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自然主義
ゆめうつつ
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司書に対して恋心を抱いていると自覚してから半年が過ぎた。
いつからこんな気持ちを抱いていたのかは覚えていないが、自覚してしまえば、目の前の世界は以前よりもぐっと鮮やかに映る様になった。
そして、それと同時に苦しむ事になった。
「徳田さーん」
予定よりも早く報告書が完成して、嬉しそうに助手である僕の方へ走ってくる彼女。
笑顔を向けられるのが、辛い。
友人である田山花袋のような。
キラキラとして向日葵のように明るい彼女は、静かに端に落ち着いているような自分には似合わないのだ。
寧ろ、彼の様な人と結ばれるべきだと思う。
そうなってくれたら、どれ程嬉しいか。
自分は、友人に嫉妬するだろう。けれど、彼女に会う機会は今よりも増えるだろう。
ほかの人と結ばれるくらいなら、友人と恋仲になって欲しい。
「よ、秋声」
「花袋か、おはよう」
「おう、おはよう」
後ろから肩を叩かれ、振り返ると、予想通りの友人が寝癖をハネさせながら笑っていた。
「あ、田山さんもいらしたんですね」
「おー、司書、おはよう」
「寝癖付いてますよ」
口元を押さえて笑う彼女が可愛らしい。
×××
最近、彼女は花袋のレベリングに力を入れている。いや、花袋だけではない。正しくは第2会派の育成を重点的に行なっているのだ。
僕や鏡花がいる第1会派は、練度が最高値まで到達したため、最近は専ら特定有碍書4冊目若しくは、イベント時にのみ潜書している。
一方、花袋属する第2会派は、練度が35~40あたりで、今の図書館の主力となっている。
だから司書さんは、花袋や無頼派にばかり構う。
司書さんが花袋とくっつけば良いとは思うけれど、それでも想い人が他の男と一緒に居るのは面白くない。
あの笑顔、この図書館が開館した時は僕にばかり向けられていたのに。
今日の助手はやる気にならなくて断った。
代わりに、花袋を彼女のそばに置いた。
面白くはない。けれど、自分が今の状態でまともに助手として働けるとは思わない。
「田山さん、今日は助かりました!」
「おー、良いってことよ!」
夕飯時には業務を終え、2人は揃って食堂に来た。
普段なら、司書さんは助手と食事を摂る。
勿論、2人きりではなく、助手が一緒に夕飯を食べるグループに混ぜて貰うのだ。
だから、今日は僕達のテーブルに来るはずだ。
いつも通り花袋が座る島崎の隣の席はまだ空いている。
それなのに、花袋は此方には視線を寄こさず、窓際のカウンターに彼女と並んで座った。
「…あれ、花袋も司書さんも向こう行っちゃった。珍しいね?」
「ああ。何時もなら来るのにな」
島崎と国木田が残念そうな顔をした。
「まあ、でも。花袋も司書の事が気になってるみたいだし?いいんじゃねーか」
「…そうだね」
2人は、黙々と夕飯に手を付けだした。
僕も2人に続いて、唐揚げを口に運ぶ。
けれど、味がしない。
「…今日の唐揚げは、いつもよりサクサクしてる」
島崎が嬉しそうにしてるから、今日の唐揚げは美味しいらしい。味がしない。
サクサクしているのかも、絶妙なバランスで配合された調味料も、全部感じられない。
「島崎。僕の分あげるよ」
「え、いいの?秋声」
「うん」
「ありがとう」
2つほど口にして、残りの唐揚げを全て島崎の皿に移す。今日は、早く寝よう。
×××
自室に戻って、さっさと着替えて布団を被る。
食堂で島崎と国木田が話していたけれど、やはり花袋も司書さんの事が好きなんだろう。
花袋なら。明るい彼女にぴったりだ。
僕の気持ちは、迷惑だろうか。
明るい彼女と、明るい花袋。
仲良くしている2人の間に、僕が入る隙間はない。
コンコン
「秋声」
「どうしたの?」
扉がノックされ、開けると花袋がいた。
「入っていいか?」
「勿論」
花袋を部屋に通し、机を挟んで向かい合って座る。
「単刀直入に聞く。秋声って司書さんの事が好きなのか?」
「は」
「まじめに聞いてる」
「いや…別に。手のかかる子で放っておけない子だけど、好きとかじゃ、ない」
咄嗟に嘘を吐いた。
「…そうか、良かった。俺、司書さんのこと好きだからさ。司書さんは秋声のことを1番信頼してるし、2人の関係が気になってたんだ」
「…ふーん、君と司書さんなら似た者同士だし気が合うんじゃない?」
「そうか?ま、頑張ってみるか。ありがとな、秋声。おやすみ」
「うん、おやすみ」
花袋の用事はこの質問だけだったらしく、早々に部屋に帰って行った。
そうか。やはり、花袋は司書さんの事が好きなのか。僕の目論見通りじゃないか。
それなのに、どうして胸が苦しいんだろう。
僕が司書さんを想っていた所で、この気持ちは花袋にとっても、司書さんにとっても迷惑な事だろう。
僕が、この気持ちを消して、ただの図書館に転生された1文豪であれば何も問題がない。時々助手をして、時々潜書して、後は紅葉先生や鏡花・自然主義のみんなを始めとした文豪たちと楽しく文学談義が出来れば幸せじゃないか。
変に恋なんてしてしまうから、関係が捻れてしまう。
恋心に蓋をして、2度想いを抱かないように鍵を閉めてしまえればいいのに。
頭まで布団を被っても、頭が冴えていて眠れない。
確か明日は特定有碍書がある日なので、4冊目の潜書を任されると思い、明日に備えて無理矢理眠る為に食堂に来た。
度数の高いお酒を流し込めば、寝られるだろう。
珍しく酒飲み文豪達がいないので、此処は僕1人しかいない。
中原くん達と飲めば、ハイペースで飲まされるだろうから確実に酔えると思ったのに。
仕方がないので、冷蔵庫や棚を漁ってお酒を何本か取り出す。
そのうちの1本の栓を開け、コップに移して一気に煽る。 氷も入れず、何かと割ることもせずにストレートで飲んだからか、少し喉が焼けるような感覚がした。
多分、いいお酒だろうから、他の人と飲みたかったな。
そんなことを思いながら、やはり頭の片隅に浮かんで来るのは彼女の笑顔。
その笑顔さえも打ち消したくて、何杯も飲む。
段々と思考がぼんやりしてきて、やっと眠れると安心して、そのまま其処で意識を手放した。転生体も風邪、引くのかな…。
×××
「~、徳田さん…起…い」
「…むぅ」
誰だよ、人が気持ち良く眠っているのに。
身体を激しく揺さぶられる感覚で、意識が浮上した。まだアルコールと眠気が体内に残っていて、頭の中は霧がかかったようで何も考えられない。
「ねぇ、風邪引く」
「何なんだよぉ…」
ぼんやりとして、眠くて目を閉じると、また揺さぶられる。ちょっと気持ち悪いからやめてほしい。
「徳田さん、お布団で寝ましょう」
「…運んでよ」
微かに目を開けると、自分を見つめる人がいた。心地いい声だから、多分司書さんだろう。
本当は会いたくなかったけど、例えいまだけでも、僕だけを見つめているのは愉快な気持ちになる。
からかいのつもりで言った言葉を真に受け、彼女は僕の肩に手を回した。
無理でしょ、普段机に向かっている女性が、日々戦闘に出ている成人男性を運べる訳がない。
可笑しくって、笑ってしまった。
「なっ」
「自分で歩くから」
司書さんの腕を解いて自分で歩く。けれど、酔いが酷い。前は分かるけれど、身体は重い。ふらりふらりとしながら歩けば、心配そうに彼女は再び僕の肩に腕を回した。
密着している部分から伝わる体温が気持ちいい。
僕の自室の前まで来て、彼女は躊躇いなく扉を開け、中まで入って来た。
彼女は善意からそうしたのだろう。1人だと、転けてそのまま寝ると思ったのだろう。
「…うぅ、気持ち悪い」
千鳥足でベッドに向かい、布団にくるまりながらそういうと、彼女は慌てて水道に走り、コップに水を入れて来た。
本当はまだ酔っているけれど、気分は悪くないしむしろ良いくらいだ。
酔っているから、普段言えない様な冗談だって言えるし、勇気を出して自分にだけ向けられる視線に甘えられる。
「徳田さん、お水飲んで」
「ありがと…」
受け取ったコップを落とす様な真似をすれば、驚いた彼女がコップを持つ手を支えてくれる。
「…ふらふらして、落としそう。司書さん…飲ませて」
「え」
しんどそうな表情をして、彼女を見上げれば、酒酔いしてぼんやりとしている僕にも分かるくらいに顔を真っ赤にさせていた。
そういうところが可愛いんだよ。
どうせ、花袋のことが好きだから嫌がるだろう。
そんな僕の予想を彼女は綺麗に裏切った。
「んぷっ」
「…っ」
彼女は、自らの口に水を含んで、そのまま僕に口付けた。
手で頭を固定させられ、逃げられない。仕方なく口を開けば、そのまま水が流し込まれた。
「…え」
「飲ませてって言ったの、徳田さんだから」
待って、予想してない。
僕なんかに口づけるなんて。
「…待っ」
彼女は、真っ赤に染め上げた顔に、不愉快そうな表情を浮かべて部屋から出て行った。
酔いが吹っ飛ぶかと思う程、衝撃的な出来事だった。
此処で彼女を追い掛ければ、何か変わるのかもしれないけれど、そんな勇気もなければ気力もなくて、力なく布団に身を預けた。
まだ身体を支配するアルコールに従って、思考は再び夢の中へ落ちていく。
「なぁ、司書さん」
「あ、田山さん…」
「ん?なんか顔赤くねぇか?大丈夫?」
「はい!だ、大丈夫ですっ」
「あのさ、話したいこと、あるんだけど」
「話したい、こと?」
「ああ、立ち話もなんだし、えっと、談話室にでも」
司書は徳田の部屋を飛び出して廊下を歩いていると、田山に会った。そして、2人は談話室に入る。夜中の談話室は誰もいなくて、2人きりであった。
「あの、さ」
「はい」
「…あのさ」
「…?」
「えっと、あの…俺!俺、司書さんのことが好きなんだ!」
「えっ」
顔を真っ赤にさせた田山が、腹を括って叫んだ。
「…あ、私…」
彼がじっと彼女の目を見つめる。
司書の返事は決まっていた。先程までは。
「…私、あの…っ」
司書になる前から好きで、作品を愛読していた。自分は、自分のことを美少女だとは思わないが、そんな自分にも優しく接してくれる、明るくて向日葵のような、人を惹きつける田山花袋のことを、好きだったのだ。
だから、助手が徳田から田山になった昨日、本当は嬉しかったのだ。
それなのに。
田山からの愛の告白を受けて、司書は返事に困った。
脳裏をよぎる、徳田の顔が気になって、返事が出来ない。
頼りになる初期文豪だとしか思っていなかった筈の、徳田秋声が心から離れない。
『酔ったら、あんな風になるんだ』
『可愛い』
『可愛くって、もっと甘えて欲しくて、思わず彼の言う通りに口移しした』
『恥ずかしくって部屋を飛び出したけど、後悔してない』
司書の頭の中がぐるぐるして、素直に田山に以前からの想いを伝えられない。
「司書さん…?」
ずっと固まっている司書に、田山が不思議そうな顔をして声を掛ける。
「…あっ」
「…突然、こんなこと言われても困るよな」
「ち、違…」
「返事はいつでもいいからさ、司書さんの本音を聞かせてくれよな」
「…」
「夜遅くにごめんな?」
田山は、司書がどう自分からの告白を断るのか思案しているのだと思い、ついこの場での話を終わらせた。
彼女の困った顔を見たいわけじゃない、そう思いながら頭を撫でた。
「遅いから」と、遠慮する司書の声を遮って、「遅いからだろ」と司書を部屋まで送った。
田山は、1人、部屋に戻る。
「秋声がああ言うから、勝算あったんだけどなぁ。先越されたかな」
宙を見上げて、呟く。
彼は、親友が嘘をついたのを分かっていた。
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