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自然主義
ゆめうつつ
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或る夏の日の談話室。
2人の青年が将棋を指しながらゆったりとした午後の時間を過ごしていた。
「なあ花袋」
「…なんだよ独歩」
「司書にはもう告白したのか?」
「なっ!?」
「おー、その様子じゃまだみたいだな」
「お、俺だって告白したい!けど!どうしていいのか…!!」
「ははは、そう考え込むなよ。
日頃のお礼とかいう体裁で贈り物をしたり、外に食事に誘ったりしたらいいじゃないか」
「それができたら苦労しねぇよ…」
「ほい、王手」
「……あっ」
×××
*田山花袋side
1年前の春。
この帝国図書館に呼び出された俺は、ここで働く特務司書に惚れた。
良い匂いで、白くて、柔らかそうで、可愛くて、頭が良くて、一生懸命な彼女に恋をした。
いつ好きになったのかは覚えていない。
もしかしたら一目惚れだったかもしれない。
愛想が良くて人懐っこい彼女は、当然ながら皆んなからの人気者で、彼女はいつも文豪達に声を掛けられている。
もしかしたら、他にも誰かが彼女のことを好きかもしれない。
もしかしたら、彼女に想い人がいるかもしれない。
顔が良くて、学もあって、名声もあって、生まれも育ちも良い奴がうじゃうじゃといるこの帝国図書館。
俺が司書なら絶対誰かに恋してしまうと思う。
女受けが良さそうなのは…芥川とか、菊池とか、志賀とか?
ああそうだ。独歩や藤村だって、この前カフェーの給仕の女の子から連絡先の交換を迫られてたっけ。
あああ、本当に恋敵になりそうな奴ばかりじゃねぇか!
如何にもこうにも勇気がなくて、司書さんに何も好意を伝えられていない。
司書さん自身の気持ちは知らないけれど、誰かのものになる前に俺の気持ちは伝えなきゃ絶対後悔する!
伝えなきゃ。
でも、どうやって?
独歩が言ってたみたいに、日頃の感謝として何か贈ろうか。
何がいいかな。
ズボンの後ろポケットから財布を取り出して中身を確認する。
うん、あんまり高価なものは買えないかもな…。
×××
「ごちそうさま~、今日も美味しかった!」
「そうだね、美味しかったね」
「うん!ごんも美味しかったって言ってる」
「僕たちこれから紅葉先生と中庭で遊ぶんだ!
司書さんは何をするの?」
「いいね、イタズラに夢中で怪我しないように気をつけるんだよ。私はちょっとだけお仕事が残ってるから、司書室に行くね」
「うん!頑張ってね!」
「ありがとう」
司書さんが微笑みながら、南吉と賢治の頭を撫でる。
う、羨ましい……!!
「花袋」
「なんだよ独歩」
「結局、何もしないのか?」
「いや!贈り物買ってきた」
「へぇ、まあ頑張れよ」
「おう、サンキューな」
「よーし、独歩さんは中庭でカッパでも探すか~」
「…カッパ?僕も行く。秋声もおいでよ」
「わかったよ、他にやることもないしね」
独歩がちらりと此方を振り返り、片目を瞑ってみせた。
なるほど、人払いか。サンキューな。
独歩は藤村や秋声、新感覚派の2人や菊池達を従えて中庭に出て行った。
独歩達が食堂から消えた後、自室に贈り物を取りに行き、そのまま司書室に向かう。
心臓は煩いし、手汗も酷い。
いま誰かに声を掛けられたら終わりだ。
思ったよりも早く着いてしまった司書室の前で深呼吸をする。
「…」
だめだ、緊張で手が震えてる。
汗もかいてるし一旦着替えに戻ろうか。
いや、でもそうしたら二度と司書さんに贈り物をできる気がしないし、好意も伝えられないだろう。
誰かに取られる前に、俺が司書さんに想いを伝えないと。
「し、司書さん!」
腹をくくり、司書室の外側から声を掛ける。
あ、やっちまった。ノックもしてない。
「…どうしました?」
目の前の扉が開かれるまでの、とても長く感じた数秒間。
何も知らない司書さんは、不思議そうな顔で、扉を開けて俺の顔を見詰めた。
うっ、可愛い…。もう心が半分満たされた気さえする。
「もうすぐ日報終わるんで、良かったら中にどうぞ」
ニコッとした彼女が可愛くて、思わず司書室に足を入れようとした。
「あ、ありがと…って、だっ!!」
「だ?」
ダメだ!!
司書室に入ったらもう逃げられなくなる。きっと、この手にあるものを渡すタイミングを見失って、渡せないまま終わるんだ。
「し、司書さん!!」
「ど、どうしました?」
「これ!!!!」
俺は、司書室の入り口で、まともに彼女の顔を見ることも出来ないままに、昼間買ってきた花束を押し付けた。
「え、くれるんですか?」
「そう!司書さんに似合うと思って!!」
「ありがとうございます!可愛い!」
思わず彼女の顔を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
「嬉しいな、田山先生が選んでくれたんですか?」
「ああ…日頃のお礼に…」
「え、そんなぁ。いいのに。此方こそいつもありがとうございます!」
「…っ」
「あ、顔が真っ赤。今日暑いですよね」
「そ、そうだな!てか仕事の邪魔して悪い!またな!!」
「え?あっ…」
もう何も考えられなくて、引き攣った笑顔を顔に貼り付けた直後に踵を返し、猛ダッシュで逃げるように廊下を走った。
可愛い、可愛い。可愛い可愛い可愛い可愛い。
好きだ、すっげー好き。
バタンッ
「…はぁ~…」
自室に飛び込んでそのまま扉に凭れかかれ、ずるずるとしゃがみこむ。
好意は伝えられなかった。
逃げるようにして去ってしまった。
やり残したこと、出来なかったこと、たくさんありすぎるけれど、とにかく彼女にお礼として花束を渡せただけでも頑張った。
あの満面の笑みを見たのは俺だけ。
俺に向けられた言葉と笑顔でまた明日から頑張れそう。
あー、もう恥ずかしくて、心臓が煩くて、熱くて、限界。
窓の外から、独歩や藤村の声が聞こえる。
いつか、きちんと目を見て好意を伝えられますように。
×××
*牡丹side
「え、行っちゃった…」
嵐のような田山先生の訪問のあと、1人司書室の前で立ち尽くす。
改めて、渡された花束を見る。
夏の花で彩られた、まるで田山先生のような鮮やかで綺麗な花束。
「大小の向日葵、白のダリア…」
司書室の中に戻り、花瓶を用意しながらこの花々のことを考える。
「えっ」
花瓶を手にするとふと、花言葉が脳裏をよぎった。
と同時に、ドキッとした。
「…まさか、ね?」
きっと私の思い上がりで、深い意味はないはず。
だって彼は、日頃のお礼に、と言っていたのだもの。
それでも、手の中にある花束と太陽のような眩しい彼の姿を思うと、顔が熱くなっていく感覚がした。
.
向日葵の花言葉:憧れ、あなただけを見つめる
小輪の向日葵の花言葉:愛慕
白色のダリアの花言葉:感謝
2人の青年が将棋を指しながらゆったりとした午後の時間を過ごしていた。
「なあ花袋」
「…なんだよ独歩」
「司書にはもう告白したのか?」
「なっ!?」
「おー、その様子じゃまだみたいだな」
「お、俺だって告白したい!けど!どうしていいのか…!!」
「ははは、そう考え込むなよ。
日頃のお礼とかいう体裁で贈り物をしたり、外に食事に誘ったりしたらいいじゃないか」
「それができたら苦労しねぇよ…」
「ほい、王手」
「……あっ」
×××
*田山花袋side
1年前の春。
この帝国図書館に呼び出された俺は、ここで働く特務司書に惚れた。
良い匂いで、白くて、柔らかそうで、可愛くて、頭が良くて、一生懸命な彼女に恋をした。
いつ好きになったのかは覚えていない。
もしかしたら一目惚れだったかもしれない。
愛想が良くて人懐っこい彼女は、当然ながら皆んなからの人気者で、彼女はいつも文豪達に声を掛けられている。
もしかしたら、他にも誰かが彼女のことを好きかもしれない。
もしかしたら、彼女に想い人がいるかもしれない。
顔が良くて、学もあって、名声もあって、生まれも育ちも良い奴がうじゃうじゃといるこの帝国図書館。
俺が司書なら絶対誰かに恋してしまうと思う。
女受けが良さそうなのは…芥川とか、菊池とか、志賀とか?
ああそうだ。独歩や藤村だって、この前カフェーの給仕の女の子から連絡先の交換を迫られてたっけ。
あああ、本当に恋敵になりそうな奴ばかりじゃねぇか!
如何にもこうにも勇気がなくて、司書さんに何も好意を伝えられていない。
司書さん自身の気持ちは知らないけれど、誰かのものになる前に俺の気持ちは伝えなきゃ絶対後悔する!
伝えなきゃ。
でも、どうやって?
独歩が言ってたみたいに、日頃の感謝として何か贈ろうか。
何がいいかな。
ズボンの後ろポケットから財布を取り出して中身を確認する。
うん、あんまり高価なものは買えないかもな…。
×××
「ごちそうさま~、今日も美味しかった!」
「そうだね、美味しかったね」
「うん!ごんも美味しかったって言ってる」
「僕たちこれから紅葉先生と中庭で遊ぶんだ!
司書さんは何をするの?」
「いいね、イタズラに夢中で怪我しないように気をつけるんだよ。私はちょっとだけお仕事が残ってるから、司書室に行くね」
「うん!頑張ってね!」
「ありがとう」
司書さんが微笑みながら、南吉と賢治の頭を撫でる。
う、羨ましい……!!
「花袋」
「なんだよ独歩」
「結局、何もしないのか?」
「いや!贈り物買ってきた」
「へぇ、まあ頑張れよ」
「おう、サンキューな」
「よーし、独歩さんは中庭でカッパでも探すか~」
「…カッパ?僕も行く。秋声もおいでよ」
「わかったよ、他にやることもないしね」
独歩がちらりと此方を振り返り、片目を瞑ってみせた。
なるほど、人払いか。サンキューな。
独歩は藤村や秋声、新感覚派の2人や菊池達を従えて中庭に出て行った。
独歩達が食堂から消えた後、自室に贈り物を取りに行き、そのまま司書室に向かう。
心臓は煩いし、手汗も酷い。
いま誰かに声を掛けられたら終わりだ。
思ったよりも早く着いてしまった司書室の前で深呼吸をする。
「…」
だめだ、緊張で手が震えてる。
汗もかいてるし一旦着替えに戻ろうか。
いや、でもそうしたら二度と司書さんに贈り物をできる気がしないし、好意も伝えられないだろう。
誰かに取られる前に、俺が司書さんに想いを伝えないと。
「し、司書さん!」
腹をくくり、司書室の外側から声を掛ける。
あ、やっちまった。ノックもしてない。
「…どうしました?」
目の前の扉が開かれるまでの、とても長く感じた数秒間。
何も知らない司書さんは、不思議そうな顔で、扉を開けて俺の顔を見詰めた。
うっ、可愛い…。もう心が半分満たされた気さえする。
「もうすぐ日報終わるんで、良かったら中にどうぞ」
ニコッとした彼女が可愛くて、思わず司書室に足を入れようとした。
「あ、ありがと…って、だっ!!」
「だ?」
ダメだ!!
司書室に入ったらもう逃げられなくなる。きっと、この手にあるものを渡すタイミングを見失って、渡せないまま終わるんだ。
「し、司書さん!!」
「ど、どうしました?」
「これ!!!!」
俺は、司書室の入り口で、まともに彼女の顔を見ることも出来ないままに、昼間買ってきた花束を押し付けた。
「え、くれるんですか?」
「そう!司書さんに似合うと思って!!」
「ありがとうございます!可愛い!」
思わず彼女の顔を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
「嬉しいな、田山先生が選んでくれたんですか?」
「ああ…日頃のお礼に…」
「え、そんなぁ。いいのに。此方こそいつもありがとうございます!」
「…っ」
「あ、顔が真っ赤。今日暑いですよね」
「そ、そうだな!てか仕事の邪魔して悪い!またな!!」
「え?あっ…」
もう何も考えられなくて、引き攣った笑顔を顔に貼り付けた直後に踵を返し、猛ダッシュで逃げるように廊下を走った。
可愛い、可愛い。可愛い可愛い可愛い可愛い。
好きだ、すっげー好き。
バタンッ
「…はぁ~…」
自室に飛び込んでそのまま扉に凭れかかれ、ずるずるとしゃがみこむ。
好意は伝えられなかった。
逃げるようにして去ってしまった。
やり残したこと、出来なかったこと、たくさんありすぎるけれど、とにかく彼女にお礼として花束を渡せただけでも頑張った。
あの満面の笑みを見たのは俺だけ。
俺に向けられた言葉と笑顔でまた明日から頑張れそう。
あー、もう恥ずかしくて、心臓が煩くて、熱くて、限界。
窓の外から、独歩や藤村の声が聞こえる。
いつか、きちんと目を見て好意を伝えられますように。
×××
*牡丹side
「え、行っちゃった…」
嵐のような田山先生の訪問のあと、1人司書室の前で立ち尽くす。
改めて、渡された花束を見る。
夏の花で彩られた、まるで田山先生のような鮮やかで綺麗な花束。
「大小の向日葵、白のダリア…」
司書室の中に戻り、花瓶を用意しながらこの花々のことを考える。
「えっ」
花瓶を手にするとふと、花言葉が脳裏をよぎった。
と同時に、ドキッとした。
「…まさか、ね?」
きっと私の思い上がりで、深い意味はないはず。
だって彼は、日頃のお礼に、と言っていたのだもの。
それでも、手の中にある花束と太陽のような眩しい彼の姿を思うと、顔が熱くなっていく感覚がした。
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向日葵の花言葉:憧れ、あなただけを見つめる
小輪の向日葵の花言葉:愛慕
白色のダリアの花言葉:感謝
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