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自然主義
ゆめうつつ
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司書室の掃除を頼まれたから、簡単に彼女の机の上も片付けてしまおうと思った。
相変わらずごちゃつきがちな彼女の机上に、懐かしい表情を写した写真があった。
「…そうか、もう1年になるのか」
70年以上前に『僕』は死んだ。
長い長い間眠っていたところを突然叩き起こされて、戦えだなんて言われて。
久し振りに鏡花に会って驚いたけれど、ボロボロになった僕の姿を見られたのは少し複雑な気分になった。
文学が人々の記憶から消えてしまうだなんてことは許さない。それが僕の作品ではなくても。
だから、戦うことに躊躇いはない。怪我をすると痛いし、耗弱や喪失になったときは二度と潜書なんてするかと思うけれど、それでも僕は、僕たちは、文学の為に本の中に潜り続けるだろう。
1年前の君との出会いは最悪だった。
突然、意味の分からないことを告げられたからね。それに、君は僕のことを知らないと言ったから。嘘をついて「徳田先生のことは勿論知ってます!」なんて言われる方が嫌だけど、思ったより令和の世で僕の名前が知られていないことは少し残念だった。
頼りなさげな少女と、筋骨隆々な男性、喋る猫という不安要素しかない図書館で1年もよくやってるよね。
この1年で多くの仲間と出会ったのに、未だに君が僕を1番信用してくれていることは本当は嬉しいんだ。
だから、こうして今も面倒なのに君の汚い机を片付けているんだよ。
「面倒ごとはごめんだけど、君のためなら手伝ってしまう。…不思議だね」
手に持っていた写真立てを机の上に戻し、机をある程度綺麗な状態にする。
去年の僕は、不機嫌な顔だね。
×××
「おお秋声」
「館長さん、この時間帯に出てくるのは珍しいですね」
「まあな。ところで今日は彼女の就任1年記念日なんだ。夜にサプライズでお祝いをするからそのつもりで」
「ほかのみんなには伝えてるの?」
「ああ、さっき図書館で会った奴には伝えてある」
「彼女には?」
「伝えたらサプライズにならんだろう。彼女が食堂に来た瞬間にみんなでクラッカーを鳴らすから、夕飯は早めに食堂に来てくれ」
「わかりました」
館長さんは用件を伝えると、次の文士を捕まえるために中庭に走っていった。
彼女にバレないように彼女より早く全員が食堂に集まるなんて至難の技だと思うけど…。
×××
「せーの!おっしょはーん!おめでとー!!」
「え、ええっ!?何!?」
「おめでとう司書さん」
「おめでとう!」
「いつもありがとう司書さん!」
「ほら飲め飲めー!」
「甘味もありますよ」
「久し振りのブルーフードは如何ですか?」
「光さん、ボクはお肉よりお野菜が…」
「ダメだよ、賢治さん」
「司書さん、いつもありがとうございます」
司書さんが来る前に食堂に集まっていた僕たちは、館長の合図で一斉にクラッカーを鳴らして食堂に来た司書さんを祝った。
50本近いクラッカーが一斉に鳴り響く音は凄まじく、司書さんは勿論、僕たち準備した側も耳が痛くなった。
まったく…誰だよ、全員でクラッカー鳴らすって決めたのは!
「うぅ、耳が痛いよ…」
「ムシャ、大丈夫か?」
あまりに大きい音に驚いて、耳を押さえつつ差し出されたご馳走を口に入れる司書さん。
ああ、島崎!無理やり彼女の口に唐揚げを詰め込むんじゃない!
「今日で君がこの図書館に来て1年だ。
だからみんなでお祝いしようと思ってな」
「あ、館長まで来てくださったんですね。
え、そうでしたっけ、1年か…早いですね」
「みんなに向けて何か一言頼む」
「ええ、そんないきなり…コホン。
みなさん、お祝いありがとうございます!いきなりクラッカーが部屋中に鳴り響いたので驚いちゃいました。
私が1年間、この図書館で毎日楽しく生活出来ているのは皆さんのお陰です!こちらこそありがとうございます!
…これからも無理を言ってご迷惑をお掛けすることもあると思います。でも、皆さんのお力を貸しください。本当にいつもありがとうございます、そしてこれからもよろしくお願いします」
頭を下げた彼女の側で、誰よりも嬉しそうに笑う彼がいた。
1年前は僕と彼だけがここに居たんだと思うと、なんだか泣きそうになった。
「よし、飲むか!」
「ほどほどにしとけよー」
「司書さんもこっちにおいでよ!」
「ご馳走すっごく美味しそうです!さっき口に入れられた唐揚げも美味しかったです!」
「ケーキは俺が作ったんだぜ」
×××
煩い宴会はあまり得意じゃないから、僕は早々に切り上げて司書室で彼女を待つ。
きっと、彼女はここに戻って来るから。
彼女が普段座って仕事をしている椅子に腰掛ける。ふわふわのクッションが置かれた椅子に座ると、昼間に手に取っていた写真が目に付く。
カチャリ
ほら、扉が開く音がした。彼女だ。
「お疲れ様」
「あ、徳田先生…」
「顔が赤いね、お酒は得意じゃないの?」
「嗜む程度なので…」
「お水注ぐね」
「あ、ありがとうございます」
「今日は騒がしかったね。みんないつも以上に嬉しそうだった」
「私の知らないところで企画してくださったんだと思うと、胸がいっぱいになります」
「僕たちは君の図書館に来たから毎日楽しいんだ、最高の宴会にしようとみんな躍起になってたよ」
「嬉しいですね、幸せです…」
「あのさ」
「はい?」
顔の赤い司書さんに向き合う。
「さっきみんなで写真を撮っただろう?」
「はい」
「1年前は館長と猫と君と僕と彼だけだったじゃないか。だから、4人と猫でまた去年と同じ構図で写真を撮りたいんだ…」
今日の昼に偶然、1年前の写真を見て、また今年も撮りたいと思った。1年経つとどんなに表情は変わるだろう。どんなに風景は変わるだろう。
いつか僕たちの戦いが終わっても、記録に残るように僕たちの写真を残していこう。
「ぜひ撮りましょう!私、酔ってて去年のより顔が赤いですけど、館長達呼んで来ます!」
「え、あ…」
一瞬で司書さんが司書室を飛び出した。
酔ってるのになんでそんなに走るのが早いんだ。
×××
「秋声がそんな提案するなんてな」
「なんだよ…」
「いや、俺は嬉しいよ」
館長が藤色の扇子で僕の顔を仰ぐ。
「ほら、さっさと並べよな。あんまモタモタすると撮影料撮るぞ!」
「えー、この写真だと、徳田さんの左隣に館長で、館長の右肩に猫さんがいますね」
「あ、君はそこで。僕と君で司書さんを挟んで立とう」
「じゃあ撮るぞー!はーい…」
×××
アカに1枚多く現像して貰った写真を、自室の机の上に飾る。
まずは1年。けれど、まだまだこれからだ。
館長も猫も、初期文豪の僕たち2人も、そして鏡花や紅葉先生を始めとしたほかの文豪も、司書さんの味方だ。
辛いことがあったら1人で抱え込まなんでくれよ。君が僕たちに尽くしてくれるように、僕たちも君に恩返しがしたいのだから。
明日の助手も僕だった気がする。
寝坊しないでね、君を起こすのは大変だからさ。
おやすみなさい、司書さん。
また明日。
.
相変わらずごちゃつきがちな彼女の机上に、懐かしい表情を写した写真があった。
「…そうか、もう1年になるのか」
70年以上前に『僕』は死んだ。
長い長い間眠っていたところを突然叩き起こされて、戦えだなんて言われて。
久し振りに鏡花に会って驚いたけれど、ボロボロになった僕の姿を見られたのは少し複雑な気分になった。
文学が人々の記憶から消えてしまうだなんてことは許さない。それが僕の作品ではなくても。
だから、戦うことに躊躇いはない。怪我をすると痛いし、耗弱や喪失になったときは二度と潜書なんてするかと思うけれど、それでも僕は、僕たちは、文学の為に本の中に潜り続けるだろう。
1年前の君との出会いは最悪だった。
突然、意味の分からないことを告げられたからね。それに、君は僕のことを知らないと言ったから。嘘をついて「徳田先生のことは勿論知ってます!」なんて言われる方が嫌だけど、思ったより令和の世で僕の名前が知られていないことは少し残念だった。
頼りなさげな少女と、筋骨隆々な男性、喋る猫という不安要素しかない図書館で1年もよくやってるよね。
この1年で多くの仲間と出会ったのに、未だに君が僕を1番信用してくれていることは本当は嬉しいんだ。
だから、こうして今も面倒なのに君の汚い机を片付けているんだよ。
「面倒ごとはごめんだけど、君のためなら手伝ってしまう。…不思議だね」
手に持っていた写真立てを机の上に戻し、机をある程度綺麗な状態にする。
去年の僕は、不機嫌な顔だね。
×××
「おお秋声」
「館長さん、この時間帯に出てくるのは珍しいですね」
「まあな。ところで今日は彼女の就任1年記念日なんだ。夜にサプライズでお祝いをするからそのつもりで」
「ほかのみんなには伝えてるの?」
「ああ、さっき図書館で会った奴には伝えてある」
「彼女には?」
「伝えたらサプライズにならんだろう。彼女が食堂に来た瞬間にみんなでクラッカーを鳴らすから、夕飯は早めに食堂に来てくれ」
「わかりました」
館長さんは用件を伝えると、次の文士を捕まえるために中庭に走っていった。
彼女にバレないように彼女より早く全員が食堂に集まるなんて至難の技だと思うけど…。
×××
「せーの!おっしょはーん!おめでとー!!」
「え、ええっ!?何!?」
「おめでとう司書さん」
「おめでとう!」
「いつもありがとう司書さん!」
「ほら飲め飲めー!」
「甘味もありますよ」
「久し振りのブルーフードは如何ですか?」
「光さん、ボクはお肉よりお野菜が…」
「ダメだよ、賢治さん」
「司書さん、いつもありがとうございます」
司書さんが来る前に食堂に集まっていた僕たちは、館長の合図で一斉にクラッカーを鳴らして食堂に来た司書さんを祝った。
50本近いクラッカーが一斉に鳴り響く音は凄まじく、司書さんは勿論、僕たち準備した側も耳が痛くなった。
まったく…誰だよ、全員でクラッカー鳴らすって決めたのは!
「うぅ、耳が痛いよ…」
「ムシャ、大丈夫か?」
あまりに大きい音に驚いて、耳を押さえつつ差し出されたご馳走を口に入れる司書さん。
ああ、島崎!無理やり彼女の口に唐揚げを詰め込むんじゃない!
「今日で君がこの図書館に来て1年だ。
だからみんなでお祝いしようと思ってな」
「あ、館長まで来てくださったんですね。
え、そうでしたっけ、1年か…早いですね」
「みんなに向けて何か一言頼む」
「ええ、そんないきなり…コホン。
みなさん、お祝いありがとうございます!いきなりクラッカーが部屋中に鳴り響いたので驚いちゃいました。
私が1年間、この図書館で毎日楽しく生活出来ているのは皆さんのお陰です!こちらこそありがとうございます!
…これからも無理を言ってご迷惑をお掛けすることもあると思います。でも、皆さんのお力を貸しください。本当にいつもありがとうございます、そしてこれからもよろしくお願いします」
頭を下げた彼女の側で、誰よりも嬉しそうに笑う彼がいた。
1年前は僕と彼だけがここに居たんだと思うと、なんだか泣きそうになった。
「よし、飲むか!」
「ほどほどにしとけよー」
「司書さんもこっちにおいでよ!」
「ご馳走すっごく美味しそうです!さっき口に入れられた唐揚げも美味しかったです!」
「ケーキは俺が作ったんだぜ」
×××
煩い宴会はあまり得意じゃないから、僕は早々に切り上げて司書室で彼女を待つ。
きっと、彼女はここに戻って来るから。
彼女が普段座って仕事をしている椅子に腰掛ける。ふわふわのクッションが置かれた椅子に座ると、昼間に手に取っていた写真が目に付く。
カチャリ
ほら、扉が開く音がした。彼女だ。
「お疲れ様」
「あ、徳田先生…」
「顔が赤いね、お酒は得意じゃないの?」
「嗜む程度なので…」
「お水注ぐね」
「あ、ありがとうございます」
「今日は騒がしかったね。みんないつも以上に嬉しそうだった」
「私の知らないところで企画してくださったんだと思うと、胸がいっぱいになります」
「僕たちは君の図書館に来たから毎日楽しいんだ、最高の宴会にしようとみんな躍起になってたよ」
「嬉しいですね、幸せです…」
「あのさ」
「はい?」
顔の赤い司書さんに向き合う。
「さっきみんなで写真を撮っただろう?」
「はい」
「1年前は館長と猫と君と僕と彼だけだったじゃないか。だから、4人と猫でまた去年と同じ構図で写真を撮りたいんだ…」
今日の昼に偶然、1年前の写真を見て、また今年も撮りたいと思った。1年経つとどんなに表情は変わるだろう。どんなに風景は変わるだろう。
いつか僕たちの戦いが終わっても、記録に残るように僕たちの写真を残していこう。
「ぜひ撮りましょう!私、酔ってて去年のより顔が赤いですけど、館長達呼んで来ます!」
「え、あ…」
一瞬で司書さんが司書室を飛び出した。
酔ってるのになんでそんなに走るのが早いんだ。
×××
「秋声がそんな提案するなんてな」
「なんだよ…」
「いや、俺は嬉しいよ」
館長が藤色の扇子で僕の顔を仰ぐ。
「ほら、さっさと並べよな。あんまモタモタすると撮影料撮るぞ!」
「えー、この写真だと、徳田さんの左隣に館長で、館長の右肩に猫さんがいますね」
「あ、君はそこで。僕と君で司書さんを挟んで立とう」
「じゃあ撮るぞー!はーい…」
×××
アカに1枚多く現像して貰った写真を、自室の机の上に飾る。
まずは1年。けれど、まだまだこれからだ。
館長も猫も、初期文豪の僕たち2人も、そして鏡花や紅葉先生を始めとしたほかの文豪も、司書さんの味方だ。
辛いことがあったら1人で抱え込まなんでくれよ。君が僕たちに尽くしてくれるように、僕たちも君に恩返しがしたいのだから。
明日の助手も僕だった気がする。
寝坊しないでね、君を起こすのは大変だからさ。
おやすみなさい、司書さん。
また明日。
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