krk長編以外はこの変換で設定できます。
自然主義
ゆめうつつ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
嘘を吐くつもりがなくても、咄嗟に嘘を吐いてしまうことは誰にでもあるだろう。
そして、その最初の嘘の所為で、後々まで嘘を貫いて他のことにまで嘘を吐く必要が出てくる。
早い段階で謝る事が出来れば、関係の修復等に費やす時間は短くなるのに、1度吐いた嘘を撤回する勇気が彼には無かった。
×××
「好きです、先生」
この図書館に配属された特務司書が、徳田秋声に恋をするのに時間はかからなかった。
一目惚れだったからだ。最初は容姿に惹かれただけだったが、素直でないだけで真っ直ぐな心や、小言は多いものの棘のない優しい口調、面倒は避けたいと言いながら結局手伝ってくれる面倒見のいい性格。
いつの間にか、司書は徳田のすべてを好きになっていた。
公私混同は特務司書業に支障をきたすと思ったが、 恋心は止められなかった。徳田にこの気持ちを受けれてほしくて、遂に彼女は気持ちを伝えた。
「…僕は、君の気持ちに応えられない。ごめんね」
困惑した表情の徳田にそう言われた。
彼女の気持ちは、受け入れられなかった。
司書は、残念に思った。
徳田は己の立場を考えると、彼女の気持ちに応えるべきではないと思った。
特務司書はその殆どが平成の時代に生まれた一般の人間である。
一方、文豪…徳田に関して言えば、生まれは明治で、死んだのはまだ太平洋戦争が終わっていない昭和初期である。
2度目の生を望んでもいないのに与えられ、著作から武器を生み出し戦闘に身を捧げる文豪は、人間ではない。
生前の著作を元に、紙と洋墨で作り上げられた人間に見える物でしかない。
物と人が恋に落ちることは基本的には有り得ない。
司書は、受け入れられなかった気持ちを直ぐに消化する事は出来なかったが、徳田が自分の好意を拒絶する理由もよく分かるので、この恋を諦められる気がしていた。
徳田が自分を拒否したのは、自分の事を嫌っているからでは無い事を望んだ。
「司書さん、新しい手袋が欲しいのですが」
「あ、それなら戸棚の中にストックが…」
「あの中ですか?僕がとりますね」
「泉先生、ありがとうございます」
「いえ、僕が頼んだ事ですから。それに、貴女の身長では届かないでしょう」
泉鏡花は、潔癖症である。
彼は尾崎紅葉や幸田露伴以外、特に同じ尾崎紅葉の門下生である徳田秋声には厳しい。
そんな彼は今、新しい手袋のストックを切らしたらしく、司書に追加の物を貰っていた。
泉の手袋は、新しい物がないので彼はいま素手である。
司書に話しかける際、彼は素手で彼女の肩を触ったのだ。
流石に埃を被っている可能性のある戸棚を素手で触る事には躊躇いがあったのか、使い終わって外していた手袋を再び付けてから触っていたが。
偶然、その場に居合わせていた徳田は、泉が素手で他人に触る姿を見て心底驚いた。
×××
「明日、怪談トーク会を開催シマス。司書サンも良かったらどうデスカ?」
「私は怪談が得意ではないのですが、折角なので参加してみたいです」
「ありがとうございマス!泉サンや江戸川サンも参加しマスよ!」
「…お、お手柔らかにお願いしますね」
×××
「おかえりですか?」
「はい」
「お疲れ様でした、手洗いとうがいを済ませてくださいね」
「はい。あ、泉先生に煙草を買ってきたのですが、受け取ってくださいますか?」
「ええ、ありがとうございます」
×××
「最近、鏡花は司書さんと仲が良いの?」
「ええ。彼女が1人で塞ぎ込んでいる様でしたから、1人になるよりはマシかと思いましてね」
「…ふーん」
「秋声。貴方は逆に、司書さんと居る時間が減りしたね」
「鏡花が司書さんといるからね」
「…まあいいでしょう。あまり彼女を困らせてはいけませんよ」
泉は髪と着物の崩れを直すと、司書がいる部屋に向かおうとした。
「ああ、そうだ。
秋声、貴方は司書さんを傷付けたようですね」
「…そうだけど」
扉前でそれだけ確認すると、泉は部屋を出た。
「…傷付けて当然じゃないか」
僕は紙と洋墨で出来ただけの存在なのだから、人間である彼女に恋をしたって迷惑をかけるだけだ。
徳田は、ソファに座り直した。
『もし、僕がこの時代に生まれたただの人間だったら、彼女の気持ちを受け入れられただろうか』
「…いや、普通の人間なら、僕が彼女に会うことなんてなかったか…」
『彼女が僕に笑顔を向けるのは、僕が文学を守ることに協力できるからに過ぎない』
そう思い込めば、自分の嘘を貫ける気がしていた。
×××
「司書さん、何かお手伝い出来ることはありますか?」
「泉先生。助手でもないのにお手伝いを頼んでいいんですか…?」
「勿論。貴女の為になるなら是非手伝わせてください」
「ありがとうございます!ちょうど泉先生に聞きたい事があったんです!尾崎先生の甘味の事なんですけれど…」
司書室のソファで泉と司書が対面して話し込んでいる姿は、中庭からよく見える。
何故ならば、司書室にある大きな窓のすぐ外が中庭になっているのだ。アクティブな司書は時々、窓から中庭に逃げ出すこともある。
中庭にはカッパが現れると噂になっており、その噂を聞きつけた太宰がいた。
「あれ、徳田センセーじゃん」
太宰の視線の先には、中庭から司書室にいる泉と司書を見詰める徳田がいた。
×××
司書が徳田に振られてから暫くが経過し、司書はすっかり泉と仲良くなっていた。
もともと、司書は特務司書に就任したその日に泉の転生を成功させていたのだ。
徳田に頼り切っていた為に今まであまり他の文豪との親交を深められていなかっただけであったため、仲良くなるのに時間はかからなかった。
「なあ、秋声聞いたか?」
「?」
「泉と司書さん、付き合ってんだって」
「…は?」
ある日、昼食を取っていた徳田の正面に田山花袋が座り、彼に話し掛けて始めた。
「意外だよなぁ」
「へぇ、そうなのかい。いいんじゃない?」
「秋声、お前、司書さんのこと」
「別に?好きなんかじゃないけど」
「いや、好きかどうかは聞いてないけど」
「…」
「素直になればいいのに」
「1度嘘を吐いたら、吐き続けなきゃいけないだろう」
「そーか?俺は気持ちを伝えた方がいいと思うぜ」
「どうかな。もう鏡花と付き合っているんだろ」
「ああ、それは俺が吐いた嘘」
「嘘!?」
「秋声が素直にならないからな!」
ケラケラと笑う田山に、徳田は何処かホッとした表情をした。
「ああ、そうだ。本当に早く伝えろよ?」
「どうして?」
「そろそろ泉がキレるぞ」
「鏡花が?」
「秋声が素直になる様に、手袋まで外して 演技してたんだから」
「は?」
「だーかーらー、秋声と司書さんをくっつける為に、敢えて泉が司書さんに近づいた訳!」
「…え?」
「泉に嫉妬して、司書さんを自分のものにするだろうなと期待して、泉に頼んだ」
「花袋が?」
「あー、ああ。俺と藤村と独歩が考えて、泉に頼んだんだよ」
「…まったく、無駄なことしないでくれよ」
「でも、秋声が司書さんに夢中なのはバレバレだぜ?」
ほら、早く行かねーと泉が怒るぞ
親友のその言葉に突き動かされるように、徳田は席を立った。
「秋声、頑張れー!」
「…はあ」
立場が違うからって諦めた想いが友人にはバレていて、こんな風に根回しされるなんて誰が予想できただろうか。
「だって、文豪と特務司書だよ?」
そんなの、恋の前では関係ないだろ!
そう言って笑い飛ばす友の笑顔が脳裏をよぎる。
1度嘘を吐いたのに、まさか撤回する時が来ようとは。
やっとたどり着いた司書室の前で深呼吸をする。走って来たから、汗をかいているし、息は上がっている。
コンコン
「はぁーい?」
「入るよ」
何て言って嘘を撤回しようか。
そんな事を考えながら、徳田は司書を抱き締めた。
.
そして、その最初の嘘の所為で、後々まで嘘を貫いて他のことにまで嘘を吐く必要が出てくる。
早い段階で謝る事が出来れば、関係の修復等に費やす時間は短くなるのに、1度吐いた嘘を撤回する勇気が彼には無かった。
×××
「好きです、先生」
この図書館に配属された特務司書が、徳田秋声に恋をするのに時間はかからなかった。
一目惚れだったからだ。最初は容姿に惹かれただけだったが、素直でないだけで真っ直ぐな心や、小言は多いものの棘のない優しい口調、面倒は避けたいと言いながら結局手伝ってくれる面倒見のいい性格。
いつの間にか、司書は徳田のすべてを好きになっていた。
公私混同は特務司書業に支障をきたすと思ったが、 恋心は止められなかった。徳田にこの気持ちを受けれてほしくて、遂に彼女は気持ちを伝えた。
「…僕は、君の気持ちに応えられない。ごめんね」
困惑した表情の徳田にそう言われた。
彼女の気持ちは、受け入れられなかった。
司書は、残念に思った。
徳田は己の立場を考えると、彼女の気持ちに応えるべきではないと思った。
特務司書はその殆どが平成の時代に生まれた一般の人間である。
一方、文豪…徳田に関して言えば、生まれは明治で、死んだのはまだ太平洋戦争が終わっていない昭和初期である。
2度目の生を望んでもいないのに与えられ、著作から武器を生み出し戦闘に身を捧げる文豪は、人間ではない。
生前の著作を元に、紙と洋墨で作り上げられた人間に見える物でしかない。
物と人が恋に落ちることは基本的には有り得ない。
司書は、受け入れられなかった気持ちを直ぐに消化する事は出来なかったが、徳田が自分の好意を拒絶する理由もよく分かるので、この恋を諦められる気がしていた。
徳田が自分を拒否したのは、自分の事を嫌っているからでは無い事を望んだ。
「司書さん、新しい手袋が欲しいのですが」
「あ、それなら戸棚の中にストックが…」
「あの中ですか?僕がとりますね」
「泉先生、ありがとうございます」
「いえ、僕が頼んだ事ですから。それに、貴女の身長では届かないでしょう」
泉鏡花は、潔癖症である。
彼は尾崎紅葉や幸田露伴以外、特に同じ尾崎紅葉の門下生である徳田秋声には厳しい。
そんな彼は今、新しい手袋のストックを切らしたらしく、司書に追加の物を貰っていた。
泉の手袋は、新しい物がないので彼はいま素手である。
司書に話しかける際、彼は素手で彼女の肩を触ったのだ。
流石に埃を被っている可能性のある戸棚を素手で触る事には躊躇いがあったのか、使い終わって外していた手袋を再び付けてから触っていたが。
偶然、その場に居合わせていた徳田は、泉が素手で他人に触る姿を見て心底驚いた。
×××
「明日、怪談トーク会を開催シマス。司書サンも良かったらどうデスカ?」
「私は怪談が得意ではないのですが、折角なので参加してみたいです」
「ありがとうございマス!泉サンや江戸川サンも参加しマスよ!」
「…お、お手柔らかにお願いしますね」
×××
「おかえりですか?」
「はい」
「お疲れ様でした、手洗いとうがいを済ませてくださいね」
「はい。あ、泉先生に煙草を買ってきたのですが、受け取ってくださいますか?」
「ええ、ありがとうございます」
×××
「最近、鏡花は司書さんと仲が良いの?」
「ええ。彼女が1人で塞ぎ込んでいる様でしたから、1人になるよりはマシかと思いましてね」
「…ふーん」
「秋声。貴方は逆に、司書さんと居る時間が減りしたね」
「鏡花が司書さんといるからね」
「…まあいいでしょう。あまり彼女を困らせてはいけませんよ」
泉は髪と着物の崩れを直すと、司書がいる部屋に向かおうとした。
「ああ、そうだ。
秋声、貴方は司書さんを傷付けたようですね」
「…そうだけど」
扉前でそれだけ確認すると、泉は部屋を出た。
「…傷付けて当然じゃないか」
僕は紙と洋墨で出来ただけの存在なのだから、人間である彼女に恋をしたって迷惑をかけるだけだ。
徳田は、ソファに座り直した。
『もし、僕がこの時代に生まれたただの人間だったら、彼女の気持ちを受け入れられただろうか』
「…いや、普通の人間なら、僕が彼女に会うことなんてなかったか…」
『彼女が僕に笑顔を向けるのは、僕が文学を守ることに協力できるからに過ぎない』
そう思い込めば、自分の嘘を貫ける気がしていた。
×××
「司書さん、何かお手伝い出来ることはありますか?」
「泉先生。助手でもないのにお手伝いを頼んでいいんですか…?」
「勿論。貴女の為になるなら是非手伝わせてください」
「ありがとうございます!ちょうど泉先生に聞きたい事があったんです!尾崎先生の甘味の事なんですけれど…」
司書室のソファで泉と司書が対面して話し込んでいる姿は、中庭からよく見える。
何故ならば、司書室にある大きな窓のすぐ外が中庭になっているのだ。アクティブな司書は時々、窓から中庭に逃げ出すこともある。
中庭にはカッパが現れると噂になっており、その噂を聞きつけた太宰がいた。
「あれ、徳田センセーじゃん」
太宰の視線の先には、中庭から司書室にいる泉と司書を見詰める徳田がいた。
×××
司書が徳田に振られてから暫くが経過し、司書はすっかり泉と仲良くなっていた。
もともと、司書は特務司書に就任したその日に泉の転生を成功させていたのだ。
徳田に頼り切っていた為に今まであまり他の文豪との親交を深められていなかっただけであったため、仲良くなるのに時間はかからなかった。
「なあ、秋声聞いたか?」
「?」
「泉と司書さん、付き合ってんだって」
「…は?」
ある日、昼食を取っていた徳田の正面に田山花袋が座り、彼に話し掛けて始めた。
「意外だよなぁ」
「へぇ、そうなのかい。いいんじゃない?」
「秋声、お前、司書さんのこと」
「別に?好きなんかじゃないけど」
「いや、好きかどうかは聞いてないけど」
「…」
「素直になればいいのに」
「1度嘘を吐いたら、吐き続けなきゃいけないだろう」
「そーか?俺は気持ちを伝えた方がいいと思うぜ」
「どうかな。もう鏡花と付き合っているんだろ」
「ああ、それは俺が吐いた嘘」
「嘘!?」
「秋声が素直にならないからな!」
ケラケラと笑う田山に、徳田は何処かホッとした表情をした。
「ああ、そうだ。本当に早く伝えろよ?」
「どうして?」
「そろそろ泉がキレるぞ」
「鏡花が?」
「秋声が素直になる様に、手袋まで外して 演技してたんだから」
「は?」
「だーかーらー、秋声と司書さんをくっつける為に、敢えて泉が司書さんに近づいた訳!」
「…え?」
「泉に嫉妬して、司書さんを自分のものにするだろうなと期待して、泉に頼んだ」
「花袋が?」
「あー、ああ。俺と藤村と独歩が考えて、泉に頼んだんだよ」
「…まったく、無駄なことしないでくれよ」
「でも、秋声が司書さんに夢中なのはバレバレだぜ?」
ほら、早く行かねーと泉が怒るぞ
親友のその言葉に突き動かされるように、徳田は席を立った。
「秋声、頑張れー!」
「…はあ」
立場が違うからって諦めた想いが友人にはバレていて、こんな風に根回しされるなんて誰が予想できただろうか。
「だって、文豪と特務司書だよ?」
そんなの、恋の前では関係ないだろ!
そう言って笑い飛ばす友の笑顔が脳裏をよぎる。
1度嘘を吐いたのに、まさか撤回する時が来ようとは。
やっとたどり着いた司書室の前で深呼吸をする。走って来たから、汗をかいているし、息は上がっている。
コンコン
「はぁーい?」
「入るよ」
何て言って嘘を撤回しようか。
そんな事を考えながら、徳田は司書を抱き締めた。
.
6/13ページ