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自然主義
ゆめうつつ
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「僕は徳田秋声。あまり面倒…って、大丈夫?」
ゆっくり眠っていた所を叩き起こされて、いきなり戦えなんて言われて正直不機嫌だった。
けれど、目の前で女の子が震えてたから、とてもじゃないけれど挨拶なんてしてられなかった。
「あ、大丈夫…です。はじめまして、徳田秋声先生。私は、この帝國図書館の司書兼アルケミストの柊木 牡丹です。…よろしくおねがいします」
「うん、よろしく」
てっきり、隣にいる大柄な男性が司書なのかと思ったら、男性は館長を務めているらしい。
そして、常時図書館にいる訳ではないらしい。
目の前で震えている頼りない少女が、ここの司書になるらしい。僕と目を合わせようともしない。
とんでもない所に呼び出された。
僕が司書や館長、喋る猫の前に立ってすぐ、館長が司書に1冊の本を渡した。
司書は適当な頁を開いて、音読を始めた。
すると、司書の目の前の床が光って幾何学模様を浮かび上がらせ、そのままそこに1人の青年が現れた。
「中野重治と言いま…おや、大丈夫かい?」
中性的な見た目の青年が、やはり目の前の司書に気付いて微笑む。
「はい、だ、大丈夫です。ありがとうございます…私はここの司書の柊木 牡丹と申します・・・」
「司書さん、宜しくね。僕のことは好きに呼んで構わないよ」
優しい声に、震えていた司書の顔も少し綻んだ。
続いて館長から2冊の本を渡された司書は、同じようにして2人の青年を転生させた。
「じゃあ、有魂書に潜書させてみようか」
幼い顔の司書は、突然4人の大人に囲まれてオロオロしている中で、更に館長が2冊の青い本を取り出す。
不安げな表情のままにもかかわらず、オロオロしたり泣きそうになったりと捨てられた子犬みたいだ。
「これは、洋墨を使って文豪に潜書させるんだ。我々人間はこの中に入れないからな。…秋声、お前が入ってみろ」
「は?」
…なんて思っていたら、館長に呼ばれた。
「司書、洋墨はどのくらい使うか決めていいぞ」
「え…じゃあとりあえず50で…」
館長は、青い『有魂書』と呼ばれた本と、洋墨を差し出す。
「はあ、どうしたらいいのさ」
「司書が床に描く魔法陣の中心で本を広げて床に置いてみろ。その本の上に洋墨を垂らしたら本の上に飛んでみるんだ。そうするとこの本の中に入れるからな。中に文豪がいるから、其奴を引き上げるんだ」
よく分からない説明を受け、僕は司書の方を振り向く。
「じゃあ、宜しく頼むよ」
頼りない少女は、頷いてみせる。
司書は、万年筆の様な文具を取り出し、床に何かを描きだす。
先程、中野さんや他2人が現れた時のような幾何学模様が床に出来上がっていく。
それが完成し、僕がその中心に立つと、幾何学模様は煌めきだした。
「こうしたらいいんだね?」
本を床に広げて、その上に容赦なく洋墨を掛ける。そうして、本の上に飛び乗った。
本の上に着地するのかと思ったら、足は本をすり抜けて、身体は本の中に沈んだ。
「まあ、そんなに緊張するな」
館長は、不安げな表情の司書の肩を優しく叩く。
徳田が潜った本の上に浮かび上がった数字は徐々に減っていき、潜書完了を示す『00:00:00』となった。
光り輝く幾何学模様の中心にある本が、周りより一層強い光を放ち、そこから徳田と彼が連れて来た人物が飛び出した。
「ふーん…俺が必要とされているのか…好きに動いていいなら協力するよ」
「必要、です!宜しくお願いします」
司書が頭を下げると、彼もつられて頭を軽く下げた。
「俺は小林多喜二、よろしく」
「多喜二!」
司書が小林の自己紹介に応えようとしたところ、後ろで一連の様子を見ていた中野が声を荒げた。
「…重治」
名乗り合っていないにもかかわらず、文豪同士何か感じるものがあったのか、お互いにお互いを一瞬で理解した両者は手を取り合った。
「また会えるなんて嬉しいよ」
「ああ、俺もだ」
和かに話す2人を見て、司書はおずおずともう1冊の有魂書と、先程よりも多い洋墨を徳田に差し出した。
「あと1回、お願いします」
再び本の中に徳田が飛び込むと、
『04:40:00』の数字が現れた。
「!?おい、これを使ってみろ!」
館長が驚いた様子で、司書に機械を渡す。
司書がその機械-調速機-を回すと、数字は一瞬で0になり、徳田ともう1人が飛び出す。
「僕は尾崎門下生の泉鏡花です。清潔第一、不潔排除がモットーです」
「泉鏡花…!君はやはり俺が見込んだだけの才能がある!」
館長が司書の肩をがっちり掴んで揺らす。
「鏡花」
「…秋声?」
「じゃあ、今日は俺と猫は帰るから、あとは宜しくな!」
館長は泉の転生を喜んだ後、猫と共に直ぐに帰宅してしまった。
文豪6人に囲まれた司書は、緊張からかまた不安げな顔をする。
「はじめまして、私がこの帝國図書館の司書を務める事になりました、柊木 牡丹と申します。
至らない点も多いかと思いますが、宜しく、お願い、します…」
オドオドとし、ゆっくりと自己紹介をした。
「…僕は徳田秋声」
「中野重治です」
「…自分は、萩原朔太郎」
「小泉八雲デース」
「小林多喜二だ」
「泉鏡花です」
各々が自分の名を名乗り、これから共に生活して行く文士を確認した。
転生して何をするのか、大方は館長が説明していたので司書は少し気が楽だったが、それ以外のことは司書が自分1人で行わなければならない。
食堂の職員も数日後に派遣されるらしく、本日の夕食は、司書が政府から支給されていたものを調理して振る舞った。
泉がアルコールランプで炙り、中野・小林が予想以上に食べる為に、司書は自分の夕飯まで彼らに差し出す羽目になった。
「自分は、自宅から食料品を持ってきたから」と嘘まで吐いて、自身の夕食を渡す。
それは文士達もそうであったが、司書もまた文士達に心を開いておらず、「夕食が足りない」などと言えばどういう反応が返ってくるか予測できず、怖かったためにそういう行動に出た。
夕食を済ませると、既に日も暮れていた為、図書館の館内案内を簡単にすると解散となった。
あとは各々風呂に入り、割り当てられた部屋に行くだけである。
司書の自室は、文士達の居住区からは少し離れている。
司書は、1人になると深くため息を吐いてから自室へと向かった。
「人見知りだから、初日から多く転生はしたくない」と強く館長に言っていたにもかかわらず、結局初日から6人に囲まれた事は、強いストレスとなっていた。
広々とした自室に備え付けられてある狭めの風呂を沸かせ、就寝の支度をする。
「…大丈夫かな」
普通の学生生活を送っていたのに、『優秀な人材を見つけた!』と騒がれ、ある日突然アルケミストとしてスカウトされた牡丹。
生活保障の手厚さと、実家の経済状況を考えると、これ以上借金をして何の役に立つのかわからない学生生活を送るよりも、彼女はアルケミストになる選択しか出来なかった。
唐突に終わった平和な以前の日常。
彼女と親しい者は1人もおらず、責任の重い仕事を背負わされた事からくる心の中に広がる負の感情。
気が付いたら涙が頬を伝っていた。
「…やだ、泣かないで」
慌てて拭っても、次から次へと溢れる涙を止められない。
寂しいのか、怖いのか、嫌なのか、自分がどうして泣いているのか司書にはわからない。
「…食堂行こう」
何も食べておらず空腹であったし、白湯でも飲んで落ち着こうと考え、涙は止まっていないものの食堂へ行く事にした。
もう日付も変わる直前であり、文士達が部屋の外を歩いているとは思わなかったからだ。
司書は食堂へ着くと、お湯を沸かす。
何か食べる物を探すものの、生憎全て食べさせているので何度探せど食料はない。購買も明日から利用できるようになるらしく、やはりどうにもならない。
「外出して、いいのかな」
昼間に外出するなら兎も角、夜中に図書館の管理者が不在となるのは不安である。
転生させられた文豪が突然、何をするのかだって分からないのだ。
「諦めるしかないのかな…お腹すいた…明日の朝には配給あるかな」
そもそも外に出た所で、歩かなければ店はない。
湧いたお湯をコップに入れ、食堂の席に着いてぼんやりと眺める。
コップの中の白湯に写る司書の顔は、酷く不安げだった。
「何してるの?」
司書が白湯の入ったコップをぼんやりと見つめていると、誰かに声を掛けられた。
「!?」
「ちょっと、驚かないでよ。零すよ」
「あ、」
司書は慌ててコップを机の上に置いて、声の主の方を見上げる。
「…徳田、先生」
「眠れないの?」
昼間は終始不機嫌な顔をしていて、泉鏡花を呼び出してからは彼と口論ばかりをしていた徳田。
そんな彼を、司書はとっつきにくそうだと感じていた。その為、今、目の前で自分を心配そうに見つめる男の姿に驚いていた。
「…はい、眠れなくて」
流石に、お腹が空いて眠れないとは言えない。
「君も災難だね。他の人は知らないけど、僕や鏡花の様な面倒な人間ばかり転生させてしまってさ」
徳田は、司書のとなりの席に座りながら話し掛ける。
泉と口論をしていた時とは全く違う、優しい声で。
「君、いくつなの?」
「…20になりました」
「え、そうだったんだ…凄く幼く見えていた。君、自ら司書になる事を望んだの?」
司書は首を左右に振る。
徳田は、沈黙を避けようとしているのか、司書に簡単な質問を投げかけていた。
「…突然、アルケミストになって欲しいって頼まれたんです。
一瞬で平和な日常は終わって、友達や家族とも離れて1人でここに配属されて…」
ぽつりと呟きだした司書の言葉に、徳田は納得した。
この大人しそうな少女は、彼の予想通り、流れでアルケミストになっていたのだ。
「僕のこと、知ってた?」
「…はい」
何となく聞いた事に、予想していない返事が返ってきた。徳田は目を見開く。
「あらくれ、読みました」
「そ、そっか」
師である尾崎紅葉や、兄弟子の泉鏡花と比べて令和の世では名前が知られていないと言うことは徳田自身が知っていた。
その為、司書が自身の作品を読んだことがある事に驚いた。しかし、作品を読まれる事は、作者にとって最高の喜びなのである。それは徳田にとってもそうであり、彼は喜びを顔に浮かべた。
「…頼りない司書ですみません」
「まだ初日だろう」
「人見知りで、上手く喋れなくて、明日からきちんとできるか…」
「最初なんてそんなもんでしょ」
「…」
司書は、自分に自信がないのか下を向く。
「ねえ」
「はい」
「君は、この街には詳しいの?」
「いいえ。…出身は四国です」
「ふーん…まあ、いいや。
じゃあ、明日、街に出掛けてみようよ」
「え?」
司書は、思いもよらない徳田の提案に固まる。
「これから次々に転生させるんだろう。
師匠が来た時の為に、甘味屋でも探しとこうと思って」
「…わかりました」
へにゃりとした笑顔を見せる。
甘味が好きなのだろう、徳田は初めて彼女の笑顔を見た。
少し緊張が解けたような司書は、コップの白湯を飲み干す。
「まだ、仕事はないんです。…有魂書も、洋墨も、まだ無いから…。だから、朝から出かけましょう。館長は明日のお昼過ぎに来ますから」
「そうだね」
「だから、今日は、その、おやすみです」
「おやすみ」
司書と徳田は、食堂を出て左右に分かれる。
『明日、朝10時にエントランスで』
司書は、厳しそうだと思っていた徳田が存外優しい事に笑みをこぼした。
徳田は、面倒そうな司書に自ら関わろうとする自分が可笑しくて笑った。
×××
「そういえば、秋声さんって初めから優しかったですよね」
司書は書類から顔を上げ、助手に声を掛ける。
「そう?君は最初は捨てられた子犬の様に震えていたよね。僕達は本当に不安だったよ…」
「忘れてくださいよ…恥ずかしいな」
「そうそう、街に出掛けたはいいものの、政府からお金なんて一切支給されてなくて、君が身銭切ってた時の顔は凄かったね」
「だって!あのお菓子めちゃくちゃ高く感じたんですもん!
私の町には、あんな老舗の和菓子屋さんありませんから」
「ほら、元気出しなよ」
徳田は、司書に個包装された和菓子を手渡す。
「…あ」
あの日、徳田と2人で買ったあの和菓子だった。
「食べないの?」
「た、たべます!ありがとう、秋声さん」
「好きだよ」
「な、突然なにを…っ」
「面倒な君の世話を焼くのは、案外楽しいんだ」
「これは褒められてないですね…?」
『子犬の世話をしているみたいだ』
徳田は目を細めながら、幸せそうに和菓子を頬張る司書を眺めた。
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ゆっくり眠っていた所を叩き起こされて、いきなり戦えなんて言われて正直不機嫌だった。
けれど、目の前で女の子が震えてたから、とてもじゃないけれど挨拶なんてしてられなかった。
「あ、大丈夫…です。はじめまして、徳田秋声先生。私は、この帝國図書館の司書兼アルケミストの柊木 牡丹です。…よろしくおねがいします」
「うん、よろしく」
てっきり、隣にいる大柄な男性が司書なのかと思ったら、男性は館長を務めているらしい。
そして、常時図書館にいる訳ではないらしい。
目の前で震えている頼りない少女が、ここの司書になるらしい。僕と目を合わせようともしない。
とんでもない所に呼び出された。
僕が司書や館長、喋る猫の前に立ってすぐ、館長が司書に1冊の本を渡した。
司書は適当な頁を開いて、音読を始めた。
すると、司書の目の前の床が光って幾何学模様を浮かび上がらせ、そのままそこに1人の青年が現れた。
「中野重治と言いま…おや、大丈夫かい?」
中性的な見た目の青年が、やはり目の前の司書に気付いて微笑む。
「はい、だ、大丈夫です。ありがとうございます…私はここの司書の柊木 牡丹と申します・・・」
「司書さん、宜しくね。僕のことは好きに呼んで構わないよ」
優しい声に、震えていた司書の顔も少し綻んだ。
続いて館長から2冊の本を渡された司書は、同じようにして2人の青年を転生させた。
「じゃあ、有魂書に潜書させてみようか」
幼い顔の司書は、突然4人の大人に囲まれてオロオロしている中で、更に館長が2冊の青い本を取り出す。
不安げな表情のままにもかかわらず、オロオロしたり泣きそうになったりと捨てられた子犬みたいだ。
「これは、洋墨を使って文豪に潜書させるんだ。我々人間はこの中に入れないからな。…秋声、お前が入ってみろ」
「は?」
…なんて思っていたら、館長に呼ばれた。
「司書、洋墨はどのくらい使うか決めていいぞ」
「え…じゃあとりあえず50で…」
館長は、青い『有魂書』と呼ばれた本と、洋墨を差し出す。
「はあ、どうしたらいいのさ」
「司書が床に描く魔法陣の中心で本を広げて床に置いてみろ。その本の上に洋墨を垂らしたら本の上に飛んでみるんだ。そうするとこの本の中に入れるからな。中に文豪がいるから、其奴を引き上げるんだ」
よく分からない説明を受け、僕は司書の方を振り向く。
「じゃあ、宜しく頼むよ」
頼りない少女は、頷いてみせる。
司書は、万年筆の様な文具を取り出し、床に何かを描きだす。
先程、中野さんや他2人が現れた時のような幾何学模様が床に出来上がっていく。
それが完成し、僕がその中心に立つと、幾何学模様は煌めきだした。
「こうしたらいいんだね?」
本を床に広げて、その上に容赦なく洋墨を掛ける。そうして、本の上に飛び乗った。
本の上に着地するのかと思ったら、足は本をすり抜けて、身体は本の中に沈んだ。
「まあ、そんなに緊張するな」
館長は、不安げな表情の司書の肩を優しく叩く。
徳田が潜った本の上に浮かび上がった数字は徐々に減っていき、潜書完了を示す『00:00:00』となった。
光り輝く幾何学模様の中心にある本が、周りより一層強い光を放ち、そこから徳田と彼が連れて来た人物が飛び出した。
「ふーん…俺が必要とされているのか…好きに動いていいなら協力するよ」
「必要、です!宜しくお願いします」
司書が頭を下げると、彼もつられて頭を軽く下げた。
「俺は小林多喜二、よろしく」
「多喜二!」
司書が小林の自己紹介に応えようとしたところ、後ろで一連の様子を見ていた中野が声を荒げた。
「…重治」
名乗り合っていないにもかかわらず、文豪同士何か感じるものがあったのか、お互いにお互いを一瞬で理解した両者は手を取り合った。
「また会えるなんて嬉しいよ」
「ああ、俺もだ」
和かに話す2人を見て、司書はおずおずともう1冊の有魂書と、先程よりも多い洋墨を徳田に差し出した。
「あと1回、お願いします」
再び本の中に徳田が飛び込むと、
『04:40:00』の数字が現れた。
「!?おい、これを使ってみろ!」
館長が驚いた様子で、司書に機械を渡す。
司書がその機械-調速機-を回すと、数字は一瞬で0になり、徳田ともう1人が飛び出す。
「僕は尾崎門下生の泉鏡花です。清潔第一、不潔排除がモットーです」
「泉鏡花…!君はやはり俺が見込んだだけの才能がある!」
館長が司書の肩をがっちり掴んで揺らす。
「鏡花」
「…秋声?」
「じゃあ、今日は俺と猫は帰るから、あとは宜しくな!」
館長は泉の転生を喜んだ後、猫と共に直ぐに帰宅してしまった。
文豪6人に囲まれた司書は、緊張からかまた不安げな顔をする。
「はじめまして、私がこの帝國図書館の司書を務める事になりました、柊木 牡丹と申します。
至らない点も多いかと思いますが、宜しく、お願い、します…」
オドオドとし、ゆっくりと自己紹介をした。
「…僕は徳田秋声」
「中野重治です」
「…自分は、萩原朔太郎」
「小泉八雲デース」
「小林多喜二だ」
「泉鏡花です」
各々が自分の名を名乗り、これから共に生活して行く文士を確認した。
転生して何をするのか、大方は館長が説明していたので司書は少し気が楽だったが、それ以外のことは司書が自分1人で行わなければならない。
食堂の職員も数日後に派遣されるらしく、本日の夕食は、司書が政府から支給されていたものを調理して振る舞った。
泉がアルコールランプで炙り、中野・小林が予想以上に食べる為に、司書は自分の夕飯まで彼らに差し出す羽目になった。
「自分は、自宅から食料品を持ってきたから」と嘘まで吐いて、自身の夕食を渡す。
それは文士達もそうであったが、司書もまた文士達に心を開いておらず、「夕食が足りない」などと言えばどういう反応が返ってくるか予測できず、怖かったためにそういう行動に出た。
夕食を済ませると、既に日も暮れていた為、図書館の館内案内を簡単にすると解散となった。
あとは各々風呂に入り、割り当てられた部屋に行くだけである。
司書の自室は、文士達の居住区からは少し離れている。
司書は、1人になると深くため息を吐いてから自室へと向かった。
「人見知りだから、初日から多く転生はしたくない」と強く館長に言っていたにもかかわらず、結局初日から6人に囲まれた事は、強いストレスとなっていた。
広々とした自室に備え付けられてある狭めの風呂を沸かせ、就寝の支度をする。
「…大丈夫かな」
普通の学生生活を送っていたのに、『優秀な人材を見つけた!』と騒がれ、ある日突然アルケミストとしてスカウトされた牡丹。
生活保障の手厚さと、実家の経済状況を考えると、これ以上借金をして何の役に立つのかわからない学生生活を送るよりも、彼女はアルケミストになる選択しか出来なかった。
唐突に終わった平和な以前の日常。
彼女と親しい者は1人もおらず、責任の重い仕事を背負わされた事からくる心の中に広がる負の感情。
気が付いたら涙が頬を伝っていた。
「…やだ、泣かないで」
慌てて拭っても、次から次へと溢れる涙を止められない。
寂しいのか、怖いのか、嫌なのか、自分がどうして泣いているのか司書にはわからない。
「…食堂行こう」
何も食べておらず空腹であったし、白湯でも飲んで落ち着こうと考え、涙は止まっていないものの食堂へ行く事にした。
もう日付も変わる直前であり、文士達が部屋の外を歩いているとは思わなかったからだ。
司書は食堂へ着くと、お湯を沸かす。
何か食べる物を探すものの、生憎全て食べさせているので何度探せど食料はない。購買も明日から利用できるようになるらしく、やはりどうにもならない。
「外出して、いいのかな」
昼間に外出するなら兎も角、夜中に図書館の管理者が不在となるのは不安である。
転生させられた文豪が突然、何をするのかだって分からないのだ。
「諦めるしかないのかな…お腹すいた…明日の朝には配給あるかな」
そもそも外に出た所で、歩かなければ店はない。
湧いたお湯をコップに入れ、食堂の席に着いてぼんやりと眺める。
コップの中の白湯に写る司書の顔は、酷く不安げだった。
「何してるの?」
司書が白湯の入ったコップをぼんやりと見つめていると、誰かに声を掛けられた。
「!?」
「ちょっと、驚かないでよ。零すよ」
「あ、」
司書は慌ててコップを机の上に置いて、声の主の方を見上げる。
「…徳田、先生」
「眠れないの?」
昼間は終始不機嫌な顔をしていて、泉鏡花を呼び出してからは彼と口論ばかりをしていた徳田。
そんな彼を、司書はとっつきにくそうだと感じていた。その為、今、目の前で自分を心配そうに見つめる男の姿に驚いていた。
「…はい、眠れなくて」
流石に、お腹が空いて眠れないとは言えない。
「君も災難だね。他の人は知らないけど、僕や鏡花の様な面倒な人間ばかり転生させてしまってさ」
徳田は、司書のとなりの席に座りながら話し掛ける。
泉と口論をしていた時とは全く違う、優しい声で。
「君、いくつなの?」
「…20になりました」
「え、そうだったんだ…凄く幼く見えていた。君、自ら司書になる事を望んだの?」
司書は首を左右に振る。
徳田は、沈黙を避けようとしているのか、司書に簡単な質問を投げかけていた。
「…突然、アルケミストになって欲しいって頼まれたんです。
一瞬で平和な日常は終わって、友達や家族とも離れて1人でここに配属されて…」
ぽつりと呟きだした司書の言葉に、徳田は納得した。
この大人しそうな少女は、彼の予想通り、流れでアルケミストになっていたのだ。
「僕のこと、知ってた?」
「…はい」
何となく聞いた事に、予想していない返事が返ってきた。徳田は目を見開く。
「あらくれ、読みました」
「そ、そっか」
師である尾崎紅葉や、兄弟子の泉鏡花と比べて令和の世では名前が知られていないと言うことは徳田自身が知っていた。
その為、司書が自身の作品を読んだことがある事に驚いた。しかし、作品を読まれる事は、作者にとって最高の喜びなのである。それは徳田にとってもそうであり、彼は喜びを顔に浮かべた。
「…頼りない司書ですみません」
「まだ初日だろう」
「人見知りで、上手く喋れなくて、明日からきちんとできるか…」
「最初なんてそんなもんでしょ」
「…」
司書は、自分に自信がないのか下を向く。
「ねえ」
「はい」
「君は、この街には詳しいの?」
「いいえ。…出身は四国です」
「ふーん…まあ、いいや。
じゃあ、明日、街に出掛けてみようよ」
「え?」
司書は、思いもよらない徳田の提案に固まる。
「これから次々に転生させるんだろう。
師匠が来た時の為に、甘味屋でも探しとこうと思って」
「…わかりました」
へにゃりとした笑顔を見せる。
甘味が好きなのだろう、徳田は初めて彼女の笑顔を見た。
少し緊張が解けたような司書は、コップの白湯を飲み干す。
「まだ、仕事はないんです。…有魂書も、洋墨も、まだ無いから…。だから、朝から出かけましょう。館長は明日のお昼過ぎに来ますから」
「そうだね」
「だから、今日は、その、おやすみです」
「おやすみ」
司書と徳田は、食堂を出て左右に分かれる。
『明日、朝10時にエントランスで』
司書は、厳しそうだと思っていた徳田が存外優しい事に笑みをこぼした。
徳田は、面倒そうな司書に自ら関わろうとする自分が可笑しくて笑った。
×××
「そういえば、秋声さんって初めから優しかったですよね」
司書は書類から顔を上げ、助手に声を掛ける。
「そう?君は最初は捨てられた子犬の様に震えていたよね。僕達は本当に不安だったよ…」
「忘れてくださいよ…恥ずかしいな」
「そうそう、街に出掛けたはいいものの、政府からお金なんて一切支給されてなくて、君が身銭切ってた時の顔は凄かったね」
「だって!あのお菓子めちゃくちゃ高く感じたんですもん!
私の町には、あんな老舗の和菓子屋さんありませんから」
「ほら、元気出しなよ」
徳田は、司書に個包装された和菓子を手渡す。
「…あ」
あの日、徳田と2人で買ったあの和菓子だった。
「食べないの?」
「た、たべます!ありがとう、秋声さん」
「好きだよ」
「な、突然なにを…っ」
「面倒な君の世話を焼くのは、案外楽しいんだ」
「これは褒められてないですね…?」
『子犬の世話をしているみたいだ』
徳田は目を細めながら、幸せそうに和菓子を頬張る司書を眺めた。
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