krk長編以外はこの変換で設定できます。
自然主義
ゆめうつつ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…叶う訳、無いよね」
僕の口から出た声は、自分の予想以上に酷く震えていた。
×××
僕は、司書さんに失恋した。
どこで間違えたんだろう。
照れて本音を言えず嫌味ばかり口にしたから?
業務について様々な事を注意したから?
それとも、やっぱり僕が地味だから?
僕は、ここにいるどの文豪よりも最も早く司書さんに出会ったから信頼されているという状況に胡座をかいていたんだろう。
そうして油断している内に抜かされたんだ。
本当に好きで、大好きで。
僕は面倒事は嫌いなのに、君の為なら進んで面倒事にだって関わった。
きっと、それは上手く利用されていただけなんだろうけれど。
それでも、司書さんと少しでも話せるなら、彼女を独占出来るなら…淡い想いは消えてくれない。
「秋声、今どんな気持ち?」
「島崎。今は放っておいてくれ」
「僕は君が勝つと思っているよ」
「慰めなんか要らないよ」
「そっか」
僕は、島崎から目を背け、逃げる様にして自室へ帰った。
司書さんとアイツが結ばれた今、もう、僕は2度と助手になる事は無いだろう。
きっと司書さんは明日から僕じゃなくてアイツを助手にするだろうから、僕の出番はもう無いんだ。心が痛い。
袴もマントも適当に脱ぎ捨てて布団に入る。
これで1人だ。
漸く、人目を気にせずに泣ける。
「徳田先生、今日も助手を頼みます」
いつも彼女は、朝一番にそう言う。
朝食前に声を掛けて来るから、そのまま司書さんも僕達と一緒に朝食を食べる。
そしてその時に、紅葉先生とお茶の約束をしたり、鏡花の新しい手袋を買う約束をしたり、島崎の取材を受けたり。
僕は助手を頼まれる以外には特に何も無いけれど。
みんなが羨ましかったけれど、助手を最も頼まれる回数が多いのは僕だし、司書の仕事に最も詳しいのも僕だから、司書さんに必要とされていることについて優越感に浸っていた。
もっと司書さんにアピールしたら良かったのかな。
なんで、良いやつを演じていたんだろう。
『徳田先生、相談が…』
こんなの、聞かなきゃ良かったよ。
つい先日、こうやって司書さんからの相談を受けたのに、今日もう結ばれているなんて早過ぎない?
君の行動力を尊敬するよ。
『実は、好きな方がいて…』
辞めてくれ、思い出すのも嫌だ。記憶を消したい。
『何時もお声を掛けて、アピールしているんですけれど、全然ダメで』
『ふうーん?』
『少し気を引く為に何かすると、直ぐに口煩く注意されちゃうんですよ』
『全く、君も大変だね』
『贈り物もしているんですけれど、全然効かないんです…』
『そんなにも分かりやすいアピールしているのに気付かないだなんて、鈍感だね』
『はい…地元だという金沢旅行を提案しても、はぐらかされちゃったし』
喧嘩は絶えないが、鏡花の事は嫌いじゃない。
同郷同門の年下の兄弟子だなんて、何かの縁だしね。
でもこの日、司書さんから詳しく鏡花への想いを聞いて、僕は鏡花が羨ましくて、憎らしくて仕方がなかった。
どうして僕じゃ無いんだ。
綺麗さや華やかさなんて備えていないけれど、僕の方が鏡花より君の事が好きなのに。
そんな話を聞いてから数日しか経っていないけれど、心に反して健康な身体は空腹を感じるため、今日も朝食の時間に食堂へ行った。
すると、司書さんの頬に手を添え、口付けをしている鏡花を見てしまった。
『…好きなんですね』
『はい』
『そうですか…ありがとうございます』
僕は、食堂の入り口で固まってしまった。
動けないでいると、僕に気がついた鏡花と目があった。
鏡花は僕を見て微笑んだ。
鏡花の方を向いていて、食堂の入り口に背を向けている司書さんは僕の事には気付いて居なかったが、僕は穏やかな顔で微笑む鏡花を見た瞬間に踵を返した。
そして、少し離れたところからそれを見ていた島崎に声を掛けられ、今に至る。
あんなにも優しい顔をする鏡花を僕は知らない。
きっと、今も司書さんに対してそんな顔をしているんだろう。
今日から助手は鏡花なんだろう。
僕のこの気持ちは、どこに捨てたらいいの?
どうしたら忘れられる?
僕は、次から次へと溢れて来る涙を拭えなくて、ただただ頭から被った布団を強く握り締めた。
目を覚まして窓の外を見ると、既に日は沈んでいた。
いつの間にか眠っていたらしい。
眠っただけでそう簡単に破れた恋心が癒える訳もなく、寝ても覚めても頭に浮かんで来るのは司書さんと鏡花の姿。
失恋とは恐ろしいもので、何も口にしていないのに空腹を感じないし、多分、何かを食べようとしたら身体がそれを拒否してしまうだろう。
もう、今日は寝てしまおう。
僕は再び身体を布団に預けた。
司書さんがどこかで僕を呼ぶ声が聞こえる程に、彼女の声が僕の頭の中で繰り返されていた。
×××
翌朝、流石に丸1日 水さえ飲まずにいたので、朝食を取りに食堂へ向かう。
「秋声」
「…君か」
よりにもよって、最も会いたく無い奴に出会ってしまう。
同門の兄弟子と廊下で会ってしまったが最後、「今日は自然主義の面子で朝食を取るから」なんて言える筈もなく。
鏡花と紅葉先生の対面に座る羽目になる。
「秋声、昨日は姿を見なかったのだが、どうかしたのか」
「すみません、体調が悪くて」
「補修室にでも行きますか?」
「いや、そんなんじゃないよ」
紅葉先生は兎も角、鏡花はどうして僕が昨日図書館に行かなかったのか分かっているだろうに。
そんな中、鏡花が突然手を挙げる。
「どうしたの…」
「おはようございます!」
司書さんが、満面の笑みでこちらにやって来た。
そうして、普段の様に僕の隣に座る。
「徳田先生、おはようございます。
昨日はお会い出来なかったのですが、お身体は大丈夫ですか?」
「うん、何ともないよ」
「それは良かったです!今日も助手を頼めませんか?司書室の模様替えもしたくて。勝手が分かる徳田先生にしか頼めないんです」
「…ああ、分かったよ」
失恋したのに、僕は君に格好付けようとする。
朝食を終え、先に司書室へ向かおうとしたら、背後で司書さんと鏡花の話し声が聞こえた。
「泉先生、昨日はありがとうございました!」
「ええ、僕も貴女と話せて嬉しかったです」
2人は楽しそうで良いね。
×××
「徳田先生、本棚をこちらに変えるので手伝ってください!」
「え、この量の本を移すのかい…?」
司書室に行けば、僕と司書さんの2人きりだ。
模様替えだなんて、2人よりもみんなを呼んできた方が捗るのに、どうして彼女はそうしないんだろう。
この状況に期待してしまう自分がいる。
「ふう…お、終わった…」
「つ、疲れた…」
日も沈む頃、漸く司書室の模様替えが完了した。
思わずソファに座り込む。
「徳田先生、ちょっと待っててくださいねぇ」
疲労のせいか間延びした声で司書さんが何処かへ行く。
その間に司書室を見回してみると、彼女の趣味で溢れた司書室から、落ち着いた和洋折衷な部屋へと変貌を遂げていた。
彼女はアクアリウムやヌイグルミだけでなく、こういうのも好きなんだろうか。僕はこういう雰囲気、好きだな。
「はい、どうぞ。
尾崎先生にすら渡していないお菓子です。一緒に食べましょう」
司書さんは、物凄く丁重に包装された菓子箱とお茶を持って来た。
「本当に今日はありがとうございました」
「まあ、僕ならこの位は当然さ」
彼女に感謝されることに内心喜びながら、お菓子に手を伸ばす。
あ、これ、僕達が生きていた時代からあるお店のお菓子だ。
「…秋声さん」
「え?」
聞き慣れない呼び方に驚いて顔を上げる。
「秋声さん、好きです」
「……え?」
聞き間違いかな?
「泉先生の言う通りですね、やっぱり気付いてない」
「なんで鏡花…」
司書さんが僕の顔を見て笑う。
え、いや、笑われてしまうくらい間抜けな顔をしていると思うけどさ。
「いやいやいや、何言ってるのさ」
「え、だから、秋声さんの事が好きだって」
「なんで?」
「なんで!?好きだから好きなんですよ!」
「唐突過ぎない!?」
「もう気持ちを抑えられないんだもの!
それに、言ったじゃないですか」
彼女は続ける。
「毎日図書館中を捜索して壺を渡しているし、2人きりになりたくて助手を頼んでいるし、徳田秋声から名付けられた林檎があるから秋声さんと一緒に金沢まで食べに行きたいって」
「え?え?鏡花は?」
「泉先生?」
「昨日、鏡花と君が食堂で話しているのを見かけた」
そうだ、彼女と鏡花は口付けをしていた。
「あー、泉先生に、私が秋声さんを好きな事がバレてたので、相談がてら話を聞いてもらっていたんです」
『貴女は本当に、秋声の事が好きなんですね』
『そうですか・・・ありがとうございます。
兄弟子としても、貴女と秋声が心を通わせるのはとても嬉しいです』
と、鏡花は言っていたらしい。
「しかも、君は鏡花に相談している最中に感極まって泣いてしまったと?」
「はい・・お恥ずかしながら。泉先生が涙を拭ってくれたんですよ」
僕が見た、司書さんと鏡花の口付けは、涙を拭っていただけだった。
たしかに多い日は1日2回も壺を貰っていたし、助手は頻繁に頼まれる。
林檎の件だってこの前言われた。
じゃあ鏡花が僕を見て微笑んだのは、僕に勝って喜んでいたのではなく、僕達を応援して思わず笑みがこぼれてしまったというのか。
「・・・完全な勘違いだよ」
「勘違い?」
「いや、こっちの話。はあ、そうか、良かった」
君の心は、鏡花のものじゃないんだ。
僕の方に向けられていたのに、僕は自分の気持ちを抑えるのに精一杯で彼女の気持ちに気が付いていなかっただけなんだ。
「僕も、君の事が好きだよ」
やっと今まで溜めていた想いを吐きだす。
すると、司書さんは嬉しそうに、僕の腕の中に飛び込んで来た。
華奢な身体を抱きしめる。
僕は独占欲が強いんだ、君を離さないからね。
.
2/13ページ