「ん?」
丁度食堂に向かって歩いている志賀先生を見付け、大声で叫んで呼び止める。
「志賀先生、徳田先生が!!とにかく来てください!」
私は志賀先生の手を掴んで司書室に向かって走り出す。
「徳田先生!志賀先生連れて来ましたよ!」
司書室に戻り、目が回っている徳田先生に声を掛ける。
「あーあ…顔が赤いな、風邪か?こいつの部屋に運んだのでいいか?」
「はい、お願いします!」
志賀先生は、徳田先生を抱えて徳田先生の部屋へと向かう。
「私、森先生呼んで来ますね!」
コンコン
「も・・・林太郎先生!!司書です!」
「その呼び方をすると言うことは、治療が必要かな」
森先生の部屋を訪ね、徳田先生が倒れた事を手短に話す。
徳田先生の部屋に林太郎先生と向かうと、既に志賀先生が徳田先生を寝台に寝かせてくれていた。
「おや、これは風邪だろうか。診察はしておくから彼の為に飲み物を準備してあげてくれ」
「わかりました!」
私は食堂に向かい、冷蔵庫からスポーツドリンクとお水を出して徳田先生の部屋に戻った。
「森先生が薬出しといてくれたぜ」
「あ、分かりました。
志賀先生もありがとうございました!助かりました…」
部屋に戻ると既に診察を終えた林太郎先生が薬を処方してくれており、先生は自室へ帰ったようだ。
その間、志賀先生が部屋で私を待ってくれていたらしい。
「徳田先生、今日はゆっくり休んで下さいね。
いつも無理を言って何度も潜書を頼んでしまってすみません…」
私は、すやすやと眠る徳田先生に声を掛けた。
「なあ、司書」
「はい?」
すると、志賀先生に声を掛けられた。
「徳田先生が寝込んじまったっつーことは、今日の助手が居ないんじゃねーか?」
「あっ」
「…俺、やろうか?」
「えっ」
志賀先生が、真っ直ぐに目を見て言う。
「助手の経験はねぇが、ここまで来たんだし俺がやるよ」
「いいんですか?」
「勿論」
「あ…ありがとうございます!」
緊張で思わず声が裏返った。
志賀先生が本日の助手となった。
私の心臓は、持つだろうか。
「うわ、いつもこの量の仕事を徳田先生と2人でこなしてんのか!?」
「はい、徳田先生には負担を掛け過ぎてしまいました…。
徳田先生はお優しい方ですから、私もその好意に甘えてしまって、助手のお仕事に加えて第1会派の会派筆頭まで…」
「助手は1人しか選べねーってのも問題だよなあ」
「あ、今は仕事が多いんですけど、私の司書としての初期任務が終われば仕事の量は減るらしいので、皆さんにもっと休んで貰えますよ!」
志賀先生と2人きりの司書室で、お喋りしながら仕事をする。
志賀先生が助手になるのは初めてだから、助手のお仕事を1つ1つ説明しながら。
いつも徳田先生に助手を任せっきりで、今日みたいな日に困る事に気が付いたので、これからは他の先生方にも少しずつ助手を任せてみよう。
今日の仕事は、志賀先生とゆっくり進めるので、図書館が開いている内には量をこなせない。
残った仕事は徹夜覚悟で私が仕上げる事に決めた。
居なくなって、徳田先生の有り難みが良く分かる…。
徳田先生はとても器用な方で、仕事を直ぐに覚えてすぐにどんどんと仕事をこなしていってくれていたのだ。
特に、私の苦手な英語混じりの政府からの報告書等については、徳田先生に翻訳して頂いていた。
1日の仕事の半分近くを手伝って頂いた上に、第1会派のメンバーとして有碍書に潜書して頂いて。
そりゃ体を壊して熱を出したり、過労で倒れたりするよね。私は、徳田先生に無理を強いていたみたいだ。
徳田先生には、元気になって貰ったら特別に何かしてあげたいな。お休みいっぱいあげるとか、望む物を何でも。
「なあ」
「はーい?」
自分の業務の為の資料を探していると志賀先生に呼ばれた。
「わっ」
「おお、わりぃ」
振り返ると目の前に、志賀先生の美しいお顔があった。
「す、すみませんん!」
私は慌てて志賀先生と距離を取る。
「…どうしましたか?」
「顔真っ赤だぜ?」
「もー、志賀先生の所為ですよ!」
志賀先生が悪戯っぽく笑うので、私の心臓は今にも爆発しそうな程にドクドクと鼓動している。
あまりに綺麗な顔で、私には眩しい。
ああ、本当に王子様のようだ。
「…これなんだけどよ」
志賀先生が、私に向かって1冊の手帳を渡してきた。
「え!?」
ああ、この世の終わりだ。
私はもう志賀先生に合わせる顔がない。
「…アンタの日記か?」
「………………………はい」
私の日記が、何で志賀先生の手の中にあるの。
「…」
「…ごめんなさ~い…」
志賀先生が私に差し出したのは、私の日記だった。
政府に報告するような内容ではない、日々の図書館での生活について綴ったものだ。
勿論、文豪の皆様についても記してある。
「なっ、泣くなって!な?
そんなに中身読んでねーから!」
「志賀せんせぇ…ごめんなさいい」
恥ずかし過ぎて、申し訳無さすぎて、涙が出てくる。
志賀先生の目の前で泣くなんて、無様な事をしたくないのに涙は止まらない。
罪悪感と恥ずかしさで消えたい。
「ほら」
「あああ、ありがとうございます…志賀先生の匂いがする~…」
「バッ、そんな恥ずかしいこと言うなっての!」
目の前で少しうろたえる志賀先生。
先生もこんな顔するんだ、新発見。またときめいてしまう。
志賀先生は自身の上着を脱ぎ、私に掛けてくれた。
うん、志賀先生の匂いがする。
やる事なす事、かっこよすぎる。ますます好きになってしまう。
徳田先生の事を、『今まで知らなかった。天邪鬼に見えて優しい人だ。頼りになる。今度、本読みますね』
泉先生の事を、『徳田先生と仲が悪いように見えて、本当は徳田先生の事を気に掛けてる優しい人。司書になる前に本を読んだ。難しかったからもう一回読み直そうと思う。』
中原先生の事を、『高校の教科書に出て来た、メルヘンな人。中原先生の詩、好き。図書館のイベントとして読み聞かせとかお願いできないかな?』
そして、志賀先生の事を
『好き。とにかく好き。理想の王子様!好き過ぎる。イケメン。武者先生と仲良くしてる姿が可愛い。好き過ぎて近寄れない、でも近くに居てほしい!好き~!!!』
ザッと日記に書いて有ることを思い出しただけでも震える。
志賀先生について『好き』と書いた記憶しかない。
勿論、国語の時間に志賀先生の作品を取り扱ったし、歴史の時間には白樺派の事だって勉強した。
「その…、ありがとな」
「え?」
志賀先生の思わぬ言葉に、顔を上げる。
「司書に好きって言われて、困る奴なんていねーよ」
少し赤い顔で笑ってくれた。
「かっこよ…。あのね、志賀先生。
私、勿論志賀先生の作品も読みましたよ!」
「あ、そうなのか?俺についてだけ作品に触れられてないから、俺のこと知らねーとかと」
「そんなわけないじゃないですか!」
驚いた顔をする志賀先生に必死で反論する。
『小僧の神様』だって『城の崎にて』だって読んだよ!国語の授業の時間にだけど…。
「王子様つったら、有島もムシャもいるけど?」
「武者先生も有島先生もキラキラしてて王子様みたいですよ。
でも、私の中での理想の王子様は志賀先生なんですよ!」
ニヤニヤしながら聞く志賀先生。
日記を見られたし、本音を隠す必要もないので素直に答える。恥ずかしい。
「うーん、王子様か…」
「?」
志賀先生が何か考え込んでいる。
「…俺と踊ってくれませんか、お姫様?」
「!?」
急に跪き、そう言って片手を私に向かって差し出す志賀先生。
その姿は、本当に本物の王子様のようだ。
あまりの眩しさに頭がクラクラする。
ああ、本当に、本当に、
「…志賀先生、好き」
思わず呟いた。
次の瞬間、抱き締められる感覚がして、私の記憶はここで途絶えた。
×××
その翌日、徳田の体調は回復したが、司書の様子があまりにもおかしかったので図書館は臨時休館日となった。
全てを知っている志賀は、機嫌良さそうに司書の部屋に入って行った。
彼女の愛に応えるため、手にいっぱいの花束を持って。
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